第196話 杯を交わす
「いやぁ……ココへやって来る客人は、基本的に数十年、または百年くらい待たないと誰も来ないからね。久々のお客人だ、こちらも歓迎しようじゃないか。なんて、言うつもりだったんだけど……旨いね、コレは。実に良い肴だよ」
「気に入って貰えたのなら、何よりだが……」
以前いっぱい作った手羽先餃子の残り。
とりあえずすぐ作れる物を~って事で、イズに宴の準備を始めてもらっているのだが。
目の前に居るのは、間違いなくレイドボス。
の、筈なのだが……。
「クウリ、その……どうする?」
料理を続けながら、ダイラがコソッと耳打ちしてくるが。
相手は手羽先餃子に齧りつき、非常に満足気な様子で酒を傾けている状態。
今の所、戦闘が始まりそうな雰囲気は皆無としか言いようが無い。
「どうするもこうするも、今この場で戦闘する訳にも行かないからな……これで満足してくれるっていうのなら、付き合うしかないさ。このエリアに居る以上、多分どこに逃げても意味が無い」
「うへぇ……おっかないねぇ」
此方としては警戒心マックスの状態で、四人揃って料理を続けていた。
相手の酒に付き合っているのは、現状エレーヌのみ。
やけに相手の事をジッと見つめながらも、魔女は静かにグラスを傾けているが。
頼むから、変に喧嘩を吹っ掛けたりしないでくれよぉ……?
ソイツの見た目からしたら想像出来ないかもしれないけど、ガチで強いから。
第一形態でもこの場所が消し飛ぶであろうくらいの火力持ちだし、それ以降なんてリアルだとどう手を付けて良いのか分からないくらいに攻撃が派手だから。
「ご馳走になってばかりでは悪いからね、こちらからも用意しようじゃないか。そっちの四人も、共に杯を交わさないかい? 私の事を知っている様だけれど、そんな恐れなくても良いじゃないか。なに、取って食ったりはしないからね」
クスクスと笑う美人さんから、そんなお誘いを受けてしまうが。
こちらとしてはどう反応したら良いのかって感じに、皆ゴクリと唾を呑み込んでしまった。
でもまぁ確かに、このままコイツに飲み食いさせるだけでは事態は進まない。
どうしたって俺達は、この“龍の谷”を抜けなければいけないのだから。
思い切り溜息を零してから。
「すまん、こっち頼むわ。俺が行く」
それだけ言って調理器具を置き、覚悟を決めてイズキッチンから離れようとしてみれば。
「……気を付けろよ、クウリ」
「戦闘が始まりそうな雰囲気になったら、すぐ下がってね?」
「一応全員武器は用意したままだから……ヤバそうなら俺の後ろに隠れて、クウリ。すぐカバーに入る」
仲間達の声に頷いてから、冷や汗を拭いつつ席に着いてみると。
相手は満足そうに微笑み、着物の袖から一本の筆を取り出した。
コレを空中で動かし、まるで空気中に絵を描く様な動作。
そして描かれたそこには様々な色彩だけが残るという不思議な光景を見せられ、更には。
「ハハッ、まさに“絵に描いた”様なご馳走って訳だ。流石は“色彩の魔女”とも呼ばれた竜人……いや、“龍神”というべきか」
インベントリから取り出した広いテーブルには、何処からともなくドカッと大量の料理が並んだ。
なんだろう、超高い中華料理店とかで出て来そうなラインナップ。
リアルではそんな店入った事も無いので、どうしてもイメージでの話になってしまうが。
「これはこれは、随分と懐かしい名を出してくれるものだね。やはり私の事を随分と詳しい様だけれど……君はそんな通り名を、どこで聞いたのかな?」
「さてね、俺もどっかの資料でチラッと見たのを記憶している程度だ。アンタに会ったのは、間違いなく初めてだよ」
それだけ言って杯に手を伸ばしてみれば、相手はニコニコしたまま此方に酒の入ったひょうたんを差し向けて来た。
トクトクトクッと注がれる透明な酒。
すっげ、注がれている時から分かる程に良い香り。
まるで何かの花の様な、柔らかい甘い匂い。
「では、初めての出会いに」
「ハハッ、こっちとしちゃ冷や汗が止まらないけどな」
そんな言葉を交わしつつ、二人揃って杯を掲げてから。
静かに口を付けてクイッと傾ける。
これと同時に口の中に広がる、甘く爽やかな味わい。
スーっと抜けるような、嫌味の無い果実の甘さ。
