7. 公開略奪という名の屈辱
——夫が戻る喜びか、愛人を知った悲しみか、自分でも気持ちの行方が分からないまま迎えた今日という日。
「奥様、公爵閣下が間もなくご到着です。」
「わかったわ。行きましょう!」
時の流れと言うのは、時として残酷だ。
今の私にとって時の流れは、自分の血の流れのように感じられて。
止めることも変えることもできない、まさに不可抗力——。
それでも執事のバーナードから報告を受け、私は立ち上がる。
控えている専属侍女のパメラも伴い、3人で長い廊下を歩いていく。
誰も口を開かない——。
「……ふぅ。緊張するわ(笑)」
重い空気を断ち切るように私は笑った。
自分で想像したよりも高い声が出てしまって、自分でも驚いた。
高いだけでなく、恐ろしく裏返っていたから——。
「奥様、大丈夫です!奥様の美しさにかなう女性なんていませんから!!ねぇ?バーナード様!」
「もちろんでございます!」
パメラからキラキラした瞳を向けられて、バーナードも頷いてくれる。
二人の意気揚々とした様子は、密かに私の心を救った。
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
——葬式のような気分で公爵邸の正面玄関に立ってから数分後
帰路の旅を終えて戦から戻った隊列が、正門をくぐったと報告を受けた。
私たち出迎えの面々は、遠くに見える隊列を静かに待っている。
私は黒のベルベットに金色の刺繍が施されたスレンダーラインのドレスを選び、装飾品は極めて控えめな装い。それを知ったイザベラは、若さを強調するようなピンクのお姫様風ドレスを選び、ドレスに負けないボリュームの装飾品を身に付けている。
「ルイーゼ!なんで私はこんなとこに立たなきゃならないのよっ!?」
静かな空気を震わすような声が響いた。
イザベラが侍女のルイーゼを叱責したのである。
せっかく私に対抗した装いなのに、別邸の前で出迎えろと言われた。
そのことが、大いに気に入らないのだろう。
「イザベラ様は別邸の女主人、アリア様は本邸の女主人であらせられます。それぞれが主をつとめる邸の前で出迎えることに決まったそうで。統括執事のバーナード様よりご指示がございました。お力になれず申し訳ないございません」
ルイーゼは深々と頭を下げている。
この采配はバーナードによるもので、公爵夫人である私の立場を最優先に考えたものだ。そのうえで愛人にも多少の権利を与える——苦肉の策である。
騎馬隊が徐々に近付くにつれ、公爵であるルドルフを先頭に団長と副団長が続く様子が見えてきた。騎士団の放つ圧倒的な迫力と馬の蹄の音に、誰もが誇らしい気持ちを隠せない。
いよいよ数メートルの距離まで近付いたところで隊列が止まると、出迎えの面々がいっせいに頭を下げる。そして私が一歩前に出ると同時に、別邸の方から女の声が響いた。
「おかえりなさい!ルドルフ!!」
声の主はもちろん、イザベラで。
風をはらむフリルたっぷりのドレスを掴み上げて駆け寄る。
ルドルフは馬上からそれを見るや馬を下り、イザベラを抱き止めた。
「あぁ、ようやく戻った。変わりはなかったか?」
抱き合う二人は互いの身体に顔を埋め合い、ようやく目を合わせたところで名残を惜しむように離れる。
「公爵閣下、おかえりなさいませ。ご無事で何よりでございます。」
絞り出すような私の声は、ルドルフに聞こえただろうか。
なんとかルドルフの方を見てはいるが、目は泳ぎ顔面は蒼白である。
「あぁ、出迎えご苦労だった。このまま別邸に行く」
アリアを見ることもなく、ルドルフが言葉を返す。
それは誰に返したのかすら分からないほど、素っ気ない言葉だった。
「早く行きましょう!お部屋でゆっくりお話ししたいわ。」
冷たくされる私の姿にイザベラは満足気で——。
その甘ったるい声に反応するようにルドルフが腰に手を回すと、ふたりは足速に別邸へと歩き始めた。——まるで二人だけの世界。
とんだ公開略奪ね。
ここまでとは思わなかった。
恥ずかしくて悔しくて——どうしたらいいのよ?
はっ!いけない!!騎士たちもいるのに私ったら——。
「よくぞ無事に戻ってくれました。貴方がたは帝国の誇りであると同時に、ディカルトの誇りそのものです!帝国を守ってくれたことに心から感謝します。まずはゆっくり休んで、疲れを癒してください。今日は美味しい料理とお酒を用意しましたので、晩餐の席でまたお会いしましょう」
涙をこらえ精一杯の力を振り絞ったが、出てきた声は最後まで震えていた。そこにいる全ての者が、その声に胸を締め付けられたことは言うまでもない。
「お出迎え、ありがとう存じます。公爵夫人におかれましては、我々の不在時に家族を守っていただき、感謝の言葉もございません」
そう述べたのは、団長のアルテウス・ヴェローチェ。
その挨拶が終わると騎士たちがいっせいに頭を垂れ、私に敬意を表てくれた。
団長、副団長はじめ、騎士団の全員が公開略奪を目の当たりにした。
表情を歪め目を逸らす者も多くて、彼らの「見苦しい」と言わんばかりの態度は露骨なほどだ。
あぁ——騎士団大好き!
その冷ややかな表情、ルドルフにも見せてやってくださいまし!
汚れたあの二人を天もお許しになりませんように。アーメン——
私は夫と愛人の不幸を祈りながら、邸内に戻ることにした。