表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

忘却の駅

作者: 月蜜慈雨



最終列車が行ってしまった。

それが分かったとき、疲れた身体がじーんと沈むような落胆を感じた。

もう月が中天に達している。

全てを諦めて駅の前のベンチに座った。今夜はまだ、涼しいだけで、ここで一晩明かしても平気そうだった。


駅の広場をぼうっと見つめていると、1人の男がベンチの隣に座ってきた。

夜に似合わぬ明るい青い髪をした、今時の若者らしい男だ。


「最終行ってしまった感じですか?」


意外にも穏やかな声をしていた。だからかもしれないが、特に警戒もせず答えた。


「あぁ、そうだ。まいったよ」


青い髪の男は、朗らかな口調で言った。 


「この駅、僕もよく来るんですよ。いつも何かを忘れるんです」


男の言葉で思い出した。この駅は、忘却の駅、何かを忘れた人が辿り着く場所だと。

胸がざわついた。

何も忘れたことなんてないからだ。

忘れたものを思い出さないと、この駅から帰れない。


「何が忘れたか、分からない感じですか?」


青い髪の男が心配そうに尋ねる。


「あぁ、そうだ。参ったよ。どうしよう」


俺は頭を抱えた。 


「仕事、家族、恋人、友人、昔持っていた宝物、なんでもいいんです。何かないですか」

「そうは言っても……」


仕事は順調だし、家族仲もいい、友人も最近はよく会ってる。

昔持っていた宝物?

宝物?


「あ」


青い髪の男が嬉しそうに尋ねる。


「何か思い出しましたか?」


俺は夜空を見上げながら答えた。


「昔、大切にしていたおもちゃを失くしてしまって、親にもう一回買って欲しいってお願いしたんだ。結局ダメだったんだけど、あのとき約束したんだ。いつか、もう一度あの子を迎えに行くって」


思い出すのは、トイストーリーみたいな人形。いつもどこでも、その人形が側にいた。


青い髪の男はふっと笑った。 


「それが、あなたが失くしたものなんじゃないですか」


疲れた頭は、誰かの呼び声を捉えて、急かしていた。


「そうかもしれない」

「じゃあ、もう答えは分かっていますね」


青い髪の男は、掌を俺の目の上に当てた。不思議と抵抗しなかった。それが自然なように感じた。


「おやすみ、良い夢を」


その言葉を最後に、青い髪の男は消え、涼風だけが残った。

ベンチから立った。

約束を果たす場所に戻るために。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