1. アリア
私は、アリア・ディカルト。
ザイツヴェルク帝国 ノルトの領主であり「南部の盾」と称されるノルト公爵家の長女として生まれた。家門は他国との貿易に秀でた一族で、新しいものに目がない皇族とのつながりも深い。現皇帝フィリップとは幼い頃からの遊び友達で、公式の場でなければ名前で呼び合う親友だ。
幼い頃に婚約者を決めるのが当たり前の帝国で、15歳でディカルト公爵家の長男ルドルフと婚約。祖父の代に交わされた約束であった。
この約束は、南部の貴族が授かる冷魔法と北部の貴族が授かる温魔法、この2つの魔法をそれぞれの血統に与え合うことを目的に交わされたもので、両家の領地運営と領地民の安全を守りたいとの願いが込められたものである。
祖父たちは孫の代から婚約が実現することを期待していたため、同世代に息子と娘が誕生したことに大喜びしたものだ。
魔法についても少し説明しておきましょうね。ここザイツヴェルク帝国では、南と北の貴族だけが魔力を授かって生まれてくる。西と東は極端な自然環境などの影響を受けないことから、魔法が受け継がれなかったそうだ。かくいう私もノルト史上最大の魔力を持って生まれ、誕生時に授かった誓獣バッケネウスと一生を共にする。彼は大陸一巨大な神の鳥で、空間移動もお手のもの。嫁入りで馬車ごと南から北へ運んだ時には、嫁ぎ先の皆さんが白目を剥いたっけ——懐かしい思い出。
南の冷魔法は、主に空気を冷やすために使われ火を消すこともできる。北の温魔法は、主に空気を温めるために使われ氷を溶かすこともできる。どちらも生活に根付いた魔法で、使いようによっては様々な悩みを解決できる優れた能力なのだ。
ちなみに…南北貴族の婚姻は私たちが初の試みとなるのだが、ルドルフの魔力が弱いことによる不安が大きく取り上げられ、前ディカルト公爵からは次男のカイルとの婚約を提案されていた。結局は年齢の問題と順番の問題が優先され、長男であるルドルフが選ばれることになったのは ここだけのお話。
そして婚約からちょうど3年が過ぎた18歳の頃には結婚式も終え、幸せな新婚生活を始めようとした矢先に不幸に襲われた。前公爵夫妻が馬車の事故で旅立ってしまったのだ。
幸いにも既に公爵夫人として受けるべき教育は全て終えていたから、22歳で若くして公爵位を継ぐことになった夫 ルドルフ・ディカルトを夫人として支える準備はまずまず整っていた。
ルドルフは真面目ではあるものの自尊心が高く、頑固であるがゆえの脆さも抱える難しい人である。貴族の政略結婚、当時の私にはその真面目さが妻を守る優しさに見え、自尊心の高さは貴族らしい品位を保つための術だと感じていた。
しかし、そんな見立ては貴族のお嬢様の大いなる誤算で、彼の本質に翻弄され傷付く日が遠くない将来にやって来るなんて…全くもって想像していなかった。
そうそう!せっかくの自己紹介なのですから、私の性格や容姿にも触れさせていただかないとね!性格は比較的おおらかで快活。声は大きい方。木登りや川遊び、貴族の令嬢なら普通は嗜まないような趣味を猛然と楽しみながら育ったお転婆娘で、川魚を素手でつかみ得意気になる様は、領地民の間でも有名なお話だ。
髪は透けそうなほど薄い金色で、瞳は濃いブルー。グラマラスではないけれど、それが繊細な美しさを引き立てていると容姿を褒めてくださる方も多いのですよ。両親に心から感謝。
そして話を戻すと、22歳で公爵になった夫と18歳で公爵夫人になった私、周りの助けをかりながらも上手くやっていけると思っていた。夫人の仕事としては難関と言われる帳簿の扱いも得意だし、ルドルフにしても苦手とする公務が少ない方だと執事から高評価をもらっていたから。
とにもかくにも、ふたりで乗り越えるための経験だと考えれば、不慣れなことも頑張ることができたのだ。その頃はまだ 未来はふたりで作っていくものだと思っていたし、運命は自分達の手で切り開く!そんな前向きな気持ちでいたのだから。
そう…この世界で起こる全ての出来事はこの世界で生きる人々の運命によるもので、それ以外の何物にも影響されることはないと信じて疑っていなかった。
とても残酷な現実だったけれど、前公爵夫妻の事故だって…彼らの運命によって導かれた結果と受け止めていたしね。
けれど今は知っている、全てが運命で片付けられる話ではなかったと。私たちの運命は、いとも簡単に異なる世界からの力によって変えられていたのだと。
その事実を知った時、変えた人物が誰かを知った時、私は全力で戦うことを誓った。大切な人たちと自分を守り、幸せを少しでも取り戻すために全てをかけると。
時間を巻き戻すことはできないし、違う世界へ飛んでいくこともできない。でも、何もできないはずはない!抵抗できないはずもない!なんとかしてやろう!そう奮起した途端、ガラリと音を立てて世界が変わる日がやってきた。誰かの手によって変えられた未来が、私の手によって元に戻される音。そんな音に聞こえた気がした。
「私の人生、私を主役にして何が悪い?」
意気込みを胸にドン底から這い上がる私を、家族や友人も応援してくれる物語。
公爵夫人の底力、舐めてもらっては困るわねぇ。
アリア劇場、ここに開幕を宣言いたします!