第171話 特殊条件のボス
「おっ! 結構速いし、重い!」
そんな事を叫びながら、トトンが相手の攻撃を弾き返してみれば。
向こうも随分と連携が上手いのか、もう一体がちびっ子の首を狙ってハンドアックスを横薙ぎに振るって来るが……。
「でも残念、今は俺の方が速いもんねぇ~」
トトンの反射神経なら、普通に対処出来る程度。
だというのに、“こっち側”に来てから風魔法を習得した影響か。
ギュンッと一気に加速したトトンは、相手の背後に回り込んで横っ面を大盾でぶん殴った。
「ちっこい上に頑丈、しかも回避盾の役回りも出来るとなると……もしかして俺、最強?」
「トトン、あんま調子乗るなよ?」
「クウリにだけは言われたくなーい」
えらく気の抜けた声を放ち、そのまま追撃に走るちびっ子。
ハッハッハ、こりゃマジで物理担当としては最強だわ。
こんなタンクが居たら、複数でアイツを取り囲もうとしても、その間を縫ってぶん殴って来る事だろう。
しかも本人のステータスとしては、馬鹿デカい魔獣の突進すらパリィするのだから、ゲーム時代なら間違いなくチート扱いされていた事だろう。
なんて、トトンばかり目立っているかと思いきや。
「補助するよ!」
杖を構えたダイラが声を上げた瞬間、再びトトンへと向かおうとしていた牛頭の前足がズボッと地面に埋まった。
こっちに関しては土魔法か。
ダイラは基本的に能力補助と回復、そして魔法防御にステを振っていた訳だが。
ここに来て、小型相手なら物理的なサポート術も手に入れたって感じか。
これはまた、盾と補助だけで終わってしまいそうな光景ではあるのだが。
「舐めるなぁ!」
馬面が激高した様子で、両手に持った斧を此方にぶん投げて来る。
武器自体も特殊なものなのか、先程の投擲攻撃後も、いつの間にか相手の掌に戻っていたソレ。
そんなものが、クルクルと回転しながら左右から迫って来るけども。
「投げた後、手元に戻って来るだけの魔道具か? 便利ではあるが、芸がないな」
「そもそも威力と工夫が足りないわよ。私達を抜いて後衛を殺したいのなら、もう少し頭を使いなさい」
その両方を剣で打ち落とす前衛が二人。
赤い鎧の双剣使いと、赤いドレスの両手剣使い。
ヒュ~ッ、格好良ぃ~。
「オラオラどうしたミノケンタウロス兄弟! 御大層な名乗りを上げた割にその程度かぁ!?」
なんて煽り文句を大声で放ってみれば、両者共更に激昂した様子で此方を睨みつけて来るが。
ブワァカ、さっきダイラから“落とし穴”食らったばかりだろうに。
感情に任せて、足元がお留守だぜ?
「俺、馬肉って喰った事無いんだよね。ホラ、落とし穴追加だ」
此方に走り込もうとした馬牛兄弟だったが、牛面の方が再び地面にズボッと前足を突っ込んだ。
ただし、今回は。
「“ピットホール”」
「うぎゃぁぁぁぁ!」
「弟ぉぉぉ!?」
闇属性魔法の“落とし穴”のスキル。
しかしながらコイツは、大型魔獣にはサイズ的に効果が無い上に、魔力感知が得意な奴だとまず引っかからない。
というか地面に黒い靄が発生するので、気を付けて観察されれば見た目だけでも避けれられてしまう。
なので使うなら間違いなく夜、そして集団戦か相手が冷静じゃない時にのみ使用する初見殺しのスキル。
というのも。
「アレを“落とし穴”と言うんだから……運営も性格が悪いよな」
「ねぇクウリ? 俺等は乗っても平気だよね? 落ちないよね?」
「うへぇ……絶対近付きたくない」
「……エグいわね」
俺の作った落とし穴、相手が足を突っ込んだその先には。
無数の牙が出現し、突っ込まれたソレをボリボリと喰っているのだ。
うーん、アレだね。
リアルになると、性格の悪い闇属性魔法は皆エグいね。
前回の大量の虫とか、これまでのデカブツとか相手する時にコレを使ってもほぼ意味無いから、今回初めて使ってみたけど。
