表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/50

12. 最愛の妻なのに

 何でもなく過ごせるようになったことを喜ぶべきか、否か——。


「奥様、おはようございます」

「おはよう。ルドルフはまだ?」

「まだ寝ておられるようで……。お茶はいかがでしょう?」

「いいわね!お願い」


 今ね、今のうちに言っておこう。

 こういうことは後回しにすればする程、言いにくくなるのよ。


「それと……バーナード、ルドルフからイザベラの立場について明言してもらったわ。やはり『愛人』よ。住み込みで雇った娼婦ではないわ」

「承知致しました」


 なぜかしらね?

 私もバーナードも、ルドルフに期待していないのかしら?

 こういった話題に付きものの驚きとか不安とか——いわゆる緊迫感てものがいっさい出てこないわね。


 ——なんて可哀想な男なのかしら?

 期待されない公爵閣下だなんてね。


「ケーキもご用意しました」

「ありがとう。美味しそう!」と喜んでる場合じゃないわ。


 ルドルフもまだ来ないし——

 やっぱりあのことも知らせておくべきね。


「あ! あと……ちょっと報告もあって。一昨日ね、私の部屋からオイルが持ち出されたんだけど、犯人はルドルフだったわ。イザベラがねだったらしいの。妻の部屋でも勝手に入ってはいけません!とか、妻の所持品であっても勝手に持ち出してはいけません!とか……そんなことから教えなきゃならないの?って呆れたわ(笑)」


「地下牢にお入りいただくのも良いかもしれません」


 やっぱり地下牢だよね……普通。

 昨日のうちに入ってもらうべきだった??

 それにしてもバーナード!あなたのその目——まるで死神よ(涙)


「私もそう思ったんだけど、実行しなかったわ」

「残念です」


 即答ね——。

 教育係だったってことだから、よっぽど後悔しているんだわ。


「ルドルフはまだまだ来ないでしょう!ということで、今日は引き継ぎをお休みしていいかしら?ちょっと街へ出かけたいの」


「承知いたしました。どのようなご用で?」

「学校を始めたくてね。物件探しよ」

「それは素晴らしい!私もお手伝いしましょう」

「それなら、一緒に行ってくれる?」

「もちろんでございます」


 ◇◇◇


 ——こうしてバーナードと二人で街に来るのは久しぶり。


「ここはどうかしら?」

「少し奥まっていますから、安全面が不安です」


 バーナードがいてくれて良かった。

 安全面のことは、私では気付けなかったと思う。


「そうね。一軒目は狭かったし、2軒目は窓が少なかった。条件と妥協点を絞り込まないと……かなり時間がかかりそうね」


「もう1軒見て決定できない場合、今日のところは戻りましょう」

「そうね、わかったわ」


 4軒目はここね。

 今日見た中で一番ボロボロだわ。

 補修費用がかさみそうね。


「ここは論外です。意味もなく予算を使うことになるでしょう」

「私も同じ意見よ。物件を買ったり借りたりするのではなく、新しく建てるというのはどうかしら?」

「予算のことは心配ですが、長い目で見れば良い選択になるかもしれません」


 ちゃんと計算してあるもんね!

 戦争のせいで使いきれなかった公爵夫人の予算、貯めこんだ4年分。

 舐めんなよ!!——ということで、楽勝なはずでございます。



 ——-時を同じくして、こちらは


「今日は、なんでお休みなの?」


 相変わらずの薄着で、イザベラがルドルフに抱きつく。


「今日はバーナードがアリアの供で街へ出たからな(……二人は何しに街へ行ったんだろう?)」

「へぇ~、私も街へ言ってみたい!」

「専用の馬車があるんだ、好きな時に行ってきたらいい」

「一緒に行こうとは言ってくれないみたいね」


 ルドルフのエスコートで馬車を降りる自分。

 それを街中が目撃すること、それがイザベラの望みだ。

 ——いくらルドルフでも、そんなことはお見通しである。


「街へ行くくらいなら仕事をした方がマシだ」

「本音は? 愛人と歩いてるとこを見られたくないんでしょう?」

「くだらないな。そんなこと気にするくらいなら、そもそもこの邸に住ませたりしない」


 ルドルフは身支度を始めた。

 どうでもいいやりとりに辟易としたのである。


「仕事をしてくる」


 嘘を言っているわけじゃない。

 昨日アリアから受け取った件を、もう一度見直すつもりだ。


 ——戦から戻って以降、こんなに静かな執務室は初めてだ。

 誰もいないな。

 二人はいつ戻ってくるんだろう?


