43 寝不足ギルド長と悪友
ブレイヴは部屋の片隅で、本に埋もれて寝て……いや、気を失っていた。
ギルド長室の壁際に設置されいぇいる天井まで届く本棚。
その一番上の段の書籍を取ろうと、ハシゴを移動させて本に手を伸ばしたところ……開けっぱなしの窓から吹いた強風に巻き上げられた書類が一度に舞い、視界を奪われた。
ふらついたところ、ハシゴから手を離してしまい真っ逆さま。という有り様だった。
ここ何日かまともな睡眠をとっていなかったブレイヴは、目の下の隈が日に日に酷くなっていた。それに加えて、頭部への強い衝撃。
そして非常にも降り注ぐ大量の本の山。
ついていないにも程がある。
そして気を失ってから数秒後、ドタドタと階段を登る音が。
「おぃ!何じゃ今の物音は?!」
ローと一葉が2階の一室に入ると、そこには大量の本に埋もれている人物が。本が全身に降り注いでいて、かろうじて腕だけが見えているような状態だ。
近くにはハシゴが転がっていて部屋の中は書類とペンやらインク、小物やら何やらよく分からないものまで散乱していた。
「何じゃ、この有り様は……おぃ、ブレイヴ。起きんかい」
ローさんがズカズカと本の塊に近付いて、遠慮なく部屋に入っていった。
に、しても……ひどい有り様だった。
おそらくハシゴから落ちた衝撃で床に色々散乱したんだろうが、散らかっているのはそれだけではないようにも思える。
ローさんは崩れ落ちた本を掻き分け、本をどかす。
「…………ん?誰だお前……………って、ロー!????てめぇ、何でここにいやがるっっ!!!」
「久しいのぅ、ブレイヴ。いや、〝元〟相棒と呼んだ方がえぇかのぅ?」
ん?知り合いなの…………?って…………
「ん?元相棒?」
一体どういう事だろう。
「おぉ、一葉殿、立たせたままですまんのぅ。汚い部屋じゃが、その辺にでも座っておくれ」
ローさんが指差したのは、本が積まれてほぼ見えなくなっていたソファー。えっと?どこに座れと…?
「…………って、あれ?もしかしてギルド長さん?」
「ん……あんた…… 一葉、さん?何でこんな所に」
リリーを送り届けたのが昨日の夜……いや、日付が変わった頃だったからおよそ11時間振り?
まさかこんなに早く再会するとは思っていなかったが。
そういえば冒険者ギルドのギルド長って、言ってたっけ。ギルド長なんだから、冒険者ギルドにいて当たり前っちゃ当たり前か。
「何でも何も、冒険者ギルドに登録しに来たんだけど……って、その隈、あれから更に酷くなってない!?」
「おや?2人は知り合いじゃったのかの?」
何が何やら分からないまま、私たちはひとまず座れるスペースを作って話をすることになった。
まず、私たち三姉妹とローさんたち〝グランディ〟が出会ってこの暁月村に来ることになった経緯。細かい事は端折ったが、とにかく迷子の男の子を送り届けるために何時間もかけてやってきたという事を説明した。
経緯を聞いていたギルド長は何やらぶつぶつと呟いていたが、どうやら納得したようで。
「………貴女方の事だったのですね、〝ミラー峡谷の魔女〟というのは。これで色々繋がりましたよ」
「〝ミラー峡谷の魔女〟?嬢ちゃんら、そんなふうに呼ばれっとったのか?」
「………いえ、初耳です。………ん?いや………もしかしてネイサンか………?最初出会った頃、私たち事を〝魔女〟?って言っていたもの」
「いや、おそらくそれだけではない。ある情報筋からの情報によると、多方面から風の噂で流れてきていたようだしな」
私たちがこれまで峡谷の周辺で交流を持っていた人と言えば……商人くらいなもんだけど、そんな噂になっていたなんて。
今までの取り引きでは量産性のあるものが中心だったけれど、これからは気をつけなきゃ。と、いうよりこれからは商業ギルドで三葉に売ってもらった方が安全かも。
「………で?ローさんとギルド長さんの関係は?さっき〝元相棒〟って言っていたように聞こえたんですけど」
「そのまんまの意味じゃよ。ワシがミストやハヤテと出会う前、ワシはこやつ、ブレイヴと組んでおったんじゃ」
「………蒸し返すなよ。俺はもう、ローとは無関係だし、〝元Aランク冒険者〟なんて肩書きすら今の俺には重しでしかないんだからよ」
話によると、2人はミストさんと同じ村の出身だという。
ミストさんと村から逃げる前、ローさんはギルド長さんと組んで冒険者をしていたようだ。
冒険者ギルドで登録する前から2人は冒険者の真似事をしていて、よく村の周辺の野山を駆けていた。
周りの大人も最初は子どもがそんな危ない事をするなと叱っていたが、毎日毎日山へ向かう2人についに大人たちも何も言う気も失せたと。
時には野うさぎやイノシシも狩っていたんだとか。2人はいつも2人で、泥だらけになって帰ってきたんだそうだ。
ずいぶんとやんちゃだったのね。
それから成人したローさんとギルド長は冒険者ギルドで登録をし、1年間だけいっしょに活動をしていたようだ。
そう、ミストさんが成人した時に起きた悪夢の、その日までは。
「………もういいだろ、俺らの話は。で、何であんた…… 一葉さんは冒険者登録なんか………いや、そうか。話を繋げるなら一葉さんが〝回復〟のスキルの使い手ということになるのか。それならば教会での登録はマズイか……。そもそも一葉さんは貴族ではないのか?貴族は無条件で教会にてスキルを授かるはずなのだが、何か事情が?」
「え?私が〝貴族〟?」
どこからどう話が繋がってそんな話になったんだ。
「…………違うのか?苗字があるのは貴族だけしか持たぬものだ」
あぁ〜……もしかしてあれですか?
