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6話 じゃあ、殴ればいいんじゃないか?

「女でないなら女にしてやるまでよ__って!お、おい!あれ見ろ」

 僕が男なのか女なのか、全く生産的でない会話を外でダラダラと続けていると、何かに気が付いたマスターが指をさす。その方角にはツノの生えた白いウサギが居た。


「本当に魔物が出てきたぞ!」


「"本当に"って……」

 今まで見たこともなかったのか?


「因みにアレはホーンラビットって魔物だ」


「それで、あれが魔物なんですね。僕にはツノの生えたウサギにしか見えませんけど」


「実際にツノの生えたウサギだ。だが、油断するな。ああ見えて鶏12羽分の強さはあるはずだ」


「その鶏換算の戦闘力って逆に分かりづらいのでやめてください」


「いちいち細かいやつだなぁ……」


「なんかアレぐらいなら簡単に倒せそうですね」


「アイツのツノをよくみてみろ。尖っているだろ?」


「尖っていますね」


「たぶん、刺さるぞ」


「刺さるんですか……」


「こう……脇腹にグサッと……」


「痛そう……」


「ああ、絶対痛い……」


 そんな雑談をしているうちにホーンラビットは森の奥へ消えていった。


「どっかに行ったか、それにしてもラッキーだったな。最初に見る魔物がホーンラビットで」


「なにがラッキーなんです?」


「ホーンラビットは人間嫌いな魔物でな、人間の気配がある所に現れることはない。私の家の前に来るなんてもはや奇跡だ。これもサチが可愛すぎるお陰かな」


「そんなことはないと思いますけど」


「そうかぁ?十分にありえるだ__」


『グオオオオオオオオオオオ!!!』

 突如鳴り響く恐ろしい唸り声。その声はホーンラビットが来た方角から聞こえてきた。


 僕とマスターはゆっくりとその方向に顔を向ける。その表情は完全にビビり一色だ。例えるなら、0点の答案が見つかったのび太のような。いや、この例えわかりづらいか。


 しばらくすると、森の奥から声の主であろうケモノが現れてきた。

 見た目は殆どクマ。しかし、額に角が生えているので魔物なのだろう。察するに名前はホーンベアって所だろうか。

 そしてデカい。圧倒的にデカい。何度も強調するほどデカい。全長5mはあるんじゃないか、大型トラックぐらいならワンパンで破壊出来そうな威圧感がそこにはあった。


「サチよ、なんだか急に家に帰りたくなったのだが」


「初めて気が会いましたね。僕もですよ」


 そして、僕たちは一目散に家へ走った。脱兎の如くである。

 途中振り返るとヤツとガッチリ目があった。驚いて変な声が出る。しかし、幸運にもヤツは僕たちを追いかける様子はなく、じっと様子を伺っていた。そして何も起きることなく家の中に帰り着くことができたのであった。


