第106話 迷子の手を引く
「ねぇクウリー、いつまでココに居るの?」
「もう少し人がはけるまでかなぁ。イズとダイラも、この辺で待機している可能性が高い。もしくは冒険者ギルドかな、宿屋の線は無い。まだどこに泊まるのかも決めてないしな」
トトンと二人して、一番混んでいるであろう正門付近で時間を潰していた。
完全に、時間つぶし。
俺もそうだが、トトンも飽きたらしく。
そこらの店先にお邪魔して……ベンチは無かったので、店の脇に置いてあった樽の上に腰掛けている。
不審に思われたのか、酒場の店主に声を掛けられてしまったが。
仲間と逸れたから、ココで待たせてくれないかと相談したらあっさりOKを貰った。
良い人で良かった……というか、それなりに歳のいった人の方が会話も順調に進むな。
昼間の若い子達みたいな相手だと、グイグイ来られると反応に困るわ。
「お嬢ちゃん達、もうそろそろ暗くなるが……まだ仲間は見つからないかい?」
そんな事を言いながら、店主が俺達にお茶を持って来てくれた。
有難い、というか滅茶苦茶気を使われている。
「アハハ、すみません。こうも人が多いと、なんとも。お茶もありがとうございます、ご迷惑お掛けします」
などと口調を正しながら相手からお茶を受け取るが、トトンからはすんごい目で見られた。
そういう目で見るな、というかお前もお礼を言え。
「しっかし……ここの人混みが大人しくなるのなんて、閉門後だからなぁ。仲間を見つけられる手段はあるのかい? 宿は? この街はとにかく人の出入りが激しいから……今からじゃ、宿も見つからねぇかもしれねぇぞ?」
うげ、マジかよ。
だとすれば、皆の財産を預かっている身として、トトンをココに残して宿の予約を先に済ませた方が良いか?
そんな訳で少々焦り始めていると、店主の男性がガッハッハと盛大に笑い始め。
「ココに来た奴等がやらかす初歩的なミスを見事に踏み抜いたな? 安心しろ、ウチは二階以上は宿屋もやってるんだがな? 大部屋を一つ、空けておいてやるよ。流石にこんな女の子に、街中で野宿しろと言う程鬼畜じゃねぇ。何人だ?」
か、神か? この人は神様なのか?
というか俺とトトンだけだと、やはり子供として受け入れられるらしく、大人は優しい。
凄い、アバター効果凄い!
「四人です! お願いしても良いですか!?」
「おうよ、寒かったら中で待っていても良いぞ? 仲間の特徴さえ教えてくれれば、今から衛兵の所にひとっ走り――」
更なる親切にしてくれる発言をかまそうとしていた店主だったが。
目の前の集団が妙に騒がしくなっていく。
まるで、何か異物でも紛れ込んだみたいに。
途中で店主も言葉を止め、正面を睨みながら俺達に警戒する様に告げて来た。
何か起こったのか? 喧嘩とか?
などと思って此方も視線を向けていると、目の前の集団は自発的に道を作るみたいに避けて行き。
俺達の眼前には、人混みの退いた一本の道が出来た。
その先に居たのは。
「そこに居たのね、魔王。コレだけ人が多いと、気配を探るのも苦労したわ」
真っ赤なドレスに、真っ黒いローブ。
俺の記憶では長すぎる長剣を担いでいた筈の女だったのだが。
現在は、背中に棺桶を背負っていた。
何それ、最近のファッション? お洒落な荷物入れとか?
