14 フレイとフレイママ
野原から10分くらい歩いたところで岩山に面した洞窟が見えてきた。
その洞窟は木や茂みでいい感じに隠れていて、案内されなければ一見見つかりにくい場所にあった。外敵から身を守るにはとても良い場所のように思える。
それに洞窟の周りには見たことのない形状の花や草が生えていて、一葉は気になりうずうずする気持ちをそっとなだめ、今はとにかく洞窟の奥へと進む。
洞窟の中へ入ると少し薄暗く、空気は湿っていた。足場もそんなに良いとは言えない。
「足元、気をつけて行こう」
「「うん」」
フレイに先導されてごつごつとした洞窟の中をしばらく進んでいくと、天井が開けた場所に出た。洞窟の奥は入り口よりも少し広く、天井からは日が差し、薄暗かった洞窟の中を照らしてくれている。
するとそこには、大きな〝フレイムベア〟が草のベッドに横たわっていた。フレイより1回りも大きいが、きっとこれがフレイの母親なのだろう。
大きなフレイムベアにフレイが近付いていくと
「うーーー、うーーー」
と悲しい声で鳴いた。
3人も側によると、背中に大きな傷があるのを確認した。その傷はまだ真新しい傷で、鋭い刃で斬られたような?そんな傷だった。
フレイママは苦しそうな息づかいで、今にも事切れてしまいそうな、そんな危ない状況だ。
「……今、助けるからね」
一葉は傷が治るようにイメージし、〝癒やし〟のスキルを発動させた。
すると一葉の身体から漏れ出た光の粒子たちが、フレイママの方へ飛んでいく。光の粒子たちがフレイママを包むとまるで時間を巻き戻すかのように、みるみる傷が消えていった。
「………うーう?」
フレイが心配そうな声を出すが、
「大丈夫、もうすぐ目を覚ますよ」
安心させるように、そうフレイに伝える。
フレイはフレイママの隣でスリスリとすり寄り、「うー、うー」と鳴き続ける。あとはフレイママの気力が戻れば……子どもを置いて、先に行っちゃだめよフレイママ。頑張って。
そう思い、私たちは祈り続けることしか出来なかった。
夕方になり、日も暮れ始めた。
「……そろそろ帰らないと、ね」
しばらく様子を見ていたが、まだ目を覚まさないフレイママ。
傷は完治し、息づかいも正常通りに戻ったみたいだが意識だけは戻らないでいた。
「気になるけど、暗くなったら魔物も活発化するだろうし……危ないよね」
「……フレイ、今日はもう帰るわ。明日、もう一度来るわね」
フレイは頭をこくんと下げた。
「フレイのお母さん、早く良くなるといいわね」
「そうだね」
「明日、木の実でも持っていってあげない?棚にいっぱいあるし……鮭とかも、好きかな?」
「それ、いいね。またたくさん釣ってくるわ!」
「…いや、ニ葉の場合は釣りというより〜…」
「…… ひき網漁」
3人はそんな会話を楽しみながら、薄暗い森の中を帰っていった。
次の日、3人はそれぞれフレイとフレイママにあげるお見舞いの品を準備した。
一葉はバスケットにたくさんの木の実を詰めた。どんな木の実が好きなのか分からなかったため、とにかく多種類持っていく事にした。
ニ葉は朝イチで鮭や鮎を捕獲してきた。すごい気合の入り用でそれはもう、バケツいっぱいの魚を。
三葉は大きな毛布と、木の実や魚を入れておく用の木箱を作った。夜は何だかんだ冷えるし、温かい毛布があれば寝やすくなるかもしれない。
そんなこんなで準備が終わり、荷車に荷物を詰めてお昼前には出発できた。
洞窟に着くと、フレイがちょうど外に出てきたタイミングだった。
「あっ、フレイ。こんにちは!あれからお母さんはどう?」
「うーーうーー。ううーーー」
少し弾んだ声で話すフレイ。
「……そう!良かったわね。差し入れ持ってきたんだけど、中に運び入れてもいいかしら?」
「うー!」