「はぁ、こ、怖かったです……」


「紅茶でも用意する。茶でも飲んで落ち着こう」マスターはそう言って台所へ向かった。


 今頃になって、自分が汗をかいていることに気が付いた。機械の体でも汗はかくのだなと一人納得する。


 ほどなくして柑橘系の匂いがわっとやって来た。 マスターの用意した紅茶である。


「どうぞ召し上がってくれ。口にあえばいいが」


「ありがとうございます」とお礼を言ってから、そのお茶を飲む。

 温かい。味は至って普通だったが、その温かさは心に安らぎを取り戻してくれる。


「…………飲んだ後にいうのもあれだが、水を飲めるのだな。機械なのに」


「…………!! ほんとですよ!! 僕って水を飲んで大丈夫なんですか!? ショートしないんですか!?」


「普通に話せているということは大丈夫なのだろう」


「飲んだものはどうなるんでしょうね」


「そりゃあ、普通に尿としてでるんじゃないか。君には尿道もあるみたいだし」


「……変態」


「ただの事実を述べただけだが?何か問題でも?ん?」


「……セクハラ女」


「一体なにがセクハラなのかね?一体なにが恥ずかしいのだ?教えてくれないか?」


「……話を露骨に逸らしますけど、さっきの魔物って何ですか。超怖かったんですけど」


「話を露骨に逸らされてあげるが、アイツは鬼熊(おにぐま)って魔物だな」


「ホーンベアって名前じゃないんですね。兎はホーンラビットなのに」


「この世界では初めに見つけたヤツが適当に名前つけるルールだ。そこに命名規則なんてもんはない」


 なんて適当な世界なんだ、と言おうとしたが、こっちも似たような世界だと気づき言うのをやめた。日本でも納豆と豆腐というどう考えても名前が逆になっている物があるし。


「この世界ってあんなバケモノがウヨウヨしてるんですか」


「ああ、そうだ」


 わぉ、想像通りなのに想像以上だった。これが異世界か。日本が恋しくなってきた。


「そして、冒険者共はあれをバターのように切り刻むことが出来る」


 凄すぎるだろ冒険者......。


「因みに、鬼熊の強さを鶏で例えるならどれぐらいなんですか?」


「あー、80羽ぐらいじゃないか?」


「それは_____」


 突如鳴り響く轟音。振り返って、その音が破壊音だったと理解できた。なぜなら、そこの壁に大きな穴が空いていたからである。穴の向こう側にはあの自然豊かな風景は広がっておらず、代わりに黒い何かに埋め尽くされていた。


 それを疑問に思う前に答えは現れた。一瞬の間に壁は突き破られ、鬼熊(おにぐま)の姿が露わになったのである。



「うわあああああああああああああああ」


「ひぇえええええええええええええええ」


「グガアアアアアアアアアアアアアアァ」


 三者三様(熊も含む)に叫ぶ。焦った僕は手に持っていた紅茶のティーカップを投げつけた。


 それが鬼熊の顔面にクリーンヒットし、その熱さにびっくりしたのか少し怯んだ。


創造ウォール


 目の前に光が集まり、気がついた時には目の前に木製の壁が出来ていた。


「私が壁を作った」


 マスターは腰を抜かしながらドヤ顔でそう言った。


 安心したのも束の間で鬼熊は出来たばかりの壁にパンチで穴を空ける。それに焦った僕は悲鳴をあげながら飛び跳ねた。

「全然ダメじゃないですか!」マスターを拾い上げ、窓を叩き割りそこから外へと逃げる。

 その間にも鬼熊は家を突き破り、追いつかれそうになったが、マスターが追加で壁をいくつか作り出し、かろうじて封じ込める。


「安心するな、すぐにまた家を突き破って出てくる」


「なんですかアイツは! 壁をクッキーみたいに破壊してましたよ!」


「それが鬼熊だ。それにヤツは早い。走って逃げ切れる相手ではない」


「じゃあ、どうするんですか!? 死んだフリでもしますか!?」


「なぜ死んだフリを!? 意味あるのかそれは!?」

 おばあちゃんが熊にあったらそうしなさいっと言っていたが、どう考えても効果はないよなぁ。そのまま美味しくペロリとされそうだ。


「とりあえずサチ、下ろしてくれ。もう立てる」


「あ、はい」

 小脇に抱えていたマスターを離す。そのまま落下したマスターは「もっと優しく下ろしてくれよ」と悪態をつきながら立ち上がる。


 それと同時に壁が突き破られ鬼熊が放出された。想定は出来ていたのでもう悲鳴はあげない。

 結構遠くまで逃げたので、距離はまだある。


 マスターがいつになく真剣な口調で言う。


「覚悟を決めろサチ。戦うぞ」


「了解です」


創造スピア


 すると、目の前に槍が生まれた。マスターはその槍を掴み、そのまま全力で槍を投げつける。

 マスターの全力が篭った槍は放物線を描き、見事に地面に突き刺さった。

 飛距離1m20cm。素晴らしすぎる記録だ。


「……やっぱり役に立たない!」


「うるさい! 乙女の非力さを舐めるな! 」

 そんなことをしている間にも鬼熊はこちらに突進してくる。が、新しい壁を生み出し時間稼ぎをする。


創造スピア× 30」

 周囲に大量の光がきらめき、気がついた時には大量の槍が生成されていた。


「槍を30本作った。次はサチが投げてみろ」


「あい、あい、さー!」


 適当に一本掴み、壁を突き破って出てきた鬼熊に向かって真っ直ぐ投げる。

 槍は直線を描き、鬼熊の肩にグッサリと刺さった。だが――鬼熊は止まらない。苦痛に顔を歪めるでもなく、ただ真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


「まじですか……」

「と、とにかく投げろ!」


 僕は無我夢中で槍を投げ続けた。何本も、何本も突き刺さる。鬼熊の勢いは僅かに衰えたように見えたが、倒れる気配はない。


創造ウォール×4」その言葉と同時に鬼熊が再び壁に囲われる。


「マスター槍がなくなりました! 新しい槍を!」


「.....さっきので魔力が尽きたみたいだ、もう出せない」


「なんですって!?」


「仕方がない逃げるぞ! もしかしたら逃げ切れるかもしれん。一か八かだが」



「..........」

 本当にそれでいいのだろうか。万が一追いつかれた時はどうする? 逃げ切れたとしてもどうする?ずっと怯えて隠れているのか?マスターの家だってどうする?それにヤツが弱っている今がチャンスではないのか?ここで倒してしまった方が良いのではないか?

