第129話 観戦者
「……相変わらず、派手ですねぇ。クウリさん達は」
「イーニステラ王女……アレを、そんな言葉だけで済ませてよろしいのでしょうか……」
現場より少々高台に位置した場所で馬車を止め、彼女達の戦闘を遠目に観察させて頂いた訳だが。
周りの兵士達は、皆縮み上がってしまった御様子だ。
まぁ、気持ちは分かる。
空を埋め尽くす程の魔人の軍勢が現れたかと思えば、一斉に一か所に集まり。
その先ではここからでもハッキリと分かる程の、煉獄の炎の檻。
飛び込んだそれらが焼き尽くされたかと思えば、今度は光の城が出現したではないか。
城に遠くから攻撃し始める者達が現れたかと思えば、今度は極太の光線が残った者達を一掃した。
うん……自分で言っていても訳が分からない。
前の時も意味が分からなかったけど、今回はもっと酷い。
本当にこの世の光景なのかと疑ってしまう程、とんでもないモノを見せられてしまった。
それに今は、ゴーストの様な存在が空を飛び回り残党狩りをしている。
かと思えば、空が火の海になったんですが?
私は本当にいったい何を見せられているのだろう?
世界の終末? 地獄の光景?
とはいえ、兵の前で情けない姿を見せる訳にもいかず。
「これで、私の話を信用してくれましたか? 実際にこの目にした、彼女達の冒険譚を」
当時はもう少し大人しかった……訳でもないか。
よく分からない魔法を使ったと思ったら、森の一部が“死んだ”のだから。
とはいえ今回の光景を見ると、前回のアレでもマシに感じられるのだから不思議なものだ。
うん、今回はとても酷い。
「ま、まさかこんな事を成し遂げる冒険者が居るとは……正直、未だに信じられません。何なんですか? 彼女達は」
恐れ慄く様子で、兵士達の隊長が声を掛けて来るが。
こちらとしてはニッと暗い微笑みを返す他無い。
だって、私だってあんなド派手な魔法が使えるなんて知らなかったし。
何アレ、怖い。
あの四人、兵器云々じゃない。
いくつかの国が束になっても、絶対勝てない戦力じゃないですか。
しかも五人目が増えていたのだ。
新しいメンバーも、彼女達に匹敵する程強いって事なのだろうか?
え、コワ。
クウリさん達、あんなに強いの?
魔人の軍勢をたった数名で、しかもこんな呆気なく終わらせてしまったのだ。
全世界を敵に回しても、あの人達だったら屍の山の上で高笑いを浮かべそうなんですけど。
「私の掴んだ情報では、クウリさんは過去に他者から“魔王”と呼ばれていたそうですよ」
「ま、魔王……ですか?」
「そう、御伽噺に出て来る様な絶対悪。魔法の王、悪魔の王……彼女の場合は、どれに当て嵌るのでしょうね?」
正直最初聞いた時には、クウリさんも年相応の冗談を言うのかと微笑んでしまったが。
でもソレを語ってくれたシスターが、嬉しそうに言っていたのだ。
当人から直接“魔王”の名を聞いた訳では無く、仲間達と話している所を耳にした様だったが。
『あんなお転婆で、不真面目で。どこまでもお人好しのシスターが“魔王”なら、きっと平和な世の中になる事でしょうね。本当にそう名乗り始めるのなら、今から配下になる準備をしておきませんと。世界を敵に回しても、きっとあの子の後ろが一番の安全地帯でしょうから』
クスクスと笑っていた年老いたシスターの瞳と言葉に、嘘は無かった。
そしてその実力が、今日この時に多くの人々の前で証明された。
彼女達の力は本物であり、各地でも私に見せてくれた様な偉業を成し遂げて来たのだと。
この実績が、全てを物語っていた。
誰もが、私の話を大袈裟に語ったモノだと笑った。
お父様だって、全部を信じてくれた訳では無いだろう。
だがしかし、私を貰ってくれた旦那様(予定)は言ったのだ。
『それが全て本当なら、しっかりと“友人”にならないと。そして、立場を踏まえた接し方をするのなら……それはきっと個人じゃない。相手を“国そのもの”だと思って接しないと、怖くて仕方ないね。でもそれくらいの敬意を示し、友人として接しないと、きっとまた逃げてしまうのだろうね』
確かに、その通りだ。
ただの冒険者、そんな枠組みに収まらない彼女達。
だからといって、立場や権力を振りかざせばフラッと居なくなってしまう。
だったら私達に出来る事は何だ?
