第152話 成果が、蝕む
魔女には見えているというシステムメニューに対し、流石に俺のIDとパスを突っ込むのは怖かったので、そっちは一旦中止。
実際この場に俺が居る訳だし、多重ログインですとか言って世界から弾かれても困る。
と言う事で、その後色々調べてみた結果。
俺の方にも、出ました。
扉を触れた瞬間に、ピポッとか気の抜けた音を立てて。
目の前に現れた、半透明の見慣れたメニュー画面。
更新ボタンがあったので、何度か読み込みを繰り返してみても……現状、俺がログインしているという表記は発生しない。
そんでもって、コレと言って謎解きも無いのにピクリとも動かない扉。
このメニュー画面をどうにかするのが、今回の解放条件と言う事なのだろう。
ゴクリと唾を飲み込んでから、そこへ自身の情報を入力してみると。
「……どうしたの? 何か分かった?」
エレーヌが此方を覗き込んで来るが、やはり俺の手元に出現したメニュー画面は見えていないのか。
若干不安そうな顔をしながら、その瞳は真っすぐ俺の事を見ている。
本当なら、今すぐにでも何が起きたのか教えて欲しいのだろう。
しかし。
「すまん、エレーヌ。もう少しだけ……時間をくれるか? 情報共有するにしても、まずはコッチで色々考えたい」
「少しだけ不満はあるけど……了解。それから、扉も開いたみたいだけど。どうするの? 皆を呼んだ方が良いのかしら」
さっきまでは触れてもビクともしなかった筈の扉が、少し指先で押しただけで簡単に動いたのが分かった。
質量どうなってんだよって言いたくはなるが、その前に。
「悪い、もう一個。今回俺等に見えたシステムメニュー。もしも他の皆には表示されなかった場合……しばらく、黙っててくれないか? 全員に」
「……珍しいわね、魔王。研究者だけではなく、仲間達にもって事よね? 貴女は、それで良いの?」
この場で今起こった事を話せば、多分混乱が起きる。
研究者達はもちろんの事、仲間達にも。
それに、これから俺達にも関わるこの世界の根幹とも言える場所に踏み込もうとしているのだ。
余計な心配事は、一旦俺の方で整理してからにしておきたい。
ヒントを掴んだのが俺だけだと言うのなら、アイツ等が不安を口にした時、すぐに答えられるかどうかで大きく変わって来る筈だから。
何も分からぬままそんな場所に踏み込むとなると、それはそれで不安が残るというモノだが。
しかしログイン? した事により、色々とアバターの方も機能が解放されたらしく。
ここの“門”は……正常に機能してない。
それが、分かってしまったのだ。
「ちょっとだけ、考える時間が欲しいんだ。情報を整理してから、皆には伝える。悪い……頼む」
「……了解したわ。でも他の面々にも“コレ”が見えたのなら、意味が無い気遣いよ」
「その時は、皆揃って慌てりゃ良いさ」
それだけ呟いてから、グッと力を込めて扉を押し開いた。
次の部屋にあったのは……随分と広い空間と、巨大な円の様な建造物。
アレが……世界を繋ぐゲートって訳ですか。
ハッ、随分とファンタジーです事。
ま、今更だが。
「おーい、お前等。扉開いたぞー? もう少し休憩してからにするかー?」
無理やり明るい声を出しながら仲間達の方を振り返って見れば、誰もがすぐに立ち上がった。
ダイラに関しては、ちょっとヨタヨタしているが。
イズとトトンに支えられているので、動けないという事は無さそうだ。
「クウリー、最後の問題とか無かったー?」
「アレが……門、か?」
「うはぁ……ゲームとかなら、絶対ラスボスが出て来そうな見た目してるねぇ」
各々声を上げつつも此方に近寄り、トトンなんか扉にも触れたのだが。
コレと言って、何か変わった反応を示す事無く。
「なんかめっちゃボロくない? てか、半壊してる様に見えるんだけど」
「だな。まぁ近付いたら起動、なんていうパターンもあるかもしれないが」
「急に元の世界に戻されたりしないよね? まさか選択肢とかくれるよね?」
皆、普通に次のフロアへと踏み込んで行った。
仲間達に続き、研究者達も入室していくがソッチも変化なし。
つまりここに入室する為の扉がトリガーとなって、システムメニューが出現したみたいだ。
そしてその処理を俺が終わらせた為、他の者にはコレと言った変化がないと見るべきか。
「エレーヌ、お前には今“見えてる”のか?」
「いいえ。貴女が扉を触れた瞬間から、見えなくなったわ」
「そうかい」
なら、その予想が合っているって所かな。
もしかしたらココに辿り着き、初めてログインした奴にのみ与えられた権利……みたいな物だったり?
