52 迷路の中の存在
見上げれば高い高い天井。
最初は空かと思ったが、そうではない。
左右にはどこまでも続くレンガの壁。
おそらく、3メートルはあるだろう壁の高さ。
進む先は行き止まりだったり、どこかで通ったような道。
そう、三葉は今、巨大迷路の中をただ1人、彷徨っていた。
「…………何なんだこの迷路は…………」
三葉は湖に引きずり込まれて目覚めると、いきなりこんな迷路の中にいた。
そして、ずっとこの巨大迷路を歩き回っていた。スマホを開いてみても電話もメールも誰にも繋がらないし、大きな声を出しても誰の声も返ってこない。
そればかりか、自分の声すら反響し返ってこない。どれだけ広い空間なのだろう。
しかし、これは明らかに人工的な手が加わったものだと、はっきり言える。
自然にこんな空間が出来るワケがないし、何よりさっきからふざけた〝トラップ〟の数々。
行き止まりには大量のマキビシのようなものが敷かれていたし、道中にはいくつもの落とし穴。それに地面のスイッチを踏んでしまえば壁から発射される矢。
ーーーーーふざけている。
一歩間違えば、死んでしまってもおかしくない仕掛け。
作った奴、絶対に許さん。
そして僕は何でこんな場所にいるんだ。
それに、
「…………さっきから〝右手の法則〟で歩いているのに、全然意味がないじゃんか」
さて、皆さんは〝右手の法則〟もしくは〝左手の法則〟というものをご存知だろうか?
いたって単純な話だ。右側の壁に手を付いて、ひたすら壁沿いに進むという方法である。
壁の切れ目は迷路の入口と出口にしかない。壁の切れ目が存在するかすら怪しい状況だが、何もやらないよりはマシだ。最悪でも壁の長さ分だけ歩けば終了するのだから、体力勝負だと思っていた。
しかし考えが甘かったようで、行けども行けども
〝壁〟
〝壁〟
〝壁〟
流石に萎えてくる。
更にトラップを避けながらとなると、余計に体力は削られていくばかり。
段々と息も上がってくるし。
いつもでも避け続ける事は困難になってくる。
「せめて上空から迷路を把握出来れば…… 紙の上で解く場合だったら、行き止まりを全て塗り潰せばゴールまですぐなのにっっっ」
あっ。
その方法があるじゃんか。
三葉は〝創造〟のスキルで地面を盛り上げ、壁まで届く階段を作る。そして壁の上に立ち、全体を把握した。
が、そこでも僕は絶望を味わう事になった。
360度、遠くまで見回しても、何と迷路の終わりが見えないのだ。
三葉は最初から巨大迷路の中にいて、そもそも入口や出口があるのかすら怪しかったが、その希望をわずかにも捨てないで持っていた。
だが、これでは………
下を向いて、僕は挫けそうになる。
このまま諦めてしまえば楽になるのだろうか?現実から逃避できるのだろうか?
これまで逃げてきたように、部屋の片隅でうずくまっていれば、それで、それでいいのだろうか。
前世では姉たちを先に亡くし、自暴自棄になっていたあの頃の自分に戻ればーーーーー
そんなしょうもない考えが、頭をよぎる。
いや、このまま、くよくよしていても仕方ない。せめてどちらかに方角を絞って、進むしかない。進むしかないんだ。
今度こそはこの世界で、精一杯、生きるんだから。
三葉は集中し〝創造〟で頑丈な板……よく工事現場で使われているようなものをイメージし、壁と壁の間にかけていく。
これを繰り返していくしかない。
今は、前に進もう。
前を向くと、ふと、ハヤテの顔を思い出す。
あの時のハヤテ、見たこともないくらい焦った顔をしていた。
手を伸ばしてくれたけれど、僕はその手を掴む事ができなかった。もしかしてハヤテの性格上、自分を責めたりしているんじゃないか……なんて、そう思うと余計早く戻らなきゃ。
それに、姉さんたちも心配しているだろうし。
こんなところで、いつまでも油を売っているわけにはいかないんだよ。
三葉はひたすら〝創造〟を繰り返し、とにかく前へ進んだ。
〝創造〟
〝創造〟
〝創造〟
そして、その様子を空中から覗き見る1人の男。
顎に手をあてて、面白いものでも見るかのような目でじっと三葉を観察する。
「ふ〜〜〜ん。そんな方法で俺様の迷路を破ろうと……?くくっ、面白いじゃないか」
三葉はまだ、その存在に気付かないまま。