 ふと、『ナイフで刺しても傷1つ付かないボディだ』マスターが言った言葉を思い出いだした。


「マスター、僕って頑丈なんですよね!?」


「ああ、そうだが。って何考えてるサチ!?」


「近接戦闘を仕掛けます!」


 まずはヤツに突き刺さってる、槍を抉りとってもう一度突き刺してやる!

 僕ならできるはずだ! だって異世界転生者だぞ?平気平気絶対できるって!多分、きっと、おそらく。


 その覚悟と同時に鬼熊が再び壁から飛び出てきた。

 

 いや怖いわ。

 

 どれぐらい怖いかと言うと全力で走ってくる大型トラックの目の前にいる感じ。死を察するレベル。


「サチ」


「なんですか?」


「ヤツのパンチ......絶対痛いぞ?」


「やっぱり逃げましょう!」


「だよな!」


 ということで、スタコラサッサーと逃げようと振り向いた時である。


「ヘイ、サチ。お前の可愛さって罪だと思わないか?」


「これって僕が可愛すぎるからなんですかね?」


「サチが可愛すぎるからみんな集まって来てるんだよ」


「嬉しくないですね」

 振り向いた先にはもう一頭の鬼熊がいた。


 鬼熊Bが現れた!いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて。


「えーと、どうしましょ。いわゆる挟み撃ちの形なんですけど」


「はっははー笑うしかないね」

 この世界にはバケモノがウヨウヨしすぎじゃないかな。流石に想定外だよ。こういうのは。

 後ろから壁が崩れ落ちた音が聞こえた。鬼熊Aが壁を突き破ったのだろう。前門の熊、後門の熊。絶体絶命ってやつかな。


「ここで問題です。この状況をどうやって脱出できるか?」


「そうだな。私が思うにどうしようもないと思うぞ」


「やっぱり、そうですよねー」


「グオオオオオオオオオオオ」


 至近距離で鬼熊Bが雄叫びをあげる。あまりの迫力に腰が抜けてしまった。


「私も転生とかできるのだろうか……」

 マスターの目がどこか遠くを見て諦めている。どうしたらいいんだ、こんなの。

 

 鬼熊Bは獲物を見つけた野獣のような眼光で迫り来る。

 それから逃げようとするが、抜けてしまった腰がそれを許さない。機械のくせに腰が抜けて動けないってことあるんだな。いや、腰が抜けるって精神性のやつなんだっけか。


 僕にもっと勇気があればアレに立ち向かえるのかな__


 そして突如閃くアイディア。


「マスター! 僕に戦えと命令してください!」


「な、なんだと!?」


「早くしてください!」


「……っ! ああ、もう! わかった! サチ! "命令"だ! 生きろ! 戦え!!」

 マスターの言葉が、まるでスイッチのように僕の体に流れ込む。

 瞬間、震えが止まった。腰に力が戻り、恐怖心が薄れていく。代わりに、全身を支配するのは「戦わなければならない」という絶対的な義務感。

 これは自分が望んだ命令だ。義務感を勇気に変換して自分を奮い立たせる。


「サチ、無理は……!」


「大丈夫ですよマスター。それよりも離れてください」


「ああ、わか_____」

 とりあえずマスターを掴み遠くに放り投げて安全を確保する。「もっと丁寧に扱えー」という野次が飛んで来たが無視することにする。

 今更ながら自分の体は見た目よりとても大きな力を持っていることに気がついた。まぁ、さすがに鬼熊には勝てないだろうが。人間を軽く投げ飛ばす程度はできるようだ。


「サチ、後ろだ!」


 鬼熊Bが迫り来きていたので顔面に飛び蹴りを食らわせた、そしてその反動を利用してバック宙で距離をとる。いつの間にか鬼熊Aが着地地点にきていたので、その頭を踏み台にしてさらに後方へ距離をとる。その際ついでに鬼熊Aに刺さった槍を一本抜き取った。


 信じられないほど体が軽い。思った通りに動く。これが、僕の身体の本当の力……?


