第163話 口の軽い魔王と魔女
「食べたぁ! 旨かったぁ!」
「魚料理が絶品だったなぁ……イズもあぁいうの作れるのか?」
「俺が作れるのは家庭料理程度だからな、流石に高級料理を期待されても困るぞ」
「こういうのはたまにだから良いんだよ~? 普段から作ってくれるイズには、より一層感謝しないとね~」
「「感謝ぁぁぁ」」
「完全に保護者二人と子供二人ね」
本日も豪華なお夕飯を頂いた後、部屋に戻って雑談していると。
昨日と同じく、再びコンコンッと部屋の扉がノックされた。
食事前の一件で、あのホテルマンがお叱りに来たか……。
という事で、ゴクリと唾を呑み込んでから扉を開けてみると。
「失礼いたします、本日もお夜食とお飲み物をご用意いたしました」
ニコニコと笑うホテルマン……というか、支配人か。
こちらもアハハ……と引きつった様な笑みを浮かべながら招き入れてみると、彼はカートを押して室内へと入って来た。
そしてテーブルの上に並べられるのは、オツマミ各種とドリンク。
昨日もそうだったけど、食後だからね。
一気に食えって物ではなくて、気が向いた時に摘まんでねって感じの品ぞろえは嬉しい。
更に言うなら、流石は高級ホテルって感じのフルーツ盛り合わせとかもある。
それらをテーブルに並べ終わってから、相手はペコッと此方に頭を下げ。
「改めて御挨拶させて頂きます。私は当施設の支配人を務めております、“ウィスロン”と申します。以後、お見知りおきを」
「ご、ご丁寧にどうも……クウリです」
俺も頭を下げ、続けて仲間達の紹介を済ませてみた。
もしかしてこの人が俺等に直接給仕してくれたのって、昨日のドレスのせいだったりするのだろうか?
受付で会った時は冒険者ですとか言いながら、食事時に王族御用達ドレスで登場すれば、そりゃ警戒するよね。
今更ながら納得しつつ、そのままお話を聞く体勢を整えてみると。
「それでは皆様に、改めて当施設のご説明と……此方の対応能力はどの程度なのか、先程の様な状況が発生した場合、その後どうなるのかをご説明させて頂きますね。お客様の御助力は大変ありがたいのですが、やはりお客様同士のトラブルとなってしまう可能性がございますので。今後は我々にお任せいただければと」
「ハイ……すみませんでした」
ということで、ホテルマンことウィスロンさんのお話が始まるのであった。
※※※
彼の話をまとめると。
基本的に、他所の街の貴族が~っていう面倒臭い状況。
簡単に言うと、街の人間が実力行使で何とかしてしまっても国自体が後ろ盾になってくれるらしい。
ここは最前線の手前、そこに豊かな街を作ったのは帰って来た戦士達の為でもあり、送り出す時には存分に楽しんでもらおうというのが根っこの部分らしい。
しかし王都からのサポートだけでは、どうしたって出費ばかりになってしまう。
その為ここ自体を盛り上げ、観光地にする事で金と人の流れが自然と発生する事を目的としている様で。
更に言うのなら、この街で生まれ育った人達にも“普通の環境”を作る。
これらの目的で、街全体として民を守る態勢はガッツリ整えてあるのだとか。
もっと言うと……ココで問題を起こした輩は、この街を徹底的に支援している王都。つまり前回の街に居る王族すら敵に回す可能性を孕んでいるんだそうで。
では先程の様なキラキラボンボンはどうなるのかというと。
最前線の街、戦士たちの最後の休息地とも言えるこの地を荒らしたという扱いになり。
下手をすると、相手の家系ごと王族にすら目を付けられる。
ワッハッハ、ざまぁ。とか言えれば良かったのだが……いや、普通に怖っ。
ファンタジーな話に登場する貴族王族って、何かマヌケに描かれる事が多いけど。
こっちの世界では、結構厳つい思考回路をしている方がそこら中に居るみたいだ。
要は戦闘自体をかなり重く認識しており、そこで戦う戦士に関してはとても手厚く扱っている印象が強い。
当然兵士や騎士と言った存在であり、俺等の様な冒険者には流石に目が届かない事も多い様だが。
けど実績さえ上げれば俺等みたいな扱いになる事も少なくない、みたいな事も教えてくれたので……ステラだけが異常な訳じゃなかったのね。
お姫様を異常とか表現しちゃうのもどうかと思うけど。
あの人、勢いと圧と“やったれ”感が強いので。
今頃結婚祝いで渡したアクセでやらかしてなければ良いけど。
アレ、俺等のスキル叩き込んであるし。
夫婦喧嘩とかの際に、劣化版プラズマレイとか飛び交っていたら本気で恐ろしいわ。
「えぇ~と、つまり。俺がやらなくてもウィスロンさんが片付けて、その後は領主にぶん投げれば万事解決?」
「左様でございます。こういったトラブルは、正直日常茶飯事です。なのでどの施設にも、大体腕利きが数名は常に滞在しているとお考え下さい」
頼もし過ぎるだろう、最前線手間のセーブポイント。
