5 ロンさんの酒場と情報提供
ゴーーンゴーーン
夕方の5時を知らせる鐘が鳴る。
この鐘が鳴ると昼間働きの村人達は仕事を切り上げ、帰宅につく。逆に、夕方頃から始まる酒場や宿屋を営む人にとっては仕事の開始合図になる。
この暁月村では毎日朝の5時と昼の12時、夕方の5時の計3回、村の中央にある小さな時計塔から時間を知らせる鐘が鳴り人々に時間を知らせる。
時計を持たない庶民にとって、鐘は村人にとっての時間を知らせる時計代わりのようなものなのだ。
「お〜い、待たせちまったか?」
待ち合わせの酒場前にガイダンスの面々が到着すると、既にギルド長は店先で待っていた。
ガイダンスは昼間の依頼を終わらせ、ギルドの受付で報告してきたところだ。ブレイヴも、書類仕事を終わらせて到着したばかりだった。
「いや?時間ぴったりだよ。それでは、行こうか」
店の中に入ると、カウンターの奥の方から肉を焼く良い匂いが漂ってきた。店のテーブル席には何人かの村人のグループと、冒険者、村の外から来たであろう商人たちがわいわいと飲食を楽しんでいた。
「いらっしゃいませ〜!ロンの酒場へようこそ〜。あっ、予約のブレイヴ様ですね!お待ちしていました〜!一番奥のテーブル席へどうぞ!」
「あぁ、ありがとう」
どうやらギルド長はわざわざ店に連絡し、予約をとってくれていたようだ。まだギルド長だって若いのにこういう細かいところに配慮出来るのが彼の良いところで、何より周りから好かれる要素なのだろう。
元々顔立ちが良いのもあって異性からの好感度は最初から高いことが大半だが、同性から見てもなんとも憎めないやつだとは思う。
テーブル席へつき、各々注文を済ませるとセーリオが早速口を開いた。
「それでギルド長、早速なんだけど依頼のあった調査で有力な情報が手に入ったよ」
「なんと、本当に君たちは仕事が早いね。それじゃ、準備するからちょっと待っていてくれ」
ブレイヴはポケットから立方体の小さい箱を取り出す。そしてテーブルの真ん中に置くと、真ん中の窪みを押した。一見変化はないように見えるがこれは〝魔道具〟で、範囲内にいる者の声が周りに拡散しないように遮断する道具だ。
とても便利な道具だが、一定数使用すると魔力を補充しないといけないのが難点だ。
そうこうしているうちにどんどんお酒や料理も運ばれてきて、
「それでは、いただこうか」
「「「「「乾杯!」」」」」
4人は揃ってグラスに入った酒を一気に飲み干す。
「久々のエールは美味しいわねぇ〜」
「あぁ、ここの酒は格別だな。では、食事を取りながらでいいので、有力な情報とやらを聞こうか」
「じゃあ僕から話させてもらおうかな。僕たちは昼間依頼を受けに依頼先へ向かっていたんだけど、その途中でラウネンが露店のおじさんの息子さんが〝峡谷の魔女〟に助けられたって話を聞いたんだ」
「そうよ〜、んでラウネンの話によるとその息子さんは5日前に家出をしちゃったみたいでね、ギルドにも捜索依頼が来てたんでしょ?それよ」
確かに5日前、ギルドには緊急の捜索依頼が出ていた。ガイダンスは村に不在だったため、Dランクのパーティー1組とEランクのパーティー1組に依頼を受けてもらったな。
依頼が出た2日後の夕方にも見つからず村の外に捜索範囲を広げようかとギルドで話し合われていた時、その息子が家の裏の畑で見つかったという連絡が入った。それで捜索は打ち切りになった。
「その息子がよ、何をどうしたらそんな事になったのか行商人の馬車に乗り込んじまったんだと。んで、気が付いたらミラー峡谷付近の森にいて迷子になってたんだとさ」
「………そこまで詳細な報告、俺のところに報告は上がっていないが……?」
ギルド長の周りからひんやりと冷たい空気が流れたような気がした。
「私たちだって知らなかったわよ。私らだって直接その子どもに聞き取ったんだし。担当したのは2組のパーティーでしょ?そっちに言ってちょうだい」
「……そうだな。すまない、話を続けてくれ」
ブレイヴはイライラを落ち着かせ、彼らに続きを促した。
「迷子になったその子はずっと森から出られなくて、夜は木の根っこに出来た穴の中に隠れて一晩を過ごしたらしいよ……一人で不安だったろうね。夜が明け、森の中を出ようと歩き回ってたら運悪くコボルドの群れと遭遇しちゃってんだって。必死に逃げ回ったって言ってた。そして峡谷まで追い詰められてやられる!って思った瞬間、その〝魔女〟が通りかかって助けてくれたらしいんだ」
「それで?」
「〝魔女〟はコボルドたちに『住処へ帰りなさい』って言ったんだと。するとコボルドたちは森の奥に消えて行ったらしい。その後、その〝魔女〟に連れられて、小さな山小屋に案内されたと言っていた。そこで食事をだしてもらい、ケガの治療もしてくれたんだってよ」
そもそも魔物に人間の言葉は通じない。仮に言いたいことが通じたとしても、魔物が素直に帰るだろうか?
森に山小屋があるという話も初耳だ。職業柄、このあたりの民家については粗方把握していたつもりだったのでその点もブレイヴは驚いた。
「あと、その山小屋に〝魔女〟は3人いたって言ってたよ。1人は子どもを助けてくれた女性で〝スキル〟で怪我を治してくれた。2人目は子どもに料理を作ってくれたらしい。ずっと何も食べていなかっただろうし、お腹が空いていただろうね。出された料理は見たことのないものだったけど美味しかったって。3人目は山小屋の隣で畑仕事をしていたらしいんだけど、〝スキル〟で畑に水やりをしていたんだって」
通常、成人すると教会で神からスキルを1つ、授かるがその中でも〝回復系のスキル〟はとても貴重だ。ただでさえ最近は薬の原材料も上がって流通も滞っている。怪我をしたとき、病気になった時に〝回復〟のスキル持ちはそんな時に重宝される。
しかし自分の事しか頭にない貴族共は、それを自分の近くに囲おうとする。
教会でスキルを授かって〝回復〟のスキル持ちだと分かられた瞬間、教会は国に報告しなくてはならない。
そしてその報告した内容を目ざとい貴族たちはあの手この手で情報を入手する。それからは簡単だ。人を雇ってさらってくるだけだ。
「こんな国で〝回復〟スキル持ちだなんで貴重よね。よく捕まらなかったわね〜。あと3人目は〝水系〟のスキル持ちって、私と同じよね。周りにその物質…水が無い状態で水のスキルを行使していたとなると、相当の魔力量よ?私でさえ、常に媒体になる水を持ち歩いているのに…なんだか悔しいわね…」
「そうだな…いずれその山小屋の調査も、必要になるかもな」
「まぁ、そのあと、その〝魔女〟の1人にこの暁月村まで送ってきてもらった。でも子どもは家出した気まずさから家に入れなくて、裏の畑でずっと寝ていたところを発見されたという結末だ」
話が終わる頃には料理も食べ終わり、時間も良い頃合いになった。
「それじゃあ、そろそろお開きとしようか。会計をしてくるよ、君らは先に出ていていいよ」
そういうとブレイヴは伝票を持ち、会計へ向かった。
その姿を見て、グラーシアは、
「あんたたちも、あれくらいスマートだったらねぇ〜」
「「余計なお世話だ」」