第4話:「クリスタル湖の反映」
第4話:「クリスタル湖の反映」
朝霧が立ち込める早朝、四人の旅人たちはついに広大なクリスタル湖に辿り着いた。湖の水面は巨大な鏡のように周囲の山並みや空の青さを完璧に映し出し、無数の小さな波紋が水面を柔らかく揺らしていた。湖の周りには白銀の砂浜が広がり、遠くには雪を頂いた山々が連なっていた。
「なんと美しい場所…」フィアが感嘆の声を上げた。彼女の琥珀色の瞳には湖面に反射する朝日の輝きが映り込んでいた。
生まれながらに盲目のルナは、仲間たちの言葉と感覚を頼りにその光景を想像していた。足元から伝わる砂の感触、肌を撫でる冷たい風、水面から反射する太陽の暖かさ、そして湖から漂う清らかな空気。彼女の鋭敏な感覚は、目に見えない世界の美しさを感じ取っていた。
「この湖には特別な力があるわ」ルナは静かに言った。「私には見えないけれど、感じることができる…何かが私たちを呼んでいる」
レイヴンは警戒心を解かず、湖の周囲を見回していた。「美しいものには往々にして危険が潜む」彼の声は低く、緊張感に満ちていた。「油断するな」
オリヴィエは騎士としての訓練で培った鋭い目で水面を観察していた。「あの島だ」彼は湖の中央にある小さな島を指した。「伝説の祭壇があるのはあそこだろう」
フィアは興奮を抑えきれない様子で、赤い巻き毛を指で巻きながら言った。「古代の魔法の痕跡を感じるわ。この湖には何世紀もの記憶が刻まれているのよ」
ルナは黒い革の鞄から「古の水晶」を取り出した。透明な水晶は彼女の手の中で微かに脈打つように輝いた。「この水晶が、私たちを導いてくれる」彼女は優しく水晶を握りしめた。
「湖の中央の島に渡るには舟が必要だな」オリヴィエが言った。幸いなことに、湖畔の小さな桟橋には漁師が使うと思われる小舟が数隻係留されていた。
「お借りするだけよ」フィアが小声で言い、四人は一番状態の良さそうな舟に乗り込んだ。レイヴンとオリヴィエが交代で櫂を漕ぎ、湖の中央へと進んでいった。
湖水は信じられないほど透明で、底に沈む古代の遺物や色とりどりの水草がはっきりと見えた。時折、銀色の魚の群れが舟の下を素早く泳ぎ去っていく。
「この湖には浄化の力があるという」オリヴィエが言った。「聖水として王宮でも使われていたほどだ」
「でも今は…」フィアが水面に手を伸ばし、指先で水を触れた。「何か違和感がある。本来の輝きが薄れている気がする」
レイヴンは口数少なく櫂を漕ぎながら、時折視線を島に向けていた。彼の緑の瞳には警戒と共に、何か懐かしさのようなものも浮かんでいた。
舟が島に近づくにつれ、ルナの表情が変わった。「何かが…私を呼んでいる」彼女の声は震えていた。「水晶が反応している」
島に到着すると、四人は慎重に上陸した。島の中央には古びた石造りの祭壇があり、長い年月を経た苔と蔦に覆われていた。祭壇の周りには古代文字が刻まれた石柱が円を描くように立ち並び、かつてここで重要な儀式が行われていたことを物語っていた。
「ここは光と闇の力が交わる場所」フィアは石柱の刻印を指でなぞりながら説明した。「古代の魔法使いたちが、世界のバランスを保つための儀式を行っていたのよ」
オリヴィエは祭壇を調べながら言った。「この模様は王宮の秘密の間にあるものと同じだ。王家と何か関係があるのかもしれない」
ルナは静かに祭壇に近づいた。彼女の銀色の髪が風に揺れ、青い瞳は虚空を見つめていた。「ここに…水晶をかざせばいいの」
彼女が「古の水晶」を祭壇の中心にある窪みに置くと、突如として湖全体が輝き始めた。水面は完全な鏡となり、そこには過去の映像が鮮明に映し出された。
