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聖女様はずっと泣いてる

作者: 水流花

主要人物は13歳。

 俺は国が、どうしたって好きになれない。

 なぜなら『呪いの王子』と呼ばれているのが俺だからだ。


 呪いって言われるのは、単に、稀な闇属性の魔力持ってるからってだけ。黒髪黒目の容姿のせいじゃなくてな。人を呪う方法なんてしらねぇよ。


 闇属性は精神系の魔法が使えるから危険だってことで、王城から離れた場所で育てられていて、腕には、魔法の発動を禁止するための腕輪まで着けられている。


 その腕輪は、『隷属の腕輪』だ。


 魔法や魔力を封印するために人に掛けられる魔法が存在しない。だから代わりに、かつて奴隷に着けていた隷属の腕輪を、魔法の発動を封じるために着けたのだ。

 それを着けている限り、全ての魔法の発動を封じられてしまう。もはや嫌がらせとしか言いようがないそれを、居ないものにしたい、面倒な存在の国の第三王子の腕に着けたのだ。


 寵愛されていた側妃だった俺の母親が亡くなったのは13年前。父王の関心はすでに俺にはない。不名誉な闇属性持ちの、王家の子に、『呪いの王子』なんて蔑称まで付けて放置しているだけ。


 稀に会う父王や母親の違う兄弟を遠くから見て思い浮かべることなんて。


 転べ。ハゲろ。風邪をひけ。くしゃみのついでに筋肉痛めろ。ズボンのベルト切れろ。羽虫に襲われろ。……等々、まぁ、真っ黒な気持ちだけ。


 不幸を願うほどには嫌いだけれど、憎めるほどの関わりすらない。

 祖父の元で育つ俺から、遠く離れたところで、俺の命を脅かすことなく勝手にやっていてくれたらいい。


 ……そう思う俺のところへ、国の面倒くさい事情が回ってくることなんていつもならないはずだったんだけど。父王からの呼び出し状が届いた。


 渡された封書を開けると、端的に言うと『聖女様を泣き止ませることが出来たなら王城に再び迎え入れる』旨が書かれていた。


 なんだこれ。と首を傾げる。

 聖女様?って誰?


 ――いや……本当になんだこれ??








 先日、国にとって大きな出来事があったそうだ。

 聖女様が見つかったのだ。御年十三歳。俺と同い年。

 平民の生まれにしては可愛らしいお姿をしているそうだ。


 王城にて手厚く保護されたけれど、数日経ってから急に泣き出し、その後ずっと泣き暮らしているとのこと。


「私は、五年後に処刑される記憶を持っています」


 突然言い出した聖女様の言葉に皆は仰天したそう。


「一度死んで五年前に戻って来ました。このままでは私は殺されます。どうか私をここから逃してください」


 聖女様は号泣しながら訴えたんだそうだ。

 曰く、王太子や婚約者、そして側近候補になるだろう宰相や騎士団長の息子らによって、これから通う学園生活で迫害され続け、突然理由も分からず断罪され処刑されたのだと。


 王家は慌てた。教会は驚愕した。情報を与えられた一部の重臣たちも頭を抱えた。

 未来の話の真偽も分からない。けれど本当のことならば神の怒りを買ってしまう。そしてこの情報が洩れるだけでも国が荒れる。今後の方針を決定する前にせめて。


 ――まずは聖女様を泣き止ませ落ち着いて話が出来るようにしなくてはならないと。






「なにそれ。馬鹿なの」


 静養、と言う体で、元侯爵の祖父の元で育てられている俺は、祖父に聖女様の状況を伝え聞き、ため息を吐いた。


「聖女様は、神に愛される者。いるだけで国に富を与えると言う。真実五年後から戻って来たと言うのなら、彼女を幸福にするために、神が時間を巻き戻したのだろう?神にとってはその他の生き物のことなど知ったことではないのだから」


 国を滅ぼせば済む話じゃない。神にとっては聖女様が幸福でなければ意味がないはずだ。

 こんな事態が本当に起きたというのなら、一度亡くなっているのだ、聖女様が。


「……聖女様にとっても国にとっても地獄だよな?心の傷を負った聖女様と共に滅びる未来しか見えない」

「そんな未来はあり得ない、起こるわけがなければ起こさせることもない、だから安心して暮らして欲しいと王城に引きとどめているそうだ」

「……馬鹿なの?」


 保護されてから二月が経っている。聖女様が未だ泣き暮らしていることも、王城にいることにも驚く。なにしてんの。家族を呼び寄せるとか、警備しながらでも両親のもとに返すとか、生まれ育った村に行かせてあげるとか親戚とかいろいろあるんじゃねぇの。


「誰が慰めても、教会で一時預かりしてみても、侍女を変えても泣き止まないそうだ」

「……それだけしかしてないのか」


 祖父はにやりと笑ってから告げた。


「そこで困り果てて、お前宛に、呼び出しが来たわけだ」


 居ないものとしている、呪いの王子を呼び出すほどの、どうしようもない事態。

 闇魔法は精神系の魔法使えるから、それでだろうって思いながらも……。

 つまり聖女様に精神魔法しかけようとしてるの?そんなにアホなの?天罰怖くないの?


