第159話 高級な宿
「魔獣が強くなってるってのは、本当みたいだな」
「何か一気に雑魚モブのレベル上がった? って感じだね。前の所だと、野良はスノーワームくらいしか相手にしてなかったけど」
ボヤいてみれば、軽い声を上げながらトトンが獣の攻撃をパリィ。
身体は相手の方が何倍もデカそうなクマパンチだというのに、ウチのタンクは一切怯まない。
ま、雑魚相手に後れを取る心配などハナからしちゃいないが。
このタイミングに合わせ、両サイドからイズとエレーヌが一撃を叩き込む。
馬鹿デカいクマさんはその場に倒れ、解体待ちの熊肉に変わった。
「周囲の敵はこんなものか。とはいえ、門番がやけに注意してきたのは理解出来るな。これまでよりか、各段に強い。そしてデカい」
「ま、敵ではないけどね。“門”に近付く程に魔素が濃くなる以上、どうしたって仕方ないのよ」
両者が剣に付いた血を掃い、正面を睨みつけると。
「あぁ~うん、いっぱい居るねぇ。街に送ってくれた兵士さん達も、“活性化してる”って言ってたんだっけ。これは苦労するわけだよ」
疲れたため息を零すダイラに関しては、周囲を警戒しながら皆にバフを付与していく。
とはいえ手は足りている上に、この面子なら下手にダメージを受ける心配も無い。
そんな訳で、もっぱらスタミナの自然回復向上と、寒冷地対策みたいな補助魔法だったが。
「素材を集めるのなら、あんまり大技は使いたくはないが……どうすっかな。ゆっくり金稼ぎしてる暇があるかどうかも分からないんだよな」
「前の街でも、お姫様からいっぱい貰ったし。良いんじゃねー?」
「コラ、トトン。今貯蓄があるからと言って、普段の労働を蔑ろにするのは駄目だぞ? 金とは無限に湧いてくる物ではないからな。大人になれば自然と分かるだろうが」
「とは言っても、俺等の場合は時間が迫ってるかもって条件もあるしねぇ……俺はトトンの意見に賛成かな」
「雪は前より少ないにしても、足場は悪いから。前衛だとどうしても時間が掛かるわね」
各々声を返してから、チラッとこっちに視線を向けてくる。
ま、こういう時こそ広範囲攻撃が出来る術師が役に立つ状況ではあるわな。
「一気に終わらせる、とは言っても森を焼け野原にする訳にもいかねぇからな……地味にやるぞぉ」
溜息を一つ溢してから杖を振り上げ、広範囲を射程に収めてから。
「“ウィジャボード”、“カオスフィールド”、“ポイズンミスト”」
とりあえず、ダメージ付きの広範囲攻撃を展開。
ここに“エージング”も加われば、もっと早く片付くのだが。
アレは効果範囲が広すぎる上に、周囲の木々まで全部枯らしてしまうので。
という事で俺の攻撃を受けた魔獣達が、本能的に呪い根元を感じ取ったのか。
一斉に俺に向かって走り込んで来たけども。
「はいはーい、“プロテクション”」
俺達全員をダイラの魔術防壁が包み込めば、それ以上進行する事は出来ず。
必死で透明な壁に爪を立てているが……一匹、力尽きた。
その瞬間カオスフィードの効果で死骸が爆発し、周囲の魔獣にもダメージを与えて行く。
ここまでは、ゲーム通りなので理解はしているのだが。
「内部からの魔力爆発……惨いわね」
「リアルでやると、エグいんだよなぁ……」
「うげぇ、グチャグチャ。これじゃ素材にならないねぇ」
エレーヌが呆れた様な声を零し、一番先頭に居たトトンも「うわぁ……」とドン引きした声を洩らしている。
これなんだよなぁ……。
ゲームだったら、それこそ爆発エフェクトをまき散らすだけで終わったのだが。
リアルでやると、正直見た目が悪い。
というか、普通に地獄絵図。
などと思っている内にも、爆発に巻き込まれた熊から順番に力尽きて行き。
一匹、また一匹と周囲で爆散する。
スキルを一度使ってしまえば、ウィジャボードの呪い効果とポイズンミストの毒。
そしてカオスフィールドの持続ダメージによって、ある程度の相手ならこちらは手を出す必要も無くなるが。
見た目が、悪いです。
あと現場も、酷い事になります。
でもフィールドに被害を出さない系スキルって、あんまり持ってないんだよなぁ。
あるとすれば小技が少々、それじゃ結局時間掛かっちゃうし。
派手で広範囲、あとは威力に全ツッパでやってたプレイヤーだからね。
仕方ない事は分かっているんだけども。
「やっぱ、俺“こっち側”の戦闘に向いてねぇ~……」
「クウリー? 今更言っても仕方ないでしょー?」
「此方としては、流石に慣れたがな。それにアレだ、エグいにはエグいが、虫よりかはマシだ。血肉は大丈夫というのも、自分でどうかと思うが」
ダイラとイズからも少々呆れた声を洩らされてしまうのであった。
こればかりは、諦める他無いだろう。
