第110話 俺、アルバイトォォ!
フロアに戻ってみれば、地獄絵図が広がっていた。
うん、何だコレ、酷い。
店主は額に青筋浮かべて、冒険者風の男と怒鳴り合っているし。
顔だけ覚えている若い少年も、何やらトトンとダイラを守る様な位置取りで険しい表情を浮かべている。
なーんだコレ。
あと少年、ソイツ等守る必要無いぞ。
特に片方は多分君より硬いタンクだから。
「あ、おかえりクウリー」
「おかえりクウリー、じゃないのよ。ナニコレ」
「え、えぇとね……ちょっとした事がきっかけのトラブルというか」
ダイラの説明を受けてみれば、何でもセクハラおじさんが発生したそうで。
酒場あるあるだし、そこは適当に納めろよぉとか思ってしまったが。
なんでもちょっかいを掛けられそうになったのはダイラ、その都度トトンがカバーに入り事なきをえていたそうだが。
流石は酔っ払い、むしろソレが楽しくなってひたすら手を出そうとしたそうな。
もはやトトンと遊んでいた感覚になっていたのだろう。
しかしそれに対して店主と少年がブチギレ、その空気に乗っかった周りの客達もヤンヤヤンヤと大騒ぎ。
この状況でボディータッチを目論む冒険者が逆上し、彼の仲間達も加勢してしまったんだとか。
もう一種即発状態で、剣の柄に手を掛けているのが現状らしい。
「ま、これでも武器は抜いてないんだから、まだマシか」
「アイツ等を殴れば事態が解決するのね? 任せて、すぐに静かにして来るわ」
「エレーヌ、ステイ」
と言う事で喧嘩している方々の元まで歩み寄り、周囲にも聞こえる様に大きな声を上げた。
「さぁさぁ、皆様お立合い。ココは酒を楽しく飲む場所だ、喧嘩してないでちょっと面白いモノでも見て行かないかい? 存分に楽しんで、チップの一つでも置いてってくれよ」
ククッと口元を緩め、そう宣言してみれば。
周囲の客たちは俺の方へと興味が移り、店主と相手に関しては胸倉を掴み合った状態でコチラに顔を向けた。
しかしながら。
「クウリさん!? 駄目ですまだ近付いちゃ! 怪我しますよ!?」
一人だけ、少年冒険者が俺を下げようと近付いて来る訳だが。
お触り厳禁の為、他の客が間に入って彼を止める。
ま、その必要も無いんですけどね。
相手に手を出さず、此方にも被害が無く。
尚且つ喧嘩してる全員を大人しくさせる方法。
つまり、絶対に勝てないと思わせる“火力”。
とはいえ、適当なスキルを使ってこの店をぶっ壊す訳にもいかないので。
「来い、ノーライフキング」
『御意』
くぐもった声が室内に響けば、俺の影からソイツが姿を現した。
そして不死の王が、以前俺が渡した溶岩神の杖を振り上げてみれば。
店内には大量の亡霊兵が出現し始める。
このフロア内では、全ての兵士を出現させた訳ではないのだろうが。
そこら中から出現する亡霊たちに対し、皆怯えた様な顔を向ける。
このまま放置すれば、もちろんパニックになる事だろう。
なので。
「はいはーい! 皆様落ち着いてぇ、コイツ等は完全に俺の支配下にありますからご安心を~、取り乱したりしない様にお願いしまーす。悪い事しなければ、攻撃指示は出しませんよぉー?」
あえて明るい声を出し、給仕をやっていた時の様な態度のまま喧嘩しているお客に歩み寄り。
ニコッと無料スマイルのご提供。
「それで、お客さん。ご注文は?」
「す、すみませんでした……」
「いえ、そうではなくて。ここはお酒を飲んで、ご飯を食べて。そういう場所です、間違っても女を求める場所ではありません。それに、喧嘩する場所でもないんですよねー? で? ご注文は? まさかコレだけやって、やっすい会計のまま帰ったりしませんよねぇ? なぁ……? “お客様”」
フフッと暗い笑い声を溢してみせれば、相手のパーティメンバーは全員すぐさま席に着き。
メニュー表の端から料理を頼む勢いで注文を入れてくれるのであった。
フードファイトかよって勢いだが、まぁ良いさ。
これ等全てが、俺等のボーナスに変わるのだから。
はち切れるまで喰いな、それで場を収めてやるって言ってんだし。
「我が主、ご命令は」
「亡霊の軍隊は撤収、お前はちょっと俺のお手伝いをしてくれよ。コチラのお客様に付いて、お勧めでも教えてやってくれ」
「生前の記憶になりますが……御意」
と言う事で兵士達は消え、ノーライフキングだけが彼の背後に付く事になった。
やけにビクビクしているし、もう騒ぐ事もないだろう。
まぁ普通に考えて、真後ろにローブ着た骨が立ってたら怖いよね。
そんな訳で、再び給仕係として周囲に笑顔を向けてみると。
「おぉぉぉ! すげぇなオイ! クウリちゃん、こっちも注文取ってくれよ! チップやるよチップ!」
「はい只今ー!」
「こっちもだ! ダイラちゃんでもトトンちゃんでも良いから、早く来てくれよ! 宴だ宴! もしかして二人もクウリちゃんくらいすげぇのか!?」
「まいど~」
何だか、先程よりも盛り上がってしまったが。
まぁ良いさ、飲め飲め食え食え。
存分に金を払って、俺達のボーナスとなり懐を潤してくれたまへ。
などと思いつつ、皆の注文を取っていれば。
「クウリさん……貴女は――」
「クウリちゃん、いやはや凄いな。こんなにも凄い術師だったとは! 明日からもこの調子でよろしくね!」
少年の言葉に被せる様に言い放った店主だったが。
残念な事に、此方に関してはお断り申し上げる他無い。
「すみません店長、しばらく冒険者稼業に戻ろうと思いまして。その後問題無く稼げたら、また旅に出ると思います」
注文の品を運びながら、シレッと相手の言葉に答えてみると。
店主はフルフルと全身を震わせ始め。
「最初に聞いていたから、いつかはこうなると思っていたけど……今なのか!? ここ最近の売り上げだけで去年の分を超えそうなのに!」
「あ、あぁ~それはまた。随分と儲けたみたいで……」
「いやでも! 最初に聞いていたからな! と言う事で……あの、この街に居る間だけ。それも冒険者の仕事やって無い時だけでも、手伝ってくれないか? ね? ホラ、部屋も空けておくし。棺桶も置いておいて良いから」
「ね? と言われましても……」
ということで、どうしても俺達という給仕の面々を手放したくない店主は、仕事中にやたらと交渉してくるのであった。
でもエレーヌの持ち運んでいる棺桶だけは、どうしても問題なんだよね。
アレは流石に、断わる宿屋も多いだろうし。
「クウリさん、冒険者だったのか……」
なんて声も聞えて来たが、まぁ聞かなかった事にしよう。
このまま大丈夫そうなら、明日からは適当に仕事を受けて、ドカンと稼ごうではないか。
酒場のシフトが人員的に厳しい様なら、しばらくは接客のアルバイトを頼まれる事になりそうだが。
それを全部聞いていたら、いつまで経っても解放してくれなさそうだしなぁ……。
なんて事を考えつつも、本日は給仕の仕事を続けるのであった。
ある意味広く浅く異世界生活満喫してんのかもね、俺等。
とりあえず、チンピラは撃退したぜ。
やっぱり召喚系スキルは脅しにはもってこいだな。




