第143話 気遣いとお楽しみ
「戻ったわ」
「ん、おかえりー。丁度飯出来た所だぞー」
野営飯が完成し、インベントリから引っ張り出した小型テーブルの上に並べている所で。
何の用事だったのか、急に飛び出していったエレーヌが帰って来た。
「ごめんなさい、手伝えなくて。少し雰囲気が気になったから見つけて来たけど……今の空気だと、無用な気遣いだったかしら」
「どゆこと?」
コイツも俺やトトンと同じく、料理は得意な方ではないので。
お手伝い係が一人減ろうと問題は無い訳なのだが。
見つけて来たって何? 何かヤバイ魔獣でも居たの?
「魔王。悪いんだけど、食事の後“翼”を使って貰って良いかしら?」
「別に良いけど……本当にどうしたんだよ。もう夜だぜ? 今から対処しないと不味い事なのか?」
少々不穏な空気が漂い始めたが、魔女は首を横に振ってから静かに俺達を見まわし。
「貴女達、皆お風呂が好きみたいだから見つけて来た。硫黄の香りがしたから、もしかしたらと思って」
「え」
「今日の相手で、珍しく苛立っていたでしょう? “清浄”の魔法は聖女に使って貰ったけど、お湯に浸かった方が気も休まるわ」
彼女の一言に、俺達のパーティ全員が停止したのが分かった。
それはつまり、もしかして。
「……温泉? しかも、雪山の。更には天然?」
「温泉は基本的に天然じゃないかしら?」
ですよね、すみません。
いや今はそれどころでは無く。
「……温泉入りたい奴、挙手」
ポツリと呟けば、一斉に全員が手を上げたではないか。
ですよね、知ってた。
火山地帯を旅立ってからというもの、温泉に巡り合わなかったもんね。
サウナとかはあったし、今の御屋敷のお風呂もすんごいけど。
でもやっぱり、温泉入りたい。
そこらの宿とかでは、濡らしたタオルで身体を拭くだけとかも普通だし。
風呂付きの宿は案外髙かったりするのだ。
だからこそ、ダイラの清浄魔法に頼る事の方が多かったのだが。
「ナイス! 流石魔女様! 出来る女は一味違うぜ!」
「今日だけは全力で早食いしよう! そうしよう!」
「よし、丼にするか。細かく刻み過ぎたからな、一気に食べてしまおう」
「雪山の露天風呂かぁ。いやぁ、今から楽しみだねぇ……」
と言う事で、俺達は一斉にお食事開始。
「……本当に好きなのね、お風呂」
魔女からは少々呆れた瞳を向けられてしまったが。
でも仕方ないじゃない、温泉なんだもの。
娯楽らしい娯楽って、旅をしているとなかなか巡り合えないからね。
出会ってしまったからには、全力で楽しませて頂こうじゃないの。
※※※
「ぬはぁぁぁ……溶けるぅぅ」
「細胞分裂が全身で始まっている気がするぅぅ……」
魔道具マニアさん達に一声かけてから、全力でひとっ飛び。
そして魔女が見つけたという、見た目は超が付く程秘境な温泉へと到着してみれば。
俺とトトンが、やはりクラゲになった。
仕方ないね、こればかりは。
「硫黄の匂い強いし、毒性あっても困るから補助魔法掛けてるからねぇ~? 効果切れたら言ってね~?」
「その前に眠たくなりそうだな、これは……」
ダイラとイズもご満悦の様で、皆して完全まったりモード。
やっぱり温泉は良いよ。
この身体になってからは、そこまで筋肉が凝るって程でもないのに。
それでもこれだけ気持ち良いんだもの。
前の所は温泉宿って感じだったけど、今回のは完全に天然物。
明かりなんぞ月の光だけだし、周囲を見回せば草木が生えていたりもするんだけども。
でも入る、今日は色々と疲れたので。
とか何とか、四人で温泉を満喫していると。
「本当に好きなのね。全員が全員、これまで見た事無い程無警戒な表情をしているわ」
などと声が掛かった瞬間、聞こえた方向から即座に視線を背けた。
ココは風呂だし、今の俺達は四人ではないのだ。
だからこそ、当然魔女も一緒に居る訳で……。
「……なに?」
姿は見えないけど、水面が揺れているのでエレーヌもお湯に浸かって来たのだろう。
それはまぁ、良いんですけども。
「前も言っただろうに……俺等のこの身体はアバターで、元々は別なんだって」
「あぁ、チラホラ話していたソレね。元は男だったって事でしょう? 間接的にしか言葉にしなかったのは、私への気遣いかしら?」
いや、気遣い云々っていうか。
ある程度察して! って感じに話し、風呂とかは別にしてもらっていた筈なのだが。
というか気にしなさいよ魔女! お前が一番気にする立場の人でしょうに!