このままメニューを閉じたら、再度開けるのか? という不安もあったが。
多分、大丈夫だ。
視界の隅に、ゲームの時と同じようなシステムアイコンが表示されているのだから。
そして何より……今の俺には、皆に見えていない筈のモノが幾つも見えている。
久しぶりに見ると、違和感が凄いが。
「……本当に、良いのね? 知らないフリをして」
「……あぁ。お前の欲しがってる情報が見つかれば、真っ先に教えてやるから。そこだけは安心してくれ」
少しだけ目を伏せ、そんな事を呟くと。
魔女は大きなため息を溢してから、ポンッと此方の肩に手を置いて来た。
「私は今、“仲間”の心配をしているだけよ。ウチのリーダーは、何でも一人で抱え込むらしいからね」
それだけ言って、他の皆の後に続くエレーヌ。
ハハッ、全く……現地で加わった仲間にも、皆と同じ様な心配掛けちまったか。
「ったく、ホント。情けねぇリーダーが居たもんだな……」
思わず大きなため息を一つ溢し、俺もまた最後のフロアへと踏み込んでいく。
未だ視界内に映るメニュー画面、そこへチラッと目線を向けてみると。
「運営からのお知らせ、ねぇ……」
本来メールや運営からのお知らせが届くフォルダには、大量の新着通知が表示されているのであった。
その全てが、ユートピアオンラインの運営マーク付き。
更にメールタイトル見ただけで、“俺達”に向けたメッセージなのだと分かる程。
“巻き込まれてしまったプレイヤーへ”、だそうだ。
あぁ、全く……今から内容を見るのが怖ぇよ。
※※※
クウリが、何か変だ。
それは俺だけでは無く、ダイラもトトンもすぐに気づいた様だが。
今回の遺跡調査も終わり、最奥のフロアでは破損していると思われる“門”が一つ見つかっただけ。
しかしコレは現地の人間にとって、それこそ世紀の大発見とも呼べる事柄だったらしく。
研究者達は大いに喜んでいた。
それこそ謝礼金も支払われ、トトンの“おもちゃ箱”のスキルを見せる為に研究所へご招待される程には良い結果になったと言えよう。
ついでに言うなら、“門”との接触が発生するかもと警戒していたトトンとダイラに関しては。
今回の一件がある意味“ハズレ”だった事により、無意識ながらも胸を撫で下ろしている様だった。
しかしながら、俺達の目から見て一つだけ懸念が残ったのも確か。
ウチのリーダーの様子が、少々おかしい。
遺跡から出る時だって、帰り道の間も。
そしてイーニステラ王女が用意してくれた屋敷に戻った後でさえ、どこか心此処に在らずと言った状態。
話しかければ普通に反応するし、いつも通り笑っている様子も見せるのだが。
ふと気づくと一人になり、何をする訳でもなくジッと虚空を見つめているのだ。
疲れやフラストレーションが溜まり放心している、という雰囲気でも無く。
ただただ、何も無い空間を真剣な眼差しで見つめているかの様。
そしてそんなクウリに対し、エレーヌがよく声を掛けている。
彼女が話しかける頻度が一番多いのは、確かにクウリだ。
だからこそ、そこまでおかしな光景ではないのだが……どうにも、引っかかるのだ。
「クウリ、今日も少し研究所に顔を出して来た。イーニステラ王女への贈り物の件、イカルド達にも相談に乗って貰ってな。作るのはトトンに任せる形になるが、相当凄い物が出来そうだぞ」
「……ん? あぁっ、結婚祝いか。ソイツは何よりだな。やっぱ高級品に関しては、金持ちと偉い人の知恵を借りるに限るわ」
とかなんとか、本日も部屋に一人で残っていたクウリは、いつも通りの様子で声を返して来た。
しかしその様子は、やはりどこか無理をしているかの様。
というより、無理矢理いつも通りを演じている雰囲気があるのだ。
「クウリ」
「んー? どうした? あ、そういやステラのアクセ。トトンに作って貰った後、付与する魔法とか考えないとな。何が良いと思うよ? あの姫様の事なら、それこそプラズマレイとかの方が喜びそうだし。どうすっか、いっその事ガッツリ強化しちまうか?」
カカッと悪戯っ子の様に悪い笑みを浮かべるクウリ。
本当に、いつも通り。
なのだが。
「……気が付かないとでも思っているのか? クウリ。あまり俺達を甘く見るな、何年一緒にやって来たと思っているんだ」
そう呟いてみれば、笑顔のままクウリが固まった。
流石に急過ぎたかと、自分でも思ったが。
もう、良いだろう。
あまり遠回しな気の使い合いなんて、正直“俺達”らしくない。
それに、特に俺とクウリでは。
もっと率直な意見をぶつけ合い、今後について話し合って来た仲なのだから。
「トトンも、ダイラも……心配している。その上で、お前から話してくれるのを待っている状態だ」
「……」
「どうしても言い辛いのなら、無理にとは言わない。だが、お前は俺達にとっての“リーダー”というだけの存在では無いんだぞ? 何度でも言うが、拘り過ぎるな。全てお前だけで抱える必要は無いんだ」
此方の言葉に対し、徐々に視線を下げていくクウリ。
分かってはいたが、またか。
またコイツは、一人で何かを悩み続けているのか。
全く、大馬鹿者め。
「言い方を変えよう。コレはいい加減な気持ちや、安っぽい仲良しごっこで発言している訳ではない。それこそお前がそこまで悩むという事は、チーム全員に影響する事例なのだろう? つまり俺達にも知る権利がある。そして何より……俺達は同じ“プレイヤー”であり、この世界では生きた“仲間”なんだ。だから、クウリ。ちゃんと話せ、ちゃんと俺達を頼れ」
普通ならそれこそ恥ずかしい台詞にはなってしまうが、それでも言わなければ。
コイツは、器用な様で不器用過ぎる面倒臭い性格をしているのだから。
そう思って、言葉にしてみた結果。
クウリはしばらく俯いたまま黙り、そして。
「イズ、その……アレだ。エレーヌが見つけて来た温泉にでも行かねぇ? 出来れば、俺等だけで」
「あぁ、良いぞ」
それだけ言って問題児を街の外へと連れ出し、クウリの翼を使って一直線に件の温泉へと向かっていくのであった。
随分と離れていた場所だし、メインの街道とは逸れた位置にあった筈なのだが……クウリは何も言わず、迷うことなくその場所へとたどり着いた。
これはまた、色々と聞き出す事が多そうだな。




