第197話 幸せな夢
「それで魔王クウリ、君が聞きたいのは“北の門”についてかな? それとも“天人”について、かい?」
「どっちも……と言いたい所なんだが。まずは天人について聞きたい、それも実際にアンタ――」
「シュウ、だよ? 黄龍、龍神、その他諸々。色々と呼び名はあるものの、やはり名前で呼んでくれた方が嬉しいモノだろう?」
「シュウ……さん?」
「呼び捨てで構わないさ」
ずっとニコニコしている相手のペースに、完全に飲まれていた。
ま、まぁ良い。というか仕方ない。
変に逆らって、戦闘になる訳にもいかないしな。
という事で、今一度ため息を一つ溢してから。
「これまで、シュウが見て来たっていう実際の“天人”の話を聞きたい。教えてくれるか?」
「あぁ、もちろん。私は話す事も好きだからね、やはり他者と関わるのは良い。一人では描けるソレだって限界がある、他の者との繋がりこそ刺激。ソレが無くなれば、人生とは乾いてしまった杯の様に空しいモノに変わってしまう」
やけに大袈裟な事を言いながらも、目の前にあったご馳走に手を伸ばすシュウ。
あ、せっかく出してもらったのにコッチを完全に忘れていた。
なんて思って、こちらも慌てて箸を手に取ったのだが。
相手はニコニコしたまま、豚の丸焼き的な物にナイフを入れ。
「良ければ、どうぞ? 大昔の話だが、私が神として崇められていた時の貢ぎ物の再現だ。味は良いよ?」
「あ、ハイ、どうも……」
案外テーブルマナー的な物は気にしないのか、適当にナイフで切り分けてから、ムシリッと足を捥いでこっちに差し出して来た。
わ、わぁ……結構ワイルドだぁ。
此方としても色々助かるのだが、コイツの見た目でこういう事されるとギャップが凄いんだが。
あと、この調理された生物は何。
豚っぽいみたい目だけど、なんか違うんだけど。魔獣か何かか?
まぁ考えても仕方ないか……という事でソレを受け取り、そのままガブッと食いついてみれば。
「ウッマ!?」
「フフッ、気に入った様で何より。魔女エレーヌ、貴女もどうぞ?」
「ありがとう、シュウ。頂くわ」
もう一本の足を差し出され、エレーヌもガブガブ。
豪華な料理が並んでいるのに、めっちゃ行儀悪い食い方している気がするけど。
とりあえず、相手が気にしないのなら良いか。
「それで、天人の話なんだけど……」
「そうだね、けど……どの辺りの事から話せば良いのか。まともそうな人物から話すのならアレかな、門を別の場所に作るんだと言っていた男。銀色の氷竜を連れていた人物が居たけど――」
え、ソレってまさか前の街にあった遺跡を作った人?
その当時からあのメカドラゴンを連れていたとなると、もしかしてあの街の氷竜伝説って、そもそもそいつが発端なんじゃ……。
「ちなみにソイツはどうなったんだ!? 前の街で、その人物と思われる痕跡も確かに見つけているんだが……」
「おぉ、それなら無事“北の門”の複製に成功したのかな? あぁいや、君達がココへ足を運んだという事は……そういう事なのだろうね。まぁ良い、ちょっと長い話というか、取り留めのない、私から見た印象になってしまうが。酒の肴にタラタラと語っていこうじゃないか」
そんな事を言いながらも、過去の天人について語り始めたシュウ。
何でもこの地には数多くの“そういう人達”、つまり転生者が訪れたそうで。
とは言っても、頻繁に来る訳では無いそうだ。
数十年に一度、下手すれば百年単位。
此方からすれば気の遠くなる話だし、“数多くの天人”なんて表現はしたものの。
その実、合計としては二桁後半にも満たないそうな。
件の氷竜の主人、そして雪の街に第二の門を建造した人物も、何百年以上も前の人物の様だし。
「私から見て、その人物が一番“真意”に近付いている様にも見えたのだけれど。しかし願いは叶わなかったか……残念だが、こればかりは致し方の無い事だね」
「ソイツは、なんて言っていた? 何を思って、“第二の門”なんて作ろうと思ったんだ?」
俺の質問に対して、彼女は少々悲しそうな顔をしながら「それも伝える事が叶わなかったか……」なんて小さく呟いて。
杯を傾け、一つ溜息を零してから。
「北にしかない“門”。それが目的になってしまわない様、後の天人達の礎となると言っていたね。アレは良い物ではないよ、少なくとも彼等にとっては。だからこそ君達“天人”の為の建造物、模造品を手近に作り、制限を掛けた状態で真実に触れさせる。その後は自らの道を見つけてもらう為に残りの人生を使う。そう言っていたね」
どういう、事だ?
