第180話 夢の中で
「はぁぁぁ……本当にさぁ、こんな立派な建物に営業入るの、絶対俺の仕事じゃないよね」
会社から電車を乗り継ぎ、今回のプレゼン資料を胸に、酷く大きなため息を零した。
それこそ見上げる程背の高い建物。
普段から都内やら何やらをウロウロしている俺からしても、首が痛くなる程大層ご立派。
こぉんなデッカいビルを管理している相手に、ウチの会社から何をご紹介しろというのか。
もはや何度目になるか分からないため息を零しながらも、受付さんに声を掛けるとあっさり中へと通される。
今回の商談に乗ってくれたお相手さんは、既に待ってくれているんだとか。
ヒー、緊張で腹痛ぇ……。
そんな事を考えつつもエレベーターに乗り込み、無駄に上がっていく階層表記を眺めていると。
ポーンと軽い音が響くと同時に扉が開く。
そして、目の前に居たのは。
「やぁ、初めまして。こうして直接会うのは初めてだね、“クウリ”」
「……え?」
スーツの男が、豪華な部屋で、これまた高そうな椅子に腰かけて此方を見ていた。
あ、あれ? 俺エレベーターから降りて、いつこの部屋に入った?
キョロキョロと周りを見回してみても、どこからどう見ても相手の仕事場へと踏み込んでいる御様子。
これは不味い、ボケッとしながら商談相手の部屋にお邪魔してしまったか。
なんて、慌てて胸に抱いた資料を準備しようと動き始めたのだが……待て。
今この人、俺の事をなんて呼んだ?
だってその名前は、リアルの方で名乗った事など無いのだから。
俺がネットゲームをする時に、決まって付けるプレイヤーネーム。
別に大した意味など無い。
ただ何となく、本名をもじったりして、ずっとこの名前を使って来た。
本当にそれだけ、基本的にオンオフは切り替えているので、オフ会なんかをやる事もなかったし……というか、機会があっても俺が忙しくてそういう関係になったゲーム友達は居ない。
だからこそ、仕事中に“クウリ”と呼ばれる事なんてあり得ない筈。
「ゲート……まぁ分かりやすく北の門と呼んでおこうか。そこに近付いた影響かな? ラストステージへようこそ。その結果、こうして君自身に少しだけ関われる様になったみたいだ」
「あーえぇと? いや、あははは。面白い事を仰います……ね? えと、挨拶もせず、大変失礼しました。本日はお忙しい中、お時間を頂きまして――」
「窓の外を見てみると良い」
資料を準備しながらまずは名刺を……なんて思っていた俺に対して、相手は部屋の窓を指さした。
これまたでっけぇ窓。
というかガラス張りの壁とも言えるような、ご立派な会社。
その向こうには、当然の如く“リアル”の世界が広がっている訳で。
都内だからそこら中に建物は建ち並んでいるし、窓から見下ろせば蟻んこかって程のサイズの車や人が動き回っている。
コレが現実、俺が生きている世界。
だった筈なのだが。
「……え?」
窓ガラスに映っている俺の姿が、なんかおかしい。
一応ビジネススーツは着ているものの、銀髪で小柄な女の子が、驚いた顔で俺の方を見ているのだ。
というか、俺自身か。
位置関係的にそれしかあり得ないし、何より見覚えしかない。
“ユートピアオンライン”で使用している、俺のアバター。
現実世界で見る機会などない、ゲーム世界にしか存在しない筈の俺がいるのだ。
「まずは認識する事だ。今の君には、ソレが正しい姿なんだと。コレを拒否してしまうと、世界に“呑まれる”可能性が高くなる。前回君とエレーヌが倒した大型、アレは君と同じプレイヤーのなれの果てだ。だからこそ君と同じ様に特殊な力を持ち、“プレイヤー”にしか対処出来ない。PVPにNPCが乱入して来ないのと一緒だ」
「なに……を」
声だけは何とか返しているものの、視線は窓ガラスに写る光景から目を離せなかった。
違う、違うだろ。
リアルの俺は、こうじゃない。
アラサーって呼ばれる年齢に入ってたし、そもそも男だ。
だからこそ、これはアバターであり“俺じゃない”筈――
