第127話 殲滅せよ
「おーおー、各地で始まったねぇ」
空中に浮かびながら、周囲を確認していれば。
広範囲にダイラのスキルが発動した影響か、そこら中から戦闘音が聞えて来る。
見る限り、サキュバス一体を相手にする程度なら問題なく戦えている様だ。
流石は冒険者諸君、普段から戦闘を経験しているだけの事はある。
誰も彼も、“モブ”って事は絶対にないという訳だ。
俺等が異常なだけであって、そこだけは勘違いしてはいけない項目だろう。
「クウリー! やっぱ予想通り、ここは“餌場”になってるよー!」
下から、トトンがそんな大声を上げて来た。
でっすよねぇ。
これだけ冒険者も居るし、しかも男性陣も多いのだ。
サキュバスとしては、それはもう美味しい“狩場”となっている事だろう。
そんでもって、もう一つ。
魔人、やっぱり不細工。
普段から幻惑魔法の様なモノを使っているらしく、エッチなお姉さんに見えたのは勘違いしていただけらしい。
魅惑とかそっち系が解除出来ねぇかなぁと試した結果、文字通り“化けの皮”が剥がれた。
それらの魔法を取り去った後は、蝙蝠の怪人みたいな変なのが登場した次第だ。
え、勘違いしながらアレを抱いちゃうの?
ちょっと本気で男性陣に同情したため、教え子たちにはダイラの全力バフを掛けてもらい、周囲の援護に向かわせた訳だが。
嫌だよ、蝙蝠相手に男が腰振ってるのなんて見たくないよ。
病気になったらどうするの、流石に可哀想だって。
もしも知り合いや友人まで被害にあったらと考えると怖気がするので、過剰な程バフモリモリで突っ込んでもらった。
と言う事で。
「ささっと相手を挑発するか。おーい、お前等。リジェネ使うから、周辺の殲滅よろしくなぁ?」
「あいっすー」
「了解した」
「こっちも平気だよー! 周りの冒険者にも補助魔法掛けていくね!」
「……暇だわ」
若干一名不真面目なのが居た気がするが、まぁ良いか。
と言う事で、上空でリジェネを使って広範囲を魔法影響内に収めていく。
なんて、恰好良く言えれば良かったのだが。
鼻歌歌っているだけ。
地上でウロウロしている冒険者達も、なんだなんだと此方を見上げて来る。
止めて、見ないで。
そんな事を思いつつ、リジェネを続けていれば。
「おっとぉ? 敵さんの御出ましだ。ウチのパーティは戦闘準備! 周りの冒険者諸君は下がっとけよぉ!? 巻き込まれても責任取れねぇからな!」
なんて叫び声を上げつつ、前方を睨んでみれば。
来るわ来るわ。
夜の闇に紛れる様にして、羽虫の如くパタパタと。
アレが全部蝙蝠の化け物で、人間を喰うって言うんだからゾッとするね。
そりゃもう、姫様の命令通り。
“殲滅せよ”ってのが正しい判断なのだろう。
思わず口元が吊り上がってしまうが。
「先生! 俺達は!?」
地上から声を上げてくる中に、教え子の声が聞えて来た。
そちらに視線を向けてみれば、カイ君のパーティメンバーが集結している。
だったら。
「こっちは任せたぞ? 誰も前に出させるな」
「了解しました!」
んじゃまぁ、やりますか。
ゲームには登場しなかった“サキュバス”という魔人。
その殲滅戦、少数対軍勢の戦争を。
ニィッと牙を見せる程に微笑んでから、杖を夜空に向かって振り上げた。
「パーティ各員に通達! 突っ込んでから全力で迎え撃つ! 他の奴等を巻き込まない様に、中間地点を戦場に変えるぞ!」
「了解した。クウリ、派手な花火を頼むぞ?」
「オッケー、まずは相手の親玉を引っ張り出そうか!」
「クウリ! 派手なの終わったら俺も翼で運んで! 無理! 皆に付いて行くの無理!」
「魔王、“軍勢”への対応の方が得意なんでしょう? 期待してるわよ、面白いモノを見せてね?」
良いだろう、見せてやるよ。
俺達が“戦争”に特化している理由。
俺以外が、これまであまり派手な攻撃をしなかった理由。
それはそもそも、使う必要が無いから。
対魔女戦の時の様な、予想外の事態にならない限り。