「どうする?ユリウス」

「拒否なんて出来ないけど……様子見てくるよ」


 だって、泣き暮らしている聖女様が可哀そう過ぎるだろ。

 もともと城が欠片も好きじゃなかったけど……。

 俺にだけ優しくない国ならまだいい。でも今回は違う。俺にするような仕打ちを他の誰かにもしているのなら、腹が立って仕方がない。


 ふざけんな、クソ王家!今すぐ滅びろよ。

 


 


 





 んで、結局俺は王城まで連行されて、聖女様のいらっしゃる部屋に来たわけなのだが。


「……ふ、う、ううぇ……」


 泣いてる……。


 黒髪の可愛らしい女の子が、めちゃくちゃ泣いている。

 ソファに腰かけ、隣に第一王子とその婚約者が挟むように座っているが、彼女はまるで触れることも許さないかのように一人でずっと泣いている。聖女様らしい白いワンピース姿でハンカチを握りしめ、顔を覆っている。一体いつから泣き続けて来たんだろう。涙ってこんなにも枯れないのか?


「ううう……おかあさん、おとうさぁん……」


 ……ほら、家族を恋しがってるじゃん。


 悲しそうな声を聞いているだけで苦しくなる。この場にいる皆がそう思っているのが表情から伝わってくる。今この部屋には、国王陛下と宰相と神官まで居る。大層な顔ぶれだな。


 国王陛下は一度俺に視線を向けてから、忌々しそうに視線を外した。そうしてそのまま言った。


「久しいな、ユリウス」

「陛下におかれましてはご機嫌麗しく、謁見恐悦至極に存じます」


 父親に声を掛けられて、臣下としての礼をする。数回しかあったことないけどな。機嫌をそこねたらいつ首を飛ばされるか分からない国王をもはや父とは思えない。


「かしこまらずとも良い。中々会える機会を作れず悪かったな」


 思ってもいないことを言ってるぜ。

 むしろ悪いのは隷属の腕輪を着けて、いないことにしてるところだろ。


「このような状況での……聖女様の、話し相手になれるものを探しておるのじゃ」


 このようなって児童虐待現場かよ。泣かせてんのお前だろ。

 しかもさー話し相手ってさー。話し相手のふりして側に置いて、いつでも精神魔法しかけようって魂胆だろ?


 神様ー!!

 国よりこの可哀そうな聖女様の力になりたいから、国滅ぼしてくんない?


 言いたいことだけを言ったら父王は近衛を促す。


 聖女様の近くに行くように言われて、仕方なく歩き進める。やだなー。こいつらと同じような虐待に加担したくない。


 兄である第一王子マールも俺を見つめてから、嫌そうに視線を逸らす。

 こいつら、基本的に俺のこと居ないものにしたいみたいなんだよな。視界に入れたくないし、存在を感じたくもないみたい。俺のこと考えるだけで精神が穢れるとでも思っているんだろうか?

 聖女様の前のソファに座ると、小さくため息を吐かれたあとに説明される。


「……久しぶりだな。ユリウス。聖女様は、今から五年後に処刑されたという悲しい記憶を持っているそうなのだ。未来の記憶を書きだしてもらったが、そのいくつかはもう既に聖女様のお言葉通りに起きている」


 ほー。確認してんのね。


「私の先読みの予言とも一致しております。五年後の凶事も、私の読みと同じなのです!」

「……先読みですか?」


 兄の婚約者、公爵令嬢セイラの言葉を怪訝に思う。先読みの予言ってなんだよ。


「セイラは夢で未来が見えるのだ。聖女様を保護してから発覚した能力なのだ」


 うさんくせー!ホントかよ!ということは……本来なら真偽の分からない聖女様のお言葉を肯定する公爵令嬢がいるってわけね。


「聖女様、弟のユリウスだ、顔を上げてくれないか」


 その言葉に促されて、聖女様がゆっくりとハンカチから顔を上げた。

 目が、大きかった。

 黒い瞳は涙で濡れ、目もその周りも真っ赤になっている。

 なのに肌の色は透き通るように白くて、まつげは長くて……。


 そっとその視線が俺に向けられた。

 まっすぐに、俺を見据える大きな瞳。

 不安げに、長いまつげが震えている。

 


 ――か。



 か。

 か。

 か。

 か、かわ。

 かかかか、か、わわわわわ。

 か、かわいいいいいいぃぃぃぃぃっっっ!


