9話 ぶっちゃけお前の方が変態では?
前回のあらすじ
服が消えた。
ってそんなことを考えている場合じゃなくてさ!
「ああああああああああ」
なんで!? どうして僕の服だけピンポイントで消え去ってるんだ!?
羞恥と混乱で頭が真っ白になる。僕は反射的に身を翻し、近くにあった石造りの塔の影へと転がり込んだ。クソッ、こういう時に限って隠れるためのベッドがない!
「ま、まあ……その、申し訳ありませんでしたわ。わたくしの力が、その、服にまで影響するとは……」
塔の向こうから、姫の少し動揺したような声が聞こえる。
「ちょ、どうするんですか!換えの服とか持ってないんですよ!僕の服はこれで全てなんですよ!」
「え、ええ〜服が一着しかないんですの……?」
何を勘違いしているのかわからないが、その目には憐れみが含まれていた。
仕方ないじゃん!だってこの世界に来たばっかりだよ!
唯一の服もマスターに作ってもらったものだし!そうだ、もう一度作って貰えば……!
「マスター!早く僕に新しい服を下さいよ!」
縋るように声をかける。しかし当のマスターは白目を剥いて倒れていた。
「マスター!?」
再度呼びかけても返る言葉はない。姫さまが白い手袋を付け直してマスターの目の下に触れる。
「完璧に気絶してますわ……」
「マスター!?」
マスター気絶しすぎじゃない?もっと正気を保って!
いや、そんなことはどうでもいい。なんで僕はこの大自然のなか素っ裸にならなきゃいけないんだ!?
やばいだろ!!こんな体験初めてだ!!
いや、待てよ……?
これはむしろ大自然との調和。
これが人間の本来の姿。
そうか、服とは人の作りしのまがい物。
なるほど、なるほどね。
「いや、そんな風に思えるか!」
普通に恥ずかしいわ!バーカ!僕がバーーカ!
「えーと、コホン」姫さまがわざとらしく咳払いをする。
「あなたはサチさんでしたっけ?教えてくださるかしら、なんでこんなにも街ができていないのか」
「いや、何普通に話を進めようとしているんですか!こっちは服がなくて大変なんですよ!」
全裸だよ!?全裸!!!
「それについては一度謝ったじゃないですか!」
「謝罪だけで全ての物事が解決すると思ったら大間違いですよ!」
「私にこれ以上どうしろと言うのですか!事故は仕方がないじゃないですか!」
「服をください!」
「予備の服なんて持ち歩いているハズありませんわ!」
「今、着ているのがあるでしょうが!」
「あなた何口走っているのか分かってますの!?」
「わかってますけども!?」
「私は姫ですのよ?偉いんですのよ?」
「え、あ」
いや、僕は何言ってるんだ本当に。
「私は本物の姫ですのよ?そんな私に裸になれって言っているのですよ!?」
「…………あー」
もしかしてこれはやばいのでは?なんか侮辱罪とかなんらかの権力を行使されるかもしれない。
いや、逆に考えるのだ僕。
勝てば官軍。つまり、このまま押し続けたら服が平和的にもらえて、多分きっとなんとかなる!
……なるよな?うん、なるなる。多分なんとかなる。
要は勝てばいいんだ!僕、天才!
「姫さまの業務とは大変かと思います。ストレスも溜まっているでしょう」
「きゅ、急にどうしましたの?」
「一度開放的になられたらどうですか?……ここなら誰も見ていませんよ?」
「そそのかすのやめてくださいませ!」
「ダメか!」
「当たり前ですわ!もっと丁寧に交渉したらどうですの!?」
「……もっと丁寧に交渉したらワンチャンあったんですか?」
「あ……」姫様がしまったという顔をする。
「え?」
んん?まさか?あのマスターと旧知の中=変態。頭の中でその式が成り立つ。
「なるほど、やはりそういうことですか」
「何がなるほどか私には分かりたくありませんが、おそらくそれは勘違いですわ」
「いいですか。今僕は裸なんですよ。素っ裸なんですよ。この澄み渡る青空の下で」
「……言っていて恥ずかしくないのですか?」
恥ずかしい?僕が?そんなの……
「…………あ、ああーーーーその通りですけど!!!!恥ずかしいですけど!!??」
冷静になればやっぱり恥ずかしい!もう嫌!