俺達が、普段どう言う戦闘を繰り広げていたのか……その目に、焼き付けるが良いさ。
「ククッ、クハハハハッ! 久しぶりに正面からの大規模戦闘だ! 殲滅しろ、全員ぶっ殺せ! 情け容赦なく、全てを狩り尽くせ! たかが数人で、百以上の獲物を喰いつくすぞ!」
「「「了解ッ!」」」
感情的になると、アバターの影響を受ける。
これはもう間違い無いだろう。
なんたって現状、俺を含めたパーティメンバー全員が。
どいつもコイツもゲームをやっていた頃の様な、活き活きとした御様子で笑っているのだから。
「挨拶代わりだ、存分に味わってくれ? ウィジャボード、エイジング、カオスフィールド。んで、派手に行こうか……シューティングスター! プラズマレイ!」
派手なデバフを全部使い、更には攻撃魔法の雨とレーザーも降り注ぐ。
大軍勢で攻め込んで来た相手に対して大火力を叩き込んで、攻め入る前だというのに敵の軍団は目に見えて殲滅されていく。
何が起きたのかと混乱し、足を止める……今回は羽だが。
キョロキョロと周囲を見回している内に、次の攻撃魔法に飲まれて消え去っていく。
ゲーム時代なら、それこそキルログが大量に流れて来た事だろう。
ハハハッ! コレだよ、これこそ“初手ぶっぱ”の楽しさだよ!
俺の花火と同時に前衛二人は突っ込み、早くも場を荒らし始めた。
一度現場が混乱したら最後、慌てふためいている内に相手へ大打撃を与える強襲。
此方の人数が少ないからこそ、相手は絶対に舐めてかかって来る。
そしてそういう相手程、俺達には対処がしやすいってもんだ。
なんて、口元を吊り上げつつ地上に降りてみると。
「派手ね、相変わらず。魔力……空にならないの?」
「ハッ、余裕だね。と言いたい所だけど、ここでMPポーションを少々」
そんな事を言いながら、ダイラ産のMP完全回復ポーションをグビグビしていれば。
魔女からはとても白けた瞳を向けられてしまった。
「……」
「止めろ、そういう目で見るな魔女。MP管理は術者にとって重要なんだ、こういうのちょこちょこ挟まないと、すぐ死んじゃうの。俺達は一応、許容範囲内の限界突破しただけなの」
「まぁ、何でも良いわ。私も出るわね?」
「おうよ、行ってこい。期待してんぞ?」
声を掛けてみれば、両手剣を担いですぐさま戦場に突っ込んでいく魔女様。
さてさて、面白くなって来た。
久々に“やらかして良い”大規模戦闘な上に、相手は魔人。
この世界の強敵、宿敵と来たモンだ。
本来なら警戒するべきだし、もっと慎重に動くべき事態。
それは分かっているのだが。
「さぁ……戦争しようぜ、お前等」
五対数百という、馬鹿げた戦場。
だというのに、何処までも口元は吊り上がった。
こういうのを、ずっとゲームでやって来たんだ。
あり得ない戦場、覆る筈の無い戦力差。
だがそれを逆転可能にする、このゲームシステム。
どこまでも頭を使え、そうすればたった数人でもこの戦場は勝てる。
どこまでも馬鹿になれ、全員の能力を最大限使えば、こんなもん簡単に覆せる。
それが出来ていたから、俺達はランカーになった。
それが出来ていたから、俺達にはそれぞれ二つ名が付く程のプレイヤーになったのだから。
「ククッ、クハハハハッ!」
思わず大声で笑ってしまった、楽し過ぎて。
仲間達は余裕の顔で蹂躙を続け、俺は適当な攻撃魔法をぶっ放せば相手の戦力が削れていく。
さぁ、さぁ、さぁ! どうするサキュバスクイーン!
お前の手駒じゃ、俺達というプレイヤーに対してあまりにも非力だぞ!?
だったら本体が出て来い、俺達は“ボス”を落とさないと終われないんだからな。
このままじゃ……お前の駒、全部喰っちまうぞ?
※※※
「流石です! 先生!」
一番前に立つ少年達が、そんな声を上げているが。
正直、異常な光景だった。
さっき空に浮かんでた女が、派手に魔法を使った瞬間。
数割、とも言える相手が殲滅されてしまったのだから。
戦争って、こういうもんだったか?