リリーに名前を名乗った時に……花の話になって、それでフルネームで名乗ったんだっけか。それをこのギルド長は聞いていたと。そういうこと、ね。
迂闊だったわ。
「ブレイヴ、一葉殿は貴族ではない。…………今は詳しくは話せないが、ワシが保証しよう」
「………そうか。まぁ、そういうことにしておこう。というか、ロー、暁月村に寄ったのならなぜ今までギルドに顔を出さない」
「色々あってすっかり忘れとってのぅ〜……ハヤテの事とか」
確かに。
ローさんとミストさんの酔っぱらい事件でハヤテくん、カンカンだったしな。ローさんもミストさんもかなり憔悴し切っていたし。
「まぁいい。せっかくこうして再会したんだ、こちらとしても色々と聞きたいことがある。少し話に付き合ってもらおうか?」
そう言ってギルド長は一度立ちあがろうとするが寝不足が悪化してか、ふらついてよろけてしまう。危なく机に顔をぶつけてしまう所だった。
「ちょっと、少し寝た方がいいんじゃないの?そんな体調で……倒れたらどうすんのよ」
「そうじゃぞ。ブレイヴは昔っからそうなんじゃから……力の抜き方を知らんのか」
ローさんと2人で休むように言うが、
「………余計なお世話だ。これでも忙しい身なんでね」
それでも立ちあがろうとするブレイヴに呆れてか、はたまた妹を、ニ葉を重ねてか私はどうしてもこの人を放っておくことが出来なかった。
「はぁ……仕方ない。ちょっと、そのまま座っていてください」
私は立ち上がってギルド長の近くへ行くとギルド長の手をとり、
「〝巻き戻し〟そして〝癒やし〟」
そう口にして強く願うと一葉の手から白い光が溢れ出てきて、その光はブレイヴを優しく包み込んだ。
やがて光は一葉の手に収束し、消えていった。
「なっ………」
「ほう、これが噂に聞く一葉殿の〝癒やし〟のスキルかぇ。それと〝巻き戻し〟とはなんぞや?」
「………私の大元のスキルは〝癒やし〟と〝巻き戻し〟の2つだったんです。癒やしはミストさんと同じですが、巻き戻しは……あまり使用頻度が高くないので効果の範囲は分かりませんが、指定した状態まで巻き戻せる力です。今回はギルド長さんの状態を1週間ほど前の状態に巻き戻ししました。それでも倦怠感は残る可能性があったので、念の為癒やしも」
しばらく呆けていたブレイヴは、ハッと我に返って一葉の方を向いて急に説教……じゃないけれど、何かを諭すように言ってきた。
「……君、そんな大それたスキルを、他人のためにホイホイ使うんじゃない……俺……私が仮に君を利用して悪用する気だったならどうするつもりだ」
ふむ。一理あるが、他人を利用しようとする輩は、そんなふうに忠告してきたりしないんじゃないかな?
その辺り、お人好しっていうかなんていうか。
リリーの助けに入った時も、見て見ぬふりだって出来たでしょうに。
それはギルド長としての責任からなのか、はたまたこの人の信念か正義感に基づくものなのか。出会ってまだ1日も経っていない私にとってはそれを判断する基準が無い。
でも、これだけはハッキリと言える。
この人はローさんたちと同様に、悪い人ではないと。
「……勘かな?それに誰かさんと貴方の姿が重なって見えて。………仕事もほどほどに、ね。あとでちゃんと睡眠も取る事。いい?」
私はギルド長を指差して、分かった?と言質を取らせようと凄む。
ギルド長は有無を言わせない私の態度に少し引いた様子で、
「…………わ、分かった」
とだけ言った。
なんだ、人の言うこともちゃんと聞けるなら、最初からちゃんと休みなさいよね。ったく。