 とんでもなく愛らしい可憐さに、俺の中に雷が落ちたような衝撃が走る。体が熱くなり、しびれるような興奮に包まれる。


 ――可愛い!!!!


 小動物に対してのあれではない。突然第二次成長期がやってきたような衝撃だ。

 

 天使!!!!!!


 ありがとう神様!地上に素敵な加護をありがとう!!聖女様の存在が神の加護!愛おしい!信じたこともなくてごめんなさい。神は居た!俺の中に今神を見た!!!!!


 この国の神は、神の使いとして子供のような姿をした背中に羽の生えた天使を遣わせるというけれど、今、俺はその姿を感じてる気がしている。


 きっとラッパを鳴り響かせてる。花を撒いてる。光の祝福も注がれているかもしれない。

 地上には愛が満ちあふれている。

 奇跡のようなめぐり逢い!これこそが神のなせる業……!!


 言葉を失くし、感動に打ちひしがれている俺を見つめながら、聖女様は何度か瞬きを繰り返した。


 かわいいー……。驚いてる?あ、驚かせちゃった?ごめんね。変質者だよね。


「聖女様。ユリウスと申します。聖女様のお力になりたくて参りました。どうかどんなことでも申し付けてください」


 力になれたらいいんだけどな。

 まぁ、俺みたいな不審者に心開いてくれるわけもねぇんだけど。


 と思っていると、ふいに聖女様が立ち上がったので、皆が驚いた。

 見つめられる中、聖女様はゆっくりと歩いて、俺の前で立ち止まる。


 え?なに?真っ赤なお目目に見下ろされてどきどきとする。聖女様はじぃっと俺を見つめてから、そっと手を差し伸べて来た。俺に触れそうで触れないところでその手を止めている。


 え、なに、どうしたらいいの?周りを見回すと、何かを肯定するように皆うんうんと頷いている。触っていいの?あとで怒られない?


「聖女様、お手に触れても宜しいですか?」


 こくりと頷かれて、そっと手に触れると、ふわぁぁ、あったかい。柔らかい。気持ちいい。ああ、やばい。全身が幸福感に支配される……なんかまずい気がする。理性がどこかに飛ばされてしまう。そうして俺の心も宙に飛びそうだ。


 聖女様を促して、そっとソファに座らせる。

 隣に座ると、今度は俺の服を握ってきた。ぐはっ!なんなの!え、まじ何なの?懐かれた?


「……聖女様?」


 何か伝えたいことがあるんだろうか?とそのお顔を覗き込むと……聖女様はじっと俺を見つめていた。あれ?


 ……涙が、止まってるね?


 もう一度周りを見つめると、彼らはまたうんうんと頷いている。聖女様が泣いてない!


 ――え、どういうこと!?


 俺は何もしていない。精神魔法だって使ってない。ただこの場所に来て、挨拶をして、可愛いの神様の存在を信じただけだ。不埒なこともおかしな妄想もまだしてない……たぶん。なのに聖女様が、俺の服を離さない。


 ――一体、どういうこと?






 その日から俺は王城に引きとどめられた。またしても俺の意思など尊重されない。

 しばらくは聖女様のお相手をしながら、それ以外の時間は、隷属の腕輪をはずし魔術師たちによる魔法の指南を受けることになった。それは今までにも時々行っていることだった。


 いやー。本当にやってること真っ黒だな。いつでも精神魔法発動出来るように、精度上げておこうってことだろ。神に祟られた方がいいんじゃない?