その後に舌を満足させるかのような、高貴な酒とでも言わんばかりの後味。
初めての体験だが、これはすげぇ良い酒なんだろうなって事だけは分かる。
それこそ、“夢の国”にしか存在しない代物だと言われても納得してしまう程に。
「この人は何なの? 魔王。気配どころか、存在が……とても、不思議」
「ほぉ? 私も数々の人々を見て来たが、君は“魔王”なのかい? ハハハッ、これはめでたいねぇ。魔王を名乗る者とは、長い人生で初めて会ったよ」
これまた余計な事を言ってくれた魔女様だったが、その言葉に龍神は更にご機嫌の様子。
それじゃ試しに一戦……とか言い出さない事を祈りたい所なんだが、果たしてどうなる事やら。
「初めまして、だな。“夢の黄龍”。俺はクウリ、魔王ってのは他の奴からそう呼ばれていた事があるって程度だよ。アンタから見れば、大した存在じゃないだろうさ」
「いやいや、何を言うか。他者から呼ばれたと言うのはつまり、“認められた”証でもあるんだよ? しっかりと胸を張りたまえよ、魔王クウリ。こちらも初めまして、君達の言う所の“龍神”、または竜人の“シュウ”だ。今後とも仲良くしたい所だね? それで、そちらのお嬢さんは?」
「エレーヌ・ジュグラリス。太古の、忌み嫌われた魔女よ」
三人が自己紹介した所で、シュウはこれまた楽しそうに微笑んでから更に酒を此方に勧めて来た。
此方としては相手が何かするたびにヒヤッとしてしまうが……それを態度に出す訳にも行かず。
グッと堪えたまま、酒をもう一口。
「これは凄い。この場には龍神と魔王、それに魔女まで揃っているのか。ではどうする? せっかくなら世界を覆す悪巧みでもしてみるかい? 私は普段やる事が無くてね、楽しそうな事には目が無いんだ」
なにやらウキウキした様子で、俺達の事を覗き込んで来るレイドボス。
まったく、外見だけなら好奇心旺盛なお姉さまって感じの見た目しやがって……。
この実、本気を出したら多分俺とエレーヌだけじゃ瞬殺される程の実力者なのだ。
おっそろしい世界最強種も居たもんだぜ。
数々のレイドボスは記憶に残っているが、わざわざこんな奴と顔を合わせる機会が無くても良いのに。
なんて、呆れたため息を零しそうになってしまったのだが。
「それともアレかな? 君の様な“天人”は、まず“北の門”に行ってからじゃないとやはり行動が始められないのかな? 私としては、あまりお勧めしないというか……これまでに見て来た天人は、皆アレに関わった後変わってしまうからねぇ。どうにも好きになれないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺もエレーヌも杯を傾ける手が止まった。
いや、でもそうか。
コイツがココに居て、北の門手前とも言える場所に“龍の谷”を拵え。
しかもこの幻影の地がずっと昔からあるのなら。
このボスは、これまでの“天人”……またはプレイヤーを何人も見て来たって事になるのか。
「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらえないか?」
一旦杯をテーブルに戻し、ズイッと身を乗り出してみると。
相手は非常に満足そうに微笑みつつ、再びひょうたんを持ち上げてみせる。
まずは飲め、って事なのか?
とりあえず杯をもう一度手に取り、中身を一気飲み。
そしてもう一度相手に向かってソレを差し出してみれば。
「君にとっての肴は、旨い飯より耳寄りな噂で決まりかな? もちろん良いとも、こうして一献交わした仲なんだ。今日は何でも聞いておくれ?」
これはもしかしたら、最終地点間近にて現地の重大情報をゲットするチャンスが降って湧いたのかもしれない。
そう考えれば、思わずニッと口元が吊り上がっていく様だが。
「魔王、こういう時はアレじゃなかったかしら……相手の杯にも、こちらからお酒を注いだりしなくて良いの?」
「……あ、ヤベッ」
「フフフッ、細かい事は気にしない主義だが。でも確かに、注いでくれるのなら此方としても嬉しいね」
そんな訳で、お互いに酒を注ぎ合うという。
まるで式か何かの時みたいな、ちょっと変な空気になるのであった。
つぅか集まってる面々からして、既に場の雰囲気は非常に変なのだが。
あぁもう、胃が痛くなりそうだよ。




