第162話 お客様トラブル
「どうよボーイさん、少しはマシになった?」
「これはこれは、皆様本日も見目麗しい。とても良くお似合いですよ?」
全員服を新調した事により、昨日より注目度はだいぶ下がった気がする。
なので食事時、大食堂に入ってすぐ先日お世話になったホテルマンに格好を見てもらったのだが。
相手からは歯の浮く様な台詞と共に、周囲から見えない程度に指でOKサインを出してくれた。
やったぜ、これで俺等も普通に高級飯が食える。
というかこの人、俺等が冒険者だって知っているからなのか、わりと人目のない所ではお茶目な反応で返してくれるな。
良きかな良きかな、俺等としてもそっちの方がやりやすいし。
そんな訳で、気分上々のまま本日も席に案内してもらっていれば。
「何だココは! 平民と同じ席に着けとでも言うのか!? 安っぽい服装の貧乏人が居るではないか!」
席に腰を下ろした瞬間に、入口の方からそんな叫び声が聞こえて来た。
あぁん? 誰か安っぽいドレス着てるって?
これでも全員分を合わせたら、そこらの大型魔獣一匹分の買い取り料くらいしたんたぞ?
そんな大金払ったってのに、早速ケチ付けられたら気分悪いんだが?
なんて思って、思い切り眉を顰めながら睨みを利かせてみると。
視線の先には、なにやら煌びやかな服を纏った太っちょさんが。
そんでもって、俺達ではなく他のお客さんを指さしながら怒っていた。
「おいどうなっている! ここは最高の“おもてなし”とやらを提供する街じゃないのか!? だというのに、食事をする場所にこんな埃臭い服装の貧乏人が居るのか!? これではどんな料理だって豚の餌以下ではないか!」
なんかすげぇ事言って怒っているのは、どう見てもボンボン。
お年寄り執事みたいな人が必死で止めようとしているが、お坊ちゃまのご機嫌は直る気配はなく。
お坊ちゃまって言っても、“向こう側”の俺より年上っぽいけど……。
そんでもって更には、ソイツが指さしているのは窓際の席に座る老夫婦。
お二人とも仲睦まじそうな雰囲気で、夜景を見ながらお食事でも~という感じだったのに。
キラキラゴージャスなラメ入り衣装に身を包んだ奴のせいで、豪華なお食事が台無しになっている場面の様だ。
あぁ~これはまた……ドテンプレというか。
“こっち側”の常識にアレコレ口を挟むつもりは無いが、まぁ聞いているだけでも気分が悪いわな。
それは仲間達も一緒だった様で、ピリッとした雰囲気が周囲に立ちこめていく。
「おいお前! 支配人を呼んで来い! この状況を俺に説明しろ――」
「はい、私が支配人でございますが。どういった御用件でしょうか? お客様。申し訳ありませんが、ここは食事をする場所。もう少しお静かに願います」
男が再び叫んだ瞬間、俺達を案内してくれていたホテルマンが変な事を言いながら相手に近寄っていった。
おかしいな、今“支配人”って聞こえた気がするんだけど。
確かにそれなりにお歳は召していると言うか、ダンディーって感じではあるんだけど。
支配人かと言われると……若っか!? って言っちゃいそうなんですが。
「お前が支配人だと!? なら今すぐこの状況を説明しろ! 何故俺が飯を食う部屋に、こんなドブネズミの様な格好をした老いぼれが存在している! 目障りだ、とっととコイツ等を――」
「では、状況をご説明させて頂きますね? 貴方はこの街のルールに違反している、そして当施設に訪れて頂いたお客様に対して、侮辱するような言動を続けております。はっきり申し上げますと、迷惑です。お引き取り下さいませ」
ピシャッと笑顔で言い放つホテルマン…ではなく、支配人なのか。
いや、マジで? あの人このホテルで一番偉い人? そんな人が、俺等に給仕してくれてたの?
とか何とか、こっちのパーティ全員が唖然としている内に。
「貴様……身の程を弁えろよ? 俺を怒らせたらどうなるか……分かっているのか?」
「どこのどなたかは存じておりますよ? 貴方のお父様は、こちらの街へ来るたびにココをご利用いただいておりますから。とはいえ……初回はお父様の方も、私の父にお灸を添えられた様ですが」
未だにニコニコしているその人は、いつの間にやらナイフを一本手にしていた。
しかし戦闘用じゃない、どう見ても……普通の、食事する為のソレ。
その筈なんだけども。
「へぇ……あの人、“出来る”わよ。随分と魔力の隠し方が上手くて気が付かなかったけど。暗殺者の類かしら?」
椅子に座ったままのエレーヌが、そんな事を言い出した。
いや、ちょっと急展開過ぎて付いて行けないんですけど。
貴族平民隔たりなく接するよって街の住民は、実は皆強いぜって事なのだろうか。
しかもそんな中でも“強い”と認められた人しか、更に北へ行く事は許されないとかって事情になると……わぉ。
街の外だけじゃなくて、内側まで急にレベルが跳ね上がった?
