第140話 らしくない
「妙なタイミングで、妙な事言い出しやがって……ったく」
「えへへ、マジごめん。でも、この変化を教えるなら今日かなぁって……そう思って。そしたら、クウリがベランダに居たからさ。突撃するかーって、来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねぇのよ」
思い切り溜息を溢してしまったが……言うなら今日、か。
やはり門の話を聞いて、皆何かしら考えていたって事なのだろう。
「あ、ちなみにー……俺は今回の門、ハズレだと踏んでる。何となくだけど、こんなポッと出のフラグで終わんない気がするんだよね~」
「ありゃ? そうなの? んじゃ何でこのタイミング?」
結構意外なお言葉だった上に、フフンッと無い胸を張るトトン。
コイツの事だから、勘! とか言うのかなって思ったのだが。
「だってクウリ、お姫様から調査出来るかもって言われた時……普通の顔で笑ってたんだもん。だから、悩んでるんだろうなぁって」
「……はい? そりゃどう言う事だ? こっちのお願いが通ったんだから、そりゃ普通に笑って話くらい聞くだろ」
何やら不思議な事を言い出すちびっ子に対し、こちらとしては更に首を傾げてしまう訳だが。
トトンは小さく微笑みながら、首を横に振った。
「何か欲しい物をゲットした時、待ってたイベントが進んだ時。それこそ何か重要なヒントが見つかって、“これから”を考えてる時。クウリはね、ニッと牙を出す感じで悪い顔すんの。魔王スマイル」
「っ!」
いつもなら「魔王スマイルとか変な名称付けんな」って軽口を返していた事だろう。
しかしながら、コイツからの指摘を受けてドキッとしてしまった。
ホント、全くもってそんな事意識していなかったので。
普段から歪んだ顔で笑う事は自覚しているし、元々の性格が捻じ曲がっているのも知ってる。
けどまさか、こんな事で仲間達から心境を見抜かれるとは思っていなかった。
というか、心配されるとは思ってもみなかった。
「俺達の事すっげぇ心配してくれてるのは知ってるし、何だかんだ言ってクウリはみんな自分で責任取ろうとするのも知ってるからさ。でもその上で、俺達には“やりたい事やれ”って言ってくれる。そういう所すっげぇなぁ、大人だなぁって毎回思うし、憧れる部分ではあるんだけどさ。俺等だって心配しちゃいけない訳じゃないじゃん?」
ニヘヘッと、いつものちびっ子らしい笑顔を浮かべるものの。
その瞳は、何処までも俺の事を見ていた。
俺の心の奥底まで見透かしたような、とても綺麗な色をしていた。
コイツも、こんな顔するんだなって思えるくらいに。
「そんな大したモンじゃねぇよ……俺はただ――」
「クウリにとっては大した事じゃなくても、俺達にとってはそうだって言ってんの。心配するのも、感謝するのも勝手でしょ? “好きにやれ”、それがこのパーティの方針な訳だし」
此方の声に被せて来るトトン。
思わず逸らしそうになってしまった視線が、改めてコイツの瞳に戻っていく。
ったく、アバターなんだから当たり前かもしれないけど。
顔が無駄に良い上に、もはや俺等の根底を思い出せない程の柔らかい微笑みを向けられると。
どうしたって、色んな意味でドキッとするな。
臭い台詞だって自然に聞こえるし、トトンは一番と言って良い程目の雰囲気がぱっちりしている事もあるのだろうが。
目力ってヤツが、良い意味で本当に強い。
目を逸らせなくなるというか、思わずその瞳を覗き込んでしまいそうになるくらい、不思議な魅力があると言って良いだろう。
なんて、らしくもない事を考えてしまった。
流石タンク、ヘイト管理がお上手です事。
「ならお前は、お前の本心は。どうしたい? トトンとしてでも、プレイヤーとしてでも良い。どっちも合わせて、それが“お前”なんだからな」
