47 目を覚ますとそこは塔の上
「…………ぃ。…………い!」
誰かの、声が聞こえる。
何?うるさいなぁ。今、せっかくいい気分で寝てるのに。起こさないでよ。
ニ葉はうとうととした微睡の中、自分を起こそうとする声を鬱陶しく感じていた。
「…………お…………おぃ!!!」
「…………ん?」
ニ葉がゆっくりとその目を開けると、目の前にあったのは見知らぬ人の顔。
漆黒の瞳に、長髪。髪の一房だけ赤色のメッシュが入っている。顔は整っていて、まるでアイドルや俳優さんのよう。
わ〜、綺麗。
前世では、テレビの向こうや雑誌でしか見ることのなかった人種の人間だ。
それにしてもこれだけ間近で、日本人のような顔を見るなんて久しぶり。
「…………綺麗な瞳に髪…………」
呟かずにはいられなかった。綺麗なものには、ちゃんと綺麗って言わなきゃ。
すると目の前の男は一瞬驚いたような表情を見せ、
「……ふむ。そうか、好きなだけ触っても良いぞ?」
え〜〜〜触っていいの〜〜〜?それでは、遠慮なく。
わ〜なんてサラサラな髪。
まるで烏の濡れ羽色のようで美しい。もう、この髪に埋もれていたい〜……
「そうかそうか思う存分、埋もれているが良い」
ん?
あれ?
今私、声に出していたっけ?………というか、この人誰だっけ?
あぁ、そうか、
「夢の中かぁ〜……」
「夢ではないぞ」
そう言った声の主は、再び目を閉じようとする私の頬に手を触れ、ペタペタと触ってきた。ふふっ、くすぐったい。
思わずクスクスと笑ってしまう。
すると何を思ったのか、何と反対側の頬に口付けをしてきた。
それでも足りなかったのか、頬から段々と首筋にその舌を這わせ……
こんな、はしたない夢を見るなんて。どうしちゃったんだろう、私。
妙にリアルな夢だし、
ちゅっ
ちゅっ
「んっ……」
自分の口から出た声とは思えない声に、全身がビクッと一瞬震える。
…………って、
「何すんのよっっっっ!???」
これ、夢じゃないんじゃ!!!??
思いっきり手の平で、相手の頬をぶち抜いた。
ばちーーーーーんとキレイに決まったが、自分の手の平にも若干ダメージが入る。
痛い。
「………ふぇ!??今、私、何されてっっっ!??」
心臓がドクドクと鳴っているのが分かる。やたらと頬や全身が熱い。
原始的な方法で自分の頬をつねってみたが、普通に痛い。と、いうことは………?
もしかしなくても、これは夢じゃない。
現実だ。
ていうかここはどこ!?
あれ、それに私今まで何してたんだっけ!?
「………なんなんだ。キスは人間界での挨拶なんじゃないのか?バトラーの奴、また適当なこと教えやがって………」
イタタタタと頬を抑えさするのは、この世のものとは思えないほど綺麗な顔をした男の人。
え、こんな顔面国宝みたいな人に右ストレートを喰らわせちゃったの?私。
う、訴えられたりしないよね………?
引っ叩いてしまった頬に、うっすら綺麗な紅葉が出来上がってしまっているのが見え、これは………本当に申し訳ない事をしてしまったやもしれない。
でっ、でも!
この人がキッ……キスなんてするからっ!!
思い出すとまた顔が熱くなってきた。
私は口をパクパクさせながら気恥ずかしさからその場を後ずさろうとするが、その男に腕を掴まれてグイッと引き寄せられる。
「ったく、そっちは落ちるぞ」
「は?落ちるって何………離してってば」
なんだかイケナイ事をしているような気分になって、落ち着かない。ドラマやアニメの見過ぎ!って言われるかもしれないけど、こういうシーンのとき、決まって〝お決まり〟というものが存在するのよ。
そのままラブシーンに行くパターン、邪魔が入って有耶無耶で終わるパターン、はたまた昼ドラのような泥沼か事件に発展しちゃうパターン………
他にも色々考えられるけど、私はどれもお断りよ!!!
自分とは関わりのない第三者目線で鑑賞するには、ずっと眺めていられるけど。その渦中に自分自身はハマりたくない。
だから何としてもフラグ的なものをへし折っておきたかったのだが、そううまく事が運ぶワケがなかった。
「落ちたきゃどうぞ。だが、早死にしたくなきゃ、言うことを聞いた方が賢明だと思うぞ?」
私は何を言っているんだと、でも後ろが気になってチラッと振り返る。
すると、言われていた通り後ろにはそれ以上の物は何も無く、このまま下がっていたら危うく落ちるところだった。
「!????」
って、今私がいるところ、ココどこ!??
ニ葉がいたのは、雲の上まで高さのある巨大な塔の最上階。
最上階にも関わらず、落下防止用の手すりなどは一切なく剥き出しの造りになっていた。すがれるような壁も何も無い。
塔全体は石のブロックを積み重ねて造られたような構造で、床はひんやりと冷たい。
こんな高さから落ちたら、間違いなく死ぬ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「おっ?」
すがれるものが何も無かったニ葉は、そこにいた変態男にすがるしかなかった。これでも、無いよりは断然マシだ。
昔、おばちゃんに教えてもらったんだ。
〝使えるものは、親でも使え〟
と。
おばあちゃん、ありがとう。
私は使えるものは、〝変態男〟でも使うよ!!
それが世の中を生きていくコツ………そうだよね………?おばあちゃん!
「引っ叩いたと思えば、今度は抱きつくとは。人間の行動パターンは何年経っても理解ができんな」
「…………?さっきかりゃ〝人間界〟だのなんだのって何言って…………」
くそ、噛んでしまった。
恥ずかしーーー
少し涙目になって変態男の顔を見上げて見てみると、頭には2本のツノが生えていて耳もどがっているように見えた。
へ?もしかしてこの人、人間じゃない?そんな事ある?
いや、あるか。
昔、三葉に借りたBlu-rayやラノベ、漫画でよくこういう人外も登場してたし。ファンタジーな世界やバトルものだと普通にあり得るのかも?
でもテレビ越しや書籍で見るのと、現実でこうしてご対面するのとでは大きな差がある。
いや、普通に受け入れ難いわ!!!
私はサーーーっと血の気が引くのを感じ、再び離れようとするが、
「おい、いい加減学習しろ」
男は後ろに思わず下がろうとする私の首根っこを猫のように掴み、自分の方へ引き寄せた。今度は離さんぞ、と言わんばかりに片腕でぎゅっと抱きしめられるような体勢になる。
「ふぁぁぁぁっ!???」
もう、何が何やら分からなかった。
前世でも年齢=恋人がいなかった年な私にとって、人間にしろ人間じゃないにせよ男の人に対する耐性がほぼほぼゼロに近い。
こんなにくっ付いたら、心臓バクバクいってるの、こいつに伝わっちゃうって!!!
「…………さっきからうるさくてしょうがない。今地上へ降りるから、このままくっついていろ」
「は、え………?地上もなにもココ雲の上………階段なんて無………」
〝い〟
まで言い切る前に、男は立ち上がってニ葉を横抱き……いわゆるお姫様抱っこにすると、
〝塔の頂上〟
からなんの躊躇もなく、
飛び降りた。
「ぎゃぁぁぁぁーーーーーーー」
あ、前にもこんな事あったかも。
私はあまりの恐怖から、それっきり気を失ってしまった。
今度こそ、人生詰んだかも………。




