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15. 初めての決戦、勝者は妻?

 ——休日はあっという間に終わるもの、そう決まっている。


 パメラに手伝ってもらい着替えを済ませたら、あとは荷造りだけ。

 今となってはもう、地下通路にも隠し部屋にも慣れたものだ。


 クローゼットの奥、壁の窪みに手を置いて地下通路への入り口を開く。

 この存在に気付いたのは、全くの偶然だった。

 初めて歩いた時は怖かったけど、地下通路というのは意外と落ち着くもので。

 カツカツと規則的に響く足音も、心地が良いようにすら思えてくる。


 今日のノルマは、別邸の隠し部屋は全階に存在するのか——。

 それを確認して、だいたいのレイアウトと広さを記録すること。

 怖いもの見たさなのだろうか?——ゾワゾワする感じ。

 嫌いじゃない感覚だ。


 ——地下通路を歩いていくと、行き着く先は別邸と決まっている。

 それなのに、なぜ毎度毎度、新鮮なゾワゾワがあるのか?

 本当に不思議でならない。


 さて、一階は既に確認済みだから次は二階。

 お約束の鍵束から——これか?これじゃない——これも違う!

 と確認して、ようやく開く。

 自慢じゃないけど、これ毎回繰り返していて。

 ようやく今日、全てに印を付け終わるはずなのである。


 結果、全階同じ位置に隠し部屋があって、レイアウトは一階とほぼ同じ。机と椅子が壁際に置かれ、壁の板をスライドすると覗き穴出現というレイアウトだ。


 今や、夫の愛人イザベラの寝室も普通に覗いている。

 個人的な趣味じゃないのよ。

 自分の身を自分で守るための自己防衛のため。


 変なお茶を飲まされそうになったり、事件に巻き込まれそうになったり、身の危険を伴うトラブルを仕掛けられたり、とにかく色々あって、先手必勝を勝ち取るにはこうするしかない——という観点から取り入れた、正式な調査扱いの覗きである。


 ——イザベラのネグリジェはいつもスケスケ。

 とにかくうっすい!『薄い』では表現が足りないくらいの薄さ。

 いつもあんな格好で部屋の外まで行っているのか、廊下を歩いでいるのか、などと考えると、ほんととんでもない女だと痛感させられる。


「ルイーゼ、いる?」

「はい、こちらに」

「本邸から届いた茶葉で、お茶にしたいわ」


 けっこう話し声もしっかり聞こえる。

 だから後ろめたい気持ちになる時もある。


「ルドルフ!早かったのね」

「あぁ、今日はアリアが休みだったからな」

「あまり奥さんの名前聞きたくないわ」


 ——なるほど、あんなふうに甘えた声を出すのね。


「そう神経質になるな」

「ねぇ、少し横にならない?」


 怪しい雰囲気になって来たわね——。

 ルドルフもその気になってるみたいだし。

 あんなふうに女性に触るんだ——知らなかったな。


 ——といった具合で、望まぬ光景を目にすることも多々あるのだけれど、それは仕方ない。身の安全の方が大事だから。


 それよりももっと興味が湧くのは、夫が愛人に優しく触れている姿を見て、なんとも思わない妻がどのくらいいるのか——という点。


 本屋でも、愛人関連本は小説くらいしかなかった。

 夫に愛人ができたら読む本、指南書のようなものを探したのに。


 誰も書かないなら、私が書こうか?と思ったり。

 だって私——まさに「夫に愛人ができた妻」だから。

 

 愛人に悩む帝国中の正妻の皆さん、

 この手で指南書を書き上げる日が来たら、是非ともご購入くださいね!


 ◇◇◇


 思いのほか隠し部屋が使えそうな予感。

 この予感は的確なのか?

 部屋に戻り一息つくと、良い案はないかと考えを巡らす。


「奥様、バーナードでございます」

「入って!」

「昨日お預かりした茶葉の分析結果が出ました」

「どうだった?」


「ご推察のとおり、イザベラ様から受け取られた方に問題がございました。避妊効果があり、飲み続けると不妊になると言われているお茶だそうです。毒ではなくとも、害のあるものでございます」


「そう…。実はね、そのことで話しておきたいことがあるの。どうやら、厨房でお茶の取り間違えがあったようだわ。おそらく…箱が同じだったことで、侍女が混乱したのね。だから、厨房に今あるのは私の手元にもともとあったお茶で、イザベラには彼女が私に飲ませたかったお茶が戻されたかたちになっているわ」


「なんたる幸い!」


 神はいた!と言わんばかりね。

 嬉しそうだわ。


「そこで、さっさとイザベラに事実を教えなきゃならない。このまま彼女が飲み続けたら、不妊になるから。さすがにそんなことを隠してはおけないもの。必然的に今回の事件を彼女に突き付けることになるわ……。ルドルフはどう出るかしら?」


「そうですね……。明日の引き継ぎの際、先に旦那様に話すか、別邸に乗り込んで二人まとめて聞かせるか?そのあたりから検討しなければなりません」


 バーナード、張り切ってるなぁ——。

 これは荒れる予感。


「迷うわね。バーナードはどちらが好み?」

「両方まとめて……ですね!」

 

 ——今この瞬間、私はあなたに悪を感じています。

 味方で良かった。


「わかったわ。それなら明日の夜にでも乗り込みましょうか。突き付ける時の台詞を考えないと。……分析結果の書類は任せるわ」


「夜なら、そうですね……深まる少し前としましょうか?ルイーゼも呼びます」

「さっそく頼むわ」


 ルイーゼのことだから、ある程度のイメトレはしてるでしょう。

 良い案に導いてくれるはず。


「呼んでまいりました。全て話してあります」

「公爵夫人にご挨拶申し上げます。」

「ルイーゼ、遅くにごめんなさいね。あなたの意見を聞かせてちょうだい」


「承知いたしました。実行のタイミングですが、これからすぐがよろしいかと。本日は奥様がお休みを取られたことから、既にお二人の時間が始まっております。乗り込むには、絶好のシチュエーション!が用意されていると言えます」

