第153話 サブリーダー
「なんか小難しい話をする時は、基本的にイズばっかに頼ってるよなぁ……スマン」
「いいさ。リアルの話は煙たがられると思って伏せていたが、多分俺もお前もそれなりの歳だろうしな。それこそこういうのは、大人が考える事例だろう」
とか何とか喋りながら、二人で温泉に浸かりながらぼんやりと空を眺めていた。
いやはや、真昼間っから優雅に露天風呂なんて。
物凄く贅沢してんなぁ、とか思ったりもする訳だが。
「あぁ、やっぱ……改めて見ると、“邪魔”だなぁ……コレ」
「クウリ?」
隣で温泉に浸かっているイズからは、不思議そうな声を掛けられてしまうけども。
何から説明すりゃ良いのやら。
あの門に触れた瞬間、というか正確には“ログイン”してから。
俺の瞳には、昔の様なゲーム画面が表示されているのだ。
自分のHPからMP、各種システムメニュー。
そして仲間達のステータスまで、視界の端には写り込んでいた。
今だったら、自らのスキルツリーだって確認出来るくらいだ。
しかしこれらは“この世界”に来てからのモノに更新されているらしく、俺の記憶にあるツリーよりも更に根を伸ばしている状態。
更には。
「今の俺達がさ、例えば元の俺達とは全く違う存在です。なぁんて言われたら、イズはどう思うよ?」
「それはまた唐突だな。だが、もしもそうなら……色々と分からない事が増えるのと同時に、“戻る”という選択があまり意味をなさないのは確かだろうな」
ですよねぇ。
言葉にするだけなら簡単なのに、いざ受け入れようとしてもなかなかどうして。
じゃぁ俺等の記憶やら人格は何なのって話になってくるし。
ホント、わっかんない事だらけだ。
運営から届いていたお知らせ、アレ等をここ数日でひたすら確認していたのだが。
結論から言うと、答えまでは辿り着かなかった。
どうにも“門”というのが、異世界への通り道? という認識そのものが間違っているらしい。
どちらかと言えばアンテナや、世界と繋がる唯一のデバイスに近いと言うべきか。
要は唯一無二のPCみたいな物で、世界の運営情報を手に入れる為には“門”へ向かう他無い……だからこそ“天人”は北の門へ向かう、と言われているのではないか?
というのが、俺の予想。
ここまで来て予想かよって言われてしまいそうなモノだが、俺のメニューに届いたメールは、そのほとんどが文字化けしていたのだ。
だからこそ、どうにか読める所だけを読み解いていった結果。
門そのものは、そういう機能があるんじゃないかって事。
ついでに言うと、俺の視界に遺跡の門が映った時。
物体その物にアイコンが出現し、そこを注視してみれば詳細が調べる事が出来た。
そこには門自体が半壊しているものの、世界そのものと僅かに接続されている状態だという事が分かった。
多分その影響で俺は“ログイン”出来たが、受け取れるデータは半端に破損した状態になっていたのだと思われる。
「あの遺跡でさ、一応ヒントみたいな物を掴んだのは確かなんだわ。でも、あまりにも情報が曖昧な上に、穴だらけ。しかもちょっと……なんつぅか、やっぱ俺等って世界の異物なんだなぁって実感する感じになっちゃって」
「それを俺等にも認識させるのが嫌だった、と言う事か?」
「まぁ、うん。それもあるんだけどさ……中途半端に分かった内容だと、俺等が俺等じゃ無くなる可能性。コレがマジで現実味を帯びて来たって言うか……」
運営からのメール、これが全て読める状態だったら良かったのだが。
所々バグってる上に、モノによっては開く事すら出来なかったり。
要はとんでもなく酷い状態だった訳だ。
それでも読める個所だけ目を通した結果では、俺達の今後にすぐ関わりそうなのは大まかに三つ。
一つ目、今の俺達は“向こう側”の俺達とは全く違う存在の可能性。
かなり荒っぽい予想にはなってしまうが、俺達はそもそも“転生や転移”と言ったモノを経験していない可能性が出てきたのだ。
ベースとなる人間の記憶を――、本体に至っては――生成された物とは別に……とかなんとか。滅茶苦茶読みづらかったけど。
この内容が何かしらこっちの世界の説明とかじゃなくて、俺等の肉体や精神の話だった場合。
何らかの手段でゲーム通りの肉体が作られ、そこに“元々の俺達”の記憶だけを上書きしたかの様に思えてしまう内容。
そうなって来ると、前の世界の俺等がどうなっているのかは知る由もないが。
