第121話 サキュバス
「え、いや。相手魔人なんだよね? 俺等二人じゃ不味いんじゃないの? 魔人って強いんじゃないの? いやでも、前の羊頭は弱かったしなぁ……」
「アイツは確かに、弱かったわね。使役魔法を試してみたら、普通にテイム出来ただけよ。邪魔になったから野に放ったけど」
「おいコラ、ペットの管理は最後まで責任持てよ」
「今は反省してるわ」
などと気の抜けた会話をしてしまったが、エッチなお姉さんは首を傾げている。
ちなみにどれくらいエッチかと言うと、エグイ角度のハイレグ……いや、何て言うの? あぁいう恰好。
バニーガールとはまた違う様な、露出の多いお姿をしておられる。
しかも革だかエナメルだかの、テカテカしているような生地。
とにかくそういう恰好で、結構肌面積が多い。
胸部に特大の危険物を備え、結構ギリギリで隠している程度な上、長いグローブやらブーツやら。
若干SMチックな雰囲気を醸し出している、本気ダイラとはまた違ったスケベ装備。
とか何とか、妙な感想を残していた訳だが。
「どっちが、月の魔法を使ったの?」
月の魔法? あぁもしかしてリジェネの事か?
ダイラの話では、聖属性も陰と陽が分かれてるって話だしな。
とはいえ、相手に此方の情報をくれてやる必要なんて――
「コッチよ。私には使えないから」
「ちょっとぉ!? 手の内バラしてどうすんだよお前!」
「……それもそうね、今後は気を付けるわ」
残念魔女のせいで、さっきから環境がギャグにしかならない。
コイツこんな調子で、今までどうやって旅して来たんだよ。
あれか、全部物理で解決してきたのか。
止めてね、俺等の情報ばら撒いたりしないでね?
「へぇ……そっちの黒い鎧の子は、私達と同じなのかしら? 貴女も魔人?」
そう言って、エッチなお姉さんが此方をジロジロと観察してくる。
昔であれば前かがみになってしまったかもしれないが、現状は此方も同性な訳で。
そもそも何かを感じて反応する部位が無……いや、止めよう。
こういう下品な言葉選びは嫌われるから。
特に何かを感じる訳でも無く、その視線に晒されていた訳だが。
ふぅん……“私達”、ねぇ?
「その月の魔法とやらを感じて、下っ端のお前がお使いに出されたって訳か? ご苦労なこった」
「……あまり、過ぎた口を利くものじゃないわよ? “お嬢ちゃん”。貴女の態度次第では、クイーンも迎え入れてくれるかもしれないわ」
此方の言動が気に入らなかったのか、ピクッと口元を動かしてから。
相手はツラツラとそんな事を言って来るではないか。
ハハッ、ガチで下っ端か。
ペラペラと喋っちゃってまぁ、ザーコザーコ。
そんでもって、明らかに舐められた状態で“お嬢ちゃん”とか言われると……ちょっとイラッと来ちゃうねぇ。
「クイーン、ねぇ? サキュバスの上位種って所か、まぁゲームには居なかったけど。それで? 俺がお断りすれば、その魔人の軍団がコッチに差し向けられるってか?」
「調子に乗らないで、たった一人に軍勢で攻め込む訳が無いでしょう? 私一人でも充分よ。でもクイーンが月の魔法を行使した相手に興味を示した、だから私はその使い。大人しくそっちの黒い方だけ付いてきなさい」
クハハッ、だから下っ端なんだよお前。
相手は軍勢と呼べる規模が揃っている、つまり魔人……というかサキュバスの集団がどこかに存在してるって訳だ。
更に言うなら、遠く離れた場所でも俺のリジェネを感じ取れたクイーン。
つまり聖属性の、言わば陰の方が得意分野って訳か。
だがしかし、いくら魔人と言っても察知能力にだって限界があるだろう。
だったらこの周辺に、コイツ等の住処があるって事になる。
しかも冒険者ギルドでそういう仕事だとか、噂が広まっている様子は無かった。
と言う事は、コイツ等は現状“隠れている”状態。
魔人が人類の驚異として見られる程の力を持っているのなら、逃げ隠れする必要なんか無い筈。
だったら本体がそこまで強い個体じゃないのか、それとも別の理由か。
ハッ、異世界の未知にまた一歩近づいたってか?