まぁ最前線に近い場所で、娯楽の為の街を拵えるくらいだ。
強い人が多くないと守り切れないってのは当たり前なのかもしれないが。
「き、貴様! 俺に武器を向けてタダで済むと思うなよ!?」
「ほぉ、お客様にはコレが武器に見えますか? 私はただ、食事用のシルバーを掴んでいるだけですが」
「お、おい誰か! 護衛は何をボヤボヤしている! 今すぐコイツを叩き斬ってしまえ!」
などと物騒な声が上がり、キラキラお坊ちゃま周辺の男達が腰に下げた剣に手をかけ始めたので。
「……余計なお世話かもしんないけど」
「クウリ、あまり派手にやるなよ?」
「分かってるよ、イズ。なに、ちょっくら悪戯程度に“呪う”だけさ……“ウィジャボード”」
テーブルの下でスキルを発動し、呪いの文字盤を周囲に見えない様にして展開。
その上でプランシェットを動かし、非常に軽い呪いを発動させる。
このスキルは、非常に自由度が高い。
だからこそ、大火力戦で大いに活躍してくれるのだが……逆に、超下らないスキルだって正確に発動できる訳だ。
しかも本来ゲームである以上プレイヤーには影響をほとんど及ぼさない、フレーバーテキストばかり立派なネタスキルだって存分に発動出来る。
ただしいちいち文字盤を弄らないといけないので、やはり戦闘中では扱い辛いのだが。
「“軽度の恐怖、幻影、増殖”……低火力で、ターゲットを絞ってドーン」
これ等の類は、PVPにおいてデコイを出す。もしくはPVNでも、雑魚モブエネミーなら軽度の錯乱状態デバフを掛ける程度のモノ。
だがしかし、一般人に使ってみれば。
「ひぃぃぃっ!? お父様、何故ココに!?」
「……お客様?」
ゴージャス坊ちゃま、派手に大転倒。
ガタガタ震えて虚空を眺め、尻餅を付きながら後ずさっていくではないか。
この反応に慌てた護衛達も、ホテルマンの相手をほっぽり出して坊ちゃんの方へと駆け寄っていくが。
「違うんです違うんです! コイツが僕に、立場を弁えない態度を……うひぃぃ!? お父様がいっぱい居る!?」
どうにも物凄く楽しい幻影が見えていらっしゃるらしく、周囲をキョロキョロしながら相手は蹲ってしまったではないか。
ほほぉ、俺のスキルでも火力を押さえながら、更に使い方次第ではこんな事も出来るのか。
今まで現地の人で試そうなんて事はしなかったが、コレは良い発見である。
とはいえ流石に、俺のスキルでは低出力でも威力が高すぎるのは目に見えているので。
「スキル停止。ノーライフキング、“声だけ”貸せ」
『御意』
姿は見えないが、こちらの耳元から骨ボスさんの声が聞えて来た。
ゲームストーリー上、幻覚だ幻聴だのはコイツの方が適任だったからな。
なので、後始末はそっちにお任せする事に。
「あのお客様を玄関までご案内してやってくれ。気分が悪い、飯の邪魔だ」
『承知いたしました、魔王様』
「だが殺すな、怪我をさせるな。コケさせるくらいは許す」
『御心のままに』
俺の足元から影が伸びて行き、蹲った相手の影の中へと忍び込んでいく。
腐ってもボスキャラ。
だがしかし、人間を“呪う”事に関しては俺よりも数段上の経験を持つノーライフキング。
随分と上手い事誘導してくれたのか、お坊ちゃまは悲鳴を上げながら立ち上がり、すぐさま大食堂から走り出してしまったが。
「大変ね、あの骨も」
「クウリ、ボスキャラの使い方じゃないぞ……」
「ねー、ホント。都合の良い雑用係にするのはどうかと思うなぁ、前は遺跡で害虫駆除をお願いしようとしてたし」
「ま、何でも良いじゃん。これでご飯食べられるし~」
仲間達に関しては、こちらに呆れた視線を向けて来るではないか。
トトンだけは、別に良いんじゃね? みたいな感じだったけど。
今回はちゃんと目立たず、被害も出さずに事態を収めただろうが、褒めろよ。
なんて、皆に対してジトッとした瞳を向けていれば。
「お客様、後ほど少々お話がございます。本日もまた、お夜食をお部屋にお持ちしてよろしいでしょうか?」
いつの間にやら、セバスチャン的な対応のホテルマン……じゃなかった。
このホテルの支配人さんが、俺の近くに立っていた。
いや、マジか。
俺の感知程度だと、全然接近に気が付けなかったんだけど。
前衛組なら違うのか、ダイラ以外はシレッとしているが。
「あ、はい……」
「ちなみに、当施設内でこれ以上の攻撃系魔法の行使はお控え願えればと。ご協力、お願い申し上げます」
「……スミマセンデシタ」
やっべ、めっちゃバレてる。




