第198話 正しくない一握りの可能性
「やぁ……久しぶりだね、クウリ。ここの所、君と話せていなかったから」
「……なんで、何で黙ってた」
夢の中。
いつも通り、綺麗なオフィスの席に腰を下ろしたソイツが。
随分と悲しそうな目で此方を見ていた。
「すまない。しかし私が言葉にしたところで、君は受け入れられなかっただろう」
「当然だろ! だって……だってアイツ等が。俺の作り出した幻だったなんて……信じられる訳無いだろ!」
ダンッ! とテーブルに拳を叩きつけてみれば。
夢の世界の机は随分と強いのか、壊れるどころか凹みもしない。
それどころか、俺の小さな拳からジワリと血が滲んで来たではないか。
しかしこの程度の痛み、今はどうでも良かった。
胸の方がずっと痛い、苦しい。
というか、現実を受け入れられずに呼吸が浅くなっていく。
違和感は、確かにあったのだ。
ノーライフキングの呪い、俺とエレーヌだけが確認出来たブラウザ。
そして最後に……あのタコの化け物だ。
プレイヤーでないと攻略出来ない、チート級の相手。
あんな化け物が出て来たというのに……仲間達は、見る事すら叶わなかった。
「一つだけ、訂正しておこう。君の仲間達は、“幻”などでは決してない。確かにそこに存在し、共に歩んだ生きた人間だ」
「じゃぁ結局なんなんだよ!? 俺とアイツ等で、何がどう違うんだよ!? 特別な力を得たのが“転生者”って、じゃぁアイツ等は特別じゃないってのか!? どっちの世界にも居るじゃんかよ! んだよその転生特典みたいなシステム、おかしいだろうが! だって俺等は皆、こんなアバターっていうチートを貰ってるじゃないか! 俺も皆も、それこそ一緒だって……同じなんだって、言ってくれよ……」
もはや、心が追い付かなかった。
全く理解出来ない、それこそ異世界って所に来て。
皆を見た時、ビックリしたけど。
でも、本当に安心したんだ。
良かった、俺だけじゃないって。
いくらこんなアバターを貰おうが、俺一人じゃ生きて行けないから。
俺達のパーティは、傍から見れば皆欠陥品なのだ。
誰もがどこかに特化していて、絶対的に何かが足りない存在だからこそ、全員で補い合う。
これが出来ていたからこそ、異世界でも俺等は生きて来られたのだ。
意味の分からない環境にいきなり放り込まれても、どうにか頭を使おうって気持ちになれたのだ。
仲間達が居るから、俺がリーダーをやってるから。
せめてコイツ等だけは、不安にさせない様にって……虚勢が、張れたのだ。
それなのに……こんな終盤に来て。
こんな滅茶苦茶な事言われて、納得出来る訳が無い。
「頼むから……同じだって、皆一緒なんだって言ってくれよ……それならこんな能力いらない、何も出来ないモブの一人になったっていいさ。それでも全員居るなら、どうにか生きて行く道を探すから……頼むから、俺が一人になるエンディングなんか……用意しないでくれ……」
こればかりは、本気で心が折れた気分だった。
黄龍シュウが、適当な事を言っただけだ。
実は全くの勘違いで、皆俺と同じ転生者で。
しかもゲームマスターとも言えるコイツに話を聞けば、最高に笑って暮らせるエンディングとか用意されてました。みたいな。
今だけは、そういう可能性に賭けたかった。
滅茶苦茶子供っぽくて、ギャラリーが居れば鼻で笑われる様な。
そんなハッピーエンドを、用意して欲しかったのだ。
だが、しかし。
「簡単に説明しよう、今君に関わる重要な所だけ。よく聞いてくれ……」
「俺の欲しい言葉は、くれないのかよ……」
「……」
無言の答えが、返って来た。
もう、嫌だ。
両目に浮かんだ涙が堪えきれず、ボロボロと情けなく溢しながらテーブルに突っ伏してしまった。
だっせぇ、マジでクソダセェ。
何がプレイヤーだよ、何が魔王だよ。
システムだ魔法だ、チートだ隠しスキルだ。
こんな事になってしまえば、もはやどうだって良い。
んなもん全部かなぐり捨てでも、ヨワヨワクソダサ何も出来ない甘ったれたクソガキになろうとも。
