53 迷路の中の変化
「では、これならばどうする?」
空中で足を組んで、偉そうに踏ん反り返っている男がいた。
空中で三葉を見ていた男はパチンと指を鳴らすと、巨大迷路そのものの構造を入れ替えていく。レンガだった壁はそのままに、より立体的に、複雑に。重力を無視した空間を。
空間を捻じ曲げて、こちらとそちらの階段をつなげて……そう、ここで上下が反転するように。この小さいトンネルを潜ると数100メートル下のエリアに繋がるように。こっちのタイルに乗れば昇降版が起動するように。向こうの床はスライドして前に進めないように。ここの穴に落ちればランダムで場所が飛ばされるように。
楽しい。
「くっくっく……」
他にも次々とトラップを仕掛け、より迷うように。より面白く、愉快な仕掛けを。
「さて、お手並み拝見といこうじゃないか」
男はそう言うと姿を眩まし、また高みの見物を決め込む事にした。
一方の三葉は空間の揺らぎにより、ひどく酔っていた。
まるで遊園地でジェットコースターに乗った後のような、コーヒーカップに乗った後のような。もしくは車に乗っていて、スマホの画面を凝視してしまった後のような。
今、間違いなく顔面真っ青だ。
今すぐ動いたら確実に吐く。
「うっっ………何、今の揺れ………気持ち悪い………」
三葉は迷路の中で、仰向けに転がっていた。
壁から壁に乗り移って順調に進んでいた三葉だったが、突然、巨大迷路がうねった。壁や床はまるで生き物のようにグネグネと動き、その長さ、厚さ、高さまでもが一つ一つ変貌した。
三葉も壁の縁から、ものの見事に転げ落ちた。スキルを駆使し、咄嗟に受け身を取れたが少々危なかったと思う。
それから酔いもだいぶ落ち着いてきた三葉。
ゆっくりと起き上がり、周りの状況を再確認する。
目の前にはつづら折りの階段があるが、その階段は何故か上下逆転していて登れないような仕様に。後ろを見ればひっきりなしに動く壁。左右に動いている。自動ドアかよ。
少し向こう側を見てみると、大きな石の立方体が上に上がっては一定以上上がると急降下し、ドスンと大きな音を立てている。
えっと、マニオのドッッスンかな?それとも、天空の城ラビュタで城内部で動いていた巨大な石?………いやだいやだ。こんな時ですら、何かとヲタク知識を引っ張ってきちゃうクセ。
それにしても、この階段………
三葉はどこかで、こんな構造の絵を見た事があるなぁと思い、長考の末、思い出した。
確か、中学校か高校の美術の教科書に載っていたトリックアートの騙し絵だ。
確か作者はオランダの画家で〝エッシャー〟。作品名は『滝』だったか。
よく見るとあり得ない構造物や不思議で独特の世界観を表す作品だったと思う。学生ながら、どうなっているんだと食い入るように見たっけ。
他にも無限に続く階段の絵や、上下左右が変わっているものもあった気がする。
『ペンローズの階段』というものもあったな。
90度ずつ折れ曲がっていて、永遠に上り続けても高いところに行けない階段を二次元で描いたもの。
あ、なんか授業でスケッチブックに描いたような気も。
とにかく、三葉は現在自分が置かれた状況で一番イメージとピッタリ合うべき前世の知識を思い出していた。
三葉の今の状況は、まさしくその世界に入り込んでしまった状態だった。
「………色々とあり得ないんですけど」
愚痴の一つや二つ出るのも無理はない。さっきまで攻略仕掛けていた迷路を、こうもいとも簡単に変えられたんじゃたまったもんじゃない。一体、誰の仕業なんだ。
おそらく僕を湖に引きずり込んだあの〝声〟の主なんだろうけど。
スタート地点に戻されたようで、絶望は計りきれない。
「勘弁してよ、もう」
三葉は自分が上にいるのか、それとも下にいるのか。上下左右の感覚ですら、分からなくなっていた。




