第139話 選択
「何やってるんですか? 本当に。死にますよ?」
髪の毛生乾きで帰ったら、王女様から物凄く変なモノを見る目で睨まれました。
ですよね、普通やらないですよね。
その後浴場に放り込まれ、メイドさん達から手厚い介護ばりに髪を乾かされ。
夕食と一緒に今回の交渉? が上手くいった事を伝えられた。
まぁ興味を持ってもらった程度で、俺達が遺跡でおかしな事をしないか監視する意味合いが強いみたいだが。
ついでに言うと、これでもしも新しい発見とかあった場合は、ある意味ステラの手柄にもなるらしく。
今後の為に是非頑張ってくれと激励のお言葉を頂いてしまった程。
こっちの国での実績を、式の前から作っておけるのは非常に助かるそうで。
なんでも、やはり偉い人の一大イベントってのは反対派がどうしても発生するのが定番らしい。
そういうのを黙らせる為には、彼女自身の実績、または彼女の周囲にどれだけの人間を揃えているのかってのが重要になってくる様だ。
その為、やるならやっちゃって良いよ? って事らしいです。
いやはや、本当に色々隠さなくなって来たね。
此方としても楽だし、この人前からこんな感じだった気がしないでもないけど。
「なぁんて、もしも“大当たり”だった場合……どうするつもりなんだろうね、俺は」
話を終えて、夜遅い時間。
与えられた部屋のベランダに出て、白い息を吐いていた。
今回もまた、勢いとノリで結構事態を進めているのは自覚しているが。
“もしかしたら”という可能性が、本当に目の前まで迫って来たのかもしれないと考えると……今更ながら、色々と考えてしまうというものだ。
現状散らかっている情報は全て憶測であり、更にはこの街の住人達から聞きかじったお話に過ぎない。
恐らく本命に関しては、“北の門”って方なのだろうっていう予感はしている。
長い時を生き、実際にゲートを潜ったという魔女。
そこらで転がっている話と、この世界の最強種とも言える彼女の情報。
どちらの方が信憑性は高いのかと聞かれれば、間違いなく後者だろう。
そして俺達を何の説明もなくこの世界に放り込み、そしてやけに“優遇処置”を残している神様? 的な存在。
俺等からすれば、ゲームマスターとでも呼んだ方がしっくりくるが。
だってこの世界の魔獣や魔物は、どう見ても『ユートピアオンライン』のエネミーに似すぎているのだ。
環境や状況などはゲームと全く違うのに、まるで戦う相手を知っておけと言わんばかりに。
もはや事前情報を与える為だけに、そしてこのアバターを作り上げる為だけに、あのゲームがあったのではないかと思えて来る程。
もしくはあのゲームでプレイヤーをふるいに掛け、“こちら側”に呼ぶ面子を選別していたという所か。
更に言うなら、コレも俺の予想でしかないが。
サテライトレイが使用可能になった時、他者を通してこの事実を伝えて来た何者か。
ソイツが俺等をコッチへ送り込んだソイツと、同一人物に思えてならない。
つまり俺達は、“こちら側”に来てからも監視されている。
ゲームの運営がプレイヤーを観察するのと同様、または以前以上に俺達四人の事を見ている気がする。
何の為に? どうして俺達なんだ?