今だけは……“これからも仲間と一緒に居られる”って言葉が、どうしても欲しかったのだ。
「言葉を分けるのが難しいが、君が本来の“転生者”だと思ってくれ。世界からの“招待”を受け、現地に認められた異世界人。そしてエレーヌに関しては、世界が出来たその当時から存在している為、当然世界には認められている。本来はNPCと表現するべきだろうが、ストーリーと深く関わり過ぎている為に他とは違う個体だ」
「この世界に発生した条件は違っても……言わば“プレイヤーに近い存在”って事、だろ? こっちの無意識化のルールに縛られない、変化を起こす事が出来る存在。分かってんだよ、そんな事……最後の街の人達の様子を見れば、こんなの誰でも分かるってもんだ」
完全に拗ねたクソガキになってしまったが、どうにか声を返した。
グズグズと鼻を啜り、チッと舌打ちを零しながら。
これに対し、相手は呆れた様子も怒る気配も無く。
「そして君の仲間達。これに関しては、少々特殊な扱いになる」
「ハッ、それこそ異世界ファンタジーだね。俺が“特別な力”とやらで作り出した……別の何か」
「あぁ、その通りだ。しかし違うとも言える」
なんだそりゃ、とばかりに乾いた声を零すと。
相手は俺の前に珈琲を持って来て、今日ばかりは砂糖とミルクを突っ込んでいく。
その光景を、少しだけ顔を上げてボーっと眺めていると。
「意外と、君みたいな人は多いんだ。人間は、一人では生きて行けないものだからね。私だってその一人だ、だから恥じる事ではない。全く知らない地に踏み込む時、隣には愛した人が居て欲しい、共に進む友が居て欲しい。そういう願いが、記憶にある他者を生み出してしまう事は……過去にも観測されている」
「けど、結局は幻……北の門に到着すれば、“夢”が覚める。だろ?」
こんな事になるのなら……それこそ、エレーヌやコイツには悪いが。
このまま来た道を引き返し、世界との同化ってヤツが始まるまで仲間達と共に過ごす。
そんな選択肢でさえ、悪くはないと思ってしまっている自分が居る。
マジでそれも良いのかもしれない。
もしもその結果、全てを忘れてしまうのなら。
もしも俺自身がデリートされるのなら。
そっちの選択肢の方が、圧倒的に“楽”な気がするから。
なんて、どこまでも乾いた瞳を浮かべていると。
「しかし他の、過去の“転生者”とは確たる違いがある。それが何か分かるかい?」
色々と混ぜ終わった後の珈琲を此方へと寄せてから、相手はそんな事を言って来た。
確たる違いって……なんだそりゃ。
現状だと全然思考が回らないというか、むしろ考えたくないと身体が拒否している様で。
頭の中には、なぁんにも浮かんでこない。
こうなると、本当に実感する。
俺は、一人じゃ何も出来ないんだなって。
一人になると分かった瞬間。
好きになり掛けていたこの世界を、全て否定したくなる様なガキなんだなって。
自分でも乾いた笑い声しか零れて来ないというものだ。
などとやっていれば。
「君が生み出したその人達は、間違いなくユートピアオンラインでの“プレイヤー”であるという事実。この世界と一切関わりの無い人を作り出したのなら、それは本当に虚像だった事だろう。君の記憶から生み出された、君に都合の良い存在だった筈だ。しかし現実はどうだ? 君の仲間達は、君の思い描いた通りにしか動かなかったか? 仲間達は、君ですら想像も出来なかった行動をして来たのではないのか? それは間違いなく、確かな存在としてソコに居るという証明だ」
「な、にを……?」
ここに来て、根本とも言える疑念が帰って来た。
確かにそうだ、彼の言う通りだ。
仲間達は俺が作り出した妄想だというのなら、何故俺の知らない事を知っている?
何故ぶつかり合う様な事例だって発生した?
“そう作られたから”。
こんな風に言われてしまえば、それまでなのかもしれないが。
でも、まだ違和感が残っているのは確か。
俺はこの違和感に、縋りついても良いのか?
