第132話 寒い日には、鍋
しばらくデウスマキナの人形を引き連れたり、亡霊の軍勢を引きつれていた俺達。
流石に見た目のインパクが強すぎたのか、やがて。
「全員、居なくなったわよ」
という魔女様の一言により、俺も馬車の中に戻った訳だが。
「寒ぁむ! いや……寒いわ! 何!? 急に何!? いきなり冬になった!?」
時間的にはそこまで経っていなかった、筈。
だというのに、身体が冷え切ってしまった。
インベントリから毛布を取り出し、頭から被る勢いでブルブル震えていると。
「クウリ、大丈夫? めっちゃ震えてるけど」
心配そうな表情を浮かべるトトンが近付いて来たので、とりあえず被っている毛布の中へと無理矢理回収した。
それはもう、ガバッと。
「うぎゃぁぁ! 冷たい冷たい冷たい! マジで冷たいってクウリ! 鎧とかガチで冷たい!」
「あったけぇぇ……流石ロリ、子供体温……」
普段ならコイツの方からくっ付いてくるが、今は緊急事態だ。
という事で、ちびっ子で暖を取っていると。
「今日の夕飯は、身体が温まる物にするか。辛いモノ、皆大丈夫だったよな?」
「というか、ホント一気に冷えて来たね。冗談とかじゃなく急に冬に入った、みたいな」
イズとダイラの声を聞きながら、チラッと馬車の窓の外へと視線を向けてみると。
おかしいな、何かパラパラと雪が降り始めてねぇか?
「色々な噂が囁かれていますが、この地域には昔強力な氷の竜が居たんだそうです。それの封印には成功しましたが、今でもその影響を及ぼしているんだとか。それから、時期的にも冬ですから。確かに、寒いですね」
という説明をしてくれるステラだったが、思わず溜息を溢してしまった。
あぁ、またそういう伝承的な何かですか。
そしてコッチはとにかく寒い不思議空間に、丁度一番寒くなるタイミングで来てしまったという事か。
前の街でイシュランさんが、寒くなるからってやけに心配していたけど、こういう事だったのね……。
「イズ、イシュランさんから貰った香辛料……これで、何か作って」
「あぁ、良いだろう。鍋にでもするか?」
戦闘には発展させず、大人しく事態を収めた御褒美なのか。
本日のイズは俺の要望を何でも聞いてくれそうな、抱擁感を漂わせるオカンとなった。
たまにはやってみるもんだねぇ、戦闘の前に状況を制する行為も。
とかなんとか、鼻水を啜っていると。
「うひぃ、つめてぇ……」
包まっている毛布から、トトンがスポッと顔を出して来た。
すまんな、ちびっ子暖房。
今は人命救助だと思って、俺に体温を分けてくれ。
「ステラ、この先野営ってする?」
「えぇ、そろそろ皆の夕食の時間ですし、馬も休ませませんと。もうすぐ馬車を止めると思いますが」
とか何とか言っている内に、程無くして馬車が停止した。
そして。
「姫様、申し訳ありませんが本日はこの場で――」
「イズ! 鍋! すぐ作ろう! 寒い!」
「わかったから、慌てるな。出来るまで馬車の中で待っているか?」
「火! 火が欲しい! 寒い! 視覚的にも温かくしたい!」
「冷え切ってるねぇ、見事に。ホラ、バフで体感はどうにかしてあげるから、コッチおいで~」
「クウリいい加減放してよ! 俺も寒くなっちゃうし! まだ冷たいし!」
「やだ! 寒い! お前は大人しく抱っこされてろ!」
姫様に声を掛けに来た兵士を押しのけ、俺達は外に飛び出すのであった。
焚火して、プロテクション張って、暖を取る!
野外だけど夢のあったかホームを今すぐ作る!
「そんなことしなくても……ホラ、バフ掛けるよー?」
という事で、ダイラから寒冷地対策のバフを掛けて頂いた。
外は寒く無くなったけど、冷えた体温が戻ってこない!
焚火じゃぁ! 火をおこせぇ!
※※※
「ホラ、出来たぞ? 熱いから気を付けろ」
そう言って、ドデカイ鍋を俺達の前に置くイズ。
ソイツを覗き込めば、見ているだけで唾液が出て来る程に……真っ赤!
