39 その後のニ葉と商業ギルド内
ニ葉はミストさんに米俵のように担がれ、ロウソク亭の近くまで連行されていた。
この人、いくら冒険者とはいえ人1人担いでこれだけ歩いて息も乱さないなんて。どうなってんの?Aランク冒険者って………
「………ミストさん、そろそろ下ろしてください」
担がれている方も、そろそろ体勢がキツくなってきた。
「間違っても戻ろうとか考えないでしょうね?」
「………大丈夫です。落ち着きました」
そう言えば、ミストさんはそっと近くのベンチに下ろしてくれた。
「………急に引き離しちゃってごめんなさいね。でもニ葉ちゃん、あのままだったらハヤテに殴りかかっていきそうな勢いだったから」
「はい、間違いなくグーで殴っていました」
それは自信をもって言える。
やっぱりね〜……といった感じでミストさんはため息をつく。
「だから、………止めてくれて、ありがとうございます」
「えっ?」
「私、頭のどこかでは分かっていたんです。三葉はもう私たちの手を借りなきゃいけない子どもじゃないって………でも、あの子、私たちが先に死んじゃって、どんな思いであれから生きてきたんだろうって………そう考えると今度こそは〝守りたい〟ってそう思うんです。今度こそは幸せな人生を歩んでほしいんです」
これは偽りのない本音だ。
「そう……その〝守りたい〟って気持ちが、今のニ葉ちゃんの力になっているのね、きっと」
「押し付けがましいですよね……これは、私の自己満足でしかないんだから……」
そう、これは私の自己満足で、ただのわがまま。
三葉が私の手から離れていってしまうような気がして、私は慌ててその手を引き留めた。
ただ近くにいてほしくて、そう私が願っているだけ。
「そんな事はないんじゃない?ニ葉ちゃんが三葉ちゃんを思う気持ちは、三葉ちゃんにちゃんと届いているわよ。それにアタシはどうしてもハヤテと一緒にいた時間が長かったら、ハヤテの方寄りの回答しか出来ないんだけれど……」
ミストさんはそれから一呼吸置くと、
「アタシは単純にハヤテに大切に思える人が、アタシたち意外に出来て嬉しいのよ。その〝好き〟って気持ちが〝like〟の方なのか、〝love〟の方なのかまではまだ言い切れないけど、ね」
…………いや、アレは明らかに…………後者なんじゃ?
「………あの、私は〝love〟の方だと思うんですけど」
「………あらやだ、偶然ね。アタシも〝love〟の方だと思ったわ」
「………ちょっと待て。さっきまだ言い切れないって言って……」
「いや〜だってね?この前酒に酔っていたとはいえ、ずいぶんハヤテに絡んじゃったし?また早とちりしちゃって、怒られたらたまったもんじゃないもの」
「えぇ……」
つまりミストさんは口ではどっちか分からないよね〜と言いつつ、内心ではくっつくんじゃない?って思ってるって事???
「まぁ、あまり心配しないであげて?ああ見えてハヤテは身内贔屓じゃないけど、すごく良い子だって自信をもって言えるから。もう少し見守りましょうよ。お互い、保護者的な目線から、ね」
なんだよ、それ。
そこまで言われたら、頷くしかないじゃんか。
「………分かりました。今日は大人しく引きます」
「ふふっ、〝今日は〟ね。過保護な姉がいるだなんて、ハヤテも苦労しそうね〜」
「何か言いました?」
「いいえ。今日は晴れそうねって、言ったのよ」
ニ葉とハヤテが去った商業ギルド内はいつもの早朝より、ざわめいていた。
「ねぇねぇ、さっきの2人、あれで付き合っていないってマジか?」
「どうなんだろう?時間の問題じゃない?あ〜あ、私、キースさんのファンだったのにな〜……ちょっと複雑な気分だわ〜」
「それを言うなら一緒にいた子も、綺麗な子だったじゃないか。くそっ、キースのやつ、おとなしい顔して一丁前に男らしいところがあるじゃねぇの。羨ましいぜ」
さっきの話題で持ちきりだった。
受付をしていたマロンも、
「いやいや、アレを真正面で見させられた私ってば、終始ドッキドキでしたよ!?なにアレ!?恋人がいない私への当てつけですか!???」
「お前はなぁ、結構ガサツなところがあるからな〜。女として見られないんじゃねぇの?」
1人の村人がそう冷やかす。
「……あ?今何っつった?喧嘩売ってんのかワレェ?」
「ほらほらそういうところを言ってんのよ?」
仕事が手につかないくらい、その話題で持ちきりだった。
しかもあの三葉って子、早速高級そうな手鏡やら食器なんかを買い取りに出してくるし。
貴族が使うようなこんな上等な品を次々と鞄から出して……その鑑定でこちとら大忙しなのよっっ!この調子で続けて持って来られたら、あっという間にランク何て上がるわよ?
Aランク冒険者(Cランク商業人)の恋人も、規格外ってか?
世の中ついていけんわ……
ギルド内がざわついていると、2階からギルド長が降りてきてしまった。
「ちょっとあんたら、さっきからうるさいんじゃよ!おちおち寝てもいられんじゃろうが!」
「げっ!?ギルド長!?」
2階から降りてきたばぁさんは〝ラッテ〟さん。この村の村長兼、商業ギルドのギルド長だ。
昨日も私と夜遅くまで残業をしていたため、昼過ぎまで交代で寝る予定になっていたのに起こしてしまった。
何せ商業ギルドはギルド長の〝ラッテ〟そして受付の〝マロン〟の2人で運営しているカツカツギルドなのだから。
どちらかが倒れたら終わりなのだ。
ギルド長がキレると怖いんだよな………
「え〜っと……これはですね?先ほどキースくんが顔を見せまして………」
「………何?何で起こさなかった」
しまった。
ギルド長はキースくんを孫のように可愛がっているから……恋人が出来たかもしれない何て知ったら……
「おお、ラッテさん。実はよ〜……………」
ってお前!??何勝手に喋り出しちゃってんの!??
大柄な村人Aが余計な事を喋って…………
そんなことが知れたら…………
「……………何じゃって?誰が、誰と仲睦まじい様子だったと?」
ほらーーーーーーーーー地雷踏んじゃったじゃんかーーーーーーーーーーー
やばい。下手したら首飛ぶかも…………
「いや、だからね?キースと一緒にいた三葉って女の子がさぁ〜」
「…………何でじゃ…………なぜそんな面白いこと、すぐにワシに報告しない!!!!!」
あ、あれ?
なんかキレる方向が違うような…………?
「くそぉ………ワシが寝とる間にそんな面白い事になっとるとは………見逃したのが悔やまれる………」
えぇ……ギルド長……
「次にそんな面白おかしい現場を目撃すれば、すぐにワシに知らせるように!これはギルド長としての命じゃ!よいな!」
それって職権濫用なんじゃ……ギルド長は言い出したら聞かないからな……
ハヤテくん、三葉ちゃん。
次に来る時は気をつけるのよ………。そう思うマロンであった。
ちなみに、この日の出来事は商業ギルドでしばらく語り継がれる事になる。