「一応言っておくけど、この子はサキュバスじゃないわよ?」
「おい赤い方。お前には何も聞いていない、さっきから鬱陶しいわよ? おかしな存在ではあるみたいだけど、とっととこの場から失せれば攻撃は――」
「その子、“魔王”だけど。貴女程度で対処出来るの?」
「……は?」
などとエレーヌが注意を引いた所で、相手の背後へとテレポート。
そして。
「はい終了、残念だったなぁ? 魔人の“お嬢ちゃん”」
ニィィッと口元を吊り上げながら、相手の頭を後ろから掴み。
そのまま魔法を行使した。
「“グラビティ”……鬱陶しいから、俺の上空を飛び回るんじゃねぇ。落ちな」
「なっ!? はぁっ!?」
急展開について来られなかったのか、此方の魔法の影響により上空から急降下するサキュバス。
難しい事は何も無い、相手の重力を倍以上に増やしてやっただけ。
ただでさえ空を飛んでいる相手ってのは、飛行のバランスさえ崩してやれば簡単に落ちる。
そして、その先に待っているのは。
「エレーヌ!」
「殺さない程度に、ね? 分かってるわ」
落ちて来たソイツに対して、軽い声を上げながら連撃を放つ魔女。
どうやら手足の筋を切断した上に、翼を斬り裂いたらしく。
「貴女、もう少し瘦せた方が良いわよ? 見た目の割に随分と体重が重いのね? その内飛べなくなるわよ」
すみません、多分ソレ俺の魔法のせいです。
とはいえやはり、女性としては言われたくない一言だったのか。
相手は痛みに苦しみながらも、物凄く顔を歪め。
「貴様等ぁぁぁ! 何なんだお前等はぁぁぁ!」
地に伏せたエッチなお姉さんが、滅茶苦茶怖い顔をしながら叫んでいた。
と言う事で俺達は相手を見降ろしながら、剣と杖の切っ先を相手の眼前に向け。
「ただの冒険者――」
「魔王と魔女よ。覚えておきなさい、雑魚」
エ、エレーヌさーん?
俺も他人の事言えないけど、安易なフラグ建ては止めて下さいねぇー?
とはいえ、相手は随分と怯えた様子で此方を見上げて来るのであった。
わっはっは、こりゃもうあれだね。
完全に俺等が悪役だね。
仲間に見られたらドン引きされる光景だわ。
まぁ、俺の性格的に正義の味方って方がしっくりこないので。
ある意味、魔女の言った事は間違ってないのだけど。
ちょっと可哀想になる勢いで、地面に寝転んだ女性は震えている。
うん、分かる。
訳わかんない攻撃した上に、訳わかんない存在に見下ろされてるんだもんね。
そりゃ怖いだろうさ、完全にコイツの命はコッチの掌の上にある訳だし。
月の光を背負っている状態だから、逆光で目だけ光っている様に見えたかもね。
ハッハッハ。
魔王プレイしている時なら、テンション上がったかもしれない。
けど、コレは無いわ。
完全に俺等、今この子を脅してるわ。
「ま、魔王……それに、魔女って」
「言葉通りよ。お前は、そんな存在に牙を剥いた。生きて帰れると思わないで? その首、ここにおいていけ……」
それだけ言って、エレーヌが両手剣を振り上げる訳だが。
「おい、約束」
「……コイツは魔人よ? 人間じゃないわ」
確かに、それもそうか。
とか言ってスパッとやられてしまっては困るので。
「コイツは連れて帰る、もっと情報を引き出さないとな。なんたって、軍勢を準備しているらしいからなぁ? おぉ、怖い怖い」
そんな言葉を紡ぎつつ、傷付いた相手を担ぎ上げてみると。
「……貴女は、やっぱり魔王ね。とても悪い顔をしているわ。そんなに楽しみ? 魔人の軍勢と戦う事が」
「さて、どうかねぇ?」
人型をしていると、攻撃し辛い。
そんな感覚はあるのだが。
しかし魔女と戦った時は、そんな甘い思考はどこかへ吹っ飛んだ。
つまり、戦闘は出来る。
しかしながら……軍勢がおり、更には此方に牙を剥く可能性があると聞いた瞬間。
だったらコイツを調べて、相手の情報と勢力を確認してから。
むしろ此方から攻め込んだ方が有利なのでは?
そんな事を考えてしまった俺は、相当“染まって来ている”気がするのだ。




