表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/64

プロローグ① |一葉《かずは》

自分の命の長さというのは誰にも分からない。だからこそ一日一日を精一杯、悔いのないように生きたい。

そう思う。


それでは、私の人生はどうだったろうか。


私はある日突然、病にかかっている事が分かった。生涯でその病気に罹患する確率は男性と女性で共に2人に1人くらいなんだそうだ。まぁ、まさか私の身にそんな事がおこるとは夢にも思わなかったわけで。つい先日までの私はテレビのニュースやそれこそフィクションのドラマや小説の中のだけの話だと、どこか他人事だった。


だからこそ、実際に自分がその立場に立たせられると自覚した時はひどく動揺した。その日から定期的な通院と手術を繰り返し数年、ようやく完治したように思えた。


「これで好きな事ができるっ!」


そう喜んだのも束の間だった。

その後の検診で再発していた事が判明した。医者の話によれば別の場所に転移していたらしい。

私は医者と今後の治療方針を決め、家路についたその日、あぁ、私の命の灯火はそんなに長くないのかもしれないと、沈みゆく夕日を前に思いを馳せた。


それから私は普通に仕事をこなしながら、その傍らでありとあらゆる治療を受けてきた。短い入退院を繰り返し、自分に合った薬を探して試した。副作用も言葉では言い表せないほどにキツイものだったが、何とか命の灯火を繋ぎ、頑張って生きてこれた。


それも教員として教壇に立つ日々は、私の生きる生き甲斐だったからだ。私にとって何をとっても最優先はまず〝生徒〟だった。そして第二に〝自分の身体〟のこと。第三に〝家族〟であった。それでも独身だった私は、歳の近い二人の妹達と、両親を大切にしてきた。


私にとっての最優先を家族団欒の席で話した時は、両親には


一葉(かずは)らしいな」


と笑われ、妹達には


「まぁ、3番目くらいに優先してもらえるなら悪くはないかな」


と言われた。こんな私を受け入れてくれる優しい家族を、とても愛おしいと、この家族の一員になれて幸せだと改めて思った。

生まれ変わってもまたこの家族と家族になりたいと、そう願えるほどには大好きだ。




それから、月日が経ち、更に病が思っていた以上に進行してしまいーーー




ついに、担当医に余命宣告をされてしまった。



それでもまだ残された時間はあると、最後まで延命治療は続けた。


医者には


「教壇に立てる状態じゃないよ。今すぐ緊急入院ね」


と言われ、学校は休職することになった。


病状が安定してきた頃、医者からの許可もとり、妹達に付き添ってもらい行きたい場所に行った。思い残す事が、無いように。


ネズミーランドのパレード、国立にゅ〜美術館の展示、東京シルバーツリーから見下ろす景色、海の楽園ちゅ〜る水族館などなど。

車椅子だったから、妹達に介助してもらっての観光だったがどこもとても楽しかった。

通っていた小中学校にも行ったし、家の近所の小さな公園、昔通っていた本屋さん、考え事をしたい時に足が向いていた浜辺にも行ってきた。


美味しい物もたくさん食べたし、たくさん写真も撮った。

人生の中でとても充実した時間だったと思う。


学校にも行き、同僚たちと積もる話もたくさんした。


「先生がいないと職員室が寂しいよ。先生の笑い声が聞こえてこないとどうにも落ち着かなくてね。早く復職してくださいね」


「この前うちのクラスの生徒が、一葉(かずは)先生の授業じゃないと勉強に身が入らない!なんて言い出してね。授業中も上の空なんですよ。あいつらの為にも戻ってきてよ」


「2組の安藤が職員室に来た時にさ、一葉(かずは)先生の放課後講習はいつになったら復活するの?って、聞いてきたんすよ。俺の講習じゃテンションが上がらないんだとよ。ったく、失礼しちゃうぜ」


どの先生方も気さくで良い方ばかりだ。久々に行ったが本当に温かい職場だ。

この先は長くないと分かっていても、またこの学校に戻って来たい。そう思える学校だった。



この素敵な学校で働けてうんと幸せだった。



何一つ悔いが残らなかったかと言えば、それは嘘になってしまう。子が親より先に逝ってしまうという親不孝、妹達を残して逝ってしまう申し訳なさ、卒業まで見届けらけなかった生徒たちへの申し訳なさ。


あげたらキリがなくなってしまうが、不思議と今はこの運命をすんなりと受け入れてしまっている。薄れゆく朦朧とした意識の中で、ほんのりと温かい右手の心地良さが嬉しい。


「姉ちゃん、眠いの?」


「うん、ちょっと眠くなってきたかな」


そう答えた私の声はとても細々としていた。


「疲れたでしょう。少し休みなさいな」


「う、ん」


今、一人ではないのだと、誰かが側で看取ってくれるという、この上ない幸せを噛み締めて、この世に生を与えてくれて



〝ありがとう〟



と強く想い、私の最期の意識が途絶えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