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3話 何から聞きたい?

「これでよしっと」

 魔女が気絶していることをいいことに、見つけた縄で椅子に縛り付ける。これで目が冷めても何もできないだろう。これは自衛策であり、決してやましいことはない。


「とりあえず、服を探しますか……」


 部屋を探索しているとタンスを見つけたので漁る。言い訳しようのないぐらい完全な強盗行為だが、勇者だってタンスを漁るのだ。異世界転生者の僕にだってその権利はあるだろう。勇者≒異世界転生者なところあるし。そんな怪しげな理論で自分を納得させる。


「まずは下着ですよね……」


 タンスにある布を適当に掴んで取り出した。

 えっとこれはドロワーズって言われるものだったかな。確か昔の時代の下着だったっけか。

 あの魔女はこれを履いたことがあるんだよな。いや、考えるな。考えるんじゃない。


 ゴクリとツバを飲んで覚悟を決める。亀のほうがまだ早いんじゃないのか?と思えるような速度でゆっくりとドロワーズを履いた。

 それにしてもこのドロワーズ……少し……大きいのか? なんか結構ぶかぶかする。いや、もしかしたら元々こういうものなのかもしれない。初めて履く僕には区別できない。


 それにしても住人を気絶させて下着を盗んでその下着を履く。

 なんだよこれ。完全に変態行為だ。

 もうどう言い訳の仕様がないぐらい変態だ。羞恥で顔が赤くなっているのが感覚でわかる。


「次は服ですね……」


 タンスから出てくるのは怪しげな魔女みたいな服しかない。

 いや、着られるならば別に問題はないのだが、ズボンじゃないというのが男として抵抗がある。今は女の子だけどさ。


「ジーパンとかあればよかったけど仕方がないか……」

 異世界だもんね。そう自分に言い聞かせて魔女の服を着る。

 明るい夜のような色のローブだ。おもったよりスラリと着ることができたが、裾が余っていて歩きにくい。


「ん……うぅ……おーい、自動人形(オートマータ)よ。一体これはどういうことなんだー」

 完全に覚醒したらしい魔女が、じろりと僕を睨みつける。縛られているというのに、その態度は妙にふてぶてしい。


「目が覚めましたか?」


「ああ、お陰様でぐっすり寝ることができたよ」


「それはよかったです」


「おや、服を着たのかね。なぜ裸のままじゃない。もったいないだろう」


「もう変態を隠さなくなりましたね……」


「純粋に芸術的観点から判断しただけだ。私の薄汚れて汚い服を着ているより、裸の君のほうが美しい」


「なんとも口が回りますね」


「私は昔口先の魔術師と呼ばれていた頃があったような気するよ」


「なんでアヤフヤなんですか。自分が2つ名ぐらい把握してくださいよ」


「そうそう、1つ聞かせてほしい」


「なんですか」


「人を殴って気絶させ、縄で縛り上げ、その間に服を盗み着る気分はどうだね?」

 ニヤニヤという効果音が聞こえそうなぐらい憎らしい顔で魔女が喋った。

 くっ、なんで縛られているのにこんなに余裕そうなんだこの人は!


「どぅした?どういう気分なんだね?ん?ん?」


「……恥ずかしいに決まってますよ!」


「変態の世界へようこそ」


「うるさいですよ!勝手に仲間入りさせないでください!」


 うう……こんな服を着るんじゃなかった。いや、着ないともっと恥ずかしいか。

 女体化してすぐこんな変態の相手とは、ちょっとハードモード過ぎませんか。

 あとそのニヤニヤをやめろ。僕の反応を見て楽しむんじゃない魔女。

 

「ところで、だ。この縄を外してくれはしないか?」


「条件があります」


「人を勝手に縛り付けておいて、条件がありますとは盗っ人猛々しいな。いいぞ、言ってみろ」


「教えてくれませんか?この世界のこと、あとついでにあなたのこと」


「……むふ。それは最初から教えるつもりだったし構わない。何から聞きたい?」


「まずはあなたのことから」

 直近で一番の危険は多分この人だし。


「おや、そんなに私に気があるというのかね。照れるな。これはもはや相思相愛の仲ではないか。キスをしよう」


 僕は黙って縄をより強く縛り付ける。グエぇと呻き声が聞こえた。


「くそ、冗談の通じない奴め」


「ここから先は口に気をつけてください」


「なんだんだ君は。凶暴すぎないか?初対面のか弱い女性を殴って気絶させて縄で縛り付けて」


「”変態に遠慮するな”と言うのが祖母の教えでして」


「くっ、お婆ちゃん子め……だがそういうところも可愛い……」


「それで話を戻しますけど、あなたって一体何なんですか」


「私は魔女だ」

 それは見たら分かる。


「名前はエウロパ」

 それは見ても分からなかった。


「訳あって長年人里離れた場所に住んでいる。人間の言葉を喋ったのは2年ぶりぐらいだ」

「ああ……道理で……」

 色々納得したかもしれない。こんなのが社会で生きていけるはずがない。


「なんだその哀れみの顔は……。ちなみに好みのタイプは君のような人形……いや、美少女だ。というか君の身体だ。正直辛抱たまらん。今スグそのおみ足を触らせろ。ペロペロさせろ」