北の門が、良い物じゃない? まぁろくな物ではないのは確かなのだろうが……
そして俺等の様な転生者の為の施設ってのは、間違いなくあの“遺跡”の事なのだろう。
しかし今ではソレその物が機能を失い、かろうじてログイン出来たのは俺だけという結果。
当人に関しては、このログインという行為をもっと手軽に出来る様にしようとしていたって事か?
いったい何のために? 本来であれば、完全なログインが叶えば答えが分かる事例なのか?
では何故、あんなゲートガーディアンを用意したのか。
これについては、俺達転生者以外が近付かない様にする為だと予想出来るが……これに関しても、俺達にさえ襲い掛かって来た。
システムの暴走? 未完成だったからこその欠陥?
色々と考えられるが、氷竜が当時から本人に付いていたというのなら、この線は考え辛い。
俺達が敵対行動を取ったからこそ、防衛システムが作動しただけ?
しかし部屋に入った瞬間、あの竜は襲って来た様な……。
だとしたら、俺達を転生者として認識していなかった事になる。
それにあのログイン。
あの時は扉を開ける為に必要なプロセスかと思っていたが、確かに妙だ。
少なくとも俺達が踏み込んだ時には、壊れていたにしろ機能は多少生きていたのだから。
だったら何故、転生者全員にその“チャンス”を与えない? 何故扉に触れた者だけだったんだ?
だってあの施設そのものが、“俺達”の様な者の為にあったというのなら。
複数人存在する場合には、全員に同じ効果を発揮しないと意味が無いのだ。
かの施設の管理システムに俺だけがログインした、なら分かる。
しかしそうではなく、あそこが救済措置の為の場所だというのなら……それこそ、パーティ全員に問答無用でシステムメニューが表示されないとおかしいのだ。
しかも……その後を決めてもらう為にって。
まるで答えさえ分かれば、個人の答えはすぐに出てしまう様な言い方じゃないか。
「その人物は色々な事を語ってくれてね、私にも分からない事が多かったけど……非常に印象に残っているよ」
「ちなみにそれは、どんな内容だった?」
ゴクリと唾を飲み込みながら、次の言葉を待っていれば。
シュウはまず俺を見て、それからエレーヌ。
そして最後に、キッチンに立っている仲間達へと視線を送ってから。
「当時は言っている意味が分からなかったけど……こうして目の前に勢揃いされると、嫌でも分かるものだね。確かに“魂の色”が違う、天人にも色々居る……というか、言葉を分けるべきだと言うべきか。純粋な天人、天人に近しい者、そして天人によって作られた“モドキ”。これらは元が違うだけで、全てほぼ同じ物。しかし確かに違いがあると、彼は言った。しかしそれらは、当人に突きつけた所で痛みを伴うだけだとね。結局は全て人なのだから」
何を……言っている?
