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5話 神様、僕の異世界転生ってどうなっているんですか!?

「――さて、少し外の空気でも吸うか」


 マスターが重々しい木製の扉を開けると、むわりと濃密な緑の匂いが鼻腔をくすぐった。土と、湿った葉と、知らない花の甘い香りが混じり合っている。そして、目の前に広がった光景に、僕は息を呑んだ。


「……これは……」


 見渡す限り、森、森、森。

 空を覆い尽くさんばかりに枝葉を伸ばす巨木が、まるで緑色の天井のように頭上を覆っている。地面を埋め尽くすのは、背の高いシダ植物や苔むした岩々。陽の光は厚い葉に遮られ、足元は薄暗く、空気はじっとりと肌にまとわりつくようだ。人工物はおろか、獣が通ったような細い道すら見当たらない。聞こえるのは、風が木々を揺らすざわめきと、遠くで響く知らない鳥の甲高い鳴き声だけ。

 僕が知っているどんな森よりも深く、濃く、そして――圧倒的に静かだった。まるで世界に自分たちだけが取り残されたような、心細くなるほどの静寂。人間の気配が、全くしない。


「マスター……ここって、もしかして……」


 言葉が震える。マスターは僕の様子に気づいたのか、扉に寄りかかったまま、少しだけ苦い笑みを浮かべた。


「ああ、そうだ。ここは世界の辺境。人々からは『魔物溢れる禁じられた森』と呼ばれている場所だ。……まあ、そう呼ぶ人間がここまで来ることはまずないがな」


「禁じられた……森……」その言葉の響きに、背筋が冷たくなる。


「じゃあ、一番近い人里までは……?」


「さてな。少なくとも数百キロ圏内には存在しないだろう。私ですら、ここに来てから二年間、誰一人として人間には会っていない」

 マスターはこともなげに言うが、その目には諦めのような色が浮かんでいる気がした。


「二年……!?」


 絶句した。二年? この、文明の欠片もないような森の奥で、たった一人で? 元の世界の常識が音を立てて崩れていく。コンビニも、スマホも、インターネットも……いや、それ以前に話し相手すらいない生活。


「……2年の間に人と会った回数は?」


「ゼロだと言っているだろう?」


「ああ……ああああああああああ」


 絶望だー!これを絶望と呼ばずなんという!


 つまり、なんだ!?僕はこれからずっと、誰もいないこんな僻地で変態マスターと一緒に過ごさないといけないということか!?なんだこれ!刑務所の方がまだマシな環境じゃないか!


 ていうか、美少女に(人形だけど)生まれ変わったんだったらそれを活かせる場を作ってくれよ!美少女に転生したら周りからチヤホヤされるのが当然だろ!正直にいうと、そういうのちょっと期待してた!めっちゃ期待してた!絶世の美少女として名誉と名声を得られることをすっごく期待してたの!

 だけど、蓋を開けて見たらどうなのさ!僕の周りにいるのは美少女に変態行為をするマスターだけ!美少女要素がマイナスにしかなってない!


「神様、僕の異世界転生ってどうなっているんですか!?」


「どうしたサチ!?急に大声を出して」

 マスターが怪訝な顔でこちらを見る。


「これからのことに少しばかり絶望しまして……」

 マスターは「大丈夫か?」と首を傾げる。その仕草は心配しているようにも、面白がっているようにも見えた。


「それで、どうして……マスターはこんな場所に……?」

 こんなところに好んで住んでいるなんて、もうそれは変態というレベルではない。変態を通り越した変人だ。

 僕の問いに、マスターは少しバツが悪そうに視線を逸らした。


「……まあ、なんだ。少々、やらかしてしまってな」


「やらかした?」


「うむ。昔の話だが、私は王都で宮廷魔術師という、そこそこ偉い地位にいたのだよ」マスターは少しだけ得意げに胸を張る。宮廷魔術師、と聞くとすごい人のように思えるが、今のマスターからは想像もつかない。

 僕は「へー」と興味なさげに相槌を打つ。


「で、まあ、若気の至りというか、退屈しのぎというか……その場の勢いというか……」

 マスターが言葉を濁す。あまり思い出したくない過去なのだろうか。


「というか?」


「……王位を簒奪しようとした」


「国家反逆罪じゃないですか!!」思わず叫んでしまった。


「いや、だって玉座が格好良かったんだもん」


「もん、って……! 他に理由があったんですよね!? 王様が悪政を敷いていたとか、実はマスターが正当な後継者だったとか!」


「ない!」マスターはきっぱりと言い切った。

「王は完璧な名君だったし、私はただの魔女だ。血筋も何もない!ただ、ちょっと、出来心でな……」


「ただの出来心で国をひっくり返そうとしたんですか!?バカな!?バカな子だ!」


「まあ、結果的には未遂で捕まったのだがな」マスターは肩をすくめる。

「我ながら間抜けな話だ」


「それはよかった!」……のか?