 でも実際、この状態が野放しにされているのはどういうことなんだろう。神はそこまで干渉が出来ないということなんだろうか。


「聖女様は、お前のことを覚えているそうだ。未来に自分を助けてくれたことのある人だと。お前などがこの場に居られるのは聖女様のおかげなのだ。覚えておけ」


 聖女様をお待ちしている部屋で、第一王子マールが憎々し気に言った。金髪碧眼の黙っていれば麗しいお顔が、歪んでるぜ、兄貴。

 それにしても未来の俺!いい仕事してるな!だよな!俺が聖女様を助けないわけないぜ。いつ出逢ったとしても、一目惚れ出来る自信が、俺にはある。


「私の未来の中ではユリウス様はいらっしゃいませんでしたが……」


 公爵令嬢セイラが言う。未来視の能力で俺を見てない……ってそれも不吉だな。俺ちゃんと生きてるのかな。


「宰相や騎士団長の令息は来てないのか?」

「会わせるわけがないだろう」


 ……そりゃ加害者には会わせないようにするだろうけど、そんなこといったらお前らが一番会わせたくないやつだと思うんだけど。こいつら排除出来ないのかな。


「聖女様がいらっしゃいました」


 侍女に連れられて聖女様が部屋に入ってくる。

 今日は泣いていなかった。俺を見つけるとほっとしたような表情をする。そうして駆け寄るように俺の隣にやってきて、そっと、服を握った。


 心が、ぎゅうっとする。


 ……これは一体何なんだ。

 未来の俺は何をしたんだ。どうしたらこんなに聖女様に懐かれるんだ。


 俺は、嫌われ者なんだよ。呪いの王子と呼ばれるほど。

 誰も俺に近寄りたがらないし、ましてや触れようとなんてしない。


 だから俺にこんな風に頼ろうとする存在に出逢ったこともなくて。


 ……可愛いな。本当に。

 女の子としては最初からそう思っていたけど。そうじゃなくて。雛鳥を守る親みたいな気持ちというか。

 小さくてか弱い、けれどとても綺麗な存在が懸命に生きてて。ただ守ってあげたくなるんだ。


「聖女様良かったらお話出来ますか?」


 そう言うと、聖女様は視線を不安そうに王子とその婚約者に向けていた。警戒しているのが伝わってくる。


「それともお庭に行きますか?良かったら二人で行きませんか?」


 聖女様はゆっくりと頷いた。







 後ろから侍女が付いてくる中、俺は聖女様と庭園を歩いた。

 日差しが彼女の髪に降り注ぎ、艶やかな黒髪を輝かせている。サラサラとした音が聞こえてくるようだ。俺も黒髪だけど、くるくるなくせ毛だからこんなに美しくはない。

 明るい場所で見る彼女も、見惚れるほど……可愛い。


 色とりどりの花に囲まれたこの場所で、一番に咲き誇る花のようだ。もしかしたら、彼女は花の妖精なのかもしれない。あまりにも綺麗で可愛らしいから、神の加護を花の妖精に授けたのだ。

 人の姿をしているけれど……なんだかとってもいい匂いがするのはきっと花の香りなのだ。


 本当なら誰をも笑顔にするような、美しい花を……未来に誰かが手折ったのだとしたら、その罪は重い。国の滅亡くらいで済むのなら安いものだと思うぜ全く。


 そんなことを考えていると、エスコートしている聖女様がじっと俺を見つめていた。


「疲れませんか?あそこで休みませんか?」


 そう言って、東屋に連れて行くと、侍女が途中で立ち止まって離れた場所で待っていてくれる。

 お?二人きりで話せるチャンス?

 そう思いながら、聖女様ににっこりと笑顔を向ける。


「俺はあなたの味方になりたいと思ってます」


 二人きりで話せる時間は少ない。出来るだけ端的に想いを言葉にする。


「俺は微妙な立場の王子で、家族にも疎まれています。だからどれだけ力になれるか分からないけれど、心から、あなたを助けたいと思ってます」


 俺の言葉に、聖女様は大きな瞳を揺らす。


 本心からの言葉だけど、信じられるわけないよな。実際、何が出来るわけでもない。

 俺に力があるなら、とっくに隷属の腕輪を外して国外に出ていると思う。

 聖女様を生きやすくしてあげるにはどうするのがいいんだろう。

 市井に返すわけには行かない。いつ危害が加えられるか、攫われるか分からない。慣例的には、貴族の養子になって、国に保護してもらう形になるしかないよな。でも、それでは、きっと、お心は傷付いたままだ。


 聖女様の安全と、心の平安を保ったまま、幸せに暮らしていくには――。


 そこまで考えていたところで、そっと、聖女様の手が伸ばされてきた。ちょこん、と、その指先が俺の手に触れる。え!!


 う、動けない。

 彼女に触れられると、俺は、全身が熱を持ったように熱くなり、痺れてしまうのだ。


 す、――好きだ。

 この愛らしく素敵な存在が、俺の魂を震わせる。


「リーリアです……」

「えっと」

「ユリウス様、リーリアと呼んでください」

「リーリア様……」


 ふるふると聖女様が首を振る。こ、これは……。


「……リーリア」


 俺の言葉に、聖女様が答える。


「はい」


 鈴を転がすような声。


「どうか、俺のこともユリウスと」

「はい……ユリウス」


 聖女様がはにかむように笑う。

 世界が光輝く。彼女を中心に、色鮮やかに。だけどその瞳は、少しだけ悲し気で。


 幸福と哀しみが同居しているような光景に俺はクラクラとした。

 この笑顔を守るには、俺はどうしたらいいんだろう。






 毎日聖女様と交流を深めて行く。

 第一王子マールたちを交えた茶会だったり、二人きりで庭や図書室で過ごしたり、少しずつ、彼女に笑顔が増えていく。


 聖女様がいないところで、兄とその婚約者のセイラに聞いた。


「未来視のことを教えてくれ」


 兄は嫌そうに俺に視線を投げてから言った。


「セイラが夢で見るのだ。未来視で見れた五年後のものは少しだけだ。学園を卒業する年に、聖女様が処刑されることだけ」

「学園で迫害され続けてたっていうのは?」

「そんな未来視は見ていない」

「処刑される理由は?」

「不明だ」


 セイラを見つめると、彼女は視線を伏せたまま俺らの話を聞いていた。

 そもそも未来視ってなんだよ。そんな能力あるのか?