申し訳ないが、全然理解出来ない。
しかしながらいつか感じた訳の分からない寒気が、全身に襲い掛かって来た。
“聞きたくない”。
まるで身体が、感覚が拒否しているかの様に。
「この世界にはね、色々と入り混じっているんだよ。だから、少しくらい歪でも存在するのなら同じように愛でるべきだ。それは全てに平等であるという事、美しい世界を保つ為には本来必要な事なんだ。しかしソレと同じくらい、本質を見据えるという事は非常に重要だよ? 受け入れる、という意味でね。それを知った上で、“ちゃんと生きる”べきだ。そして覚悟を決めた上で、“選ぶ”事が必要になって来る」
「……や、めろ」
「天人は、ある意味私と同じなんだ。皆“夢”を見ている。以前とは違う自分、他者を凌駕する力。それら“転生者”の願いを、世界が叶えた形だ。しかしその夢は、いつか覚める。この夢は、世界が与えてくれた“世界に馴染む為”の猶予期間なんだよ。それが過ぎれば、どんな者であろうと夢から覚める。つまり、そこからは一人でちゃんと歩かないといけないという事だ。あの門はヒントすら与えないのに、辿り着けば叩き起こす様な真似をする」
止めろヤメロやめろ。
分からない、全然意味が分からない。
けど全身が、心が、このアバターが。
そして俺自身が本能から恐怖を感じているのが分かった。
聞きたくない、この言葉だけは聞いちゃ駄目だ。
そんな事をしたら……この“夢”が、覚めてしまいそうだから。
「君の身体にある力そのものの事じゃない、それは君が“作り上げて来た”ものに他ならないよ。だからこそ、世界はその力を持った君をそのまま作り出した。しかし“天人”とは、そういうものじゃないんだよ。天に認められ、与えられた人物の事を指す名称だ。つまり、別の“特別な何か”を受け取っている。そしてソレを、気付かぬ内に行使している事も多いと聞いた」
分からない、けど感覚がどこかで理解している気がするんだ。
これまで細かい所で感じて来た違和感、所々で見かけるヒント。
そしてこの世界の創造主とも言える、アイツから話を聞いている時。
言葉を濁しながらも、どこか臭わせていた事例。
まるで俺に対して、自分で気が付けとでも言いたげに。
そして何より、アイツは……夢の中で、転生者やプレイヤーという言葉は使うのに。
絶対に“君達”とは言ってくれなかったのだから。
いつだって“俺にだけ”、声を投げ掛けていた。
つまり、それって。
「世界が与えてくれる“特別な力”というのは、本当に様々だよ。どんな敵にも負けない摩訶不思議な魔法、どんな物でさえ見て触れるだけで理解出来る膨大な知識。下手をすれば、運命と言えるソレすら捻じ曲げる“夢の様な力”。そして君に与えられたその力は……“仲間達”、だった訳だ」
「嘘だっ!」
思わず、ダンッ! と拳をテーブルに叩きつけた。
身体から漆黒の魔力が溢れ、何も考えていないのに全身を“本気装備”が包み込み。
背中の巨大な翼が装甲の擦れる音を立てながら勢いよく開いて、テーブルも料理も全て吹っ飛ばした。
エレーヌはひたすら混乱した様子を見せるが、相手は静かに此方を見つめたまま。
ただただ杯を傾けながら、ジッと俺の事を見ていた。
次の瞬間には、異変に気付いた仲間達が俺の周囲に展開し、相手に向かって武器を構える。
「クウリ! 大丈夫か!?」
「ここで戦闘って、正気!? ホントに何があったのさ!」
「お前っ、シュウ! クウリに何した!? 言えっ!」
違う、違うはずだ……。
だってコイツ等は、ずっと一緒に居て。
ゲームの時も、異世界に来てからもいつも一緒で。
一人じゃ、絶対この世界を生きて行けないからって。
だから全員で力を合わせて来たし、ここまで共に旅をして来たんだ。
それに……俺がこれまで知り得なかった事も、“こっち側”に来てからたくさん教えてくれて。
怒られたり、励まされたり、色んな事を話して。
ずっとずっと、それこそ最初から最後まで一緒に――
「“夢”はいつか覚めるものだよ、魔王クウリ。北の門に向かうという事は、それに自ら終止符を打つ事に他ならない。だからこそ数々の天人は、様々な反応を見せてこの地を去るんだよ。そして一度夢から覚めてしまえば……もう、同じ夢を見る事は無いだろうね」
黄龍の言葉が、まるで刃の様に……この身を貫いた気がした。