「世界というのは、意外と適当なんだよ。それこそ、ネットの世界と一緒だ。新しい舞台が生れ、古い舞台は残りながらも廃れていく。もちろん消え去る事だってある、まさにネットゲームみたいなモノだよ。そして世界が求めるのは、“プレイヤー”という存在のデータ。それ等がクラウドに保管される様にして、数々の世界に影響を及ぼす」
「いや、あの……ちょ、え? えぇと、俺……今日、ここに、営業に……」
「“今の君”に、そんな事をしている暇があるのかい?」
相手は、静かに語り続ける。
驕っている様子も、威張っている様子も無い。
ただただ言葉を紡ぎ、こちらにジッと視線を向けているが分かる。
どうにか窓から視線を外し、その瞳を見つめ返してみると……あれ? この人、どこかで……。
「今の世界がどうとか、前の世界がどうとか。それこそ別の世界が……なんてのは、知るだけ無駄だ。肝心なのは、今自らがどこに居るのか。君自身がその地でどう生きるのか、それだけなんだよ。他所の事など考えるのは、自らの存在を確立してからでも遅くない」
そんな事を言い放ち、彼は席を立って此方に近付いて来た。
そしてそのまま、俺に向かって名刺を差し出して来て。
「これをしっかり認識しておかないと……私と同じ過ちを犯す事になる。ある意味、今の君の生きる世界の基盤を作ったのは私だ。しかしソレに多くのプレイヤーが関わった事で、あの世界は“世界”として認められ、私の予期せぬ方向へと進んでいる。だからこそ、サービスを停止したんだ」
名刺を受け取ってみれば、そこには当然相手の名前と。
そして、ココの会社名。
「株式会社“トレック”……ユートピアオンラインの管理、というかあの世界を作った会社……」
思い出した、この人の顔。
ネットの記事か何かで見ただけだったが、ユートピアオンラインを作ったという、天才とも呼ばれた開発者。
今でこそサービス終了してしまったが、アレだけ規模のデカい……というか、あり得ない程自由度の高いゲームを作り上げた人物。
「覚えておくと良い、何度も言うが世界とは結構“いい加減”だ。しかし常に情報と変化を求める強欲な“概念”でもある。だからこそ他の世界の情報は欲しがるし、必要なら他所から“データ”を取り寄せようとする。それが我々……分かりやすく言うのなら、“転生者”だ。しかし言葉としては間違っている、我々は個として“生まれ変わる”事などしていない」
「さっきから……何を?」
此方を見下ろして来る相手の言葉に、ひたすらに混乱するしか無かった。
まるでこれまで分からなかった事に対して、急に答え合わせを始められたみたいで。
しかもその“答え”かもしれないモノに、全く理解が及ばなくて。
「細かい事や、私からの謝罪は全て後回しだ、今は必要な事だけを伝えよう。これは全て私の我儘で、君は被害者だ。だから、責任を感じる必要はない。私が勝手に君を評価し、無意識下とはいえ、君ならばと“選んだ”結果に過ぎない。だからこそ君はどこまでも我儘になって良いし、自由に生きて良い。しかし」
彼は此方の肩を掴み、まるで懇願するかの様な必死な表情を浮かべてから。
「どうか……彼女だけは、自由にしてやってくれ。もう私に縛られる必要はないのだと、そもそも彼女自身が気にする必要など無いのだと。彼女もまた、自由に生きて良い存在なのだと教えてやってくれ」
いったい何を言っているのか、まるで理解出来なかった。
彼女とは、誰の事なのか。
世界だのゲームだの、データだのクラウドだのプレイヤーだの。
マジで、本気で意味が分からなくなって来た頃。
徐々に霧が立ち込めたかの様な、白みがかった光景へと変わっていき。
「世界は様々な物を求める。しかし変化を起こす為には、“権限”が必要なんだ。だから君の力で、あの世界を隔離して欲しい。そしてその世界で、自由に生きてくれ。私のせいで被害者が出ているのに、勝手な話で申し訳ない」
「……ホント、何を――」
「君には更なる権限を、そして彼女には別れを。それを北の門でキッチリと済ませよう。いつまでも特別たれ、“魔王クウリ”。こんな事に巻き込んでしまって、本当にすまない。また、話そう」
どこまでも申し訳なさそうな表情の男を眺めながら、こちらは完全に視界が途切れるのであった。
こりゃいったい……何がどうなってるんだ?