「次! 次の質問です!」

  僕は慌てて話を遮る。こいつ、やっぱり本当にやばい。変態だ。


「ほう、なんだね?」

 

「次の質問です。僕はなんで、おんなの……いや、えっと、人形になっているんですか?」


「ああ……それは……いや、私も全然わからん。私の工房の前に超絶スーパーウルトラ可愛い自動人形が転がっていたから起動しただけだ。まさか魂が宿っているとはな」

 超絶スーパーウルトラ可愛いって言葉をなんで真顔で言えるんだこの人は。


「正直私のほうが聞きたいよ。なんで君は勝手に超絶可愛い私の自動人形生まれ変わっているのかね。羨ましい。この体と交代してくれ」


「自動人形がみんな誰かの生まれ変わりって訳じゃないんですか?」


「ああ、君は特別だよ。通常自動人形は意識があっても意思は持たない存在だ。自動人形の意思は主人の命令によって決められる。つまり主人の命令に絶対服従の道具みたいな存在だな。なのに君は主人の命令を無視するどころか、主人を縄で縛り付けている。学会の連中が聞いたら泡を吹いて倒れるだろうな」


「ああ、よかった……命令に絶対服従じゃなくて本当に良かった……」

 自由意思……。それはつまり、僕は他の人形とは違う、特別な存在だと? それは少し、ほんの少しだけ嬉しい情報かもしれない。いや本当に。自由意志最高。


「私は命令に絶対服従じゃなくて心底がっかりしたよ。絶対服従なら今頃は……グヘヘ……」


 もうキャラ崩壊がひどいことになっているぞこの魔女。最初の知性はどこに消えたんだ?


「ド変態……」


「なんとでも言うがいい、むしろもっと言ってくれたまえ。新しい扉を開きそうだ」


「進化する変態……」

 僕はそう吐き捨てても何か喜ぼうとしている魔女の姿をみて、僕はただただドン引きすることしかできなかった。


「そういえばだ、まだ君の名前は聞いていないな。今更だが君の名前を教えてくれないか?」


「ああ、僕の名前はサクラバ コウタロウです」






 一瞬の沈黙。






「は?」








 魔女が意識なく言葉を出し、その口を開けたまま固まる。理解が追いついていないという感じだ。

 一体どうしたんだろうか。僕の名前に特別な意味があるというのだろうか。普通の名前だと思うけど。



 「……え? 今……コウタロウ、と……?」


 「はい、そうですけど」


 「…………も……もしかして……お……男か?」


 「え、はい。男ですけど……それが何か?」

 

 魔女の目がぐるぐる廻り、顔はどんどん赤くなる。


 ああ、そういうことか。


「もしかして、僕が女性だと思っていたとか……?」


「ひゃ、ひゃい」


 緊張からか裏返った声を出している。

 ほとんど別人だこれ。凄くキャラが変わりすぎている。


「は、へへへ……?本当にこ、コウタロウなんですか……?」


 魔女の声が可愛くなる。今までの威厳が台無しだ。いや、元から威厳なんて欠片もなかったけどさ。

 今の魔女はなんていうか乙女そのものに見える。


「はい、そのとおりですよ」


「ああ……あああ!!」


「し、信じられない……嘘だと言ってくれ……こんな、こんな可憐な美少女が……コウタロウ……だって……?」

 ぶつぶつと何かを呟いている。さっきまでの威厳(?)はどこへやら、完全にパニック状態だ。

 

「もしかして~?もしかしてですけど~~?僕が女の子だから意気揚々と変態トークしてたんですかぁ?」

 よ〜し!反撃チャンスだ〜〜〜!