傍から見るとキショイわコレ。
そんな訳で、前足の方から黒い地面に飲まれていく牛頭。
徐々に身体が埋まっていく中、ゴリゴリグチャグチャと酷い音が響き。
当人はもはや断末魔を上げる事しか出来ない様だ。
身体は馬だから、馬肉食わせろみたいな事言ってみたけど。
実際に食べる前から馬肉食えなくなりそう。
それくらいに、エグい。
「おにぃ! おにぃ、助けてくれぇ!」
「弟者! 弟ぉ! しっかりしろぉ! お兄ちゃんが今すぐ助けてやる!」
必死に牛頭を引っ張り出そうとする馬頭。
しかしながらウチの落とし穴は、罠そのものを攻撃しないと喰い続ける仕様でして……。
ギャラリーに関しては、完全に「うわぁ……」とドン引きしてしまった。
何かもう相手が主人公側というか、俺間違いなく悪役だよね。
普段から魔王魔王と言われているから当たり前なのかもしれないけど、これはちょっと無い。
新手の拷問器具かよ……とか、もういっその事殺してやれよ……などと自分でもゲンナリしてしまった程。
あと、最後まで呼び方が統一しないな、お前等。
「弟者……許せ! これからは、共に生きよう!」
「早く、早く! もう痛いの嫌だぁぁ!」
泣き叫ぶ牛に対し、あろう事か。
兄馬がハンドアックスを振り上げ、弟の首に叩き込んだではないか。
介錯……で、良いんだろうか?
そんな事を思いつつ、相手を見つめていると。
「許さん……許さん! よくも弟の身体を!」
「……身体?」
不思議な言い回しをする馬面が、先程切断した牛の首を自らの首元に押し付けたではないか。
いったい何をしているのか、気でも狂ったのか。
そんな事を思いながら、相手の事を観察していると。
「……いや、マジか。ここに来て、マジで化け物らしい行動パターンに出てくれるじゃねぇか」
「片方を討伐すると、残った方が強化されるタイプ……と、考えて良いのだろうか?」
「何にせよ、よりキモくなったね~」
「いやいやいや! 皆よく冷静に観察出来るね!? 早く倒そうよ! アレ絶対ヤバイって!」
「アレは……何の魔人と呼べば良いのかしら?」
全員の声が上がる中、馬牛コンビは“合体”した。
まるで残った首が相手の身体へ寄生したみたいに、血管だか神経だかを張り巡らせ。
更には肉体の方も急成長しているのか、人間っぽい身体だった部分からは黒い体毛が。
双頭となった頭からは、両者共一角獣とも言える角が額から生えて来た。
ついでと言わんばかりに牛の形をしていた下半身は、馬とも牛とも取れる様な筋肉質な形に変わっていき、こちらも黒毛に。
これだけでも充分クラスチェンジしたろ、十二分に第二形態だろって感じなのだが。
ボコボコと肉体が変異し大きさが1.5倍程度に、そして肩からはまた新しい腕が二本生えて来たではないか。
どっからどう見ても化け物。
ここに来て、魔人はヤベェって意味がやっと理解出来た気分だ。
「ったく……第二ラウンドだ。やるぞ、お前等」
間違い無く先程よりも強くなっているのが分かる。
姿どころか、魔力や気配すら別物に変わり果てたのがハッキリと感じられた。
チッ、あんなエグい光景見せられる上に合体なんて隠し技があるのなら、初めから広範囲攻撃で粉微塵にしてしまえば良かった。
今更過ぎる後悔はあるものの、魔人ってヤツを知るには良い機会かと開き直ってから。
「来いよ、不思議生物。ニコイチになろうが、俺等には勝てねぇって事を教えてやるよ」
そう言ってから口元を吊り上げ、チョイチョイっと煽る様に手招きしてみれば。
相手は肉食獣の様な雄叫びを上げてから一気に加速し、俺達に突進をかまして来るのであった。
クハハッ! 基礎ステータスも跳ね上がったって訳か?
さっきより、随分と速ぇじゃねぇか。
後衛術師の俺では、その突進は一瞬で距離を詰めた様にしか見えない程であった。




