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16. 覚悟、決まりました。

 ——昨日許せなかったことが、今日になっただけで許せるようになるのか?私の答えは、今のところ『否』である。


「閣下、おはようございます」

「おはよう。昨日は誠にすまなかった」

「えぇ、閣下の管理不行き届きですわ。以後、お気を付けくださいませ」

「手厳しいな」


 私はイラッとしたのだけれど、これが価値観の相違というものか?

 反省の色が見られない——そう評価してしまうのは、私だからなのか?


「まぁ……!危うく身体を害されそうになった人間が、簡単に犯人を許すことができますか? もし自分の愛する人が同じ目に遭ったら、閣下もきっと耐えられないと思います」


 ——例えば、イザベラとかイザベラとかイザベラとか。


「そうだな。申し訳ない」

「さて、さっそく引き継ぎを。本日は……」

「先に話したいことがあるんだ」


 人の話は最後まで聞けと教えられなかったのか?

 まだ本題にも入っていないというのに。


「はい?なんでしょう??」

「バーナードから後継者について話があったと聞いた」

「はい、お断りしました」

「それも聞いた。だが公爵という立場上、後継者が欲しいんだ」

「どうぞ、イザベラさんとの間にお迎えください」

「……君は、俺を拒絶するのか?」

「あ、はい。先に私を拒絶したのは閣下ですので、お互い様でしょう?」


 アンタ——おかしくなったんじゃないの?

 私を誰だと思ってんのよ?——浮気された妻よ!!


「イザベラは平民だ。貴族の妻にもなれなければ、母親にもなれない。だから後継者は君としか作れないんだ」


「いえ、そんなことはございません。平民の愛人が産んだ子でも、貴族の父親が認知し戸籍に入れれば、この国の法律では後継者として育てることができます。父子家庭的な家系図にはなりますけれどもね。愛人を連れてくる前に……そのあたりの法律を勉強なさいませんと、愛人にも失礼ですわ」


「ひと月に一度だ。それでも嫌か?」


「はい、無理ですね。女もそう簡単には懐妊しませんから。ひと月に一度では、時間の無駄かと思います。増してや……愛のない行いに時間を割くなど、なおさら無駄ではありませんか?」


「……言葉もないな」


「安心いたしました。これ以上言葉を見付けられても、困ってしまいます。それに……負け惜しみなどではなく、閣下には本当に愛する人と子をもうけて頂きたいのです」


 ずいぶんと食い下がるものだから、呆れてしまうけれど。

 可能な限り優しい声で、笑顔で気持ちを伝えよう。

 その方が、受け止めやすいだろうから。

 強く言われると逃げてしまう、ルドルフはそういう人。


「本日は良い機会ですから、帝国法の学び直しをなさってください。私は街に行ってまいりますので、これにて失礼いたします」


「また行くのか?今日の用事は?」

「本日は学校を建てる土地を選びにまいります」

「そんなことを計画しているのか?」

「はい。戦争により使いきれなかった夫人予算を使わせていただきます」


 早く馬車に乗ろう。

 ルドルフと二人きりの時間に、私は限界を感じている。

 耐えられない——。

 子作りの相談を持ちかける神経、あれには私もお手上げよ。


「待て!俺も行こう」

「いえ、ご心配には……」

「およぶんだ。『ご心配にはおよびません』は君の口癖のようだが、俺は君がすることに関心がある」

「わかりました。ではそろそろ馬車へまいりましょう」


 ——こんなに居心地の悪い馬車は初めて。


 けっきょく私は押し切られた。

 パメラが一点を睨んだきり動きもしないじゃない——。

 どうしてくれるのかしら——この空気。

 今さら言うまでもないことだけれど、とんでもない男。


「閣下、イザベラさんが窓からこちらを見ておられますよ。私と出かける際には一言かけて差し上げてください。また何か企まれても困ります。とにかく恨まれたくありませんし、妬まれるのもゴメンです」


「気にするな。君は正妻なんだから堂々としていればいい」

「いえいえ、気にしないで過ごして……気付いたら殺されておりました、などゴメンですわ」


 ——こちらばかりが苛立ちを深める頃、ようやく馬車が街に入った。


「着いたな、土地に目星は付けてあるのか?」

「まだです。治安や利便性を考えると……土地代は高くても大通りに面した土地を選ぶ方が良いのではないかとは考えておりますが……」


「もしくは、我が邸を使ってはどうだ?利便性は多少アレだが、治安は抜群にいいからな」

「よろしいのですか?嬉しい!!北の貴族に仕える使用人のための学校なんです。生徒の身元も確かですし、閣下がお許しくださるなら、公爵邸を使わせて頂きたいです」


「あぁ、いいだろう。好きにしたらいい…… (可愛い…可愛すぎる。こんなふうに笑うんだな)」


 ——ドーンッ!!と大きな爆発音に街中が震撼する。


「何か爆発したぞ!」

「火が上がっている!消化しろ!!」

「隣の店にも燃え移るんじゃないか?」


 街中に人々の声が響き渡って、恐ろしいくらい。

 火元の特定に急ぐ警備隊が、私たちの横を走り抜けていく。


「アリア、大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です。だた……あの燃えている建物、先日バーナードと見た物件なんです。けっきょく治安に不安があって諦めたんですけどね」


 驚くほど派手に燃えている。

 まだ怪我人は目に入らない。


「閣下、怪我人がいないか聞いてきます」

「俺が行く、君は馬車にいろ」


 ——再び爆発音が響いて、別の火災が起きたことに気付く。


「キャーーーッ!今度はこっちで火事よ!!」

「延焼を防げ!」


 私たちの居るところまで、熱気が迫ってきている。

 驚くことに、2軒目もバーナードと見た物件だ。

 そんなことある?