「えへへ、やっぱクウリは格好良いよ」
「茶化すな、バカタレ」
「茶化してないもんね~」
ケッケッケとばかりに悪戯っ子の雰囲気を取り戻したトトンが、ベランダの手すりの上に立ち上がり。
視界の先にある綺麗な光景に向かって、思い切り両手を広げてみせた。
「俺はさ、弱い人間だから。多分クウリや皆が思っている以上に、そんなクソ雑魚居る? って言われちゃうくらいに弱いんだよ。だから、少しでも褒めてくれるのが嬉しかった。どんどんユートピアオンラインに慣れて行って、皆から“強くなった”って言われるのが嬉しかった。でもそれは、電子の世界でしかなかったんだよ。現実の俺は、いっつも部屋の中に一人。まともに声を掛けてくれる人も居なくて、見てくれる人も居ない出来損ない」
「……トトン」
「だからさ、滅茶苦茶嬉しかったんだよね。皆が目の前に居た時、皆が俺の事をちゃんと見て、名前を呼んでくれた時。もうリアルでも一人ぼっちじゃないんだ、あんな暗い部屋に居なくて良いんだって思って顔を上げたらさ……こんなすっごい景色が広がってる訳ですよ」
器用にバランスを取りながら、手すりの上を歩きながらクルクルと身体を回してみせる少女。
その向こうには街の明かりと、夜空から降り注ぐ月明かり。
これら全てが雪景色に反射して、とても幻想的な光景を生み出していた。
「こんなのが、しかも旅を続ければどんどん違う景色が見えて来てさ。何処に行ったって皆と一緒でさ、人生の中で一番幸せな体験をしてる訳ですよ。なのに、“向こう側”に戻れるよって言われても……俺はコッチ側が良いって言っちゃう我儘なガキンチョだからさ。クウリを困らせるってのは、分かってるんだけど……」
ちょっとだけ申し訳なさそうに、ニヘヘ……と力なく笑うトトンが、手すりから此方に向かって飛び降りて来た。
そしてそのまま隣を通り過ぎ、こちらの背中に体重を預けて来る。
「だから、ね。えと……俺は、さ……」
背中合わせのまま喋るって事は、今の表情を見せたくないって事なんかね。
思わず溜息を溢し、コッチもこっちでちびっ子に体重を掛けてやる。
「いいぞ、遠慮すんな。お前が本当にやりたい事、欲しい物。全部ゲロっちまえ。今だけはどんな我儘を言おうと、怒らねぇよ。ちゃんと聞いて、ちゃんと考えてやる」
「……ん。やっぱ、クウリは凄いね」
「ハッ、自分でも分かる程面倒臭ぇ性格してるだけさ」
軽口を叩いてみれば、トトンの方も落ち着いたのか。
いつもみたいな小さな笑い声を溢してから。
「俺は……もう、あの暗い部屋に戻りたくない。誰も見てくれない、誰も声を掛けてくれない世界に……帰りたくないよ。こっちで皆と一緒に居たい、こっちだったら俺でも皆の役に立てるから。俺の我儘だけど……俺は皆と、ずっと一緒に居たいって思ってる」
「だからお前は、“トトンが良い”……か」
「うん……ゴメン、クソガキで」
そう呟いて、俺の背後からはちょっとだけ鼻を啜る様な音が聞こえて来る。
全く、らしくないねホント。
コイツはいつも元気っ子で、こんな辛気臭い空気を作る奴じゃなかっただろうに。
だからこそ、俺が言ってやれるのは。
「全部“もしも”、だ。もしも俺等の都合なんぞお構いなしに、元の世界へ戻されたり。もしも何考えようと、向こう側に戻る手段なんぞ無い状況だったり。後は……そうだな。もしもこっちに残っても、今のアバターとしての能力を失ったりした場合。そういう色んなパターンを考えないと、明確な答えなんて出ない訳だよ」
「だよね……それは、分かってるんだけどさ」
未だに暗い声を返して来るちびっ子は、多分今俯いていたりするのだろう。
さっきよりも暗い声出しやがって。らしくねぇよ、ホント。
お前は能天気に、何も考えず空でも眺めてりゃ良いってもんだ。
「だから、一個だけお前に“答え”をやるよ。よく聞け、今から言う事は責任云々の話じゃねぇからな? お前の話を聞いて、俺がやりたいって思った事だ。いいな?」