 

「そうね。引き継ぎがある日だと、ルドルフにしてみたら執務室で話さなかったことを疑問に思うだろうし。これからすぐ実行で私も異論なしよ。バーナード、あなたは?」


「私も、異論なし!でございます」


 ——具体的なプランは、ルイーゼの見立てに沿って立てることにした。


「早くおふたりの時間を過ごされた日は、だいたい夕食の後に入浴されます。おふたりの入浴が終わるタイミングで合図を送りたいのですが、どのようにしましょう?」


「ルイーゼが手引きしたと知られないためには、窓からの合図が目立たなくて良いわよね。バーナード?」

「私も同じ意見でございます。ルイーゼ、カーテンを閉めるのを合図にできるか?」

「問題ございません」


「では、そうしましょう。私たちは、どこで待機すれば良いのかしら?」

「庭園で夜のティータイムはいかがでしょう?」


「いいわね。ティータイムをしている私のところへ、バーナードが分析結果を知らせにくる。その内容に驚いた私は、書類を手に別邸に乗り込んでしまう。バーナードとパメラを押し切って!というのはどう?」


「やりがいを感じます!」


 パメラ、一言だけど——ようやく話に入れたわね。

 あなたの顔も闘志に燃えてる。


 ——かくして私たちは夜のティータイムを楽しむことになった。


「奥様、温かい夜で良かったですね」

「でもパメラ、武者震いが止まらないわ」

「決戦の時!ですからね」

「あなた楽しそうね」

「あ!バーナード様もお見えになりました」


 ——上手く話を逸らしたじゃないの。


「奥様、ケーキもお持ちしました

「食べる時間ある?」

「食べるおつもりで?」


 ——あ、ただの小道具扱いなの?

 

「奥様、カーテンが閉まりました。さぁ、いざ!」

「いざ!パメラ行くわよ!」

「お供いたしますっ!」


 トドーンッと、別邸のドアを開ける。

 使用人たちが驚くなかズンズンと大股闊歩。

 階段を力強く上がり、合図が出たルドルフの寝室目指してまっしぐら。

 そして!ドアをバーンッ!!

 はい!イメトレどおり完璧にできたっ!


「ど、どうしたっ!?アリア?なにしてる?」


 私たち三人の登場に面食らってるわね、ルドルフ。

 さぁさぁ、ここからよ!


「ルドルフ!これからお楽しみって時に悪いけど、黙ってベッドに座ってて下さる? イザベラさん、あなた……避妊茶を飲んでることご存じ?早く知らせてあげたくて、遅くにお邪魔しちゃったわ」


「どういうこと?ルイーゼ!厨房から茶葉を持って来なさい!奥さん、アンタ…私を騙したの?」


「いえいえ、そんなんじゃないわ。本邸の厨房で取り間違えがあったらしいの。イザベラさんが私にくださったお茶が、そのままイザベラさんに戻されちゃったのよ。私のお茶と箱が同じだったから、侍女が混乱したのね…」


「…っ!冗談じゃないわっ!」


 この様子じゃ知ってたわね

 ——避妊茶だってことを。


「それはこちらの台詞よ!少し気になることもあって、私のお茶とイザベラさんのお茶、両方とも成分を分析させたわ。そしたらイザベラさんが私に下さったお茶、避妊茶だというじゃない?驚いたわ……飲み続ければ不妊にもなると知って」


「ご、誤解ですわ。わ、わたしはそんなこと知らずに……。そうだ!茶葉を送ってきた友人が!」


「そう?それなら、そのことを証明してくださる?例えば、送り主のお名前は?茶葉をどちらで手に入れられるかも、事情を伝えれば教えて下さるはずよ?それに……先程のイザベラさんの様子、全てご存じだったように見えましたわ」


「やめろっ!その辺にしておけ!!イザベラお前……本当にそんなことしたのか?」


 完全に固まっていたルドルフが、ようやく溶けたようで。

 一気に捲し立てている。


「もし本当のことなら、はぁ……。アリア、今回の事はすまなかった。結果的にイザベラが自分で被るかたちになったことを考慮してもらえないか? 一回でいい、今回だけは見逃してやってくれ」


「旦那様!なりません!!今回は偶然に被害が奥様に及ばなかっただけです。万が一、……そう考えれば、そんなことを奥様に頼めるはずがありませんっ!どこまで奥様をバカにするんですか?」


 パメラ、あなたって子は——。

 バーナードのお口はあんぐりで。

 さすがに、教育係として恥ずかしいを通り越したのね。


「……そうだな。アリアの侍女の言うとおりだ。わかった……アリア、君に全て任せるよ」

「閣下、ありがとうございます」


「イザベラ、誤解だと言うなら証拠を揃えろ。アリア、最終的な判断は数日待ってくれ」


「承知いたしました」としか言えないけど、黒いマントも見つかったしね。

 イザベラは真っ黒なのです。(ルイーゼ、グッジョブ!!)


「では、私たちはこれで」

「あぁ、わかった。また明日の引き継ぎで会おう」


 夜の風が気持ちいい。

 バーナードもパメラも満足そうだ。


「二人とも、ありがとう。スッキリしたわ」

「私もスッキリしました!」

「パメラに私の役を奪われてしまいましたよ(笑)」


 立場は異なれど、それぞれが今晩はよく眠れそうである。

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