プロローグ③ |三葉《みつは》
死ぬよりも、生きているほうがよっぽど辛い時が何度もある。それでもなお生きていかねばならないし、また生きる以上は努力しなくてはならない。
ねぇ、一葉姉ちゃん、ニ葉姉ちゃん…何で僕を置いて先に逝っちゃうのさ。
三姉妹だったのに、一人になったよ三葉は。
僕は小さい頃からよく、男の子に間違えられる事が多かった。元々活発的で休み時間になると読書…とはいかず、グラウンドに男子達と走りに出掛けて行ってしまうような子だったんだ。さながら犬のような。
更に見た目も中性的で、髪は短く切ったショート、目は吊り目でどちらかと言えば父親似。すらっと伸びた足に高身長といった見た目だ。
中学の時は同級生の女友達から愛の告白をされたし、バレンタインデーの時は特に凄かった。下駄箱には溢れんばかりのチョコがみっしりで、衛生的に大丈夫?と疑いたくなるような光景が毎年の恒例だった。
もちろん机の上にも山盛りのチョコ、机の中にもチョコ。休み時間になれば廊下やそこらじゅうで待ち伏せされ、集団で追いかけられる。
女子たちには熱い眼差しを受ける一方、男子たちからはじっとりした目で見られる。何をおいても良い事はなかった。
そんな事実際にある?って疑いたくもなるけど、全部ガチだった。実際経験すると身に染みて分かるけど、あれは一種の〝恐怖〟だったよ。トラウマになった。
そして両手にいっぱいの紙袋を抱えて帰る恐怖のバレンタインデーは、ちょっとした筋トレ日でもあった。
高校生になっても状況はさして変わらなかった。
ただ、高校3年間を振り返って一番ショックだったのは、当時気になっていた男の子に、
「桜さぁ、もうちょっと女子っぽくできないの?」
と言われた事だった。
女子らしさって何?綺麗に髪をセットして、お化粧もバッチリして、ゆるふわの可愛い洋服を着ろってこと?そんでもって、おしとやかにしてろって?
そんなの、
〝僕〟
らしくない
高校を卒業した頃にはすっかり〝僕〟口調も板につき、僕は僕らしくなったと思っていた。
家族からも特に何も突っ込まれなかったし、自分らしく過ごせていた。
そんなとき、転機が訪れた。
大学に入り、入ったサークルの帰り道に僕は
〝推し〟
と出会ったんだ。
通りがかったアニメショップの前にあった大きな看板。そこには燃えるような赤い髪に強気な表情を浮かべる推しこと〝翼リン〟がいた。
彼は歌って踊れるアイドルで、活発的な見た目に反して心は誰よりも優しかった。ゲームのストーリーで、
「お前、もっと自分の事を大切にしろよ!?お前がいなくなって僕がどれだけ心配したと思ってるんだ!」
と言って主人公に詰め寄ったスチルに胸を貫かれました。はい。撃沈されました。
あのシーンは沼だったわ、下手したら死人が出てもおかしくない。鼻血案件でした。
今思ってもあれは
運命!!だった。
それからの僕はもの凄かった。
リンのグッズは集めまくったし、推しのイメージカラーであるワインレッドの色の収集癖がついた。コスプレにもハマったし、何よりリンも僕と同じ位の身長だったから私服も推しをイメージして統一していった。もう、歯止めが効かなくなりもう自分が推しになった!くらいの気持ちだった。
部屋中推しだらけでアニメDVD、⒉5次元ライブDVD、推しのグループのCDアルバム、推しのコミカライズ版の漫画、推しの写真集、ぬいぐるみも集めてアクリルスタンドグッズに祭壇まで作った。うちわも自主制作したし、同人誌も買い漁った。声優さんのSNSアカウントをフォローして、なにか情報が配信されるたびにスマホをガン見する。もちろんアニメの公式アカウントもーーー(以下略)
そんなこんなでコスプレも極め、もう誰が見ても桜 三葉は〝男性〟に見えていただろう。
そして、充実したキャンパスライフを過ごし、僕が大学を卒業する頃の事だった。
一番上の一葉姉ちゃんが病死し、その半年後に二番目のニ葉姉ちゃんが通り魔に刺されて亡くなった。
僕は立て続けに起きた身内の不幸で、だんだんと心が病んでいった。
食事も喉が通らないし、体重も一気に3キロも落ちた。大学から進学した大学院も欠席が続き、いよいよ単位が危なくなってきた。研究も進まないし、こんな状態を一葉姉ちゃんが見たら怒るだろうなぁとか、ニ葉姉ちゃんなら胸の内では思いっきり罵られるんだろうなとか、そんな状態が容易に目に浮かぶ。両親もひどく心配をしていたが、自分たちだって娘を二人も亡くして辛いはずなのに…僕まで心配かけちゃってごめん。
でも、本当にごめん、今は何も考えられないんだ。考えたくないんだ。
生きている今がよっぽど辛い。それでも、生きていかなくちゃ…姉ちゃん達の分まで。
僕は推しに囲まれた自室で毛布にくるまり、明けない夜を過ごした。
それから一週間後、気分転換に外の空気を吸おうと、重たい腰を上げコンビニに出掛けた。久々の外出で、やけに太陽に照らされたアスファルトが熱を帯びているように感じられた。
コンビニに着き、店内をうろうろとしていたら、とお菓子コーナーに〝推し〟の新作コラボグッズが並んでいるのを見つけた。丸い缶バッジの中に推しがいた。
あれからすっかり新作コラボグッズのリサーチもおろそかになり、把握しなくなっていたが、
「リン…」
気がついたら手に取って、レジに並んでいた。
僕は来る時よりほんの少しだけ軽くなった足で、コンビニを出た。
「いつまでも、メソメソしてらんないよね、リン」
そう決意して一歩踏み出そうとしたとき、数メートル先の駐車場で遊んでいる兄妹が視界に入った。小さい頃、僕も姉ちゃん達にたくさん遊んでもらったっけ。あの頃に戻れたら、幸せだろうなってそう思った。
君たちは、どうか幸せにな。
と、歩き出した途端、ポケットに入れていたスマホから緊急地震速報があたり一面に鳴り響いた。近くでタバコを吸っていたサラリーマンのスマホも、ランニング中だった女性のスマホも鳴った。
その数秒後にはーーー
立っていられないほどの強さで、大地が揺れた。
かなり大きな地震で店の看板や電線、木も大きく揺れている。
そんな周りの様子を窺っていると、先ほどの兄妹がブロック塀の近くでうずくまって泣いているではないか。
そして非情にも、ブロック塀にミシッと大きな亀裂が入った。
その瞬間、揺れに足を取られながらも走り出していた。
「リンなら、きっとこうするからっ!!!」
最後は推しへの想いの力だった。
まぁ、ご察しの通り、その後僕は兄妹を庇い、ブロック塀の下敷きになった。
そしてそのまま死んでしまった。
ごめん、姉ちゃん、姉ちゃん達の分まで長く、生きれなかったよ。
僕、ちょっとは頑張れたかな?