 けれど聖女様の証言と、セイラの言動が一致してしまっている。


「常識的な範囲で……聖女様が処刑されることになる理由は何だと思う?」

「理由などあるわけないだろう。聖女様を迫害するだけで、国が亡びる事態を引き起こしかねない」


 そうなんだよねー。確かに。


「じゃあ、最後に。彼女のご家族は今どうしてるの?」


 俺の質問に彼らは黙り込んでしまった。

 ひやり、と急に嫌な予感がした。辛抱強く返事を待つと、兄は言った。


「聖女様を保護しに行ったときに、不幸な事故があり、入院している」


 肝心なことを隠してやがった。


「何があった?」

「我々を誤解し激しく抵抗したそうだ。最終的に騎士が切り付けたと聞く」


 事故じゃねぇじゃん!!

 嘘だろ。


「無事なの……?」

「命に別状はない」


 切り付けたって。怪我を……血を見ているはずだ。何も知らなかった。今まで彼女は、どんな気持ちでここにいたんだろう。


 もう二月半は経つ。

 家族が心配で、会いに行けなくて、処刑された未来の記憶まであって、それでも何も出来なくて泣き暮らすしかなかった。


 なのにこいつらは、泣き止ませればいいとだけ思っていて。

 俺だって同じだ。何も出来ずに、可愛らしい聖女様の側にいたいと、そんなことしか考えていなかった。


 彼女は、こんな国では幸せになれないじゃないか。セイラの未来視も、聖女様の語る未来も、神がそのことを伝えたいだけなんじゃないのか。このままではだめだと。

 だけどそれなら、どうしたらいい。

 彼女が幸せに暮らせる場所へ、連れていければいいのに。

 それはどこだ?どうしたらいい?いや俺も、飛躍しすぎか。俺に優しくないこの国に先入観がありすぎる。この国で幸せになるには……どうしたらいいんだろう。







「聖女様、申し訳ありませんでした」


 王宮のテラス。二人きりのその場所で、俺は聖女様に頭を下げた。


「聖女様のご家族のことを聞きました。今まで何も知らずに居たことを恥ずかしく思います。改めてお詫び申し上げます」

「ユリウスのせいではありません……」


 聖女様は困ったように言う。

 もっと責めてもいいのに。

 この子は、きっと、元々とてもいい子だったんだろう。優しくて人を責めたり、怒鳴ったりしないような女の子。だけど代わりに、悲しくて泣いてしまうのだ。


「現状のことも調べてきましたが……お聞きになっていますか?」


 ふるふると聖女様は首を横に振った。嘘だろ。聞いてないのか?


「無事だとは聞いてます。だけど……それ以上は」


 あいつら、許さん。


「手厚い治療を受け、すでに傷も治って来ているようです。まもなく家に帰れるように手配されているようです」

「良かった……」


 ほろり、と涙を流す聖女様の手を取ると、聖女様はぎゅっと握り返す。何も知らず、どれだけ心細かったことだろう。ここは、監獄のような場所なのではないだろうか。上等な衣食住を与えられても、こんなにも心傷付けられることばかり。


「聖女様、俺はあなたの味方です」

「……ユリウス」

「リーリア」


 俺が聖女様を幸せにしてあげられればいいのに。けれど無理だろう。俺は未来もずっと日陰者だ。力ある貴族の養女になって、いつかきっと傷を乗り越え、日の当たる場所で幸せになるべき人だ。


 だから、今だけ。いつかその場所に辿り着くまでの間、この辛い場所から抜け出すための道を作ってあげなくては。


 ……せめて教会預かりにしてもらって、王宮から出すか。

 そこに家族を呼び寄せて……。いや、彼女の村の近くの教会を拠点にして、聖女様のお住まいを作るのはどうだろうか。妥協点を、どこかに見出さなくては。


「ユリウス」

「は、はい」


 考え事をしていると聖女様に話しかけられた。


「どうして親切にしてくれるの?」

「……」


 どうしてって。

 ……一目惚れしたから。なのか?

