LEGEND4 クローソー
いったん、聖塔から脱出したもの、充夏は例の娘が目的地にしたというそこをあきらめることに疑問がわいた。
(なんなの、道を尋ねた時のあの女〜……いや、この世界のコトワリの所為なのよね。わたしがちゃんとしてれば、こんな目にあわなかったコトだし)
自分のしでかした事を反省しつつ、聖塔よりもっと遠方の先へ移らないと、プリンスの家来らしき兵に捕まりそうだと警戒を強めたのだった。
一方、聖塔の天上層の階。
そこを依拠する上層の存在が、アヴァソルを急遽呼び出した。
「どのようなご用件でございましょうか?」
「お主……ミス・ドーリーをみすみすと逃したと聞く。世の安寧をお主は崩そうとするか?」
「恐れ多い事でございます。お詫び申し上げる所存でございます」
「ミス・ドーリー捜索は一時休止せよ。捜索などと、世を乱すに致す行動なり。ただちに休止を実行せい。でないとお主の首を斬らねばならんからの」
「御意仕ります、クローソー様」
「(大した行動力の持ち主であるな、そのミス・ドーリーとやら。このまま泳がせてみせよう。ドーリーのこの先の行動が楽しみになってきた)フフフフフフフフフ……」
「…………」
充夏がミラーレットに来る数カ月前の事。
聖塔は何者かにより内側から制圧、占拠され、聖塔を所有するにあたる上層民らは、何者かの勢力に捕まり人知れぬとある濠のような所を改造し、そこを人を隠すのに相応しいシェルターの中に収容されていた。
そんなシェルター内には当時のミラーレット王国の帝王と王子が捕まっていた。妃はとうの昔に病で崩御されていたという。
帝王、王子、そしてその家臣、近衛兵らがシェルターに閉じ込められていたのだった。
こうして上層の間に座するのは、クローソーという悪事を働く女のボスだ。そしてその家来の勢力が牛耳って占有したのだ。
そこへ、クローソーの右肩に相応しい青年が、次期王子としてアヴァソルの名義のもと君臨したのだった。
現在に至るまでにあれこれと仕事が多く、落ち着けた頃が偽りのアヴァソル誕生日会当日であった。
奴らの仕事というのは、聖塔の門番や警備担当すらもクローソーの一味として置き換えるための工作だ。聖塔周囲の聖園なんてだだっ広いので、そこまでクローソーの色に染めるなんて相当に時間のかかる仕事なのだ。
落ち着けた頃合いに合わせて、偽装の誕生日会に設定したかったという。
こんな当日に充夏がミラーレットに迷っていたなんて悪運の導き、因縁のめぐり合わせなのかも知れなかった。
今現在は、充夏がたまたま向かってた方向が、シェルターになってる所在地方面であり、一人の青少年と鉢合わせたのだ。
「おい!! 気を付けろよな。ちゃんと前向いて進めよっ」
気の強い口っ走りの知能が幼そうな青少年である。身に着けてる物は上層民級のそれと分かる装いであった。
「あなた、もしかしてこの世界の偉い方かしら?」
「なんだよ、急にさ……あんた、街で見ない感じの者か? いかにも冒険者的な衣装だけどさ」
「ごめんなさい。事情は教えられないの。でも、なんでなんだろう? 王子様が急にわたし、つまり一般人を嫁にしようと初対面なのに求婚するなんて。そこのあなた、どう思います?」
「王子があんたを求婚? なんだよその王子ってさ」
「アヴァソル・トゥオール・ティストナーって言ってたわ」
「オレの名……リュート・トゥオール・ピスフィノアって、ミドルネームがまったくそのままって怪しいぞ。聖なるレベルを持つ者が同じ称号は持てないんだよ。そいつ、真っ赤な偽物だ。なんか許せないな」
「えっ!? アヴァソルがわたしをだました? 嘘でしょ?」
「お、おいっ、あんた!! そいつ、短髪で髪先がツンツンしてる気障な野郎じゃなかったか?」
「言われてみれば、確かに髪の先がパサパサした感じだったかも? えっ? アヴァソルって根っからの悪役?」
「あったりまえだろ!! オレがこの世界の王子なんだぞ!!」
充夏は唖然とした。その偽物王子に求婚されかかったなんて、そんな自分を呪うしかなかった。