「つまり、えっと、そのですね。僕を助けたければ服をよこしなさい」
「……交渉になってませんわよ?」
「あ、ああ〜……」
頭の混乱と見た目的な恥ずかしさと、会話的な見苦しさを自覚し始めて色々頭がぐるぐるし始めた。
そして流れる謎の涙。もう嫌だ……なんなんだよこの状態……
誰か助けて……
「私にいい考えがありますわ」
「いい考え?」
半べそかきながら言葉を繰り返して、その先を待つ。
姫がゆっくりと口を開いた。
「魔女さんから服を剥ぎ取りましょう」
「それだ!」
満場一致のアイディアだった。気絶者に投票権はない。
「で、私が下着姿になったというわけか」
「申し訳ございません。マスター」
「罪悪感とかはないのか?」
「申し訳ございません。マスター」
「おい、姫。お前はどうなんだ?」
「申し訳ございません。魔女さま」
「なるほどな。よし分かった。お前ら。覚悟しろ」
マスターが起き上がろうとしても体は唸るだけでまるで動けなさそうだ。
首だけがグイングイン動いてちょっと怖い。
僕はノリで被っていた魔女の帽子をマスターの頭に返却する。
「魔力が復活するまで私はこのままか?」
「申し訳ございません。魔女さま」
「フフ……なるほどな……新しい扉が開そうだ……」
「おやめください。マスター」
「ドン引きですわ。魔女さん」
「サチ、お前は私の服を着る前は素っ裸だったそうだな?」
「そうですけど」
「……目覚めたか?」
「姫さま、もう一度お願いします」
「かしこまりましたわ」
そして姫が手袋を外そうとする。
「申し訳ございません。姫さま。サチさま」
「分かればいいんですよ」
「たっく、自動人形が主人の服を剥ぎ取るとか前代未聞すぎるぞ……」
「自動人形? あなたってお人形さんですの?」
「え、あ。はい、昨日お人形さんになりました」
「昨日!?いや、人形になったってどう言うことですの!?」
「あーサチ。こいつはな自称異世界転生人でな、目が覚めたらこの体になっていたんだとよ」
「ちなみに自称男だ」
「その自称ってつけるのやめてくれませんか?本当の事なのに怪しく聞こえます」
「お、男?」
「はい。そうですけど」
「だから私から服を奪おうとしていましたの……?」
「サチ……お前……ある意味欲望に忠実すぎるな…………ぶっちゃけお前の方が変態では?」
「う、うるさいですよ!」
あの時は、なんというか色々焦っていて……だめだ!言い訳が思いつかない!
「……そして異世界転生人、どおりで日本語を喋っていましたのね」
「ああ、そうかお前には自動翻訳されないのか」
「本当に不便ですわ」
「?どういう事なんですか?」
「ん?ああ、説明してなかったな……この世界には自動翻訳という魔法があってだな、それで誰もが会話することができる」
「え、すご。ものすごいファンタジーじゃないですか」
なんて便利な設定なんだ。と言おうと思ったが堪える。
「だが、何事にも例外が存在する。そこの姫がそうだ」
「私は魔力を吸い取ることができますの」
魔力を吸い取る?なんだその能力。強そうだぞ。
「私、体に触れた魔法や魔力でできたものを問答無用で消してしまいますの」
「その所為で自動翻訳がお前には効かないんだよな。この世界の自動翻訳も打ち消されてしまう」
「ええ、ありとあらゆる魔法を吸収してしまうので。私には基本魔法が効きません」
なんだよ!その能力!まるで主人公みたいじゃないか!