「アリア、先に帰れ!俺はもう少しここで仕事をしていく」

「私も残ります」

「いや、ダメだ。危険すぎる。君に怪我をさせたくない」


 ダメよ——これは偶然じゃない。

 何かあったらルドルフも危ない。

 もし嫌な予感が当たっているなら、巻き込みたくないわ。


「閣下、今燃えてる2軒、両方ともバーナードと内覧した物件です。まさかとは思いますが、そこの菓子店の裏にある空き家にも注意してください。そこも燃えるかもしれません。気を付けて、ルドルフ……。こんな偶然、普通なら無いわ!嫌な予感がするの。あなたに何かあったら……」


「落ち着け、アリア!とにかくここを離れろ。パメラ、アリアを頼む!馬車を出せっ!!」


「パメラ、どうしよう……」

「奥様、大丈夫ですよ。落ち着いてください」

「嫌な予感がするわ」


 私の頭は『どうしよう』でいっぱいで。

 今の状況に追い付く気がしない。

 戻ったらすぐにバーナードのところへ行こう。


 ——邸に戻ると、既に先触れあったようで。

 バーナードが心配そうに、正面玄関で待ち構えていた。


「奥様、ご無事でしたか!街の話は聞きました」

「バーナード!信じられないと思うけど、聞いて!」

「落ち着きましょう。パメラ、奥様を執務室へお連れしろ」


 お茶も喉を通らない。

 何かを見落としている気がして——。

 何かがひっ掛かる。

 何だろう——何だろう——何だろう??


「まだ落ち着かないようですね?」


「バーナード、よく聞いて。多分、今回の事件、私たちと関係あるわ。どう関係しているかまでは分からないんだけど、嫌な感じがするの。火災が起きた場所は、2軒とも私たちが見に行った物件だった。だから……ルドルフには最後に見た物件のことも伝えてきたの」


「なるほど……」


「でも、頭が追い付かなくて。自分が何に引っ掛かっているのかハッキリ分からないの…はぁ……」


 息が苦しくて、上手く呼吸ができない——。

 目の前も暗いし。


「奥様!奥様!おく……しっかりし……」


 パメラの声も遠のいていくみたい。


 ◇◇◇


「……私、寝ちゃったのね」


 ルドルフ、いつ帰ってきたのかしら?

 街に行った時の服装のままだけれど——。

 椅子で寝ちゃっているわね。


「アリア……目が覚めたか」

「眠ってしまったみたいで。お帰りを待たず、申し訳ありません」

「いや、いいんだ。君は眠ったんじゃなく倒れたんだ」


 パメラの声が遠ざかった記憶はある。

 けれどまさか、倒れたとは——。

 

「……そうですか。街はあの後どうなったのでしょう?」

「そのことだが、君の不安が的中したんだ」

「やはり菓子店の裏も燃えたんですね?」


 あぁ——この引っ掛かり、原因は何だろう?

 それが分かれば、解決できるかもしれないのに。

 この先回りされる感じ——。


 あ、これ——後付けで何かが起こっているんじゃない。

 私たちよりも先に誰かが動いてる感じよ。

 でも、いったい誰が?


 学校を作る話を知っているのは、誰?

 夫人会の面々とバーナード、そしてパメラだけのはず。

 ルドルフだって今日まで知らなかったんだもの。


「閣下、パメラを読んでください。喉が渇いてしまって」

「わかった、呼んでくる」


 これは賭けだけど、覗くしかないわ。

 この状況で疑わしいのは、イザベラ。

 でも確証はない。

 ルドルフにも言えない——イザベラを愛してる彼には。


 ——いよいよ隠し部屋が役立つ日が来たのかもしれない。


 庭師が見た伝書鳩は、イザベラの元へ来ているのか?

 来ているとしたら、それは定期的なのか?

 そして来るタイミングは、私の行動と連動しているのか?


 これはルイーゼにはできない調査。

 隠れて監視しなければ意味がないものね。


「奥様、お水をお持ちしました」

「ありがとう。ルドルフは?」

「いったん別邸へお戻りになりました」


 私は、ルドルフが別邸に戻ったと聞いてホッとした。

 パメラと二人きりで話せるから。


「パメラ、助けて欲しいことがあるの」

「なんでもお手伝いします」


「ありがとう。実は、別邸には隠し部屋があってね。そこからイザベラを監視したいの。今回の事件で気付いたことがあるのだけれど、確信が持てなくて。どんなことを疑っているかは、追って話すことにするわ」


「わかりました。今日はもう休んでください」


 そうね、今日は言うことを聞いて大人しくしていよう。

 明日からしばらくは、休む間もないだろうから。

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