何かを与える、褒め称えるだけの存在になるのではなく。
ただ対等に、例えどんな位置に上り詰めようとも。
どこまでも普通の友好関係を築くことが必要となって来るのだろう。
仲よくする為に、争わない様にする為に。
彼女達を普通の枠組みで見ない事を意識しながらも、普通の友として接する。
言葉だけなら矛盾だらけだし、実際にどうすれば良いのかという正解もない。
しかしながら、きっと難しく考えすぎる方が不正解なのだろう。
少なくとも、彼女達の隣に立っている時ばかりは。
「フ、フフフ……今回の一件。魔人、というかサキュバスを欲しがった愚か者が目にしていたら、なんと言葉を紡ぐのでしょうね?」
「おそらく、何も声を上げられないでしょうな。欲しがっている物と、使おうとした者の価値が全く理解出来ていない愚者。そうとしか表現できません……姫様の人を見る目、感服いたしました」
なんて、隊長は声を掛けて来る訳だが。
止めてくれ、正直驚き過ぎて腰が抜けているのだから。
現状用意された席に腰を下ろしているから良いものの、立っていたらその場で尻餅をついていた事だろう。
どうにか冷静っぽく保っているが、もはや全身プルプルしているから。
一斉に敵が集まって来た光景も怖かったし、炎の牢獄とも言える魔法も怖かった。
大規模な山火事にでもなるかと思えば、炭化を通り越して一瞬で森の一部が灰の海に変わっているし。
更には光のお城って何? アレは本当に何。
御伽噺の世界に迷い込んだかの様な光景を見せられて、一瞬頭が真っ白になった程だ。
それだけでも情報過多なのに、そこから光が放射して相手を焼き尽くしていたのは何。
いや、コワ。
クウリさん達、やっぱりヤバイ。
ゴースト達も、何か仕事終えましたって感じで彼女の元へ帰っていくし。
そして光のお城を守る様に出現したクウリさんと似ている人形も何、見た目すら怖いんですが。
もうあのパーティだけで、普通に軍勢じゃないか。
増えないよね? もう流石に増えないよね?
また違うモノが登場して来ても、本当に理解が及ばなくなってしまうのだが。
「さて、それでは戦闘も終わったようですし……皆様を迎えに行きましょうか。私達は街に帰ってから、件の領主にお話がありますから」
「はっ! 仰せのままに」
という訳で、今回の一件は呆気なく幕を閉じた。
魔人の発見、更にはソレを利用しようとした領主。
本当に危険な物を判別出来ず、目先の利益と力に目が眩んだ権力者の暴走。
まぁ、良くある話だ。
その暴走を、更なる力で叩き潰した結果に終わってしまったが。
何度でも言うけど……コワ。
「姫様。さぁ、馬車へ」
相も変わらず私に付いてくれているメイドが、優しく促して来るが。
「あははは……ハハ、ハ……。無理です、立てません。何アレ」
「……やっぱりですか?」
前回も私と一緒に、あの現場を見ていた彼女だけは。
うんうんと、静かに頷いてくれた。
「彼女達の迎えは兵に任せて……お茶でも飲みましょうか」
「えぇ、そうします。貴女も付き合って下さい……」
「では、お言葉に甘えて」
そんな訳でクウリさん達のお迎えは兵に任せ、私達は揃って温かいお茶を飲み始めるのであった。
あぁ……この温もりが身体に沁みわたる。
さっきの戦闘を見て、どれ程身体が冷えてしまったのか改めて実感する様だ。
いやだっておかしいでしょ。
相手は魔人ですよ、凄く強い筈の存在なんですよ。
だというのに光ったり燃やしたり、遠くから見ても大層ご立派な光のお城が出て来たり。
しかも最後の攻撃なんて、敵のついでに後ろの山まで吹っ飛ばしてますけど。
あんなの、街中で放ったらどうなるんですか?
まさかとは思いますけど、アレが最高火力ですよね?
もっとすごいのとか、流石に無いですよね? 怖いんですけど。
なんて、色々考えながら。
戦闘終了後の、静かな光景を見つめるのであった。
あぁ~そういえば、街に残っているというサキュバスの一匹。
此方で始末しておかないと、後で大変な事になりそうだ。
まぁ強欲領主だとしても、魔人本来の姿を見せてやれば手元に置こうと思わないだろう。
既に手を出してしまっていた場合は……まぁ、御愁傷様ということで。
変な病気とか貰っていないと良いが。