僕のと交換してほしいぐらいだ!僕の『奴隷になる能力』あげるからさ!
「さっきのお前の服が消えたのもその能力の所為だな」
「魔女さんの作り出すものは全て魔力で出来ていますので、私が触ると消えてしまうのです」
「ああ、僕の服はマスターが作ったものだから……」
色々と合点が言った。今までのおかしな挙動は全てその能力のせいだったのだ。
僕の服が消えた理由も。マスターの作り出した壁や槍が消えた理由も。 拾った石は避けていた理由も。
あのすごい身体能力も。いやそれは関係ないか。
「その説は申し訳ございません。まさか魔力で出来た服だとは思っていなくて……」
「いいんですよ」
「そりゃあ、サチはいいだろうよ。私の服を奪ったからな」
「それで、その能力はオフにできないんですか?」
野次は無視して質問を続ける。
マスターは無視されたのが悔しいのか、頬を膨らませてる。なんだそのアピール。
「この能力がオフに出来ないから、このような長い手袋を付けているのです」
そう言って、肌触りの良さそうな白い手袋を見せる。
「なるほど」
オフに出来ない能力。ますます主人公向きだと感じる。なんかこうデメリットとメリットが混在的な?
「ちなみに、生物には誰しも魔力がありますの。それが吸い取られるとこのように」
姫さまはマスターの方を向く。それに合わせてマスターは呻いた。動けませんとアピールしているようだ。
「なるほど、教えいただきありがとうございます」
「いえいえ、異世界から来たのでしたらこういうのは知らなくて大変でしょう」
「理解の速さには自信があるので余裕です」
「なんだそのよくわからん自信。サチのアピールポイントか」
「そういうことなんで、よろしくお願いします」
「なにがだ」
「それで私がここにきた理由ですが」
「おい、サチ話を逸らせ」
「了解で_____」
「そんな正々堂々と話を逸らそうとしないでくださいませ」
「ダメでしたマスター」
「やはり、私たちは無力……」
姫さまが無言で手袋を外し出す。
「ごめんなさい」「ごめんなさい」
「よろしい」
そう返事するも、今度は手袋を付け直さなかった。
姫さまはふぅと息を深く吐き、溜めに溜めてこう言った。
「なんで!!街が全く!!できてませんの!!!!!」
「なんですか、この大自然は!?自然と調和どころか自然しかありませんわ!?」
「2年ですよ!!2年!!!魔女さんの魔法なら色々できたはずじゃないですか!!」
「それがどこがどうなって、こんな謎の塔と見るも無残な瓦礫だけになるんですの!?」
「この2年間、私たちがどれだけの心配と期待していたかわかりますの!?」
「てへっ……」
「ふんッ!!」
マスターの首元に姫さまの鋭いツッコミが襲いかかる。暴力にしか見えないが、ツッコミということにしておこう。手袋を付けていないので、当然マスターの意識は刈り取られることになる。
そしてマスターは再度白目を剥いて倒れた。
「えっと……サチさんでしたっけ?」
「は、はい!」
謎に気圧されて声が裏返った。情けないぞ僕。
「ちょっと魔女さんの服になりそうなのを探してくれません?」
「りょ、了解しました!」
そして僕は意気揚々と逃げ出したのである。いや、任務遂行しようとしているのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
誉れ高い姫の命によって僕は今、魔女の家の残骸を漁っているのである。
くそぉ、鬼熊のやつ、気持ちがいいぐらいに破壊しやがって。
瓦礫をどかすだけで一苦労だ。
だけど一心不乱に瓦礫を漁って見るものである。
マスターが着ている明るい夜のような色のローブ、そしてトレードマークの魔女帽子を見つけることができた。
すっかり時間が経ってしまった。太陽は真上に登っており、すっかりとお昼になってしまった。