そもそも戻る戻らないで悩んでいる時点で間違っているのかも、というお話になってしまう訳だ。
なんて、ここ最近隠していた事を打ち明けてみれば。
「なるほどな……確かにソレだと“俺達は何者なのか”、という疑問は浮かんで来るな。しかしこの場合、ある意味一つ問題が解決した事にならないか? 俺達は“門”に向かう必要すらなくなる。トトンやダイラが望んでいる様に、“残る”という決断が圧倒的に許容しやすくなった事になる」
「それがさ、そう上手い話でもないみたいなのよ」
二つ目、俺達みたいな存在? には役目が設定されており、その世界において変化? をもたらす事が条件づけられている。
コレが達成されない場合、徐々に世界その物と同化していく。らしい。
「世界における変化……というのは、具体的に何か書いてあったか?」
「正確には分からん、肝心な個所が全部文字化け。平和的に考えれば他所から何かしら持ち込んだ代物で、コッチの世界を盛り上げろ~的な? ホラ、石板にも書いてあったヤツ」
「あぁ、枯れた地に他所から種を持って来て、新しい芽を出すというヤツか」
「それかなって。その変化ってのが一回で良いのか、生きている限りずっとなのかも不明。後者だった場合、生きて行く為に一生働き蟻を続けろって事だよな。くっそ生き辛い縛り入れてくれるよ、まったく」
遺跡にあった門が、もう少し機能が生きていてくれれば……それこそ答えが出たのかもしれないのに。
コレじゃある意味、長いのか短いのかも分からない余命を宣告された様なものだ。
「同化、というのも……分からんな。大地に還るという意味なら直接的な死、世界のリソースとして再び分解されるという意味でも同様。それ以外の状況を考えるのなら……」
「能力を剥奪して、“ただの人間”になるか。もしくは俺等にも発生しているアバターの感覚に引っ張られる現象、そこに記憶やら認識まで含まれて来る……とかな?」
どのパターンだったとしても、俺達としては最悪。
イズの上げた例なら、それこそ命に係わる訳だし。
俺の上げた事例が発生するのなら、前者ならどうにか生きていける可能性はあるが。
後者だった場合、本当に俺達が“何者でもない”状態に変わる訳だ。
ポッと生まれただけであり、過去が無い存在。
もしも記憶や認識のリセットなんぞ発生すれば、それこそ仲間達だってお互いを認識出来るのかすら危うい。
「それが、この事をお前が隠した理由か? 結局北の門へと向かうのなら、こんな不安と向き合う必要は無い。と」
「まぁ……そうだな。せめてこの情報が確信になるまでは、って所だけど。それにもしも、俺が予想した様に互いを認識できなくなった場合、ソレが急に発生するならさ……ずっとビクビクしてるより、スパッと忘れちまった方が怖くないのかなって……」
「まぁ、そういう考え方もあるな。そもそも自分が“何者でもない”というのは、実際には想像するよりずっと恐怖を覚える事なのかもしれない。過去を忘れるどころの話ではなく、本当に何も無い事になるからな。しかし……それを判断するのは俺達であり、お前が全て決める事じゃない」
「……だよな、わりぃ。何様だって話だわ」
ハハハッと乾いた笑い声を洩らしてから、お湯に肩まで浸けて再び空を見上げた。
ホント、綺麗な空なんだけどなぁ……。
「トトンがさ、コッチの世界は綺麗だって。そう言ってたじゃん?」
「あぁ、そうだな。実際俺もそう思うよ」
だからこそ、って言ったら言い訳っぽいんだけど。
「その感覚、捨てて欲しくねぇなぁって。だから、今の俺の視界に映ってるモノとか。そういうのがアイツには……っていうか、皆には見えて欲しくねぇなぁって。最初は“コレ”を欲しがっていた筈なのに、今となっては……“邪魔”だなぁって」
「……馬鹿者め」
どんなに綺麗な世界を見た所で、俺の視界にはシステムコンソールが表示されている。
意識しなければ半透明だし、慣れれば気にならないのかもしれないけど。
でも……やっぱり邪魔だな、コレ。
いつだって視界をチラついて、お前はただのキャラクターなのだと言われているかの様。
なんて、結局俺は世界にとって特別であり続けたいのか、それとも馴染みたいのか。
非常に我儘で、どうしようもない思考だとは分かっているのだが。
「それで、三つ目に関しては?」
先程よりも真剣な声を上げるイズに対し、こちらはお湯に浮かびながら瞳を閉じた。
この状態で意識さえしなければ、インベントリやメニューも見えてこない。