そんな疑問はいくらでも湧いてくるが、こればかりは当人に直接聞く他ないのだろう。
だが、今俺が気に掛けるべきはソコではなく。
「もしも“第二の門”とやらが本物だった場合。俺達はココで、この物語を終わらせる事が出来る……かもしれないんだよな」
この可能性だって、ゼロではないのだ。
そしてソレが現実のモノとなった場合、俺はまだ答えが出せていないのも確か。
戻りたいのか? と聞かれると、“戻るべき”ではある。と答えるだろう。
現実問題として、幸い俺は孤独な人間という訳では無かった。
両親だってまだ生きているし、会社の同僚や後輩にだって仲の良い奴は多い。
友人と呼べる存在は、歳を取るごとに少なくなってしまったが……居ない訳ではない。
当然社会人としての責任だって、この身には乗っかって来る訳で。
そういう外聞的な理由を抜きにしても、実際にあの場に存在していた人間として、やはり元の場所へ帰るべき。
そう理性は答えを出しているのだが。
「もっと我儘に、感情だけで答えを出した場合は……どうなんだろうな」
はぁぁと大きなため息と共に、息がコレでもかって程真っ白に染まる。
こちら側に来て色々とヤベェって思った事は多いし、危険な事だっていっぱいあった。
けど大好きだったゲームで一緒に遊んでいた仲間達と、実際にこの世界を冒険しながら旅をするという経験。
これは間違いなく無駄ではない。
というか、滅茶苦茶楽しいのだ。
今日も仕事かぁとか、給料がぁとか、色々悩みの多い大人だった筈なのに。
“クウリ”という存在になってからというもの、些細な悩みなど消し飛んでしまう程充実した毎日を送っているのは確かなのだ。
本当に楽しい、もっともっと仲間達と冒険がしたい。
この感情だって、もしかしたらアバターに引っ張られた思考なのかもしれないが。
そう感じているのは、改めて言葉にしなくても実感出来ているというもの。
しかし同時に、“クウリ”はパーティリーダーでもある。
アイツ等の事を、自分の事以上にちゃんと考えないといけない存在なのだ。
帰りたくない、こちら側に残りたいと言っていたトトン。
トトン程ではないにしろ、どちらかと言うと残りたい気持ちが強そうなダイラ。
そして俺に近い思考回路で、“帰るべきではある”という答えを持っているイズ。
全員の願いを同時に叶える事が出来ない以上、俺が何かしらの決断をしなければいけない時が来る。
ソレが本当に目の前に、急にポッと出て来た様な気がして……全然落ち着かないのだ。
皆の前ではいつも通りを意識したし、ステラの報告を聞きながら「そりゃ何よりだ」なんて言葉を返してみたものの。
心の何処かでは、こんな安っぽいフラグは折れて欲しいと願っていたのかもしれない。
全く……頼りない上に、情けないリーダーも居たものだが。
「例え小さい可能性でも見つけ出して、全員が“選択”出来る状況だけは作っておく……かぁ。間違っちゃいないが、結局俺が決断から逃げてるだけなんだよなぁ……」
ベランダの手すりに腰掛けながら、小声で独り言をボヤいた。
屋敷の外の光景に視線を向けてみれば、それはもう綺麗な街の景色。
建物の明かりが雪に反射してキラキラしているし、“向こう側”みたいに空気が汚れていない影響か。
空を見上げてみれば、それこそオーロラとか見えちゃいそうな程澄んだ夜空。
すっげぇキレイな世界、でも血生臭い世界。
こんな感想、このアバターを持っているからこそ言えるんだと分かってる。
普通ならもっと必死に生きて、冒険者なんて常に死が隣にあるような環境なのだろうと予想出来る。
こういう事を言うと、非常に印象が悪いが……コッチの世界なら、俺達は“楽”が出来る。
能力的な意味で。
コレを喜ぶべきなのか、それとも自らを異物だと認識するべきなのか。
そこばっかりは、どう考えても正解など無いのかもしれないが。
人間どうしたって、楽して生きていきたい生物な訳だし。
「アイツ等は、本当の所どう考えてんだろうなぁ……」
「何がー?」
「どわぁっ!?」
もう皆寝ている頃だろうと思って、一人でボヤいていたというのに。
あろう事か、隣のベランダからトトンが急に飛び移って来たではないか。
人が感傷に浸っているというのに、全く空気の読めないちびっ子が居たものだ。
ていうか、あれ? もしかして色々聞かれてた?
俺考え事してるとブツブツ言う癖あるみたいだし、結構ハズいんだが?