せっかく見つけた衣服をマスターに届けようと、倒れていた地点に戻ったが誰もいない。あたりを見渡して見ると、石造りの塔に穴が空いていることに気が付いた。
「姫さまが開けたのかな」
石造りの塔の中に入って様子を伺う。薄暗いが見えなくはない。
中には外周に沿った螺旋階段がある。入り口はないくせに内装だけはしっかりとしてやがる。どういう雑さだ。
きっと姫さま達は上にいるのだろう。僕は階段を登り始めた。
心を無にしてひたすら歩いていると、上から光が差し込んできた。見上げると姫様が開けたであろう穴が空いていた。
ここから屋上に出られるのだろうか。
「__なんで貴方はそこまで変わってしまったのですか?」
「なんの話だ?」
階段を上り切る前に声が聞こえた。のっぴきならない雰囲気に飲まれて息を潜める。
いや、だってねぇ、気になるし。
「とぼけないでください。城にいたころの貴方ならあんな一瞬で魔力が尽きることはありませんでしたわよ」
「ああ、きっとこの二年間であまり魔法を使わなかったせいだな」
「そんな理由で納得すると思いますか?」
「……だよな」
「貴方だけが、私に触れても大丈夫な魔力量を持った人間でしたのに……」
「貴方がそんな体たらくならば私は一体だれと触れ合えば良いのでしょう?」
「…………そもそも私にはお前の相手は荷が重かったんだよ」
「そんな悲しい事を言わないでくださいまし」
「…………すまない」
「許しましょう」
「…………」
「…………サチはダメだぞ。絶対に触れるな」
「大切になさっているんですね。それともまた別に理由があるのかしら」
「それは言えん」
「…………そう」
「もう、出てきても良いですよサチさん」
体がビクリと震える。バレていたのか。観念して屋上に登る。
眩しい。陽の光がまっすぐ僕の瞳に飛び込んで来た。
そこには太陽の光に白い髪をなびかせた姫さま。
そして、その姫さまの尻に敷かれている(文字通りの意味で)我がマスター。全然体が動かないらしく、ぐったりと寝そべっている。
「ここが頂上だ。よくぞここまで来たなサチよ」
「そんな体制で言われても……」
「コホン」
姫さまがわざとらしく咳をする。
「正直に言いますわ。私は視察を甘く済ますつもりでしたの。でもこれじゃあどう甘く見積もっても……」
「ふへへ」マスターが媚びた顔で笑う。
「なので、誠に残念ながら、支援停止の判断を下さざるを得ませんわね」
まぁ流石に仕方がないよね……だって街作りなんて全く進んでないんだから……
「情状酌量は?!」すがるようにマスターが尋ねる。
「そもそも現状ですら情状酌量で優しくした罰なんですわよ?国にクーデターを企ててこんな辺境に飛ばされるだけで済んでいることにもっと感謝なさい」
「え〜やだやだ〜飯がないと死んでしまう〜」
「全面的に貴方が悪いのですよ。反省してくださいまし」
「くそ〜王国は私が死んでもいいのか〜?」
「……30日後にもう一度来ますわ。その時の状態次第では支援を考え直して上げなくもありませんわよ」
「さすが姫だ!話がわかる!」
「まったく、本当に特例ですわよ。では、私はこの辺で帰らせていただきます」
そういって姫は塔から飛び降りる。
「え!?」
そんな驚きも一瞬で納得が訪れた。
塔の下から、大きなフクロウに乗った姫が現れたからだ。
どっから現れたそのフクロウ。
「では、ごきげんよう」そう言って、姫様はウインクする。そして、そのままフクロウごと遠くへ飛び立って行った。
「僕、ごきげんようとか初めてききました」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞサチ。特例とは言ったが30日しかないんだぞ」
「……がんばろう?」
「そうだよなぁ……」
どうやら僕たちの街を作るまでの期限ができたようだ。
いや、30日って……どう考えても――
それでも、なんとかするしかない。