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13. 喜べないお裾分け

「手の空いてる者はいるか?」

「はい!空いてます」

「助かる!これを奥様に届けてくれないか?」


 ——昼食の準備をする料理長が箱を掲げている。

 青地に金色の飾り模様が入った 洒落(しゃれ)た箱だ。


「何が入っているんでしょう?」

「茶葉だ」


 お使いを引き受けた侍女の問いに料理長が答えている。

 既に料理長が確認済みで、毒見も済んでいるという。


「送り主は、どなたとお伝えすれば?」

「別邸のイザベラ様(あて)にご友人から届いた贈り物だそうだ。あちらの料理長経由で奥様に届けられたんだが。既に別邸の食卓には出している品だっていうし、アリア様にも今晩からお出ししようと思ってな」


「わかりました。すぐに行ってきます」


 ——アリアが寝室でくつろぐ姿は美しく、部屋には良い香りが漂っている。


「奥様、ご報告がございます」

「どうしたの?」

「料理長からのご報告でございます。こちらの茶葉が別邸から届いたそうで、本日から奥様にもお出ししたいと申しております。問題ございませんでしょうか?」


 なになに?

 別邸から贈り物なんて、何か怪しくない??


「ありがとう。別邸というとイザベラさん?」

「イザベラ様のご友人から届いた贈り物だそうです」

「わかったわ。料理長が確認したなら毒味も済んでいるのだろうし……楽しみね。別邸にお礼を伝えてちょうだい」


 それにしても珍しい香りね。

 知らない香りだわ——。

 あ!そういえば、私も贈り物でいただいたお茶を持っていたわね。


「お礼を伝える時に、これを持って行ってちょうだい」

「こちらも茶葉ですね!承知いたしました」

「同じ箱だわ。同じ店で買ったもののようね……」

「間違えないよう十分に注意いたします」


 流行りの店なのかしら?

 次に街へ行ったら、探してみよう。


「奥様、バーナードでございます」

「入って!」

「先ほど旦那様から、遅刻のお詫びがございました」

「反省はするのね……。怒ってないと伝えて!」

「承知いたしました」


 うん?バーナードどうした??

 いつもなら、用が済んだらすぐに出ていくのに。

 嫌な予感——。


「奥様……大変ご相談しにくいのですが、後継者のことはお考えでしょうか?このような状況で前向きになって頂くことじたい難しいことかとは存じますが」


「そうね。今のところは難しいわね。ルドルフも同じじゃないかしら?イザベラとなら協力できることも、私とでは難しいだろうし」


「それが、そうでもないのです。先ほど旦那様にも同じご相談をさせて頂いたのですが、月に一度……奥様の寝室で一緒に時間を過ごしたいと仰るのです」


 えぇぇぇぇーーっ!?嫌よぉぉぉーーーーーっ!!嫌よ嫌よ嫌よ(涙)そんなことしたら出ていけないじゃないの。産んだ子を残していくのも嫌だし、そもそも子供ができるような行為をルドルフとしたくない。——考えたくもない。


「無理!無理よ!!ルドルフが何のつもりで言ってるのか知らないけれど。今だって十分に非常識な結婚生活を選んでるんだから、後継者の問題だって非常識を貫いて欲しいもんだわ。『子作りはイザベラさんとして下さい』って閣下に伝えなさい」