若きエレノア女王と、まだ闇に堕ちる前のアーサー・シャドウ。二人は恋人同士だった。映像の中で、彼らは王宮の庭園で密会し、永遠の愛を誓い合っていた。アーサーの瞳はまだ優しさに満ち、エレノアの笑顔は今の彼女からは想像できないほど輝いていた。
「女王と…アーサー?」オリヴィエは信じられない様子で呟いた。
場面は変わり、エレノアが涙を流しながらアーサーに別れを告げる光景が映し出された。政略結婚のため、彼らの愛は引き裂かれたのだ。アーサーの表情が変わり、その瞳に闇が宿り始める。
「彼の闇はここから始まったのね」フィアは息をのんで見つめていた。
さらに映像は進み、絶望に打ちひしがれたアーサーが古い魔術書を手に入れ、復讐のために闇の力を求める姿が映し出された。彼の周りには黒い霧が渦巻き、かつての優しさは完全に消え失せていた。
そして最後の場面—エレノア女王が幼いルナを抱き、何かの儀式を行っている。女王の手から光の粒子が流れ出し、ルナの体に吸収されていく。同時に、ルナの目から光が失われていく。
「私が…盲目になったのは…」ルナは震える声で言った。「女王様が自らの光の力を私に移したから」
「女王は王国を守るために、自分の力をルナに託したのだ」オリヴィエは理解したように言った。「アーサーの復讐から王国を守るために」
ルナの手が水晶を強く握りしめた。「だから私には人の心の光が見えるのね。この力は…本当は女王様のもの」
その瞬間、湖面が激しく波打ち始め、闇の生物たちが水面から姿を現した。黒い触手と赤い目を持つ不気味な生物たちが、島を取り囲むように現れた。
「アーサーの手下だ!」レイヴンは剣を抜き、前に出た。「奴らは私たちが真実を知ることを恐れているんだ!」
フィアは素早く呪文を唱え、彼女の手から光の矢が放たれた。「光よ、我が敵を貫け!」彼女の魔法は闇の生物たちを打ち砕いた。
オリヴィエは騎士の剣技で次々と敵を切り裂き、ルナを守るように立ちはだかった。「ルナ、水晶を守れ!それが鍵だ!」
ルナは「古の水晶」を胸に抱き、力を集中させた。彼女の周りに淡い光のオーラが形成され始めた。「光よ、私に力を…」
激しい戦いの中、レイヴンは鋭い剣技で敵を切り裂きながら、ふと立ち止まった。「ルナ、水晶を…!」
ルナは決意を固め、水晶を高く掲げた。すると水晶から眩い光が放たれ、闇の生物たちは悲鳴を上げて消え去った。しかし、その反動でルナは力を使い果たし、膝から崩れ落ちた。
「ルナ!」フィアが彼女を支え、レイヴンとオリヴィエも駆け寄った。
「大丈夫…」ルナは弱々しく笑った。「でも、私たちはもう逃げられない。アーサーは私たちが真実を知ったことを感じ取ったわ」
四人は小舟で湖を渡り、岸に戻った。夕暮れの光が湖面を赤く染め、彼らの長い影を地面に落としていた。
「これからどうする?」レイヴンが問いかけた。
ルナは立ち上がり、決意に満ちた表情で言った。「王都に戻りましょう。エレノア女王に会って、すべての真実を確かめる必要があります」
オリヴィエは深く頷いた。「王国を救うためには、過去の真実と向き合わなければならない」
フィアは水晶を調べながら言った。「この水晶には、まだ私たちが知らない力が眠っているわ。ルナ、あなたならそれを引き出せるはず」
レイヴンは黙って空を見上げた。「時間はない。闇は急速に広がっている」
夕焼けの中、四人は新たな決意を胸に、王都への長い旅路に就いた。ルナの心には、自分の運命と、エレノア女王との繋がりについての疑問が渦巻いていた。しかし同時に、彼女は自分の力で王国を救うという強い決意も感じていた。
水晶を握りしめながら、ルナは静かに誓った。「闇を恐れず、光を信じて進もう」
(つづく)