とか何とかやっていると、視線の外側からは溜息が聞えて来て。
「別に、気にしないわよ? 今は同性だし。それに戦場に立つ者なら、男女がどうとか言っていないで、時間短縮の為に共に水浴びくらいするでしょう?」
「今はそんな殺伐としてないし、更にはお前には“お相手”が居るだろうに。相手に申し訳ないとか、そういうの無い訳?」
平然と声を上げて来る魔女に対し、今度は此方が呆れた声を上げてしまった訳だが。
相手は本当に気にした様子もなく。
「確かに“彼”が隣に居れば、何か言われたかもしれないわね。でも、そうね……それを考えれば考える程、些細な事な気がするのよ」
「なんだそりゃ?」
話している内にも背後からパシャンと水音が聞えて来て、顔を背けている面々としては妙に気まずくなってしまう。
しかしここで“もう出る”という声が上がらないのは、本日の戦闘の影響か。
それとも精神的に、結構アバターの感覚に染まって来ている証拠なのか。
認識として「いかんでしょ」とは感じるものの、以前ミラさん達が乱入して来た時ほど慌てていない自分が居る。
「私の目的は“門”を潜る事、そしてその先には“転生”というモノが待っている……かもしれない。でもこれらは、私が求めているモノの過程に過ぎない。最終的に辿り着きたい先にあるのは……また、会いたい人が居る。ただそれだけ」
まぁ、それは前々から聞いてるけど。
エレーヌの目的と、この状況を許す事がどう繋がるというのか。
どうせ転生するのだから、“コッチ側”の世界の身体にはもう興味が無いとか?
いやそんな馬鹿な。
本人だって、件の門が使えるかどうかも不明、その後もどうなるか分からないと理解していない筈はない。
「そうね……言い方を変えると。私の願いの先にある、一種の“答え”が貴女達。だからこそ、気にしないと答えた。と言うべきかしら」
「更に分からねぇよ」
「そう? とても分かりやすい例を出したつもりだけど」
などと会話していると、スーッと。
先程の俺やトトンの様に、クラゲ状態になっている魔女が隣に流れて来た。
現状身体ごと視線を背けていたので、思わずブッ! と吹き出して、更に顔を逸らしてしまったが。
「貴女達には、私はどう見えるかしら。これでも、昔は誰からも嫌われた“魔女”なのだけれど」
「い い か ら! せめてタオルか何かで隠してくれよ! 元は俺等男だって言って――」
「もしも私が“転生”とやらを成功させた先で、違う姿をしていた場合。私はソレを受け入れるつもりよ。目的さえ果たせるのなら、それは仕方ない事だと思うから。貴女達は、随分と昔の事を拘るのね」
その一言に、何となくコイツの言いたい事が分かった気がする。
「昔はどうあれ“こちらの世界”での貴女達は、どう見ても女。いくら悩んでも、どんな術を使おうとも、昔の姿には戻れない。でしょ? ソレを可能にするのは、“元の世界”へ帰る事だけ。つまりこちら側の貴女達では無くなるという事。だったら、受け入れるべきではないかしら」
「そう言われてもな……俺達はお前と違って、覚悟も準備も無しに飛ばされて来ただけだし。そもそもこの身体だって、俺達本体とは違う物だと完全に認識しちゃってる訳で……」
「けど否定を続けた所で、“その身体”はお人形でも何でもない。今は自身の身体そのもの。実際に貴女達が見て、聞いて、感じて。とても自然な反応を示しているじゃない。今日なんか虫程度に怖がって、本当に少女の様だったわ」
「……うっせ」
「拗ねていても、ソレが現実。無理に共感しろ、とは言わないけど。私は受け入れるつもりで居る、というだけの話よ。自分の事も、貴女達の事もね」
そこまで話して、エレーヌの言いたい事が確信めいて来た。
先日のトトン同様、門へ向かうという事に対しての“意思表明”という訳か。
俺達の場合は“戻る”という表現になるが、コイツの場合は全く違うのだ。
彼女にとっては、言葉通り“転生”。
連れ添ったその人に会う為だけに、この世界を、今の自分を手放す行為。
つまりコッチ側では、死を意味する。
だというのに、噂通り転生できるのかも分からない。
お相手と同じ場所に辿り着けるかも分からない。
更に言うなら先程魔女が言っていた様に、姿だって変わってしまう事だろう。
もしかしたら相手と、親と子程歳が離れて生まれて来るかもしれない。
もしかしたら、同性だっていう可能性だってあるだろう。
だがそれらの不安要素を蹴飛ばしてでも、魔女は。
エレーヌ・ジュグラリスは、たった一つの目的の為に再び“門”へ向かうのだと、そう言っている。
いやはや、俺等とは全く違う。
とんでもなく強い女が居たものだ。
そしてそんな奴が、今の俺達をそのまま丸っと受け入れると言い放っている。
どんな過去があろうと、違う世界では全然違う姿をしていようと。
今の俺達だって、こちらの世界ではちゃんと“俺達”なんだと言ってくれる。
参ったね、こりゃ。
お相手の方が羨ましい限りだ。
こんな良い女、普通の男だったら絶対ホレるでしょ。
「ちゃんと門には向かうさ。そこだけは、安心してくれよ」
「えぇ、期待しているわ」
そう呟いた時、視線の外で彼女が立ち上がったのが分かった。
こんだけ言って貰ってるのに、いつまでもコイツだけ仲間外れみたいにするのは違うだろう。
と言う事で、ため息を溢しつつ視線をエレーヌの方へと向けてみると。
「うん、俺自身が色々受け入れるの、やっぱ無理かも」
「……他人の裸を見ておいて、流石にそれは失礼じゃないかしら?」
再び視線を逸らしてしまい、魔女からは不機嫌そうなお声を貰ってしまった。
しかしながら……コレだけは言わせてほしい。
コイツの裸体は、多分普通の女性が見ても目に毒だ。
ものスゲェ美人な上に、スタイルも良い。
更に今は夜の天然露天風呂という環境も合わさってか、とんでもなく幻想的な光景になっていたのだから。
「情けない魔王も居たものね……」
「うっせぇわ! お前も少しは恥じらいというモノを持ちなさい!」
とりあえず本日の所は、皆してエレーヌから目を逸らしつつ温泉を楽しむのであった。
こればかりは、仕方ないね。