「……うん」
そして俺も、随分とらしくない事を言おうとしている訳だが。
まぁ、たまには良いか。
何たって今、コイツは“トトン”で、俺は“クウリ”なのだから。
「“どっち側”だろうと、俺はお前の名前を呼んでやるよ。向こう側に戻ったのなら、リアルで俺が色んな所に連れ出してやる。一人身の財力舐めんなよ? ガキの遊びに付き合うのなんざ、何でもねぇのよ。こっち側に残ったのなら、これまで通り一緒に旅を続けてやるよ。俺だけじゃ紙装甲もいい所だからな、一人でなんかやってられるか。んでもって、このチート級カンスト能力が無くなったりっていうヤベェ時も……いつも通り、お前の手も貸してくれ」
「ぁの……それって」
「お前は難しく考えてないで、困ったらいつでも俺等を頼れば良いんだって言ってんの。別にゲームの中でしか遊んじゃいけねぇって事はないだろ? だったら、何処に居ようと声さえ上げれば迎えに行ってやるよ。能力の有る無し、役に立つかどうかじゃなくて、“お前だから”俺等は頼ってんだよ。つー訳で……顔を上げろ、トトン。俯いてちゃ、ちっこいお前が見つからねぇだろうが」
ハッ、と笑いながら恥ずかしい台詞を言い放ってみれば。
しばらく声が返って来る事はなく、グズグズと泣き声とも言えない小さな嗚咽が聞えて来たが。
背中預けたのはお前だからな、だったら今の顔は見てやらねぇ。
んで、コイツなりに準備を整えてから。
いつもみたいに笑ってくれれば、俺としては安心出来るってもので。
「クウリは……ホント恰好良いね」
「茶化すなっつってんの」
「茶化してないよ。ホント、マジで恰好良い」
そんな事を言って、ちびっ子が背中を離したかと思えば。
そのまま後ろからガバッと抱き着いて来たではないか。
全く、コイツは。
この抱き着き癖だけは、どうにかならんもんかね。
俺等は“どっち側”だろうと同性だっつぅのに。
これが漫画やアニメだった場合、ヒーローもヒロインも一人も出てこないなんて見てる側がびっくりだわ。
コイツは俺に懐いたガキンチョ、マジでそれだけ。
どっちに居ようと、やっぱりトトンは変わらんわ。
「クウリ、もう一個我儘言って良い?」
「おー、なんだー?」
グリグリと背中に頭を押し付けて来るちびっ子が、先程とは違う明るい声を上げながら。
「俺、一人部屋嫌だ」
「ったく、仕方ねぇな……荷物まとめてから、こっちの部屋来て良いぞ」
「すぐ片つけて来る!」
とか何とか、元気に言い放ったトトンは俺の部屋の中をダッシュで走り抜け。
良い勢いで扉を開いたかと思えば、そのまま廊下に飛び出していった。
まったく、アイツの部屋は隣だというのに。
そんなに慌てなくても……なんて思いつつも、緩いため息を溢してしまう。
ま、とにかく。
いつも通りの様子に戻った様で何より――
「流石リーダー。やるぅ」
「こら、ダイラ。ここは静かにしておくべきだろうに」
「ホント、仲が良いのね」
不思議な事に、トトンが来た方とは逆のベランダから、そんな声が聞えて来た。
そして俺の見間違いでなければ、そっちの部屋の窓も開いており……。
「……え、嘘。いつから聞いてたのお前等。というか何で集まってんの」
声を掛けてみると、ダイラがワイングラスを持ちながらヒョコッとベランダに顔を出し。
「あ、あはは……実は、ちょっと晩酌しながら会議でもしようかって話になって」
「二人も誘いに行こうとしていたら、丁度……その、なんだ。お前の声が外から聞こえて来て、な?」
「大変ね、まとめ役は。ご苦労様」
続いて出て来たイズとエレーヌからも、そんなお言葉を貰ってしまうのであった。
いや、待て待て待て。
もしかしてコレ最初の俺の独り言から、全員にずっと聞かれてた?
いやいやいや……恥っっず!? 滅茶苦茶恥ずかしいが!?