「チゲ鍋だ!」
「キムチ鍋だ!」
「残念。こっちの世界特有の香辛料みたいだからな、正式名称は分からない。唐辛子に近いが、非常に味わい深い。それに変な癖も無い。俗称で言うなら“火鍋”になるんだろうが……まぁ“向こう側”の物とは違うと思って食べてくれ」
だ、そうです。
イシュランさんから貰った不思議調味料。
それをイズの“料理人”のスキルで分析しながら作ったという感じなのだろう。
真っ赤なソレを器に盛って貰い、全員に行きわたった所で。
いただきます!
「熱っ! アチッ!」
「落ち着いて食べろ、まだまだあるからな。追加も作っているから、肉でも何でも遠慮せず食べて良いぞ」
なんて、諭されてしまうが。
いやウンマッ! 何だコレ!?
「すげぇ、こんな辛いのに結構サッパリっていうか……いや、そういう言い方も変か」
「あれ! アレだよ! 魚介を使った様な独特な臭みっていうか、そう言うのが全然無い感じ! ただマジで辛い!」
興奮した様子でトトンが声を上げるが、確かにそうかもしれない。
癖が無いって言うのかな。
当然魚介鍋も嫌いではないので、ソレが嫌という訳では無いが。
コイツに関してはとにかくズドンと来る辛さ。
しかしながら後にずっと残る様な事はしないというか。
わー! 辛ぇー! って言いながらバクバク食える感じ。
更に言うなら野菜も肉もモリモリ、もはや丼物を掻っ込む勢いで口の中へと吸い込んでいく。
うおぉぉ、熱々の白菜がうめぇぇ……。
「辛みが強い物を使うと、結構舌先に残ったりするんだが。不思議な事に、コイツにはソレが無い。とにかく水に溶けやすいのかな? わからんが、辛くなり過ぎても水を飲むと普通にさっぱりするんだ。やはり現地の調味料も面白いな」
という事らしく、良く分からないけど辛くて旨い鍋って事で良いらしい。
とは言えダシはちゃんと取ってあるようで、食材を噛みしめればじんわりとその辺も染みて来る。
ただ辛いだけでは無く、しっかりと染みている旨さが口の中に広がっていく様だ。
豚肉、鶏肉、野菜野菜野菜。
つくねを齧ってみれば軟骨入りという嬉しさ。
それらが鍋から器へ、そしてお腹の中へと忙しくお引越しを繰り返し、最後にはホッと安心する様な温かい息が零れる。
ついでに言うと、現状滅茶苦茶寒い事もあって息も真っ白。
やぁ~これぞ冬キャンプって感じ。
外は雪降ってるのにお腹の中はあったかい、ついでに言うと焚火とプロテクションのお陰で普通に寒くない。
冬キャンプどころか、“向こう側”と比べたらチートキャンプだった。
などと考えつつホフホフと熱い息を溢し、次から次へと口に放り込んでいると。
「ゴホッ!」
「ん? エレーヌは辛いのが駄目だったか?」
「い、いいえ。美味しいわ。けど、結構辛かったから。慣れれば平気」
魔女様が、ちょっとだけ苦戦していた。
俺達に会うまで、本当に適当な食生活みたいだったからね。
ハッハッハ、イズのご飯で存分に健康になれば良いさ。
今回俺はお手伝いもしていないのに、偉そうな感想を残しつつ皆でモックモックと鍋料理を口に運び。
ふぅぅ……と一息つく頃には、額に汗が滲んでいる程。
寒さ、見事に消し飛びました。
満足感を覚えながらも、イズにお代わりを貰っていると。
「あ、あのぉ……皆様。なんだか、随分と温かそうな食事をしていますね?」
少し前の俺と同じ様に、毛布を被った王女が此方に寄って来ていた。
プロテクションの向こう側だけど。
彼女が持っているのは、何か質の良さそうな保存食とスープ。
兵士の皆さんが必死に大鍋で食事を作っているが、皆ガタガタと震えている御様子だ。
ま、寒いよね。雪降ってるし。
「ステラ達も食う?」
「よろしいのですか!?」
「イズ、良い? 追加作る事になるけど」
「良いぞ。この人数の飯を作るというのなら、それこそ鍋は都合が良い」
「良いってー」
「いただきます!」
嬉々として此方へ来ようとする王女が、ベチッとプロテクションに阻まれた。