 今朝は遅刻してしまった。

 俺のだらしない行動のせいで——。

 アリアはどう思っただろう?


 不安になればなるほど、イザベラを求めて無駄に時間を使ってしまう。

 不安の根拠を探すことも、その根拠に向き合うことも、何もかも満足にできたためしがない。——なんでだ?なんで俺は何もまともにできないんだ?


 欲しいものだって同じだ。一番欲しいものは手に入れられなかった時に傷付くから、最初から求めなかった。二番目に欲しいものも不安だった。だから必ず三番目に欲しいものを取りに行って、手に入れても……愛着が深くないがゆえ大切にできない。——それを繰り返して、無限のループを断ち切れない。


 他のことだって、いつもそうだった……。

 いつも弟のカイルと比べられて。

 魔力もその他の能力も——-見た目も何もかも。


 アリアと初めて会った時、なぜかカイルも同席してたな。

 俺の婚約者として連れてきておきながら、お父様はカイルとの相性も見ようとしていたに違いない。


 アリアはどう思ったんだ?

 どちらでもいいと言われたら、俺とカイルのどちらを選んだんだろう?


 彼女は子供の頃から美しくて、誰もが触れたくなるような子だった。

 どこの令嬢と比べても、ダントツだった。

 ——帝国一の公爵令嬢、それがアリアだった。


 夫人教育で一緒に住むようになってからは、いつも笑いかけてくれたな。それなのに、俺は一度も良い態度を見せられなかった。


 カイルといる時の笑顔の方が自然に見えたりしてな。

 子供のくせに嫉妬してたんだろう。

 器が小さいまま成長して、今じゃこの有様だ。


 戦地から帰った時だってそうだ。

 本当なら、アリアを抱きしめて「ただいま」と言ってやるべきだった。

 それなのにアリアに何を期待したんだろう?


 イザベラがでしゃばるのは分かりきったことで、出迎えの時の状況は想像したとおりだった。だが——『アリアが傷付くだろう』という事実に対してだけ、知らないふりをした。


 俺は……そこまでしてでも、アリアが嫉妬するのかを確かめたかったんだ。悲しいことに、それだけは言い切れる。


 自ら進んで、最愛の妻に嫌われにいったんだ。

 妻の本心を知りたくて。

 クズ以外の何者でもないな——。


◇◇◇


「公爵閣下、ご機嫌いかがでしょうか」

「ああ、調子はいい。今日は街へ行ったと聞いたが、買い物か?」


 また目も合わせずに声をかけてしまった——。


「公爵様、仕事にも信頼関係が必要です。引き継ぎは、目を見てお話をなさるべきではありませんか?夫婦生活においては強要いたしませんが……」


 よそよそしい声だな。 

 アリアの声一つでこんなに胸が締めつけられるなら、もっと好かれる努力をすれば良いものを——俺はいったい何がしたいんだ?


「そうだな。気をつけよう」

「ありがとうございます。資料を取りに立ち寄りましたが、私はこのまま休ませていただきます。また明日、宜しくお願い致します」


 笑顔でお辞儀をすると、アリアは執務室を出て行った。

 

「結局、街へ行った理由は教えてもらえなかったな。愛人のことを教えなかった仕返しか(笑)」


 いつもどおり上手くいかないな。

 俺はこれからもずっと、こうして落ち込み続けるんだろう——。

気に入って頂けましたら、ブックマークと☆☆☆☆☆(広告下)で応援をお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