11. 隠し部屋との出会い
寝室に戻った私は、鏡の前に立った。
公爵夫人になって5年、今日が一番良い顔をしている。
何かを吹っ切った顔だ。
「パメラ~!いる?」
「はい!こちらに」
「とうとう、ルドルフがイザベラを愛人だと認めたわ!」
「はぁ……ようやくですね。」
別邸掃除しとけ、別邸の使用人雇え、別邸専用の馬車用意しろ、ドレスと靴買っておけ——ここまでやらせておいて、一番肝心な「愛人です」宣言を下さらなかったんだからね。何様ですの——??って、私の夫ですが。
「パメラ、私ね……公爵夫人やめる覚悟よ」
「まさか離婚をお考えですか?」
「別邸別邸って振り回される人生なんて、まっぴらよ」
「出ていくのはイザベラの方ですよ」
「そんなこと言っていたら、戦わなきゃならないもん。時間の無駄よ」
そう、私は戦うつもりなどない。
夫が「自分が連れてきた女は愛人です」と認めてくれたわけだから、本日をもって「先に伴侶を捨てたのは夫です」と確定できたことになる。
正々堂々、夫を愛人に取られた女として前に進んでやろうじゃないの。
明日からは自分が主役の人生を生きよう。
公爵夫人のうちに必要なものは手に入れて、忘れた頃に羽ばたいてやるわ。
「私にもできることはありますか?」
パメラの不安は、公爵家に置いていかれること。
大丈夫、これからたくさん手伝ってもらうからね。
「あ、そうそう!『アリア』を持ち出したのは、ルドルフだった。イザベラがねだったそうよ」
「え?あの女、なぜ『アリア』を知ってるんです?」
「そこなのよね……そこがおかしいの。でももういいわ」
「気持ち悪いですけど、奥様がそう仰るなら私も気にしません」
正直なところ、もうどうでもいい。
今は自分の将来のことだけ考えたい。
「話を戻しますが、これからどうなさるのですか?」
「ルドルフへの引き継ぎと並行して、使用人たちの学びの場を準備することから始めるつもり。アマンド伯爵夫人から夫人会で相談されたの覚えてるでしょう?」
「はい!覚えています。」
「明日は街に出て、よい物件がないか探すつもりよ。もし適当な場所がなければ、新しく建ててもいいと思ってるわ」
公爵夫人じゃなく『アリア』として生きる人生、上手く始めたいな。
本当の『アリア』が主役になれば、いつか本当に私を愛してくれる王子様にも出会えるのかしら?
「あ!教科書も探しておこうかな」
「領民の子供たちのためにお作りになった?」
「そうそう!どこにしまったかしら?」
「たしか…夫人用の収納室に」
「これから探してみるわ。あなたはもう下がって!明日からもまた遅くなるから、ゆっくり休んでちょうだい」
戦争が始まって家族と引き離される人が増えた時、手紙しか連絡手段がなかった。それなのに文字を学んだことのない領民がほとんどで。
誰かに代筆を頼まなくても手紙を書けたら、自分の手で無事を知らせたり生活の様子を報告したりできるのに——って思ったんだったわ。懐かしいなぁ。
あの時は広場に希望者を集めて教えたのよね。
学校を建てたくても、予算が足りなくて。
さてと、教科書を探しに行きますか。
このままぼんやりしてたら夜が明けちゃう。
たしか、鍵はクローゼットの隠し金庫にあったわよね。
——えっと、ここだっけ?ここを押すんだっけ?
クローゼットの奥のこのあたり——あった!
鍵は見つかったけど、ランプもないとダメ——。
あったあった!
なんでランプが5つもあるんだろ??
——-ん?この窪みはなに?
窪みに手を置くと、壁が動くタイプ??
え? これって隠し通路?
どうしよう——行ってみたいけど——ひとりで?
——そういえば、なんで思い出さなかったんだろう!?
嫁いで間もない頃、先代の公爵閣下が教えてくださったじゃない。
有事に備えて、夫人の寝室には隠し通路の入り口があるって——。
あの日、馬車の事故でお亡くなりになった日の朝、お戻りになったら隠し通路を案内してくださるって、楽しそうに話してくださった。
お義父様、ここなのですね。
今日、はじめて足を踏み入れます。
どうかお守りください。
——地下通路へ続く階段が思いのほか深くて驚いた。
「少し怖いわ……。声も響くのね」
独り言が響いて、ビクッとなる。
敵が潜んでいるわけでもないし、ただ地下にある道を歩いていくだけ。
ただそれだけなのに、なぜかゾクゾクッとした。
階段は終わったけど——どこまで降りたのかしら?
地下まで無事に辿り着けば、後はとにかく歩くだけ。
そういえばお義父様が仰っていたっけ——。
この通路の存在を知る人は、ご自分とバーナードだけだって。
代替わりの時に次の当主へ引き継ぐのが慣例なのだけれど、まだルドルフには教えていないって。
ということは、今は、私とバーナードしか知らない。
ということは、肝心要の当主様はご存じない——ってことになるのでは?
「はぁ…。ため息も響くわね」
——目の前に現れた階段を上がってみることにする。
そして扉——、もしかして?
この鍵の束を一本一本試してみるべきね。
これじゃない、これでもない、これかしら?
——鍵の開く音を聞いて、ホッとした。
無駄にならなくて良かった。
部屋のレイアウトは、いたってシンプル。
壁ぎわに机と椅子、そして壁の一部には板がはめ込まれている。
スライドするとズレて、壁に穴が出現——。
——ここからは別邸の厨房を覗けるのね。
てことは、この上へ続いてた階段、あれを上がっていって各階の扉を開ければ、別邸各階の様子を覗けるってこと?
隠し部屋ってことじゃない——。
通路の本来の用途は、有事の際に夫人が本邸から逃げ出す用。
危険を感じた際に寝室から逃げて、誰にも気付かれずに別邸へ移動するためのものだ。
別邸の裏には深い森があって、最終的にはその森へ逃げ込むことになっていたはず。別邸経由で森へ避難するプランよね。
だから別邸に入る前に、室内が安全かを確認する必要がある——ということかしら? 穴から覗いて安全を確認する——と。
で、安全と確認できたらどうするの?
またどこか壁がずれるの??
それ——怖くてそんなの試せないわよ。
やめておこう。
早く寝室に戻りたい。
明日また出直せばいいんだから。
今日のノルマは、収納室で教科書を探すこと。
それだけのはずだったじゃない——。
寝室に戻ると、私は腰が抜けたように座りこんだ。
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