もしもこの街に戦火が降り注いだら、そこら中の店から戦える人が飛び出してくる訳か。
魔人だか何だかが攻め入って、オラオラ市民ぶっ殺すぜぇ的なテンションでここに来たら、逆に民間人からボコられる可能性があるって事なのか。
目の前のウィスロンさんなんて、警戒態勢になるまで魔女ですら一般人だと思っていたくらいだ。
あの時は食事用のシルバーだったけど、本気装備を持ち出したらどれくらい強いんだろうか……。
いや、この街怖っ!? 悪い事しない限りは安心なのだろうけど。
「あのぉ……こっちの街の事情とか、俺等がわざわざ手を出す必要なんか無いよ~ってのは分かりました。んで、こっちからもちょっと街の事とか、こっちの地方の認識とかも教えて欲しいなぁ~って思ったりしたんですけど……良いですか? 忙しかったり、残業になっちゃいます? であればまたの機会か、他の所で教えてもらいますけど」
ただでさえ俺等に気を使ってくれているみたいだし、これ以上相手の邪魔になるような真似は不味いよなぁと思って発言してみたが。
相手はハハハッと軽く微笑んでから、ペコッと綺麗なお辞儀をかまし。
「お気遣い、感謝いたします。しかしこの街で働く者の使命は、“お客様を喜ばせる事”。此方の事など気にせず、疑問があれば何でもお聞かせ下さいませ。私にお答え出来る内容であれば、全てお答えいたしますので」
おわぁ……何か余計に申し訳なくなっちゃうね。
こちとら真面目に働いていた社会人でもあるので、こういう所でどうしても気になってしまうと言いますか。
まるで閉店ギリギリに店に駆け込んで、時間を過ぎても対応させてしまった時みたいな罪悪感とでも言えば良いのか。
アレ、俺としてはマジで心に来るのよね……すんません、マジですんませんってなる。
出来るだけ避けたい事態ではあるので、どうしたものかウーム……と悩んでいると。
「相手が問題ないと言っているのだから、気にせず使えば良いじゃない。下々の者に気を使い過ぎるのは、“魔王”らしくないんじゃないかしら」
「だぁぁぁ! こらエレーヌ! ここでそんな名前を出すんじゃねぇ! つぅか下々とか言うな! 失礼だろうがぃ!」
もはやどうでも良いですって顔した魔女は、用意されたフルーツを摘まみながらそんな事を言い放ちやがりました。
どうしてこの子はいつでもどこでも、魔女だ魔王だと簡単に口にするのか。
ちゃんと気を使いなさいよ、無駄に警戒されるでしょうが!
などといつも通りのコントみたいな事をやっていれば。
「……魔王、ですか?」
ウィスロンさんが、ほぉ? みたいな感じで目を細めてしまったではないか。
「違うんです違うんです! そう呼ばれた事があるっているか、それくらい馬鹿やってた事があったってだけで、俺は普通の人間なんです! 信じて下さい!」
「でも実際、前回本当に魔王になるのも悪くない。なんて言っていたじゃない」
「お前は一旦黙ろうか魔女様よぉぉ!?」
「……今度は魔女、ですか」
「すみません一旦忘れて貰って良いですかねぇ!?」
俺からもボロが出た。
馬鹿か、馬鹿だね、仕方ないね。
他の仲間達からはいつも通り呆れた視線を向けられ、問題のウィスロンさんは俺とエレーヌをジッと見つめておられる。
うへぇ、ホント馬鹿。
そこらで魔女だ魔王だって名前を出しても、何言ってんだコイツって思われるんだけだろうけど。
今回は、こっそりスキル使っても術の使用者をすぐに見抜いたほどの相手だというのに。
そんな人にこんな二つ名を晒してしまえば、当然警戒されるに決まっている――
「では、こちらからもいくつか質問してもよろしいでしょうか? 両者共疑問と回答を用意する場。という事であれば、先程の様なお気遣いは無用かと思われますので」
予想外に、相手はまたニコニコ笑顔に戻り。
これは良い提案だ、とばかりにポンと手を叩いてみせた。
良い方向で考えれば、相手も此方に興味を持った。
悪い方向で考えれば、此方を警戒したから今の内に探っておこう。
という事になる気がするんですが……。
まぁ、今ココでお断りしたら余計警戒されるだろうし。
「あの、えぇと……すみません、お願いします。時間取らせちゃってすみません」
「いえいえ、私としても皆様のお話が聞きたいと思っていた所なので。それでは残った仕事をすぐに済ませて来ますので、少々お待ちください。お飲み物のおかわりをご用意いたしますね、ご希望などがありましたらお伺いいたします。もちろん、サービスでございますので」
物凄い笑顔で、あっさり許可を頂いてしまった。
あぁもう、これどうなるんだよ。
何か前よりずっと簡単にボロを出す様になってきている気がするんだが……これも、アバターの影響なのだろうか?
いや流石にコレは、俺が慣れて来て気が抜けている証拠か……。