「おっまぇ……急に現れんなよ。ていうか普段は一番早く爆睡する奴が、珍しい事もあるもんだな」
なんとか空気を変えようと、あからさまに話題を逸らそうとしたのだが。
トトンはいつも通りに、ニヘラッと緩い微笑みを浮かべてからベランダの柵に腰を下ろし。
「普段は皆居るからねぇ~、一緒に居る時は快眠なのさ」
「今だって一緒に居るだろうがい」
よく分からん事を言いだしたトトンは、フフッと小さな微笑を溢してから柵の外で脚をプラプラ。
危ないから戻りなさい、とか言いたくなったが……コイツの場合、落ちても普通に着地しそうだな。
ていうか……なんだろう。
今更ながら、トトンにちょっと違和感を覚えた。
しかし明確な言葉にはならず、モヤッとした感情だけが残る。
なんだ? 一見いつも通りだし、普通のトトンだ。
夜中な事もあって、騒いでないから?
いや、なんかそういうのとは根本的に違う気がする。
とかなんとか、はてと首を傾げてしまった訳だが。
「確かに一緒の建物には居るけどさー……こう、違うじゃん? 宿だったら皆一緒に大部屋取って、野営中なんか全員揃ってテントの中な訳だし」
「え? あーさっきの話か。確かにまぁ、そりゃそうだが。何だよ? いい歳こいて、部屋に一人で居るのが怖いなんて言う訳じゃないだろうな」
どうせ一人じゃ暇だから、とか答えが返って来ると思っていたのだが。
「怖いよ、俺は。一人の部屋って、ホント嫌い。マジでガキだってのは分かってるんだけどさ」
意外な答えが返って来たではないか。
怖い? 一人部屋が?
普段のコイツからは、想像も出来ない様な台詞。
ふざける事はあっても、弱音は吐かないタイプって言うか。
いっつも楽しそうな事を探しては、ずっと笑っている様なお気楽な感じ。
だと、思っていたのだが。
「一人だと、どうしても思い出しちゃって。俺をトトンって呼んでくれる人が居ないと、いつの間にか“トトン”じゃ無くなっちゃいそうで、怖い。だから、一人は嫌い」
そう言いながらも、静かに微笑みを浮かべるトトン。
その視線を真正面から受け、今のコイツの違和感に気が付いた。
行動と言うか、仕草? 自然体の時、身体の落ち着かせ方と言ったら良いのか。
妙に、女の子っぽいのだ。
外見からすれば当たり前なんだが、俺達は“そうじゃない”訳で。
「……トトン、お前普段何考えてる? 実は心の中で、結構感情的になったりとかしてんのか?」
「なはは、指摘されるかなぁって思ってたけど。今気が付くかぁ……さっすがリーダー、良く見てるねぇ。俺自身も改めて自覚したのは最近なのに、すげー」
「トトン、真面目に答えろ」
俺達が出した結論の一つ。
感情的になればなる程、アバターの感覚に引っ張られる。
それこそ見た目の歳相応な行動を取ってしまったり、やけに思考回路が幼くなったり。
現状そこまで問題になっていないからこそ、あまり意識して来なかったが。
しかしこのまま、もしもアバターの感覚に飲まれていったら? そのまま戻れなくなったら?
俺達は果たして、いったい誰なのだろうか?
元々の“俺”なのか、もしくは“クウリ”というキャラクターなのか。
この境目が曖昧になる様で、一種の恐怖を覚えていたのも事実。
そしてソレが、今目の前で起こってしまっている様な気がした。
「俺は……“トトン”で良いやって、そう思ってるよ。ホント、こっちに来てからずっと。ううん、俺は“トトンが良い”なって、そう願い続けた。そうすれば、こうして皆と一緒に居られる訳だし、怖い物なんか無くなるし」
「お前、それ……」
「ん、分かってる。クウリが心配してる事も、大体想像つくし。でも目の前に“可能性”が出て来たら、改めて怖くなっちゃってさ……けどやっぱり、答えは変わらないかなって。この先どうなろうと、俺は多分……“トトン”を選ぶよ」
そう言って笑うコイツの顔は。
微笑んでいるのに、今にも泣きそうな顔をしている様にも感じられた。
助けてくれって、そう言われている気がしたんだ。