どうぞ、とフレイに案内され洞窟の奥へと進む。
「フレイママ、昨晩目を覚ましたみたい」
「そっか。よかったな、フレイ」
「うー!うー!」
フレイは昨日と違い足取りも軽く、声音も弾んでいるようにみえた。それはきっと気のせいじゃないだろう。
洞窟の奥へ着くと、フレイママが起き上がり、少しずつこちらへと歩いてくる
最初は警戒していたフレイママだったが、
フレイが、
「うーーう、うーうー」
と言うと、フレイママは頭をかしげて、
「うーうー、うううー」
とこちらを向いて言ってきた。
要約すると、まずフレイが命の恩人だよというのを母親に伝えてくれたみたいだ。それで警戒を解いてくれた。
フレイママは、ありがとう助かったわと挨拶してくれたようだ。
「どういたしまして。それと初めまして。私は一葉。こっちの2人は私の妹でニ葉と三葉です。今日はお見舞いの品を運んできたの。どうぞ、是非受け取って欲しいわ」
「うー!うーうー!」
荷車の中を覗き込んだフレイがはしゃぐような声を出す。
どれどれ?といった感じでフレイママも除くと、目をキラキラとさせた。
「うーう?」
フレイママが本当にいただいてもいいの?と聞いてきたので、
「ええ、是非。寝床に運びますね」
それからフレイとフレイママは早速、木の実と魚を食べ出す。よほどお腹が空いていたのか、その場で持ってきた量のおおよそ半分を親子で食べ終えた。
「水も飲むかい?」
そう言ってその場で大きな桶を2つ作った三葉。
桶の中にそっと新鮮な水を注いであげる。喉も渇いていたようであっという間に飲み干した。もっと飲みたそうにしていたので、三葉は親子が満足するまで水を注いであげた。
ようやくお腹がいっぱいになり、落ち着いた親子のフレイムベアはポツポツとこうなった経緯を話し出した。
フレイママの話によると、元々この洞窟に住んでいたわけではなく、ここよりもっと北の山から来たと言う。北の山には親子の他にも沢山の魔物が住んでいたという。
住みやすく、良い所だったらしいがある時から食べ物が全く取れなくなったそうだ。木々は枯れたように元気を無くし、川の水も黒く濁って飲み水としては利用できなくなったらしい。
それで住処を追われた親子は、遥か遠くの土地へやってきたと、そう話してくれた。他の魔物も各地へと散らばっていった。
そんな中、運良くこの洞窟を見つけた親子は、この洞窟を家にする事にしたらしい。
しかし、ちょうど3日前、フレイママが食べ物を探して森を歩いていたところ、突然人間に襲われた。
不意打ちだったため、一発攻撃をまともに喰らってしまったという。
その人間は1人ではなく、複数人いたらしい。黒いフードを被り、顔には変な面をしていて怪しい雰囲気の奴らだったとフレイママは振り返る。
その人間たちに攻撃され、応戦して何とか逃げ切るも背中に深傷を負ってしまった、というわけだと話す。
「……そっか。その人間たち、何者なんだろう?」
「……現時点で分かっている情報は少ないね」
「……ねぇ、フレイママ。私たちここからそう遠くない峡谷付近に住んでいるの。キレイな川も木の実だってたくさん採れる所よ。近くに引っ越してこない?」
そう提案してみるが、
「うー、うーうー、うー、う」
この洞窟が気に入っているようで、離れ難いとの事だった。
それにそこまで迷惑はかけられないと言う。随分と謙虚なフレイムベアの親子だった。
私たちは、ご近所さんなんだし、何かあったら助け合いましょうという話を最後にして、三姉妹は親子と分かれた。
帰りに洞窟のそばに咲いている花と草を持っていっても良いかと聞いたら、いくらでも持っていってくれと言うのでいくつか貰っていくことしした。
これから良いご近所付き合いが出来ればいいなと、そう思った三姉妹だった。