慌ててダイラが魔法を解き、気にした様子もないステラがすぐさま焚火の近くへ寄って来るが。
やはりそれは彼女だけだった様で、こちらの会話を聞いていたらしい兵士の隊長さんが。
「イーニステラ王女! いけません! 貴方程のお立場の方が毒見役も付けずに――」
ですよね、普通野営飯にお姫様誘わないよね。
アハハと乾いた笑い声を洩らしていると、ステラはキッと眉を吊り上げ。
「この人達がわざわざ私を毒で殺すと思いますか!? そんな回りくどい事をしなくとも、殺すなら指先を一つ向けただけで私達など全員消し飛びます!」
説得力が有るんだか無いんだか分からない言葉を叫ぶ王女に、隊長さんはウグッと苦い顔を浮かべている。
出来れば今の言葉で納得しないで頂きたかった。
まぁ、これまでの行動を鑑みると仕方ないのかもしれないけど。
しかしその隙に、いつものメイドさんがスッと俺達の輪に混じって来て。
「では、私が毒見役を名乗り出ましょう。すみません皆様、“アレ”でも王女。“一応”、立場のあるお方なので。頂く立場にも関わらず、無礼をお許しください」
「あ、はい……」
なんかちょっと刺々しい評価だった気がするが、苦笑いを浮かべたイズが彼女に器を差し出してみれば。
相手は、フーフーと息を吹きかけてから火鍋を一口。
その後。
「っ!? あぁぁ……コレはアレですね。もう少し、もう少し調べないと分からないかもしれませんね。あまり疑ってばかりの面々が取り囲んでも、皆様に迷惑でしょうし。姫様はしばらくソチラでいつものご飯を食べていて下さい」
「裏切り者! 絶対美味しかったんでしょう!? 毒見とか言いながら、その一杯は自分で食べきるつもりなのでしょう!? 山盛りなのに凄い勢いで減らしているではありませんか!」
「まさかまさか。私は姫様専属の、たかがメイド。我儘で大胆な行動ばかりする主にちょっと疲れたからとはいえ、そんな意地悪する訳がございません」
とかなんとか、ピシャッと言い放ったメイドさんが勢いよく器を空にし始めたではないか。
気に入って貰った様で、何よりです……。
「ふぅぅ……ごちそうさまでした。とても、温まりました」
「必要なら、おかわりもあるが」
「よろしいのですかイズ様!? 是非お願いします!」
「コラァァ! 私の分! 私の分もお願いしたいのに! なんで一人で御相伴に預かっているの!」
何と言うか、姫様のメイドさんも苦労している御様子だ。
うん、まぁ……行動力かなり凄いっぽいしね、このお姫様。
何たって前回も立ち入り禁止区域に、このメイドさんだけ連れて突撃したくらいだ。
相当信頼しているってのは分かるし、本人もそのつもりで同行しているのだろうが。
まぁ、たまには息抜きがあっても良いだろうって事で。
メイドさんを止めるメンバーは、誰もいないのであった。
「イズ、まださっきの香辛料って残ってるか?」
「あぁ、少ない量でも結構味が付く様でな。それを大量に頂いてしまったんだ、今度あの街に行ったらお礼をしないとな」
「オカンか」
「何かを頂いたのなら、礼を言う。ソレが此方の認識以上に凄いモノだったから、帰ってから更に礼を言う。常識の範囲内だ」
「はい、すみませんでした」
という事で、姫様だけではなく兵士の分まで大鍋で作り始めるイズ。
身体が温まった俺達も手伝い、次から次へと配膳されていく訳だが。
「ステラ、食事料」
「もちろん支払います! 期待していて下さいね!?」
あ、やべ。また藪蛇だったかも。
これでズドンッと報酬が上乗せされたらどうしましょ。
必要以上に貰っても、後々怖いんだよな。
まぁ面倒臭い事になったら、また違う国へ行けば良いかぁ……などと、適当な考えを浮かべていれば。
「エレーヌ、大丈夫か? ホラ、コレを飲め。ヨーグルトを使ったジュースだ」
「ご、ごめんなさい……凄く美味しいんだけど、こんなに辛い物は久し振りで……」
イズから、魔女様が手厚いサポートを受けていた。
本当に変なパーティというか、姫様達を含めて変な集団が出来上がってしまったモノだね。