 鬼熊AとBは思わぬ反撃にブチギレて同時に襲いかかってくる。鬼熊Aの薙ぎ払いが見えたので慌てて屈もうとすると、関節が人間ではありえない角度まで曲がり、滑るように回避出来た。そして、がら空きになった鬼熊の胴体。そこに、先ほど抜き取った槍を渾身の力で突き立てた!


 ゴムの塊につまようじを刺すような感覚。それに構わず強引にねじ込もうとすると、槍がバキバキと音を立て壊れてしまった。


 なるほど、なるほどな。なるほどね……



「あ、これダメだ」

 こっちの攻撃が通らないならこれはもう無理ゲーなのでは?


 

「マスター、これダメです。槍が刺さりません」


「じゃあ、殴ればいいんじゃないか?いけるって!」


 完全に傍観者モードに入っていたマスターはなんて事のないように言ってのけた。つまりは、槍が無ければ、殴ればいいじゃない。ということなのだろう。無茶苦茶だ!まぁ、やってみるけどさ!


 鬼熊の攻撃は大ぶりだ、なので予測はできる。スイッチの入った僕なら避けることなんて簡単だ。鬼熊Aの攻撃後の隙を狙って懐に入る。そしてそのままノドに向かって渾身のパンチをお見舞いした。すると___




 僕の右腕がもげた。




「うわあああああああああああああああ」


「え、あ、サチ!?大丈夫か!?」


 え!?え?ええ??腕ってもげるものなの!?パンチしただけで?!


 と、とりあえず、全力で鬼熊たちから距離をとる。


 もう一度腕を確認するが、肘の根元から先が綺麗に消えていた。だが不思議と痛みは全くない。


「ま、マスター?これってどういうことなんですか?!」


「し、しらん!とりあえず落ちてる腕を拾え」


「え、あ、はい!って、うわああああああ」


 すると、もげた右腕の先から黒色に光る謎の物体がヌルヌルっと生えてきた。


「なんか生えて来たんですけど!!」


「なにそれ怖い」

 意味わかんない意味わかんない意味わかんない。意味わかんないよぉ。


 少しでも現状を把握するために、腕から生えた物体を眺めると見覚えのあるフォルムをしているとわかった。それはなんというか僕たちの世界でいう銃だ。機関銃といえばいいのかな、それが僕の腕に生えていた。

 もげた腕から機関銃が生える。どういう機能だそれ。


『シューターモードに移行完了しました』


 例の機会音声が僕のボディから流れた。シューターモード、なるほど。そういうことか。

 早速、右腕の銃を鬼熊どもに照準を合わせる。


「これ、どうやって弾を出すんですか!?」

 肝心の使い方がわからない。

 そして迫り来る鬼熊達。今日だけで何回迫り来ているんだよこいつら。しつこいぞ。


『引き金を引いてください』


 慌てて右腕銃を確認する。しかし引き金に相当する部分は見つからなかった。この銃は銃身部分だけが露出しており、その他の部分は存在しない。


「ないじゃん!」


『引き金を引いてください』


 問答無用か!

 あーこういうのってイメージするとか、念じるとかそう言うやつ?

 よし、僕は引き金を引いた。僕は引き金を引いた。僕は引き金を引いた。僕は引き金を引いた。


「……」

 だめだ!打てない!!


「お、おい。サチ、それって右手の感覚はどうなってるんだ? あるのか?」


「もげているんですよ、あるはずが__ある!?」

 幻肢痛ってやつなのだろうか。ないはずの右手の感覚が精巧に感じられた。意識を集中させると何かを握っている感覚がする。引き金ってこれのことか!


「マスターナイスです!」

 僕はモゲたはずの右手に力を込め、見えない引き金を引く。


 右腕の銃口が火を噴き、轟音と共に弾丸が射出される。弾丸は鬼熊の硬い皮膚をいとも容易く貫き、悲鳴を上げさせた。

 怯んだ隙に、さらに連射する。一発、また一発と命中し、二頭の鬼熊は為す術もなくその巨体を地面に沈ませた。


 やっと終わった……そう安堵してから息を整える。


 そして声高らかに叫ぶ。


「僕たちの……勝利っ!!です!!」


 僕は高く高く右腕を空に突き上げ、祝砲を放った。


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