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17. 明かされるアリアの秘密

 ——倒れた日を含め、けっきょく3日も寝込むことになった。


 皆の予想を裏切って、ルドルフが看病を頑張ってくれたと聞く。

 それには本当に驚いてしまって——。

 毎日そばに居てくれたと知っても、義務感か愛情か、それすら分からない。

 だって、そのどちらも似合わないから。


 そして驚くほどタイミング良く、皇帝から手紙が届いたのよね。

 幼馴染で現皇帝のフィリップ陛下から。


 いつもの近況報告だと思ってワクワクしたのに、大間違いだった。

 内容が恐ろし過ぎて、今でもまだ冷静に受け止められない。

 書かれていることが本当なら、大変なこと。


 まだ調査中だから、詳細が判明するまでは誰にも話すな?

 荷が重すぎるのよ——。

 こちらだって、イザベラを注視する緊急性が高まるんだから。


「おはよう。気分はどうだ?」

「閣下、おはようございます。だいぶ良くなりました。毎日来てくださったそうで、感謝いたします」

「夫婦なのだから、当然のことだ」


 当然のこと——?

 突然やってきて何を言うかと思えば——。

 貴方が戦地から戻った日のこと、私は一生忘れないけれどね。


「熱も下がったようだ」

「嫌っ!触らないでっ!!」


 反射的に身体が動いてしまって。

 言葉も無意識のうちに出ちゃって。


「すまない」

「……気安く触れないでください。そんな仲ではございませんでしょう?」

「そうだな。そうなってしまったのかもしれないな」

「なってしまったのではなく、閣下が望んでこうしたのです。落ち込まれる必要はございません」


言葉を失うルドルフを見て、胸がすく思いだった。

私も嫌な女になったものね。


「……しばらく引き継ぎは休む。街の修復が終わるまで、現地で指揮を取ろうと思うんだ。バーナードと視察した結果、さっそく今日から始めることにした。だから、俺が落ち着くまで……君もゆっくり休むんだ」


「わかりました。街の人たちのことを調査してください。家を失ったり、怪我をしたり、火事で状況が悪化しているような人がいないか把握してくださいね。とても重要な閣下の仕事です」


 私がここを出るまでに、ルドルフ——貴方は立派な当主にならなきゃ。私が教えられることは少ないけれど、ここの領民が何を恐れて何に喜ぶのか……自分の肌で感じて欲しい。


「そんなに見ないでください、閣下」

「恥ずかしいのか?」

「いえ、気持ちが悪いだけです」

「即答だな!では……行ってくる!」


 私を見つめるルドルフを牽制しつつ、少し感傷的な気分になった。

 ずいぶんと彼の眼差しが変わった気がして。

 ——愛人を熱心に喰らい過ぎて、たまには妻をつまみたくなったのかしら?

 

 それにしても、ルドルフが毎日留守だなんて——。

 私の隠し部屋活動に神の祝福があったかのよう。

 皇帝の期待に応えられるよう、精進しないとね。


 ◇◇◇


 そして地下通路も三度目、慣れたせいか病み上がりでも苦にならない。

 隠し部屋に着くなり、私たちは掃除をして朝食を食べることにした。

 掃除には水がなくて不便だったし、食事をするには暗すぎた。


「温かいお茶……ホッとするわね」

「奥様、気付かぬうちに気を張っておられますよ。旦那様が戻られた瞬間から。ひと月が経って……そのお疲れが現れ始めたんだと思います」


 ——たしかにそう、私はここのところいつも気を張っている。

でもパメラとピクニック気分のランチは楽しくて、邸に篭るよりは健全だと思える。心はまだ元気なようだ。


「さぁ!朝ご飯も美味しかったし、良い仕事ができそうね! 今日は私が二階でパメラは一階。一階は厨房よ。こうすると覗き穴が現れるから……音を出さないように気を付けて」

 

 ——寝室のイザベラは、今日も絶好調な様子。

 思うがままに生きているように見え、時として私は彼女を羨む。


「ルイーゼ!ルドルフはもう出発したの?」

「はい。先程お出かけになりました」


「今日は私も街へ行くわ!馬車を用意してちょうだい」

「おやめください。街は大きな事故で弱っております。イザベラ様がお買い物できるような状況では……」


「だから行くのよ!顔を売るチャンスじゃない?」

「…それはどのような?」


「旦那様と共に働けるのは私、領民にそう思わせるのよ。弱っている時に助けてくれた人には忠誠を誓うものでしょう?」

「……」

「早くしなさいっ!すぐに出かけるわよ!」


 ルイーゼが部屋を出ると、イザベラが飾り棚の裏から本を取り出した。

 ページを開き少しのあいだ視線を落とした後、何やら書き込んではブツブツと呟いている。ルイーゼの足音を聞いて隠すところを見ると、人には隠しておきたい代物のようだ。


「馬車の用意ができました」

「わかったわ。行きましょう」


 —— 残念ながらイザベラは知らない。

 今この瞬間も自分の一挙手一投足が、アリアによって見られていることを。


 ◇◇◇


 街に着くと早速、イザベラはこう言った。

 