「君の今居る世界は、私が作り出した世界を元にされている。設定だって、主要キャラクターだってそうだ。私はそこを冒険する“プレイヤー”を、知らぬ内に巻き込む形を整えてしまった訳だ。しかし逆を言えば、“私の世界”を生きていた人物なら、“繋がり”は発生しているんだ。ゲームを通して君の仲間達は確かに存在し、関わって来た。そしてそのデータを読み取り、世界は君の“願い”を叶えたんだ」
「つまり……」
「君ともエレーヌとも違う、第三の存在。確たる存在そのものをトレースし、その地に産み落とされた。しかしソレは現状“君の願い”でしかない、だがほとんど条件は君と同じなんだ。違いがあるとすれば一つ、“招待”を受けたか否か」
コイツの話を全部鵜呑みにするのなら、その“招待”さえあれば皆は完全に俺と同じになる。
俺が願い、この世界が叶えたソレだったとしても。
ベースとしては、あのゲームを通して作り上げられた“殆ど俺と同じ存在”という事になる訳だ。
なら、その“招待”を何とかすれば!
なんて、立ち上がってみたのだが……すぐに、また腰を下ろした。
「もしもソレが叶うとしても……こんなの、俺の我儘でしかないじゃないか。俺が一人になりたくないから、お前等も“こっち側”に来いとか……言える訳ねぇ」
それだけは、出来る筈がない。
例え元の世界の、元の俺達がどうであろうと。
良い悪いの前に、“やるべきじゃない”と分かる。
此方の我儘で、この異世界転生みたいなおかしな真似を。
世界に変化を与え続けるなんておかしな枷まで付いた状態で、他の誰かを巻き込むべきじゃない。
これだけは、分かる。
そう思って、やはり視線を下げてしまうと。
「だから、直接聞いてみれば良いじゃないか。君の仲間達は、“偽物”ではないのだから」
「……え?」
不思議な事を言われてしまい、パッと視線を上げてみると。
そこには、申し訳なさそうにしながらも。
どうにかこうにか、微笑んでいる男の姿が。
「皆、本物なんだ。少なくとも、その世界では。だから聞いてみれば良い、どうしたい? とね。やるべきじゃない、巻き込むべきじゃない、こんなのは我儘だ。確かにそうだね。だが色々思ったとしても、それは君の考えでしかないんだ。相手の答えまで、君が決めつけなくたって良いさ。だから言っているだろう、もっと“我儘になれ”って」
語りながら、相手は自分の手元にあったコーヒーカップを傾けた。
ふぅ……と息を零しつつ、窓の外を眺め。
「私なんか、自分の我儘で何百何千という“プレイヤー”を巻き込んだ諸悪の根源だよ? そんな大悪党から言わせてもらうなら、たった数人くらい……とまでは言わないが、相手に選択肢を与えるくらいは良いと思うけどね。それに何だかんだ言っても……やはり、自分の作り出したソレを全力で楽しんでくれるのは、作り出した人間としては嬉しいモノなんだよ」
なんて言って、子供みたいな笑みを浮かべてみせるのであった。
本当にもう、全然意味わかんないけど。
世界がどうとか、自分達の存在がどうとか。
そういう規模のデカイ話ばっかりで、頭の中真っ白になっちゃいそうだけども。
確かにちょっと……俺一人で考えるには、重い事例な気がする。
だったらいつも通り、仲間達に相談すれば良いのかなって。
そんな風に思ってしまったのだ。
「無責任な上に、勝手に巻き込んだ挙句放牧かよ」
「ハハッ、いやはや耳が痛い。これでも、どうにか君の様なプレイヤーの為に手を尽くしたつもりなんだがね。やはり私一人の力では、気付いた時に遅かった、と言う他無いよ。本当に、情けない話だ」
相手の言葉を聞きながら、淹れてもらった珈琲に手を伸ばし。
ゆっくりと傾けて口の中へと流し込んだ。
そして。
「ハッ……甘っま。びっくりするわ」
「現実が苦しかったり苦かったりする事ばかりだからね、たまには悪く無いだろう?」
そんな言葉を交わしている内に、本日もまた視界は霧に包まれていくのであった。
このタイムリミットだけは、もう少し伸びたりしないもんかね。




