60 三葉のヤケと名
三葉は現在、放心状態であった。
どうやっても、この迷路をクリアする道筋が見えないのだ。
一度思考を停止してしまうと、人間というものは次にスイッチが入るのが億劫になってしまう。今はまさに、そんな状態だった。
「あー……帰りたい……」
その一言は偽らざる三葉の本心だった。
こっちのよく分からない迷路に迷い込んで、それからずっと1人なのだ。独り言も多くなる。
三葉は何も考えないで、ゴソゴソと鞄の中を漁る。鞄だけは肩から下げていたため、持っていたのが唯一の幸いだった。
まず、スマホ。電波通じない、電話もメールも不可能エリアってことね。
次………鞄から出てきたのは木の箱。これは三葉が試作で作ったオルゴール。音ががうまく出ず、何度も何度もスケッチして、思い浮かべたっけ。
三葉はオルゴールのネジを回し、音を奏でる。少し歪な音階だったが、それでも今の三葉の心境を和らげてくれる心地良い音色だった。
他には何があったっけ?
ゴソゴソと鞄を漁り、次に出てきたのはトランプ。
三葉は無心でトランプでタワーを作り出す。三角になるように並べて、上にどんどん重ねていきピラミッドを作るアレだ。
よほど集中力があったのか、あっさり5段のタワーが完成した。
あはは、楽しいなー(棒読み)
次に出てきたのは魚釣りゲームのおもちゃ。
円形の台がスイッチを入れるとぐるぐると周り、魚の形をした木の先端には磁石がくっついている。そしてもちろん、釣竿の方にも。
ぐるぐると回るのは電池式の仕様にしたため。子ども騙しだけど、なんだか童心にかえって楽しいかも。
えーっと、他には……
積み木のおもちゃか。
何でこんな物入れていたんだっけ。三葉は四角や三角、丸の形の木を積み重ね、よく分からないお城のようなものを作った。
いや、何だか出来が今ひとつ………
三葉は〝創造〟で日本のお城の模型を生成する。
石垣から城の天守閣まで、こと細かく再現する事が出来た。あ、結構出来がいいかも。三葉は調子に乗って色んな形のお城を作っていった。
どこのお城〜とかは特に意識した訳ではなかったため、色々と要素がごちゃ混ぜになってしまっている。お城マニアの方々には申し訳ないが、三葉はそこまで日本のお城に詳しくなかったため、細部が若干杜撰なところもチラホラ……
次に出てきたのは大きめの画用紙。
三葉はハサミを取り出して、チョキチョキと切り出したのは天翔る龍の切り絵。いや〜、我ながら上手いわ〜〜〜
さらに調子に乗って空想の生き物……ペガサス〜的なものや、ドラゴン〜的なものまで切り出した。いや〜結構うまく出来たわ。
無事に帰れたら、部屋に飾りたいかも。
はは、こうでもしていれば少しは気持ちが落ち着くわ。
次に鞄から出てきたのはおままごとセット。
自分で作ったやつだけど、形とか色合いとか、だいぶ似せて作れたんじゃないかと思う。よく頑張ったなー、僕。
あとは何が入っていたっけ?
ゴソゴソと、鞄を漁る。
すると、三葉の後ろから、小さな人影が見えた。
「え……?」
「次は何だ?何が出てくるのだ???」
そう三葉に話しかけてきたのは小さな男の子。
漆黒の瞳に、髪色の美しい顔をした男の子だった。着物を着用していて、何だか日本人っぽさがあって妙に懐かしい気持ちになる。
あ、でも頭になんかツノ?っぽいのが生えてる。アレって付けツノ?カチューチャ?コスプレか??
ん?でもこの声、どこかで聞いたような………
どこでだっけ?
「えっと……君は、誰?」
「俺?俺は魔王の息子だぞ?三葉!」
魔王?
んんん?
今魔王って言った??
それに、何で僕の名前を知って……色々聞きたいことがあるが、
「………えっと、僕は三葉。えっと、君の名前は?」
「俺?魔王の息子だ!」
んんん?聞き方が悪かったのかな。えーっと……
「たぶん、魔王の息子っていうのは君の名前じゃないよ?」
「………え、そうなの?だって皆んな俺を〝魔王の息子さま〟って呼んでいたぞ?そもそも名前って何だ?」
Oh…難しい質問だなぁ……名前、名前かぁ……
「名前っていうのはその人を表す……呼称のこと、かな。要は、呼び名?」
「………名前………俺、無いかも………」
男の子はグズグズと泣き出す。ええええ………何なんだこの展開………僕、一葉姉ちゃんのように子どもの相手とか得意じゃないんだけどーーーー
三葉はあたふたと慌て、必死に考える。
えーーーっとどうすればーーー
ぐるぐると考えて考えて、周りにある物を見てみたり、上を見上げたり腕を組んだりしてみて必死に必死に考えた。
そしてふと目に入ったのは、男の子が着ていた着物の柄。
確かあの模様は……… 同じ大きさの円を4分の1ずつ重ねた模様。そう、〝七宝模様〟だ。
「き、君の名前……呼び名なんだけど、無いのなら〝七宝〟って呼んでも良いかな?」
「…………え?〝七宝〟?って何?」
「えっとね、君の着ているその着物の柄なんだけど〝七宝模様〟っていうんだ。仏教用語で………金とか銀、水晶なんかの七つの宝の事なんだ。円満とか調和なんかの、人間関係の豊かさを願う意味がこめられているんだ。………どう!?」
男の子は、すっかり泣き止んでこちらをジッと見つめている。
「俺、俺だけの呼び名、名前?俺の名前は七宝?」
「うん!君だけの……いや、七宝だけの名前だよ。………あ、もしかして嫌だった!?」
「いや!いや!違うんだ。………俺はこれから七宝だ。三葉、名前をくれて感謝する。………えっと、ありがとう………」
そう言うと七宝は笑った。
笑って顔は、とても眩しくて、年相応の可愛らしさがあった。
ところで、有耶無耶になってたけど、七宝ってば何者?
三葉は新たな謎が増えたのだった。