まぁ、周辺にどんなのが居るのか確認に来ただけだし。
今日の所はもう帰りますかね。
※※※
「マジでこんな良い宿泊るの? って思ったけど、正解だねぇ……もう絶対風呂付きじゃなきゃ嫌だもん。旅の疲れが、出汁みたいに溶け出していくぅぅ……」
「ハッハッハ、それを言ったら大浴場が俺等の疲労汁に染まるな。風呂入ってるのに、呪いみてぇ」
「トトンもクウリも、馬鹿な事言ってないの。今はまだ早い時間だから、他のお客さん居ないけど。早めにお風呂上がるからねー?」
「だが、身体に染みるのは確かだな。言葉選びはどうかと思うが、やはり風呂は良い」
「……相変わらず、好きね。お風呂」
本日の宿、何か豪華な所に来ました。
街の人に「懐に余裕があるなら行ってみな、一番良い所だ」なんて言われたので。
当然結構な代金は請求されたが、こればっかりは仕方ない。
だってデッカい風呂があるんだもの、しかも凄く立派。
ステラの所の風呂もデカかったけど、やっぱり施設の風呂! って感じもなかなか捨てがたい。
あと雪山温泉にも入ったしね、癖付いちゃうのも仕方ないね。
そして前回の温泉の一件から、エレーヌの方も遠慮が無くなったのか。
俺等が風呂に行くと言ったら、ものっ凄くナチュラルに付いて来た。
一応突っ込みは入れたのだが、いい加減慣れろとの事。
はい、すみませんでした。
とはいえ流石に全員視線を逸らして……とかやると思っていれば。
「せっかく良い所に来たのだから、もう少ししっかり洗ったら? やってあげるから、こっちに来なさい」
「ふへぇ、魔女に捕まったぁ……」
本人は意外とちびっ子が気に入っているのか、トトンは頭とか洗ってもらってたけど。
アバターの影響を一番受けているであろうちびっ子に関しても、何かもう普通に洗われていた程。
慣れってスゲェ。
そんな訳で俺等も色々と諦め、諸々終わった後にお湯に浮かんでまったりし始めた訳だが。
「フロントで聞いたが、ここは食事も凄いらしいぞ? 現地食材であまり聞いた事が無い物も多かったが、とても高級な食材を惜しみなく使っているらしい。受付でさえ雄弁に語っていた程だ、期待出来るな」
「私は、そっちの方が楽しみね。まったく……貴女達で出会ったお陰で、そっちの欲望は最熱したわ」
イズの一言に、何だかんだ言いながら目を輝かせているエレーヌ。
片方は料理人として、もう片方は単純に食べる側としてって感じではあるものの。
まぁ楽しそうで何よりだ~。
などと思いつつ、いつも通りお湯の中でクラゲになっていたのだが。
「ハッハッハ、皆~? こんなたっかい宿、というかホテルみたいな所に泊まってるんだよー? 貴族の人だって泊まりに来る所だって言ってたよー? 何か忘れてないかなー?」
一人だけ違う雰囲気で笑っているダイラの一言に、全員が首を傾げてしまった。
はて、忘れている事?
色々考える事は多いが、せめて街に居る間はリラックスしようぜって事でココにしたけど。
何かあったっけ?
昼間の熊退治はあっさり終わったし、報酬も受け取り済み。
つまり仕事に関しては問題無し、だとすれば俺等の事情?
いや、この宿泊施設の事を言っているみたいだったから、多分そっち系だと思うのだが……。
うん? 料金払い忘れたとか、風呂代は別料金って事も無かった気がするのだが。
「夕飯、大食堂でコース料理だって言ってたよ? 貴族のお客さんも居るみたいだし、建物も立派。廊下ですれ違った人達、どんな格好してたかなぁ? 受付の人の最初の説明、ちゃんと聞いてた?」
「……あ」
ダイラの言いたい事が、分かった気がする。
確かにアレだね、皆綺麗な格好してたね。
俺等の服装を見て、「アラアラ」みたいな顔もされちゃったね。
つまりは。
「ドレスコード、あるからね? 部屋から出る時は基本的に着飾ろうねぇ? 良かったねぇ、お姫様からまたドレス貰っておいて」
「「ウグッ!?」」
俺とトトンが苦い声を上げれば、ダイラは更にニコニコ。
「食事も、当然テーブルマナーがあるからね? 皆大丈夫かなぁ?」
「「「グハッ!」」」
苦い声が、もう一つ追加された。
イズも、あぁいうの苦手だもんね。
箸なら凄く綺麗に食べるけど。
「問題無いわ」
「エレーヌはこっち側で良かったよ、ホント。俺だけだと三人いっぺんには面倒見きれないから」
何やら変なところ株を上げている魔女、こういう所ではダイラと意気投合すんのな。
ホント馴染んだ様で何より、ではあるのだが……。
ドレス、ドレスかぁ。
アレだけは、未だに全然慣れないわ。
というかステラが用意するドレス、なんで俺とトトンだけ毎回ミニスカなんだよ。
貰ってる立場で我儘言えないけど、もっと丈を下さい。
スースーすんだよ、アレ。