数の暴力って、こんなにも簡単に覆るモノだったか?
冒険者とはいえ、普段から魔物ばかり相手にしている訳ではない。
場合によっては、戦争規模の戦闘に参加する事もある。
そういう時に重宝されるのが、傭兵。
俺達はその下として扱われる。
でも、実際にその場に立ってみて思う事は……“絶望”、ただそれだけだったのだ。
どんなに頑張ろうと、連携した術師の攻撃は防げないし。
前衛がいくら特攻しようが、数の暴力の前では餌食になるのがオチ。
だからこそ、俺達みたいなのはゴミだ。
下っ端の下っ端で、都合よく使われる。
死ぬ事が前提で戦場に送り出される冒険者なんぞ、所詮“捨て駒”なんだと思っていた。
だというのに、コレは……なんだ?
「クハハハッ! どうした、攻めて来いよ! お前等から挑んだ喧嘩だろう? チマチマ男を喰っていないで、真正面から挑んで来い! その方が楽しいだろう!?」
空に浮かぶ女。
翼も生えているし、角も生えている。
アイツこそ魔人だろと言いたくなるが。
ソイツは、迫りくる蝙蝠の化け物を根こそぎ焼き払っていた。
その数、間違いなく百では収まらない。
だというのに、彼女達は一切引かない。
それどころか、楽しそうに笑っているではないか。
「化け物、という他ねぇな……」
アイツ等だって俺達と同じ冒険者……の筈。
そう考えても、俺達が手を貸せる様な事が見つからない。
悔しい舌打ちを溢しつつ、視線を逸らそうとしてみれば。
「あの人の事を、他の誰かは“魔王”と表現したそうです。どんな状況でも、ほんの数名だけで終わらせる実力者達だからこそ。本当に、その通りです。でも、彼女達は人間だ。だからこそ俺達の希望であり、人類の最後の砦とも言って良い程のパーティなんだと思います」
急に、先頭に立っている少年がそんな声を上げ始めた。
コイツ、何を言っているんだ?
「あの人は俺の先生です、滅茶苦茶強い攻撃術師です! そんな人が、別件の依頼で此処に居ます! 皆さんだって本当は分かってるんでしょう!? サキュバスの確保なんて叶えてしまえば、この街は世界の敵になります! だからこそ、あの人達が直々に動いた! 皆さんはあの数の魔人に勝てますか!? 蹂躙されて終わりです、間違いなく。報酬に目をくらませていないで、現実を見て下さい! 先生達のパーティは、クウリさん達は! 皆さんを守る為に戦っているんですよ!?」
拳を握り締めながら叫ぶ若者を、皆で見つめてしまった訳だが。
次第に……その言葉を理解した者達が、空に浮かぶ銀髪の女を見上げ。
「あ、れ? なぁ、今クウリって言ったよな? あの子……やっぱそうだ! 酒場に居た給仕! おいおいおい! お前等見ろよ! あのクウリちゃんだぞ!」
「とんでもねぇ奴を召喚した死霊術師か!? マジかよ! てことは、トトンちゃんやらダイラちゃんも居るって事か!?」
「うぉぉ! あの子達が違う依頼で此処に居るってんなら、俺は下りるぞ! こんなクソ仕事はもうゴメンだ! あの子に逆らったら骸骨の幽霊くっ付けられるからな!」
なんて、周囲の者達が声を上げ始めた。
信仰対象の誕生とは、こういうモノなのだろうか?
などと思ってしまう程、一部の者達が彼女達を応援し始めたではないか。
それは徐々に広がっていき、空に浮かぶ銀髪の子を知らないであろう連中も、拳を振り上げ叫んでいた。
生き残る為に、自らを助けてくれる存在に向かって声を張り上げる。
そう、その通りだ。何も間違っちゃいない。
彼女達が勝てば、俺達は救われる。
逆に負けてしまえば、今度は俺達があの馬鹿みたいな数の軍勢を相手をする事になるだろう。
だから勝ってくれと、助けてくれと叫ぶ。
とても身勝手な願望を彼女達にぶつけ、声を振り絞るのであった。
勝ってくれ、頼むから。
あんな軍勢と化した魔人、ただの冒険者では勝てないから。
だからこそ、喉を枯らす勢いで叫ぶのだ。
「クウリー! 勝てぇぇぇ!」
いつの間にか、俺もそんな言葉を叫んでいた。




