第175話 厄災の雨
「覚醒……“カオスフィールド”!」
初手からオーバードライブを使い、周辺の魚類をまとめて呪いに包み込んだ。
泳いでいる真っ黒な魚達はそこまで強い個体ではないのか、そこら中で魔力爆発が起きているが。
「早速使ってしまって良いの? 大技の時こそ必要になるんじゃなかったかしら」
「コンボを繋げばゲージが溜まるのも早いんでね、これだけ居れば関係ない」
「よく分からないけど……ま、良いわ。ならこっちも、派手に行くわね。“血喰らい”、食事の時間よ」
魔剣の柄からいくつもの棘が突き出し、魔女の掌を貫いたかと思えば。
いつか見たコイツの第二形態とも言える、赤い魔力を全身に纏っている状態に変化した。
遠くの相手には斬撃を飛ばし、近くの相手は身体に纏わり付いた魔力の刃が両断する。
これだけでも周囲の敵は瞬く間に殲滅されていく。
だが霧の中から襲って来る魚達の勢いは止まらない。
それどころか、デカい鮫みたいなのまで攻め込んで来る様になったではないか。
相手も本気を出して来たって事か?
なんて事を考えつつも、周囲の霧に対して“イロージョン”のスキルを発動した。
本来であれば物体にしか影響を及ぼさない調査系スキルな訳だが、今は覚醒状態。
この霧そのものが相手の攻撃だというのなら、現状では侵食が可能と言う訳だ。
しかしスキルから返って来る感覚は……。
「クソッ、多すぎる!」
「魔力の強い個体から潰していくしかないわ! 視界に頼る方が無謀よ!」
たしかに、これじゃ埒が明かない。
しかし俺のスキルだって万能という訳では無いのだ。
というか、調査系スキルはそこまで数字を振り分けている訳では無い。
そもそも個人で動く事を想定していない極振りキャラのステータスってのが、ここで露骨に足を引っ張っている。
が、少しだけ掴んだ。
やけにデカい魔力の反応、ソイツの方向は。
「ったく、また上かよ!? “シューティングスター”、“プラズマレイ”!」
周囲の奴らも巻き込みながら、広範囲殲滅スキルをぶっぱしてみた結果。
カオスフィールドの影響もあり、そこら中で魔力爆発の連鎖が起こる。
それ等の爆風に押しのけられたのか、少しだけ霧が晴れたその先に泳いでいたのは。
「……ハッ、本当に嫌になるね。今度は鯨かよ、しかもあり得ねぇ程デケェし」
「魔王! 私をあそこまで運んで!」
「うっしゃぁ! 行くぞエレーヌ! 刺身にしてやれ!」
魔女の手を掴み、翼を使って一気に上空へと飛びあがった。
濃い霧の中、此方に迫って来る魚達を全て無視して。
そして、月光に照らされたデカい鯨の上までやって来た瞬間。
「これは随分と、“食いで”がありそうね」
「喰えそうかよ? 魔女」
「当然」
魔女の両手剣から、真っ赤な光を纏った魔力の刃が……このクソデカ哺乳類すら両断出来そうな程に、伸びた。
準備は出来たとばかりに俺の手を放し、エレーヌはソイツに向かって剣を構えて落下していく。
「人の上空を優雅に泳がないでくれるかしら? 不快よ、化け物。その首……この場に置いて行け!」
それはもう見事にスパッと、超巨大鯨の首を落とした魔女。
ハハッ、こりゃおっかねぇ。
こんな化け物すら、本気を出せば一撃かよ。
思わずククッと口元を吊り上げながら、落下していく魔女の身体を空中で抱きかかえるようにキャッチしてみれば。
「さ、戻りましょう。私達の“奇行”を、しっかりと皆に説明しないと」
「だぁな。戻ってから何を言われるか分かったもんじゃ――」
さっきの奴がボス、そう思っていた。
だってそうだろう、想像もつかない古代の恐竜かよって程に馬鹿デカいし、下手すりゃ船だって呑み込みそうなサイズだったのだ。
そんな奴を討伐すれば、コレは終わるものだとばかり思っていたのに。
霧が……晴れない。
それどころか、俺達に更なる影が落ちて来るではないか。
「……おいおいおい、流石に冗談だろ?」
「勘弁してよ……さっきのだって、何度も連発出来る攻撃じゃないのよ?」
二人揃って、頬を引きつらせてしまった。
俺達の更に上、月明かりが眩しい筈だった空に。
いくつもの鯨の影見えるのだ。
しかも、周囲の霧がどんどんと濃くなってやがる。
お陰で視界は再び悪くなり、周囲からはまた細かい魚の影が見え隠れする。
「あと何体狩れば終わるんだよ……」
「でも、やるしかないわね」
もはや見上げ過ぎて首が痛くなるっつぅの。
そんな事を思いつつ、更に上空へと飛び立とうとしたのだが……待った、何か変だ。
「どうしたの? 魔王。これ以上霧が濃くならない内に、上へ行かないと」
首を傾げる魔女が掌を周囲に向け、赤い攻撃魔法を放って魚達を殲滅していく訳だが。
やっぱり、変だ。
さっきから、“上から”しか攻撃が来ない。
今の俺達は、空中戦を繰り広げている状態。
だったら四方八方から襲われてもおかしくないし、その方が確実に仕留められる筈なのに。
だが、やけに視線を空へと向けさせられる。
あの鯨の群れが雑魚モブを召喚し続けて、一直線に俺達に向かって来ているというのなら分からなくもないが……。
既に霧は、俺達を包み込んでいるのだ。
だったらせめて、背後から攻めて来たっておかしくないだろう。
そしてこういう戦い方を、俺は知っている。
「ノーライフキング、聞こえるか?」
『もちろんです、魔王様。我が魂は、常に貴女様と共に』
マジでお試しではあったが、俺が召喚している扱いになっている駒に声を掛けてみれば。
アイツの姿は見えないのに、ノーライフキングの声だけが耳元からハッキリと聞えて来るではないか。
「“そっち”は、どうだ?」
『魔王様が上空へと飛び立った後、攻撃が止みました。今は魔王様の仲間達から、質問攻めにあっております』
それはすまん、マジですまん。
けど、これでちょっとだけ予想が確信に変わった。
もしも更に上、天空に居るボスが俺等の事を誘っているというのなら分かるが。
それはあまりにも戦略的じゃない。
そして下の皆を襲っていないという事は、今ヘイトを買っているのは俺とエレーヌ。
つまり、“見えている奴等”なのだろう。
もしくは、下に居る皆はいつでも食えるからって事なのかもしれないが。
実際一人喰われたしな、周囲の人間は気が付いていない様だったけど……“認識阻害”とでも言うべきか?