「ルイーゼ、ルドルフがどこにいるか確認したいわ。警備兵の統括官を連れてきなさい。足元が良くないから、私は馬車で待ってるわ。先ずは……アリアに忠実な統括官モリスね。順番に会いに行ってやるから待ってなさい」


 そしてルイーゼが馬車を降りるなりバッグからメモを取り出し、不敵な笑みを浮かべたのだ。その様子は何やら楽しそうではあるが、決して普通とは言えない姿に見える。

 

「イザベラ様、統括官様をお連れしました」

「ご挨拶申し上げます。モリスと申します」


「ご苦労さま。公爵閣下はどこ?」

「焼けた建物を見て回っておられます」


「モリス、あなたも大変でしょう?私にできることがあれば、何でも言ってちょうだい」


 モリスは笑顔で挨拶を返しながらも、大きな違和感を感じた。

 決して見逃せない違和感、見逃してはいけないと感じる違和感だ。


「ありがとうございます……(このご婦人は、いったい誰だ?見たところ馬車に家紋もない。公爵閣下の居場所を教えるには好ましくないが……ぞんざいに扱って何かあっても困る)」


 それを察したルイーゼが、モリスに助け舟を出す。

 二人は初対面だが、互いに目配せをするような雰囲気になった。


「こちらはイザベラ様でございます。公爵邸にお住まいの方ですので、どうぞご安心ください」

「ほほぅ……左様でございますか。では閣下をこちらへご案内してまいりましょう。少しお待ちください」


 モリスはルイーゼの咄嗟の判断に感服した。

 暗にイザベラが情婦だと知らせたからだ。

 住まいを知らせれば、公爵の寵愛を受けている女だと分かる。


「閣下!ここにおられましたか」

「イザベラ様と仰るご婦人が閣下を訪ねて来られました」

「なんだと!?」

「馬車でお待ちですが、すぐに行かれますか?」

「煩わせてすまない。行くしかないだろう……」


 イザベラは満足気な様子で待っている。

 主導権を握ったと思っているのだろうか。


「イザベラ!何をしに来たっ!?」

「わ、私は……ルドルフに何かあったらと思って、不安になって……。怒っているの? そんなに声を荒げないで!怖いわ」


「そんなくだらない事で俺に恥をかかせるな。この状況を見ろ!街が壊れて領民は疲れ切っているんだ。お前にはそれが想像できないのか? すぐに帰れ!!」


「嘘よ……こんなはずじゃ」


 予め知っていたこととは異なる状況になっている——とでも言いたげな様子だ。ルドルフが畳み掛けるように話を続ける。


「こんなはずとは何だ? どうなると思ったんだ? 俺が喜んで迎えるとでも思ったか?」

 

 いつになく語気を強め、ほとんど怒鳴っている。

 それもそのはず、この時ルドルフはまだ——自分の怒りが全くの見当違いであることを知らないのだから。


 ◇◇◇

 

 ——外出するイザベラを隠し部屋から見送って、私はこう思った。

 『とんでもない女ね』

 だって、この状況で街に行くなんて正気の沙汰じゃない。

 迷惑もいいところだから。


 それにしても気になるわ——あの本。

 明らかに隠しているわよね。

 早い段階でルイーゼにも話して、協力してもらおう。


 監視対象がいなくなったから、今日はここまで——ん?

 鳥?——伝書鳩!!

 やっぱりここに来ていたのね。

 記録しておかないと——10時。


 イザベラの外出は急だったから、送り主が彼女の不在を知らないのね?

 窓が開いていても、鳩は中に入らないみたいだし。

 

 その鳩を見ていたら突然に、ふと、私は自分の魔力について思いを巡らせた。

 ——「私の魔力、そろそろ披露しても良いかもね」


 嫁ぐときに連れてきたのは、侍女だけじゃない。

 侍女はすぐに戻らせたけれど、今でも戻らずに私を守る存在があって。

 それは私にとって、とてもとても大切な存在だ。


 ザイツヴェルク帝国 ノルトの領主であり「南部の盾」と称されるノルト公爵家の長女として生まれた私には、生まれながらに魔力が授けられている。

 帝国では北と南の貴族にだけ魔力が受け継がれることになっていて、私もそのうちの一人だ。


 そして、特に強い魔力を持って生まれた者だけに与えられる特権があって。それは「誓獣(せいじゅう)」を持つということ。生まれた瞬間に与えられる存在。


 そして公表していない事実だけれど、私の魔力はノルト史上最大と言われるくらいに膨大。それだけに誓獣(せいじゅう)のサイズも特大で——。

 この帝国で一番大きいと謳われる神の鳥「バッケネウス」が与えられた。


 バッケネウスは私とともに北の地に渡り、今この瞬間も、ディカルト公爵邸を囲むように広がる「ディカルトの森」で私を守ってくれている。

 彼のファミリーとともに。


 ひとたび呼び出せば、彼らは私のためだけに働き、私のためだけに戦う。

 世界で唯一「私のためだけの存在」だ。


 自慢させていただくと——神様が「アリアや、私の特別な鳥を世界のために使えるのは、お前ほどの魔力を持った者だけじゃ」と仰せになって、その加護のもと私にバッケネウスをお与えになった——ということである。


 近い将来、そのバッケネウスを呼び出す事態になるかもしれない。

 どうか大きな災いが訪れませんように——。

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