 いや、それだけじゃないな。お気の毒だから?幸せになって欲しいから?え、なんて答えよう。


「……ユリウス」


 聖女様はとても綺麗なのに。いつも瞳に涙を湛えている。

 大きな瞳を潤ませて見上げられると、体が芯から震えて、理性が宇宙に飛んで行きそうになる。


「泣かないで」


 言葉を絞り出して、ああ、この気持ちだって、気が付く。初めてお会いしたときからずっと願ってる。


「俺はただ、あなたに……笑っていて欲しいから」


 最初から、泣き顔が見ていられなかった。心がただただ痛むのだ。

 何かして欲しいとか、俺自身が何かを望んでるとか、そういうことじゃない。

 こんなに可愛くて、良い子なのに、抗えないものに傷付けられて泣いている。そんなのは嫌だ。俺が許したくない。


 俺の返事に聖女様は瞳を揺らして、またぽろりと、涙を一粒流した。






 そうしてまた、聖女様との交流を続けた。


「ユリウスはいる?」

「ユリウス、ねぇ、こっちに来て」


 聖女様は毎日俺を呼びに来る。このところ、誰も俺たちの交流に何も言わなくなった。聖女様が心を開いているのが、唯一俺だけだったからだ。


 心の慰めになってるなら嬉しいけれど、それだけじゃだめだと分かっている。

 教会関係者の話も聞き、父王にも助言し、祖父とも連絡を取り知恵を借り、なんとか現状を変える道を模索する。ちなみに、父王に助言をした時点で、三度殴られた。「いいか、聖女は、国の繁栄のために齎された存在なのだ。家族の元に返すことなどない。二度と口答えするな。隷属の腕輪をしていることで分からないのか。お前など奴隷なのだ」と言われた。なんだ奴隷だったのかよ。知らなかったぜ。初めからないに等しい親子の縁を、俺は心の中で完全に切った。


 所詮は、甘い考えで今まで生きていたのかもしれない。

 このままぼんやりとひっそり生きて行ければいいって。成人したら、きっと良いように使われることになるだろうけれど。それでも、そうするしか生きる道はないのだからと諦めて。


 ――駄目だ、と気が付いた。


 そんな考えで生きて来たから、今こんなにも俺にはなんの力もない。俺は、俺の出来ることを全力で模索しなくちゃいけないんだ。


「ユリウスこれを食べて」

「クッキーですか?」

「みんなの手を借りて作ったのです」

「え?聖女様が?」

「はい」


 良く作ることを許したな、と思いながらも聖女様お手製クッキーを頂く。おいしいー!


「とてもおいしいです。今まで食べた中で一番うまいです」

「ふふふ」


 聖女様の笑顔は、本当に心を温める。


「俺も、料理出来るんですよ」

「そうなんですか?」

「一通り、自分のことは出来るようになっておきたくて」


 いつ王家に見放されて国を追われることになるかも分かんねぇしな。祖父の屋敷ではいろんなことを覚えさせてもらった。


「ここでは難しいでしょうが、いつか手料理を振舞いたいです」

「ふふ、私も。食べてみたいです」


 聖女様は親し気に笑う。

 一体どうして、最初から彼女は俺に好意的なんだろう。


「村の家で……作ってもらいたいです」

「……」

「どこか落ち着く場所で……」


 ぽつりと零されたのは、きっと、聖女様の本音。

 ここが落ち着かないということだ。

 やはり、帰りたいよな。どうしてあげることが出来るんだろう。


 神に愛されるってどういうことだろうな。愛されるからこそ、危険に晒されるって矛盾していないか。


「調べてみます。今までの聖女様も……里帰りはされていたはずです」

「ユリウス……」


 聖女様は立ち上がると俺の前に歩いて来る。

 隣に腰かけると、ぎゅっとシャツの裾を握る。ぐは。いつもの動作だけど、心がぎゅんっと締め付けられる。


 聖女様の小さな手が、まるで俺だけを頼りにしているみたいに見えるのだ。


「心細いですよね」

「……」

「どうにか……します。このままでは、ダメです」


 せめて早く、ご両親と会わせてあげなくては。

 俺は祖父以外、家族に恵まれなかったけど。愛し愛される家族ってどんな感じなんだろうな。


「ユリウスだけ……」


 聖女様は震える声で言った。


「え?」

「ユリウス、だけ、なの……っ」

「え?え?」


 聖女様は急に俺にしがみついて泣き出した。わんわんと、俺のシャツを濡らして泣くから、侍女たちも驚いている。けれどどうしようもなくて、俺は聖女様の頭をヨシヨシと撫でながら、泣き止むまで彼女を抱きしめていた。








 俺が城に来てから二か月が経っていた。その日、初日の部屋に同じメンバーで集められると、宰相が聖女様に言った。


「どうか、聖女様のお言葉を我々に確認させてください。ユリウス殿下は闇属性の魔法に長けております。人の心を垣間見ることが出来るのです。聖女様に魔法を使うことをお許しください」