「王には『君ほどの頭脳がありながら、なぜそんな短絡的な……』と心底呆れられ、姫には『いつかやると思ってましたわ』と妙に納得され、王子には『何か深い考えが……え?ない?本気で?』とドン引きされた」

 マスターは当時のことを思い出したのか、少し遠い目をした。


……この人、思った以上にヤバい人かもしれない。僕のマスター観がガラガラと崩れていく。元から崩れてたけど。


「それで、まあ、罰が必要ということになったわけだ。幸い、王も姫も私の能力自体は惜しいと思ってくれたようでな。死刑は免れた」


「それで、この森に追放された、と?」


「少し違う。王子が提案したのだ。『彼女に試練を与え、それを達成するまで王都への帰還を禁ずる、というのはどうでしょう』とな。そして姫が、『では、この禁じられた森に新たな町を築かせるというのは? コミュニケーション能力に難のある彼女には良い薬でしょう』と」


「町を作る……? こんな場所に?」


「そうだ。無茶苦茶だろう? 私も『ふざけるな!もっとダラダラと生活させろ』と反論したのだが」

「反省してますそれ?」

「王がな『では決定だな。その性根、森の魔物と共に叩き直して参れ』と言うと、気づいたらここにいた、というわけだ」

 うーんなんていうかロックってこういう事なんだろうなぁって。僕のマスターは変態ではない、頭のネジが飛んでいるだけだ。より悪い。


「それで、町づくりは……」僕は恐る恐る尋ねる。目の前の深い森を見渡しながら。


「この惨状を見て進んでいると思うか?」マスターは開き直ったように言った。


「家を建てて二年……あとはひたすら読書三昧だ。最高だったぞ?」


「ダメ人間じゃないですか!」

 本当に碌でもないなこのマスターは!!


 しかし、マスターはどこか遠い目をして続けた。

「……だが、その生活も終わりかもしれん」


「え?」


「食料や本は、王子が不憫に思ったのか定期的に送ってくれていたのだがな。先日、姫から『近日中に視察に行きますわ。もし街づくりの進捗が見られなければ、支援を打ち切りますのでお覚悟を』と最後通牒が来てな」

 マスターの声には、焦りよりも諦めに似た響きがあった。


「つまり……食料がなくなる!?」


「そういうことだ」マスターの顔から笑みが消える。


「バカなんですか!?」流石に僕もこう言わざるを得ない。


「支援なんていつか無くなるもんなんですよ!何してるんですか!?自給自足の目処はあるんですか?」


「この森で自給自足するには……」

 マスターの視線が、森の奥へと向けられる。その目には、先ほどまでの自信やふてぶてしさはなく、純粋な怯えのようなものが浮かんでいた。


「……目処などない!魔物怖い!どうしようもない!」とマスターはあっけらかんに宣言した。


「なに自信満々に言ってるんですか!」


「はっはっはー」

 開き直ってしまうとは、これはめんどくさいぞ。

 それにしても、魔物。ファンタジーの世界ではお馴染みの存在だけど。意外となんとかなるんじゃないか?いやでもああいうのって世界観によって色々あるよなぁ。


「えっと魔物ってどんなのなんですか?」


 「うーむ、魔物とはそうだな、改めて説明するのが難しいが。まぁ、特別な生物の総称みたいなもんだ」


「なるほど」

 まぁ、ゲームでよくある魔物と大体同じという認識でいいか。


「私が言うのもなんだけど、よくこの説明で納得したな……」


「理解の速さには自信がありまして」


「なんだその意味のわからん自信」


「それで、魔物って強いんですか?」


「ああ、最低でも鶏の10倍ぐらいの戦闘力をもっている」


「分かりにくい……」


「一般的な成人男性の戦闘力が5とすると一般的な魔物の戦闘力は120ぐらいだ」


「その計算だと鶏がメッチャ強すぎません?」

 鶏一羽に成人男性2.4人分の戦闘力が含まれていることになる。さぞかし栄養のある卵を産むだろう。


「適当に言っているからな。成人男性の戦闘力とか鶏の戦闘力とか知るか」


「もっと自分の発言に責任を持った方がいいですよ」


「まぁ、魔物ってのはそんぐらい強くてヤバいってことだ。強い個体になればパンチ1発で人が死ぬ」

 ゴクリ、と喉が鳴る。


「マスターは……戦えないんですか?」


「私が鶏10羽に勝てると思うか?」とマスターはドヤ顔で聞き返した。


「だからその基準分かりにくいんですって!」

 ギリギリ勝てそうではある。


「まぁ、サチならもしかしたら勝てるかもな。ナイフで刺しても傷1つ付かない艶肌だ」

 

「だったら!」


「だが戦う事は許可しないぞ?」


「な、なぜ……!?」


「いや、だって。だって、サチは少女だろ。常識的に考えて戦わせるわけには……」


「なんでそこだけ常識を!?てか、だから僕は男ですよ!」


「いや、お前は女だぞ?」


「いいえ、僕は男!男ですぅ!」


「諦めろ!お前は女だ!もう女なのだ!!」


「いいえ、僕は男!体は女の子でも心は男!つまり男!!」


「いつまで前世のしがらみに縛られるのだ!?サチは野蛮なことがキライなお淑やかな少女だ!そうなのだ!!」


「勝手に人の個性を決めつけないでくださいよ!僕は男なんですぅ!かっこよく戦う男なんですぅ!」


「ええい、聞き分けのない!」


「そっちこそ!」


 こんなふうにいがみ合いをしているが、ものすごくピンチな状態は変わらない。

 本当にこれからどうなるんだろうか……


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