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18. 夫が知らない妻のこと

 ——人間とは何と難しい生き物か。

あれこれ理由が欲しくて、理由を求めて、説明したいことや伝えたい気持ちを相手にうまく伝えることができなかったりする。


 ——まさに私は今、これから口にする言葉を必死に選んでいるところだ。


「奥様、おはようございます。お呼びでしょうか」

「バーナード、おはよう」


「……閣下が街で復興の陣頭指揮を取られると聞いたわ。そこで、私は自分がやるべきことをやろうと思う。最初に言っておくけど、聞いて驚かないように!えーっと、まずひとつ目は……公爵夫人の寝室に入口がある地下通路、先週から使い始めました」


「え?ご存知だったのですか?」


「先代の公爵様が教えてくださったの。ちなみに、ルドルフは知らないわよ。教えてもらっていないからね」


「そうですか…では、わざわざお知らせすることもございませんね」


 またまたニタァッて笑うのね。

 何を考えているのかしら?

 執事なのに公爵に従わないからね——この人は。


「そして、ふたつ目。地下通路の先にある隠し部屋、あれも使っています。更には、お気付きかもしれないけれど……覗いてるわ。でも誤解しないでね。変な趣味があるわけじゃなく、イザベラから身を守るためよ。決して監視の域を越えて覗かないことを、ここに誓います」


「ははは!やはり奥様は自分らしく自由に動いて、自分の言葉でお話しなさる方が良いですね。とてもチャーミングになられました」


 褒めてくれたのかしら?

 変わり者って言われた気がして——微妙な気持ちだけど。


「最後の件は、これは少し迷ったわ。このタイミングでバッケネウスの存在を公爵家の皆さんに公表します。ディカルトを守るために」


「さようでございますか。いよいよですね。奥様がどんなご決断をなさろうと、私は必ず支持いたします。どうぞ安心して暴れてください」


 暴れないから——。期待を裏切っちゃうって、既に分かってるわ。

 期待に応えられなくてごめんね、バーナード。


「さて、バッケネウスを安全に呼び出したいから、屋外練武場を押さえてくれる?騎士たちを驚かせてしまうけど、きっと喜んでくれるわ」


 このタイミングでバッケネウスの存在を公表するには理由がある。

 火災被害からの復興に少しでも貢献できる可能性があるからだ。


 何としても冬になる前に復興作業を終わらせて、領民の安全を守らなきゃならない。そのためには必要な決断ではないか。一度公表してしまえば後戻りはできないし、見なかったことにしてくださいとも言えない。

 それでも私は、この復興作業をベストなタイミングと判断した。


「ところで、バッケネウスの件は閣下に予めご報告すべきよね?」

「その方がよろしいかと」

「バーナード、閣下が戻ったら教えてくれる?今晩のうちに話したいわ」

「承知いたしました」


「それから…庭師から聞いた伝書鳩の話、あれは間違いなくイザベラ宛てよ。今日の午前中、イザベラの寝室に鳩が訪ねて来たの。次に来たら、バッケネウスに捕まえてもらうつもり」


 ルドルフは、どんな顔するかしら?

 驚くだけ?それともイザベラを庇う??

 ——-考えても仕方ないか。


 膨大な魔力保持者だということは、あまり公表したくない事実。

 愛人ネタと同様、センシティブな内容だからだ。

 私の人間性に対する周囲の評価が、今以上に大切になる。

 良き行い、良き言葉、全て善に基づくものを選ばなければならなくなる。

 自ら、ここを正念場にしてしまうわけだ。


 今できることは街の状況を確認しに行くこと。

 ルドルフに話す前に把握しなければ、なんの意味もない。



 ——依然として復興が進まなそうだと報告を受けたけれど。

 こうして目の当たりにすると、痛いほど伝わってくるわね。


「パメラ、急に申し訳ないわね」

「お安い御用です」

「街の状況を見たくてね」


 報告どおりの様子に私は愕然とした。

 まだ焦げ臭かったり、瓦礫がそのままだったり。

 家が無事でも——街に住むには忍耐が必要になりそうだ。


「奥様、着きました。今日もモリス統括官様をお呼びしますか?」

「えぇ、お願い」


 モリスに現状を聞いてから閣下を探すことにしよう。

 それにしても、全く片付いいてない。

 原因は何だろう?


「公爵夫人にお目にかかります。ご機嫌いかがでしょうか」

「ありがとう。絶好調よ!」

「ははは!お元気で何よりです」

「なんでも手伝うわよ!服装もこのとおり」

「では、閣下に会って差し上げてください。お疲れの様子ですので」


 二日前に会ったばかりなのに、どうした——ルドルフ?

 すんごい疲れて見えるけど。


「閣下、夫人がお見えになりました」

「アリア!よく来てくれた。体調はどうだ?」

「快調です。ご心配をおかけしました」

「復興が難航していてな。領民には苦労をかけている」


 領民に心を砕くようになったルドルフを見て、私は自分でも意外なことを感じた。イザベラとの生活が彼に良い影響を与えているのかもしれない——ということを。


「閣下、私も街を見て回っても?」

「もちろんだ。俺も行こう」

「怪我人や家を失った人はいますか?」

「少ない方だが、いないわけではない」

「家が無事でも、この環境では……まともに生活はできていませんね」


 今日は話すべきことがあるから、いつにも増して距離感が気になる。

 今話すべきか、夜に時間をもらうべきか?

 余計に神経質になってしまって言葉に詰まる。


「考え事か?」

「少しお話ししたいことがあります。私の魔力について」


 そう切り出した後は、一気に最後まで話した。

 魔力のこと、誓獣(せいじゅう)のこと、それらが復興に役立つ可能性を持つこと等々、事実も可能性も希望も全て。


 おそらく、ルドルフは私が嫁いできた意味を初めて知ったことだろう。

 ため息とも深呼吸とも取れる気配を感じた。


「よくわかった。君に任せる」

「ありがとうございます。この復興事業にあわせて必要であれば、バッケネウスを呼び出します」


「しかし…俺は婚約時代、君の何を見ていたんだろうな」

「何も見ていなかったと思いますよ。だからお義父様は……」


 言いすぎた——全て突きつけるのは酷な話だ。

 先代の公爵閣下がルドルフの能力を評価していなかったからなどとは、間違っても言えない。そう、お義父様はルドルフが女を作ることも公爵としての務めに足りない男であることも……全てお見通しだった。


「触ってもいいか?」


私の気持ちを察してるの?

ルドルフの目が妙に優しくて、くすぐったい。


許す前に私の頬に触れるなんて地下牢案件だけど、なぜだろう?

今日は珍しく——私も嫌じゃないな——。

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