だからこそ、システムに触れたくない時は目を閉じて何も考えなければ良い。
こんな事をやっても、現実逃避でしかないのだけれども。
「直接門に辿り着いて、俺達のデータをアップロードする事。コレが結果報告の代わりになる……かもしれない」
「つまり俺達は、現状オフラインプレイをしている様なモノか。オンラインに繋ぎ、成果を報告する為には直接“北の門”へと接触する必要がある。これが行われなかった場合、待っているのは“世界との同化”。随分と忙しい強制労働もあったものだな」
「ホンット、勝手に呼びつけておいて何様だって話だよな」
そしてソレさえ叶えれば、きっと正しい情報が手に入る。
正常な門へと接触すれば、運営からのメールだってちゃんと読めるようになるかもしれない。
ついでに言うと、俺では想像も出来ない様な結末が用意されているのかもしれない。
でもそれらは、ほんの少しの足掛かりすらも、現地に行かないと分からないという事だ。
もしかしたら強制的にストーリーが終わるのかもしれないし、条件さえ達成すれば今後はフリープレイが可能になるのかもしれない。
どれもありそうで、どれも現実味がない。
答えが分からないけど、中途半端に答えに近いヒントを貰うというのは……非常に、窮屈なのだ。
こんな感情のまま、仲間達には過ごして欲しくない。
そう思って黙っていたのだが。
「話すべきだ、クウリ。アイツ等だってソレを望んでいる。それに、自分の事は自分で選びたいだろうさ」
「……かなぁ、やっぱり」
「当たり前だ、それにトトンにさっきの話をしてみろ。多分、キレるぞ。いや、今のトトンなら泣くかもな。自分が綺麗だと思って見ている光景が、お前には違う景色に見えていると知れたら……だったら自分も同じ物を見ると言い出すだろうな」
「だはは……キレられんのも、泣かれるのもゴメンだけど。そりゃ確かに言いそうだわ……」
意識して観察していると良く分かる。
アイツ本当に、感情がアバターに引っ張られ始めてるんだなって。
だからこそ誰よりも、この世界を満喫しているのだろうに。
あえて昔を思い出させる様な真似は、出来ればしたくなかったのだが。
「結局の所、俺達は北に向かうしかない。これまで以上に急いで、な? それにエレーヌとの約束もあるんだ。今更行かないとは言い出せないだろう?」
「だぁな、その通りだ。あんまり時間掛け過ぎて、俺等に“世界との同化”ってヤツが起こった場合、真っ先に魔女にぶっ殺されそうだ。約束が違うっつって」
ハハッと軽い声を洩らしてから、お湯の中で立ち上がる。
視界に映るのは真っ青な空と、周囲には美しい雪景色。
邪魔なシステムコンソールは見えちゃっている訳だけど、俺等はまだ俺等のまま。
こっち側で、ちゃんと生きている事には変わりないのだ。
あんまりウジウジしていても仕方ないだろう。
「まぁ、帰ってから怒られる事は覚悟しておくんだな。トトンはもちろん、ダイラだってお前が抱え込む癖を嫌っているからな。アイツが“コッチ側”で吹っ切れた時の事を、忘れた訳じゃないんだろう?」
「う、げ……確かに。どっかのギルドで俺がヘイト買ったら、ブチギレられたんだったな……で、でも! 今後の方向性とか、目的とか。そっちはちゃんと情報共有するつもりで――」
「お前だけが負担を受けようとした事が問題なんだよ。実際クウリの言う通り、“知らない”方が幸せだったとしても、な。まぁ俺には最初に相談してくれたんだ、今回はゲンコツ無しにしてやる」
「ちょぉぉ!? 何、イズも結構怒ってる訳!?」
以前ぶん殴られた場所を押さえつつ、思わず距離を取ってみると。
相手は温泉に浸かりながらクククッと笑い声を溢し。
「怒っていない、とでも思ったか? もしも俺が同じ事をしていたらどうする?」
「……スミマセンデシタ」
「分かればよろしい。まぁパーティメンバーであればダメージは無いからな、トトンからの一発は諦める事だ」
「ぐっ!? いやでも、衝撃は来ると言いますか! 実際イズのゲンコツで気絶したし……」
「諦める事だ」
トトンから殴られる事は確定みたいだ。
そして多分ダイラも……お説教くらいはして来る事だろう。
ほ、本当に情報共有はしようと思ってたんだよ?
ただちょっと整理に時間が掛かったと言うか、色々悩んでただけで。
なので、出来れば……。
「諦めろ」
「……はい」
残念な事に、今回は味方ゼロの状況になるらしい。
まぁうん、俺が悪いんだけどね……。




