第195話 夢の黄龍
「まぁだ腹の中タプタプする気がする……」
「もう一回トイレ行っておくー?」
「行かねぇよ! というかどこでしろってんだよ!」
ダイラの声に突っ込みを返しつつ、本日も足場の悪い山岳地帯を歩く。
とりあえず歩けそうな所を選んで進んでいるのだが、たまに足場の狭い尖った山の上とか歩かされるのでマジで怖い。
一回ガチでずり落ちそうになって、思わず“飛行”を使った結果。
空から色んな飛行型エネミーが襲って来たし、やっぱりココも飛行禁止エリアの御様子で。
仕方なく、皆してテクテク歩いている訳である。
とはいえ。
「昨日より霧晴れたねー、コレなら歩きやすい!」
焼肉をしっかり満喫したトトンに関しては、非常に元気。
いつも調子に乗ってずっこけたりするのに、今日はちゃんと警戒しながら進んでいるのか。
ちょっと危なっかしいダイラのサポートをしながら、人一倍ズンズン進んでいくではないか。
「ゲーム時代の様な酒の量は消費出来なかったが、それでもコレだけ霧が晴れるんだな。敵の数も、明らかに減っている」
「そのゲームっていう所では、いったいどんな量を飲んだのよ……昨日だって、傍から見ていたら呆れる様な量を飲んでいたのに」
残る前衛二人は、コレと言って心配する必要も無さそうな様子。
やっぱ体動かす職の人はバランス感覚も良いよね……俺なんか、さっきから結構ビクビク進んでるのに。
というかエレーヌの言った通り、このイベント中だけは俺のキャラも相当酒を呷った筈なのだが。
ここでは身体の酒気が全て吸われるって事で、酒に慣れるという体験にはなっていなかったのか。
普段からもうちょっとアイテムに頼っておけば、こんな事にはならなかったのかもしれないが……まぁ、今更か。
「ダイラの作った“胡蝶の夢”のお陰で襲撃が無いだけ良いが、まだエネミーが全部消えた訳じゃないからなー? マジで警戒しろよぉ? とはいえこの足場じゃ、上からしか攻撃は無さそうだけどな」
現状周囲をパタパタしている“赤い蝶”のお陰で、デカい奴か警戒心の強い奴以外襲って来ないのは良いが。
足場がこれじゃ、戦闘なんて出来たもんじゃ無いだろう。
はぁぁと大きなため息を零しつつも、どうにか仲間達に遅れない様付いていく俺。
だったのだけれども。
足元ばっかり見ていたら、思いっ切り前を歩いていたエレーヌの背中にぶつかった。
ぶへっと声を上げ、そのままバランスを崩しそうになったが何とか耐えた。
そして、何か急に止まった魔女様の方へと視線を向けてみると。
「こういうのを……なんて言うんだったかしら。あぁそうそう、“フラグ”だったわね。言葉にしたら、現実になったわよ? 魔王」
「はい?」
不思議な事を言い放つエレーヌが指さした先。
そこには……何か、鹿っぽい生物。
やけに角が立派だし、筆で上手に鹿描きました! って感じの不思議生物。
まぁコレだけなら、このエリアだしな。で済んだのだが。
「いやいやいや、待て待て! こんな険しい所を登って来るのかよ!? なんだアイツ等! 鹿すげぇな!?」
超急斜面だというのに、なんかこう……普通にヨイショヨイショって感じで上がって来ているんだが。
「鹿ではなく、ヤギじゃないか? 多分アイベックスとかっていう動物をモデルにしたんだと思うのだが……」
「エネミー自体は見た事あるけど、こんな所上って来るんだねぇ……うはぁ、すっげぇ」
「いやいやいや皆!? 早く行こうよ! こんな所で戦闘出来ないよ!? クウリの遠距離攻撃じゃ、それこそ足場ごと粉砕しちゃうし!」
という事で、皆揃って今まで以上に急いだ。
これに対し、必死でこっちを追いながら登って来るヤギだが鹿だか分からない生物。
うひぃ……リアルだとあんな雑魚でも逃げなきゃいけない状況が発生するんだから、おっかないねぇホント。
※※※
「す、進まねぇぇ……」
「まぁ、こればかりはな」
ある程度足場がしっかりした場所に踏み込んだ瞬間、即座に野営地とする事を決めた。
もう嫌、マジで嫌。
足場悪くて全然進めないし、飛んだら敵が襲って来るし。
度々下から襲って来る不思議生物も居るし。
こちらに到着する前に呪いやら毒やら、もしくは拘束魔法で足引っ張って谷底に落としたりとか。
いろいろやったけど、小技を連発した所で時間ばかり取られてしまう。
あと、滅茶苦茶地味。
しかし分かりやすい攻撃魔法など使う訳にも行かず、結局本日は諦める事にした訳だ。
もっとスキルを幅広く取っている攻撃術師でも居れば違うのだろうが、生憎と俺は尖ったツリーをしているので。
