20. アリアの力、冷魔法のお披露目
——願えば何でも叶えてくれそうなスーパー執事、それがバーナードである。ディカルト公爵家が苦境に立たされることなく威厳を保てている裏には、彼の功績があると言っても過言ではない。
「お呼びでしょうか」
「バーナード、相談があるの」
今日も私は彼の助言を求めて、多忙を承知で呼び出してしまう。
明日からは少し気を付けよう——。
「実は、イザベラのことで気になることがあって。イザベラの寝室を覗いた時、彼女が飾り棚の裏に本を隠しているのを見たの。人目を気にする素振りがあったから、内容を知りたくて……。でも私が忍び込むわけにもいかない。……となるとルイーゼにお願いするべきかな?って。どう思う?」
間違ってもパメラの生い立ちは話せない。
かといって、バーナードに丸投げするわけにもいかない。
ただ本の内容がひたすら気になる——気になるだけ、ということにしよう。
「承知いたしました。ルイーゼに指示し致します。隠し部屋のことは他言できませんので、理由は適当に……」
思いのほかスンナリと事が進みそうで、私はホッとした。
問題は、本を持ち出した後のこと。
侍女のルイーゼに頼めるのは持ち出すところまで。
そんなに時間をおかずに元の場所に戻さなきゃならない——どうしよう。
「パメラ、写本できる?」
「書く練習で、小説を写本したことがあります」
「イザベラの本を写本してもらうかもしれないわ」
その間、イザベラをどうするか?——これが問題。
簡単には出かけないだろうし。
「奥様、ルイーゼさんです」
「公爵夫人にご挨拶申し上げます」
「入って!話はバーナードから聞いてるわね?」
「はい、承知しております」
「イザベラの寝室にある飾り棚、あの裏から本を持ち出してほしいの。どうしてもその本の内容を確認したいのよ。内容によっては、三回ほど持ち出すことになるかもしれない」
「持ち出した後のことは、いかが致しましょう?」
「イザベラの居場所をコントロールするしかないわよね……」
——イザベラをどうするか?
お茶に誘う、街に連れて行く、……?これ以上思いつかない。
なかなか面倒な話だけれど、どうせ共存しなきゃならないイザベラ。
この機会に互いを知るのは、私にとっても良いことだと思う。
なんとか考えよう——。
「ルイーゼとのお話は済みましたか?」
「バーナード、ちょうど良いところに来てくれたわ。ルイーゼに本を持ち出してもらうことになったのだけれど、イザベラをどうする?って問題が残ったの。今のところ、お茶したり街に連れ出したりってことくらいしか思いつかなくて」
——いつになく焦った様子のルイーゼが、部屋に駆け込んで来た。
なぜこうも事が普通に運ばないのか!?
この様子だと何かあったに違いない——。
「奥様、ご報告がございます!」
「どうしたの?そんなに慌てて……」
「イザベラ様がお一人で街へ行かれました。私が離席するのを待っていたのかもしれません……。このとおり本は持ち出せましたが、街へ行った目的は分からないままです」
——本があっという間にやってきたのは喜ぶべき。
だけど他のことはどうかしら?安心も油断も禁物だと私の心が言っている。
「バーナード、私も街へ行くわ。あなた一緒に来てくれる?パメラには頼み事があって邸に残ってもらいたいの」
「もちろんでございます」
「パメラ、写本をお願いね。ルイーゼ、本を戻す時はパメラと上手くやってちょうだい」
——町の復興もままならない今、なぜイザベラは町へ行くのか?
気にならない者は一人もいないだろう。
「奥様、イザベラさんが街へ行く理由にお心当たりは?」
「あるわけないわよね。一度か二度話したことがある程度の愛人よ?」
「なぜでしょう?とても嫌な予感が致します」
「問題を起こすとかそういうこと?」
「今までも、無害なようで有害でした……」
あなた、真顔でとんでもないこと言うわね——。
しかもその顔、殺し屋なの?
「ま、まぁそうね。復興していない街に買い物ってことはないわよ」
——悪い予感は良い予感よりも高確率で当たる。
日頃からそう思っているのだけれど、間違いじゃなかったみたい。
「これは何事??」
「奥様は馬車にいてください。私が確認してまいります」
同行する騎士の人数を増やして良かったわ。
何かあったら協力しないと。
「奥様、火事です!警備隊の事務所に避難しましょう」
「閣下は?」
「火元の確認に行かれたそうです」
「バーナード、私は避難しない。騎士と一緒に来て!」
「承知いたしました」
私には確信めいたものがあった。
今回は私でも消せる——と。
予想が外れていなければ、普通の火災だろうから。
「閣下!爆発ですか?普通の火災ですか?」
「アリア!避難しろ。今回は爆発火災じゃないが危険なことに変わりはない」
「お忘れですか?私の魔力のこと。一般的な火災ならすぐに消せます」
ルドルフは忘れているようだけれど、ようやく私もこの地のお役に立てそうだ。どうか上手く力を使えますように。
そしてどうか——皆が私の力を怖がりませんように。
「皆さん下がって!閣下、誘導をお願いします」
——久しぶりに使う魔法は、どちらかといえば暴走気味になる可能性があって。魔力量が多い私は幼い頃から注意してきたのだけれど、想像以上に緊張した。
両手を広げ意識をイメージどおりに集中できた時、白いオーラが何の問題もなく集まってくるのを感じて——そうしてようやく安心できたくらいの緊張だった。
足元に魔法陣が現れると、膨大な冷気が渦となって私を囲んだ。
周囲の目には、何とも言えない輝きに映ったことだろう。
その光が広がれば、あとは燃え盛る炎全体を包み込むだけ。
あっという間に鎮火した。
これが南部の貴族に受け継がれる冷魔法だ。
「あぁ神様、公爵夫人をお守りください」
「夫人をお守りしろ!」
「アリア様、ありがとうございます」
「…まるで火災がなかったようだ」
「こんなことあるのか?」
「これが南の力なのか?」
領民たちが口にする言葉はルドルフにも聞こえたようだ。
後日談によれば、私に対する誇らしさと愛おしさを感じたそうで——とにかく何でもかんでも気付くのが遅いダメ男であることを再認識させられた。
——いったん警備隊の事務所に向かい、現状記録に協力してから邸に戻ることになった。
「ご苦労だった。力を使った後は疲れるのだろう?大丈夫か?」
「ありがとうございます。疲れてなどおりませんわ」
「……イザベラを見かけたんだ。君とバーナードが一緒に来たということは、彼女を追いかけて来たんじゃないのか?何があったか教えて欲しい」
「まだ詳しくは話せませんが、イザベラさんに気になる点があったんです。そんななか侍女も連れずに突然出かけたと聞いたので、追いかけてきました。でも……結果的には来て良かったです。少しは領地のお役にも立てましたしね」
もっと突っ込んだ話を期待しているのだろうけど、今は無理。
私がルドルフを信じきれていないし、イザベラについては確証がない。
「時が来たら教えてくれ。俺だって間違えた判断はしたくない」
「わかりました。それならひとつ提案をさせてください。閣下とイザベラさん、私の三人でお話しする機会を設けませんか?」
「……何をどうしたいんだ?まだそういう時期じゃ……」
私が信頼できないのは、この姿だ。
愛人の話となると、別の人格が現れるように感じて——。
結局のところ、隠し部屋で知る事実以上の事を彼は教えてくれない。
考えを纏めた私は、すぐに馬車へと向かった。