 ……え。

 急だった。いつか俺を使うつもりで呼び出したんだろうとは思っていたけれど、事前に何か説明くらいあるだろうと思っていたのに。


 俺の横に座る聖女様が、驚いたように俺を見上げた。そりゃそうだ。親しくしていた人が心を垣間見ていたなんて恐怖だろう。


 こんなことを知ったら、嫌われてしまうんだろうな……。俺の力を知った人は、誰だって俺を嫌悪するのだから。

 俺は困りながら、袖をまくって腕輪を見せた。


「この腕輪をしていると、魔法が使えないのです。だから……普段は魔法など使っていません」


 言いながら声が震える。普段は使っていない。だけど。きっとこれから。


 陛下に促された宰相は続けて言う。


「聖女様のご記憶は、我らと共有していた方がいいのです。聖女様お一人では気付かぬことにも気付けます。危険な未来を回避するために役立つでしょう。貴方様の為に、どうか魔法を使うことを許してもらえますか?」


 低姿勢に言っているように思えて、その実、拒否など出来ない問いだった。

 国の権力者が揃っている。彼女の家族を問答無用で傷付けた者たちだ。

 形だけでも聞いたのは、神の機嫌を損ねないためだ。隠して魔法を使う手段だけは避けたのだろう。聖女様が嘘を付いていないか、ただ確認したいだけなのに。


 聖女様が、真顔のまま、涙を零した。

 ……また、泣かせてしまった。俺は何度この子を泣かせたら済むんだろう。


「リーリア、嫌なら断っていいんだ」


 俺が絶対に、なんとかするから。


「ユリウス」


 聖女様は俺の手を握って、ポロポロと泣く。


「違う、違うの……違うのよ」


 な、なにが違うんだろう。聖女様はとても悲しそうに俺を見上げている。まっすぐに、視線を外さずに。何かを伝えたいように。


「私は逃げません。全てを受け入れます……ユリウス」


 この子は。まだ子供なのに。なんて強いんだろうと思う。


 宰相が俺を呼び寄せ、神官の前に立たせる。


「殿下、腕輪を外します」


 まじかよー。

 嫌だな。精神魔法なんて。そんなことしたら、完全に嫌われるだけだろ。いいのかよ。唯一心を開いてもらえている俺の存在を失っても……。

 いや、いいのか。むしろ俺の存在が邪魔だったのか。俺がいるから他の者に心を開かないと思っているのか……。


 どちらにせよ俺なんかは、父王の奴隷だ。何も出来ない。逆らっても幽閉されたり殺されたりするだけなんだろうな。


 ああもう、国、滅しろよ。


「腕輪を解除しました」


 神官がその手で腕輪を外す。


「ユリウス」


 父王が俺の名を呼ぶ。早くしろと催促しているのだ。


 俺は聖女様の前に歩くと跪き、そっと手を差し伸べる。


「お心を少しだけ覗かせてください」


 俺の精神魔法は、発動させると触れた人の心や記憶を読める。だからこそ、人々に忌み嫌われてしまったのだ。

 そりゃそうだ。心の内が読めるなんて……化け物のようだ。

 闇属性の魔力が芽生えて、無意識に魔法を発動させてしまった日から……この腕輪をはめられるまで、俺は魔法塔に監禁されていた。罪を犯した魔法使いを収容する場所。全ての魔法が使えなくなる場所だ。

 ある日父王たちが現れて言った『隷属するというのなら、ここから出してやろう』。そう俺は自ら隷属の腕輪を受け入れてしまった。けれど幼児の俺に何が出来たというんだろう。そうして、俺に他にどんな生き方が出来るというんだろう。平民に生まれていたら、更なる地獄が待っていただけなのかもしれない。


「未来のご記憶以外は……決して覗きません」


 俺の言葉に、王や宰相の気配が動くのを感じる。ご不満かよ。

 だけど、譲れない。もう聖女様には嫌われてしまった。だけど、これ以上心を傷付けるようなことをしたくない。

 未来の記憶が本当のことだと確認出来れば、彼らは納得するのだ。

 きっと今まで以上に手厚い保護をして、いつか彼女が毎日笑って居られる未来に導いてくれるんだろう。その時俺はもうそばには居ないけれど……。ああ、だから、未来視に俺はいなかったのかな。