「……!そうだ!! まさかまさかその見た目で殿方だと思わんだろうが!! まさかすぎるわ!!」

 顔真っ赤のまま逆ギレされた。


「最初から"僕"って言っていたじゃないですか」


「僕っ娘だと思っていたんだ! 内心”僕っ娘めちゃかわえぇ~”とか思っていたんだよ! 男なら一人称を"俺"にしろ! この半端者!」


「"俺"にしたら今度は”俺っ娘めちゃかわえぇ~”ってなっていたでしょうに!!」


「いや、そんなわけ……確かにその通りだ!いや、でも男ならもっと堂々としろ!恥ずかしがるな!」


「そんなの僕の勝手じゃないですか!!」


「男ならもっと早めに伝えろ! なんで何も報告しないんだ貴様は! 報告連絡相談は社会の常識だぞ!」

 なんで異世界人にホウ・レン・ソウを説かれなきゃいけないんだ……。


「だいたい、貴様はなんで"僕が女!?"みたいな分かりやすいリアクションしないんだ! もっと内面を外にだせ! 自らを曝け出せ!」


「変態が何を言ってるんですか!?」


「うるさい! よくも騙したな!」


「勝手に貴女が誤解しただけですよ!」


「あああああああああああああああああああああああああああああああ」

 魔女がヒステリックに叫んだと思うと、糸が切れたかのように静かにうなだれた。

 それでいて妙な圧を感じる。正直不気味だ。


 魔女がヒステリックに叫んだと思うと、糸が切れたかのように静かにうなだれた。

 それでいて妙な圧を感じる。正直不気味だ。


「だ、大丈夫ですか……?」


「ぐ……ぐぬぬ……」マスターは悔しそうに歯噛みしている。「だが……だがしかし……男……男か……。……クク……」

 魔女がうつむきながら小声でつぶやく。声がかすれて聞きづらい。


 よくわからないけど大丈夫じゃなさそうだ。


「どうしましたか……?」


「貴様のその身体は、まごうことなき"美少女"だ。ならば、その魂が男であろうと、現実に合わせて美少女として生きるのが道理だろう!お前は女だ!」

 

「そんな横暴な話がありますか!?」


「ある! そもそも前世が男だからって今も男である必要はないだろ!貴様は生まれ変わったのだろう?だったら現世を受け入れて女として生きるのが正しい道だと思うがね!」


「その理論はおかしいですよ!」


「いいや、正しい! いつまで過去に縛られているんだ!? いい加減前に進もう! さぁ今こそ一歩前に踏み出すときだ!」


「なに名言みたいな雰囲気をだして言っているんですか!」


「今の貴様は全世界の女性が羨む最強のボディを持っているんだぞ!?人形みたいな娘どころか人形そのものなんだからな! 可愛い!劣化しない!傷つかない!可愛い!柔らかい!最強! 無敵!」


「そんなに可愛いんですか僕は」


「鏡を見たら貴様にもスグに分かるだろう! 間違いなく世界一可愛い!」


「そ、そんなに……?」


「ああ、私の言語能力で表せないほどに可愛い! 自信を持て!」


「そっか~そんなに可愛いのか僕~」

 やっべ、なんか少しうれしい。


「あっ、いまの表情、ヤバイ、劇カワ、写真撮りたい」


「もっと自分のキャラを大切にしませんか!? 最初の知的なイメージはどこに行ったんですか!?」


「私なんてどうでもいいだろ。今は君の可愛さが全てだ!くそ、なんでこの見た目で名前がコウタロウなんだ……可愛さの神に対する冒涜だ……」


「……そうだ、名前を変えろ」


「え?」


「異世界人はこの世界へ来た際に名前を変えるのが習わしだ。もう生まれ変わったのだからな」


「そうだな、今日からお前は”サチ”だ」


「そんな急に言われて____」


『――個体名認識。音声パターン照合。コマンドを受理。"サチ"を正式名称として登録します』


 え? なんだ今の?

 謎の機械音声が場に流れた。どこから?自分の身体からだ。

 マスターの設定……? よく分からないが嫌な予感がヒシヒシとする。


『次にマスターの設定を行ってください』


「ほほ~う?」

 魔女が最大限にあくどい笑みを浮かべる。

 これはまずい。脱兎の如く逃げ出す!これは絶対にまずいって!


「遅いわ! 貴様のマスターはこの魔女エウロパだ!」


『コマンド受理。私のマスターは”エウロパ”様でよろしいですか?』

 謎の機械音声がまたしても流れる。ヤバイ。これはヤバイ。

 とにかく逃げる! 逃げないと!声の聴こえないところまで!


「もちろんYESだとも! さぁ、私に従えサチよ!」

「あーーーーーああーーー何も聞こえなーーーーいーーー聞きたくありませーーーん」


『コマンド受理。マスターを"エウロパ"として登録。初期設定を完了します』


 無慈悲な機械音声が流れた。


「あ……あ……」

 瞬間、身体の奥底で何かがカチリと音を立てて繋がったような感覚。

 そして、理解してしまった。

 僕は、この変態魔女の所有物になったのだ、と。

 僕の意思に関係なく、彼女の「命令」には逆らえなくなったのだ、と。


 ああ、神様。せっかく異世界に転生したのに奴隷からスタートってそんなことありますか?


「くく……貴様は主人に反逆できる特別な自動人形(オートマータ)なんぞではなく、ただ主人の設定がされていなかっただけだったのだな! こりゃ傑作だ! クククク……クハハッハハハハハ!」


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 ただただ、絶望に任せて絶叫をする。


「さて、サチよ……最初の命令だ……」

 マスターの声が、甘く、そしてねっとりと響く。これから何をさせられるのか……想像もしたくない。ゴクリと唾を飲む。


「この縄をいい加減に解いてほしい……実はとても辛い……痛いし……」


 それは確かにごめんなさい。

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