「……ごもっともでございます」

「わかったら、今日のところは出て行ってちょうだい」


 バーナードの後ろ姿には気の毒さを感じるけど、私だって気の毒すぎる夫人のはずよ。——絶対に折れないわ。

 はぁ、今日は早めにご飯を食べようかしら。


「パメラ、そろそろ夕食の支度をしてくれる?」

「承知いたしました」

「食後に別邸から届いたお茶もお願いね」

「気は進みませんが……」


 パメラはイザベラのことが大嫌いだもんのね。

 だけどお茶に罪はないわよ。


「パメラも一緒に飲みましょうよ」

「はい!」

「食後が楽しみだわ」


 私とパメラがガールズトークを楽しむ一方で、厨房では残念なミスが起こっているのであった——。


 ◇◇◇


 別邸の厨房もまた忙しい時間帯で、ちょうど今は、夜に向けた仕込みの真っ最中だ。誰もがそれぞれの仕事に追われている。


「料理長!本邸から返礼品が届きました」

「あぁ、そこに置いておいてくれ。念のため毒味するから」

「わかりました」


 料理長が箱を開け、毒味を終わらせた。

 特に問題もなく、箱ごと所定の位置へと収められる。


「せっかくだから、今晩の食後にお出ししろ」

「それにしても、全く同じ箱ですね」

「流行りの店の茶葉なんだろう。貴族は流行りに敏感だからな」


 ——この時のイザベラはまだ、自分に追い風が吹いていると信じていて、優越感に浸っているところだ。


「今晩のお茶は、アリア様からの返礼品とのことです」

「へぇ~、なかなか気がきくじゃない」

「早速ご用意いたします」


 イザベラにお茶を出した後、ルイーゼは人目を憚りながら庭園へ向かう。統括執事のバーナードに会うためだ。毎週の月曜と金曜に、定期的な報告を行なっている。


 実はこのルイーゼ、アリアとバーナードに密偵として仕えることになって——。きっかけは公爵家に雇われた日、アリアを引きとめ挨拶をしたことだった。


 ルイーゼは、非常に状況判断の能力に長けており、イザベラに従うより公爵夫人に忠誠を誓う方が賢明と判断したのである。


「バーナード様、本日は気になる動きがございました。イザベラ様へご友人から贈り物が届いたのですが、使用人のなかに荷物を受け取った者はおりません。荷物が届いたと仰るのはイザベラ様ご本人のみで、その様子を見た者もおりませんでした」


「怪しいな。内容は確認したのか?差出人は?」


「はい。茶葉でございます。イザベラ様からのご指示で、別邸の料理長から本邸の料理長へ直接届けられたそうです。アリア様へのお裾分けという名目ですから、本邸の料理長の毒味は済んでいることでしょう。差出人についても、詳しいことは分かっておりません」


「わかった……それにしても気になるな」


 じっと考え込む様子を見るバーナードに、ルイーゼが再び話しかける。


「続きがございまして、その後すぐにアリア様から返礼の品が届きました。同じく茶葉でしたので、先ほど食後のお茶としてイザベラ様にお出ししたところです」

「ご苦労だった。奥様とも話してみよう」


 ルイーゼは、ルドルフがアリアの寝室から薔薇のオイルを持ち出した事件についても知っている。イザベラがねだる場面をその目で見たからだ。そして——アリアと同じ違和感を抱いている。


 そう、なぜイザベラがアリアの持ち物を知っているのか?という違和感だ。密偵の自分ですら知らない事実を、本邸に足を踏み入れたことすらない愛人のイザベラが知っているという違和感。


「この違和感を忘れないようにしよう。何かが起こるはず……」


 この時のルイーゼには、何やら言葉にできない確信めいたものがあった。

 長らく大貴族に仕える者の第六感とでも言うのだろうか——。

 とにかく、言葉にできない何か——である。



 ——執事のバーナードが、夜にアリアの寝室を訪ねるのは珍しい。


「奥様、少しお時間をいただけますか?」

「どうしたの?何かあったのね??」


「はい。イザベラ様から茶葉を受け取られたと、ルイーゼから報告を受けました。何か不審に思う点はございませんでしたか?」

「ええ、特にないわ。先ほど口にしたけれど、体調に異変もないし」


「それなら良いのですが。実は、別邸の使用人は誰もその荷物を受け取っていないそうなのです。本人が直接受け取るわけもございませんので、何か違和感がございます」


「そうね。それなら、自分で買った可能性もあるわね。悪いけど、ここに来てからイザベラが外出したか……調べてちょうだい。外出したなら馬車も使ったはずだし、店が分かれば事実もわかるはずよ」


「承知いたしました。すぐに調べさせます」


 出ていくバーナードを見ながら、アリアはパメラに手招きした。


「パメラ、ルイーゼとつながってちょうだい。バーナードが任命したイザベラの専属侍女よ。良い機会だから話しておくわね。ルイーゼには密偵の仕事をしてもらってるの。別邸の様子を定期的に報告させるためにね。年齢は20歳。前職は西部の公爵家の夫人専属侍女よ。紹介状も持って来たから、間違いない。賢くて常識的な子だから、パメラに迷惑がかかることもないはず。悪いけど、さっそく明日から仲良くして欲しいの」


「承知いたしました。必ずやお力になります!」


 頼られることが嬉しい、そんな表情のパメラである。

 私にとって、本当に有難い存在だ。


「それと……聞こえていたと思うけど、明日は街に行くわ。茶葉の出どころを確認したいから。馬車を用意するよう伝えておいてくれる?仕事を終えてから、お昼過ぎに出発よ」


 茶葉の店に詳しい人——街に詳しいのは警備兵よね。明日、着いたら呼んでもらおう。それにしても…知りたくないことが分かったら嫌だわ。気が重い。イザベラに不利なことが判明したら、ルドルフはどうするのかな?庇うのかしら?——こんなこと気にするのも面倒だわ。


 余計な事件が起こる予感を抱え、私は憂鬱になった。

 とぼとぼとベッドに向かって、その後はもう覚えていない。

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