相手が何も考えていない魔獣の様な存在だったら、下の連中の攻撃を止めた意味が分からない。
もしくは真正面から戦う事を望んでいる様な相手だった場合は、このまま上へと進むしかないのだが……そんな奴が地上をわざわざ霧で包み、完全に包囲してから襲って来るか?
あの時俺とエレーヌが気付かなければ、間違いなくチマチマと食事を続けていた事だろう。
しかし気が付いた者が居たからこそ、まずはこっちを潰そうとしている。
俺達という邪魔者さえ居なければ、ゆっくりと食事が続けられるから。
要は相手が、“そこまで考えている”生物だという事。
だからこその認識阻害だとすれば、相手は間違いなく俺達に“居場所”を教えたくない筈だ。
なのに一直線に攻撃してくるのでは、道理に合わない。
だと、すれば。
これは“サモナー”の戦い方だ。
集まって来る奴も、明らかに怪しい大物すらも。
それら全てが囮であり、主戦力。
環境を使って全てを騙す戦い方をする事で、PVPに混乱を巻き起こす。
このまま俺が上に向かうという事は、完全に相手の掌の上で踊ると同意義。
もしもこの思考が当たっているのなら。
「ヘイトコントロール、というか視線の誘導か……」
「ちょっと魔王、貴女も手を貸しなさい。というか、早く上に行かないと。このままじゃ消耗戦にしかならないわよ?」
俺に抱えられながら、ずっと迎撃してくれているのはありがたいが。
随分と近い距離から、美人顔がジロッと此方を睨んで来た。
けどもまぁ、もしも俺の予想が正しければ。
「エレーヌ、掴まれ。一気に動く」
「やっと動く気になった? なら、早いところ空へ――」
「いいや、“下”だ」
「……なんですって?」
お姫様抱っこの状態で、更に首にしがみ付いて来たエレーヌ。
いつもだったら、これだけでも焦っていた所だろうが。
今だけは、ニィッと牙を出して笑って見せた。
「あんな馬鹿デカい奴が大量に居て、何故俺等の視界を完全に遮ろうとする?」
「そりゃ、そっちの方が狩りをする以上都合が良いからでしょう」
「だな、しかし周りの奴等は俺が召喚するノーライフキングみたいな存在だったとしよう。ソイツ等に頼って狩り尽くすのなら、何故大袈裟に姿を現す必要がある? なのに少し突けば、あっさりと姿を見せた。あんな群れで動いているのに、随分と臆病過ぎると思わないか?」
喋りながら翼の効果を一旦解除し、俺達の身体は自然落下していく。
これに対して周囲に居た魚どころか、上空からデカい鯨まで此方に迫って来るのが見えた。
お~お~どうした? さっきまでは優雅に泳いでいた癖に。
こっちに来いと言わんばかりに余裕ぶっこいてた奴等が、何故このタイミングで一斉に襲い掛かって来る?
馬鹿が、その行動が俺の予想が正解だったって言ってる様なものなんだよ。
「つまり?」
「相手は地上に居る。上にばかり注目させたのは、俺等の視界を間違っても本体に向けさせない為だ。その証拠に、最初は周囲から攻めて来たのに、“見える存在”が居ると分かった瞬間攻撃は上からしか来ない。上のが本体なら、あんな上空に居て地上に居た俺等が正確に見えるか? 何故攻撃されたくない筈の自身に、俺等の視線を誘導する必要がある?」
「……踊らされたって訳ね。魔王、いつも飲んでるポーション、私にも頂戴」
インベントリからMP完全回復のソレを二つ取り出し、二人揃って一気飲み。
空中で瓶を投げ捨ててから、身体を反転して再び翼に魔力を通した。
そして。
「おっしゃぁぁっ! 一気に行くぞ!」
「仲間が居る所以外、荒れ地にしてあげるわ」
下に向かって一気に加速し、周囲に纏わり付いていた霧を振り切った。
視界が晴れれば、再び美しい北の大地が見えて来る訳だが。
「広範囲殲滅系スキル、特盛で行くぜぇぇ!」
「見つからないのなら、あぶり出せば良い。隠れる場所が無くなるくらいに、全部壊してあげるわ」
急降下する俺達からは、大量の魔法攻撃が放たれた。
それは様々な輝きを纏った雨の様に、視界に映る範囲をひたすら破壊していくのであった。