俺達流行に疎いからさ、そういうの良く分かんないんだけど。
あと街中で魔王って呼ぶな、恥ずかしいだろ。
「……」
「どうしたの?」
「じょ、嬢ちゃん。この子が、嬢ちゃんの仲間の一人かい?」
不思議そうに首を傾げる魔女、エレーヌ・ジュグラリス。
そして頬をヒクヒクさせながら、此方に事実確認をして来る店主のおっちゃん。
あぁ、もう……泣きてぇ。
「あ、あの……宿泊。五人と棺桶一個でも良いですか……」
どうしてコイツは、いちいち行動が派手なのだろうか。
※※※
「チッ! 本当に人が多いな」
思わず舌打ちを溢しつつ、そこらの建物の屋根を飛び回った。
本当に一般的な問題への警戒心、というものが俺達からは抜け落ちていた。
いくらパーティ全員が驚異的な力を持っていようと、人波に呑まれれば普通に逸れる。
更に今の俺達は四人共女性の姿であり、内二人は少女と言っても良い状態なのだ。
そんな状態で、人混みでトトンとクウリを見失った。
どうにかダイラだけは確保し、一緒に人混みを抜けたが。
「クウリとトトンが居ない!? ど、どうしよう!」
これはまた、非常にテンパってくれた訳だが。
とにかく落ち着かせ、手分けして捜索する事にした。
もしも見つけたら決めた集合場所で待つ事、それでも見つからなかったら空に明かりを上げる事。
行使しても問題無いかと衛兵に確認したが、どうしても見つからなかった場合のみ、あまり派手にやり過ぎない程度に、人が少なくなった広場でやれと言われてしまった。
“向こう側”で言う所の花火で遊んでいた、程度の認識なのだろうが……まだ人が多い為行使不可。
と言う事で今は足で探す他無く、俺は上から。
ダイラは下から探す形になったのだが。
クウリとトトン、あの二人が一緒に居るとすれば問題ないだろう。
というか、やり過ぎないかの方が心配だ。
だが本当に別々になっていた場合、ソレが一番怖い。
何だかんだトトンは手加減が出来るが、クウリには多分無理だ。
更に言うなら、ダイラが一人で動き回っているとなると、別の意味で心配になる。
だからこそ、早い所全員と合流したいのだが。
「埒が明かないな……これなら、罰金覚悟で俺達にだけ分かる様な“花火”でも上げて――」
愚策だとは分かっているのだが、最終的にはそうするしかないか。
そんな事を思った瞬間、ゾッと背筋が冷えた。
なんだ? コレは。
間違い無く強敵、そういう何かが俺を探している様な。
そして、捉えられたと言っても良い恐怖が、この身に降り注いだ。
慌てて長剣を二本取り出し、背後に向かって構えてみれば。
「見つけた、剣士の女の人」
「ひえぇぇぇ……」
ダイラを脇に抱えた魔女が、俺と同じ様に建物の屋根の上に立っていた。
「どういうつもりだ? 俺達に手を出さないんじゃなかったのか?」
ギリッと奥歯を噛みしめてから、改めて剣先を向けてみれば。
「ごめんなさい、探す為に殺気を放った。そこに一番反応したから、多分貴女かなって。誰も殺してない、聖女にしつこく声を掛けていた男は殴ったけど」
「イズゥゥ……俺やっぱ一人で行動するの無理だぁ」
ど、どういう状況だ? コレは。
言葉通りなら魔女は、俺を探す為に威圧とも言える何かを使っただけなのだろうが。
えぇと? ダイラに声を掛けていた男がどうとか。
殴ったそうだが、そちらは大丈夫なのだろうか?
そしてこのタイミングで、彼女と合流するとは思わなかった。
てっきり、街の外に出ている間に顔を出すのかとばかり思っていたのだが。
「ついて来て、魔王と小さい子が貴女達を待っている。今日はそこで泊まるんですって」
そんな言葉を呟いて、彼女は屋根の上から飛び降りた。
その際、ダイラは悲鳴を上げていたが。
「ま、まてっ! どういうことだ!?」
慌てて後を追いながら、彼女の背中に声を掛けてみれば。
「私は、あぁいうの苦手だから。探す方に専念させてもらった。魔王からも許可を貰っている」
「クウリから? アイツは何処に居るんだ!?」
「行けば分かる」
それだけ言って、ダイラを抱えた魔女は風の様に街中を走り抜けていくのであった。
本当に、コレはどういう事態だ?
頼む、無事でいてくれ……クウリ、トトン。
もっと正確に言うなら、アイツ等が絡んだかもしれない相手。
無事でいてくれ!




