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4. イメトレは恋愛小説で

「奥様、おはようございます」


 侍女のパメラがお茶を淹れてくれる。

 気持ちよく一日を始めるための儀式のようなもの。


「おはよう。今日も良いお天気ね」

「はい、ご予定どおり街へお出かけになりますか?」

「そうね、本屋へ行きたいわ」

「どのような本をお探しになるのです?」

「特にコレ!っていうのはないんだけど……ちょっとね」


 ——さすがにパメラにも言えないわ。愛人関連書を探すなんて。


「パメラも一緒にお買い物しましょう。本が好きでしょう?」

「よろしいのですか?楽しみです!」


 パメラは私が初めて読み書きを教えた使用人。

 歳を重ねた将来、彼女が望めば羽ばたけるようにしてあげたくて。


 ——街は思いのほか混んでいる。


「奥様、今日は人が多いようですね?」

「そうね。終戦を迎えたから、戻ってくる家族のために買い物をしている人が多いのかもしれないわ」


 人混みを見渡すと、黒いマントの女が目にとまった。

 顔のほとんどを覆うような深いフードに違和感を感じたから。

 街の雰囲気と不釣り合いな様子は、誰が見ても目を引く姿である。


「パメラ、黒いマントの女性がいたんだけど見た?」

「いえ……花屋を見ていたので気付きませんでした。申し訳ございません」

「いいのよ。私が顔を向けた瞬間に身を翻したから、気になって。本屋に入る前に、護衛騎士に伝えておいてくれる? 路地裏に入ったけど、備えるにこしたことないから。黒いマントで深いフードをかぶっていたわ。女性のように見えたけれど、定かじゃないから……性別は限定せずに伝えてね」


「承知いたしました。伝えておきます」

「さぁ!着いたわね」


 パメラが騎士に不審者を警戒するよう伝えている。

 それを待たずに、私は先に本屋へ入ることにした。


「奥様!お待たせしました。お探しの本はありましたか?」

「まだ探しているの。私のことは気にしないで自由に見ていらっしゃい。欲しい本が決まったら、会計する前に戻ってきてね」


 ——危ない危ない——『愛人』関連本を探してるなんて知られたら、心配させちゃう。それにしても『愛人』とわかりやすくタイトルに付けている本は意外と少ないのね。んん?ここは——恋愛小説のコーナー?ドロドロした恋愛小説もいいかもしれない。正妻が愛人に立ち向かう姿を教えてくれそうなやつとか。


「これとこれとこれとこれかしら……決まったわ!」

「奥様!私も決めました!」

「こちらにちょうだい!今日はプレゼントするから」


 恐縮するパメラの分も引き受け、会計を済ませる。

 本屋を出ると、待機していた騎士が報告に来た。


「奥様、特に不審な人物は見当たりませんでした」

「ありがとう。気のせいで良かったわ。余計な仕事を増やしたわね」


 騎士に手を取られながら馬車に乗り込む。

 屋敷に戻る頃には、だいぶ日も暮れていた。


 ——夕食の前に少し仕事を片付けないと。

 執事のバーナードが準備してあった書類の山を、淡々と片付けていく。

 公爵代理業も5年目、今日の書類は私を悩ませるような量ではなかった。


「バーナード!今日の仕事は終えたから、自由時間にして良いかしら?買ってきた本を読みたいの」

「どうぞ。ちょうどお茶をお持ちしたところです」

「ありがとう。完璧な読書タイムだわ!」


 私がワクワクするのを見て、バーナードが複雑な表情を浮かべていることには真っ先に気付いていた。愛人の存在を知って以降、バーナードが私の様子に神経質なほど気を遣うようになったから。


 それもそのはず——夫の愛人問題に対して、私は普通の女性が見せるような素振りをいっさい見せていないのだもの。例えば、愛人のことを考えると気落ちして落ち着かないとか——夫の不貞に涙を流しながら恨み言を言うとか——そんな姿。


「——??(あの本はなんだ?『寝取られ公爵夫人の復讐』『愛妾が妻の座を奪うまで』『公爵閣下の隠された性生活』???いったいどうしたんだ?奥様は愛人を心待ちにしているというのか?)」


「バーナード、もういいわ。後は自分でできるから」


「……(菓子を取り分けるふりをしながら横目で確認できたのは3冊。他の数冊も全て同じようなものだろう)」

 ——そう考えたところでバーナードの思考は停止した。


 読書を楽しむ私の実際のところは、登場人物の正妻を自分に置き換えてイメージトレーニングするための一人作戦会議なのである。


 へぇー、男って——妻の前と愛人の前で見せる姿が違うの?

 それって意図的なの?無意識?本だとなかなか伝わらないわね。

 夜の交わり方も違うみたいだけど、だいたいの場合——愛人との方が熱烈なのね。ルドルフもそうなのかしら?

 私は彼と二度しか夫婦の営みを経験できなかったけど、かなり淡白だったわよね——思い出せないくらい。


 そこで私は記憶を辿ってみたけれど、ルドルフとの夜で記憶に残っているのは、ベッドのきしむ音と寝室から出ていく彼の後ろ姿だけだった。


小説で描かれているような男らしさはルドルフに感じなかったし、愛人たちが言葉にするような快感を与えられた記憶も全くない。


「私とルドルフは……夫婦を始める前に別れてしまったのかもしれないわね」


 ——もう寝なきゃならない時間なのに、目が冴えちゃった。

 私は本を閉じて、ソファーに転がった。

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