正直、他の魔法戦闘系プレイヤーと比べれば手札が少ない術師と言っても良いだろう。
それこそ今更言っても仕方ないけど。
そんでもって、問題がもう一つ。
ここ最近はそれなりの頻度で“あの夢”を見ていた筈なのに、“龍の谷”に入ってからパッタリ。
そもそもここ自体が夢の中~みたいな設定だし、その影響なのかもしれないけど。
「イズー、今日夕飯何~?」
「そうだな……何にしようか。トトン、リクエストはあるか? こうも身体を動かしていないと、あまり連日ガッと食べる気にもならないが」
「いやいや、前衛組が元気過ぎるだけだからね? 普通こんな場所ずっと歩いていたら、かなりクタクタになるからね?」
仲間達に関しては、これと言って問題無し。
戦闘がそこまで発生していないというのと、全員掛かりで対応する様な事態に陥っていないからこそ元気が有り余っている御様子で。
こっちとしちゃ歩くだけでも気を使うし、小技しか使えないから妙に気疲れしたというのに……なんて、思わず呆れたため息を零しつつ笑っていれば。
『おや……本日は宴を開かないのかい? それはちょっと残念だね、期待していたのだけれど』
どこからともなく、そんな声が聞えて来た。
ゾッと背中に冷たい物が走り、すぐさま杖を構えて周囲を警戒してみると。
霧が、濃くなっている。
この変化に皆もすぐに気が付いたらしく、円陣を組む様にして背中合わせになり、周囲全てを警戒したのだが。
『あぁ、すまない。どうか怯えないでくれると嬉しいな、すぐに姿を見せるよ』
周囲の白い霧に反響するかの様に、様々な方向から聞えて来る声。
しかも“胡蝶の夢”で発生している赤く輝く蝶が……一つ、また一つと灯りを消していくではないか。
おいおいおい、勘弁しろよ。
赤い方はエネミー避けだったんだが、それすら無効化する大物の登場ってか?
ダイラのが慌てて青い蝶の方を使うが、それすらも大した時間保たず。
通常の明かりが周囲の暗闇と霧を照らし出している光景だけが広がった。
そんな中、霧の中からゆっくりと姿を現したのは……。
様々な美しい色の入った白い着物を、まるで上着の様に緩く羽織った、髪の長い女。
まるで空の色かと思う程の明るい長髪、着物を着ているくせに妙にカジュアルな雰囲気のインナー。
そして、目を奪われそうなパッチリとした金色の瞳。
しかしその瞳孔は、まるでトカゲか何かの様に縦に割れている。
コイツは。
「やぁ、こんばんは。少し前から見ていたのだが、随分と楽しそうな旅人が来たものだから――」
「“夢の黄龍”の第一形態……“シュウ”? おいおいおい……嘘だろ?」
ゲーム内ではこんな風にお喋りする事も無かったが、そこはいつかの溶岩神と一緒なのだろう。
えらく陽気な雰囲気で現れた女だが、見間違えるはずもない。
このステージ最終部に登場するレイドボスの初期状態。
とにかく魔法攻撃をばら撒いて来て、まるでそれは一種の芸術かって程の弾幕。
ある意味俺と似た“ぶっぱ”型であり、攻撃方法としては俺と真逆の術師とも言える戦い方。
こちらが一点特化の攻撃なら、相手はフィールド全体攻撃。
それらを回避しながら本体を攻撃していくという、ある意味ド派手なレイドイベントではあるのだが……。
今ここでコイツと遭遇してしまうのは、最悪という他無いだろう。
どうしたって、“足場”が足りないのだ。
黄龍の弾幕を避ける為には、広いフィールドが必要。
現状はこんなに狭い上に、どう見たって脆い足場では……勝ち筋なんて、それこそゼロとしか言いようが無い。
「おや? 私を知っているのかな?」
ちょっとだけ偉そう。というか元々は高貴な人物が、どうにかこちらの口調に合わせているかのような喋り方で。
ソイツは言葉を投げ掛けながらも、ニィッと口元を吊り上げてみせた。
不味い不味い不味い、コレ本気でヤバイ!
どんなに作戦を考えようと、勝ち筋が一本も見つからない。
魔女だけは怪訝そうな瞳を向ける中、俺達に関してはガチの戦闘態勢。
だがもはや、どう撤退するか。
というか、どこまでテレポートすれば安全なのか。
必死でそんな事ばかり考えていると……。
「なら、自己紹介は短くて済みそうだ。手土産も持って来たから、私も混ぜてくれないかな? 君達の宴会を見ていたら、酒気を奪うだけでは満足出来なくなってしまってね。無粋だが……ちょっと私も仲間に入れてくれないかな? 宴はやはり、人が多い方が楽しいものだろう?」
ニカッと破顔した美人の龍神が、何処からともなく酒樽と食材を取り出して来たのであった。
…………はい? 今なんて言った?