「……ユリウス」


 ふと、聖女様の声が響いた。


「私は、あなたの温かい手が好き」


 聖女様は両手で俺の手を包み込んだ。「……好き」もう一度言った。


「……ふぇっ!?」


 こんな時なのに、変な声を上げてしまう。な、な、な、な、な。

 顔が熱くなって変な汗がだらだら流れる。体が硬直するように動けなくなって、ただただ聖女様を見つめ返す。潤んで輝く綺麗な瞳が俺をまっすぐに見つめていた。


「ユリウス」


 陛下の声が俺を窘める。分かってるよ、分かってるけど!平常心が、ががっ。


「聖女様、覗いてもいいですか?」

「はい」

「未来の記憶を思い描いてください」

「……はい」


 表層意識に浮かべて置いて貰えた方が、俺としても読み込みやすい。

 小声で魔法を唱える。本当は無詠唱でも発動出来るのだけど、魔法を使ったことを分かりやすくするためだ。


 途端に、ぐあん、と強烈な眩暈がするような感覚に襲われる。なんだこれ?今までこんなことになったことはないのに。

 世界が音で溢れる。様々な人の声で溢れている。なんだこれ。

 父?兄?セイラ?宰相?神官?それに……聖女様?

 様々な声で溢れかえっている。


 ――なんだこれ。

 俺の魔法なんてせいぜい、触れた人の心の中が見えるだけだ。これでは、この部屋にいる人たちの心の声が聞こえているようだ。

 能力が増長している?いつの間に?いや、違う……増幅されている?なぜ……。

 俺は聖女様とつないだ手に視線を落とす。……聖女様と手を繋いでいるから?


 俺は思わず部屋を見回してしまう。


『奴隷風情が』

『あんなやつと血が繋がっているなんて汚らわしい』

『邪魔な聖女を排除しなければ』

『騙されているとも知らず、愚鈍な王子はこれだから』

『聖女様を早く教会で囲わなければ』


 どう考えても、目の前のこいつらの思考が、俺の中に入り込んでいる。

 そしてきっと、心を読まれているだなんて微塵も思ってない。

 でも、ならば、聖女様は……?視線を聖女様に戻すと、彼女はまたぽろりと涙を零した。


『ごめんなさい……ごめんなさい』


 心の中でずっと俺に謝っている。


『あなただけは、とっても綺麗な心をしていたのに。ずっと騙していてごめんなさい』


 ――騙す?

 ああ、駄目だ。俺は知らなくてはいけない。彼女の苦しみを知って、共に背負うのだ。覚悟を決め、俺は彼女の心の中に意識を集中した。





◇◇◇


 私はなんでもない村娘だった。

 お父さんは薬師。家族は薬草を育てて暮らしていた。


 ある日、体格のいい騎士様のような人たちが現れた。お父さんに言った。「教会の神託が下りた。娘を迎えに来た」と。

 お父さんとお兄ちゃんが騎士様と言い争っていた。「抵抗するなら無理やり連れて行く」と抜かれた剣がとても怖くて。腕を引かれて泣いて泣いて。私を庇ったお父さんが騎士様に切り付けられた。


「おとうさん!?おとうさん!!おとうさぁぁぁぁぁん!!やだぁぁぁぁ!!」


 血だらけだった。死んでしまったのだと思った。


 泣いたまま馬車で連れて行かれた。私は頭がまっしろになって。何も出来ないうちにどこか遠い所に着いていた。

 まるでお城のようなところ。王様のような人や、王子様のような人たちがいる。そうして騎士様を従えている。みんなみんな、おとうさんを殺そうとした人たち。悪魔なのだ。怖い。怖い。気が狂いそうだった。


「魔力適性は聖魔法だけですね……」


 教会に連れて行かれてそんなことを言われた。私は泣き続けながら、ずっと意識はぼんやりしていた。

 

「死にたい……」


 その夜ベッドので上で、私は呟いた。

 怖くて、寂しくて、苦しくて、とても耐えられない。


「誰か私を助けて……」


 顔を覆って号泣した。


「神様……助けて……!」


 その時だった、体が光に包まれた。キラキラと輝き出して、暗闇を照らした。幻想的な光の粒に、一瞬涙が引っ込んだ。


 なに……?不思議に思っているうちに光は消えて行った。

 なんだか分からないうちに私は眠ってしまって。

 目を覚ました時に、その夜私の体に何かが起きていたのを知った。





 ――『人の心が分かる』ようになっていたのだ。


 触れた人の思考が読める。近くにいる人の感情が分かる。強い想いのときは離れていても心の声まで読める人もいた。


 侍女やメイドたちはまだいい。彼女たちは仕事として仕えていて、考えていることは家族や恋人のことだったりする。


『保護してやったのに何が不満なのだ。家族を盾に脅せば黙るのか?』

『なぜ俺がご機嫌取りなど。教会に閉じ込めればいいだろうに』

『聖女を悪者にすれば私が生き残れる。犠牲になってもらわないと』

『聖女様の恩恵などあるかないか分からないもののために面倒なことに』


 王様、王子様、ご令嬢、宰相様。表面的な言葉と裏腹に怖いことばかりを考えている。

 次第に使用人たちも泣き続ける私に嫌悪感を抱き始めていた。

 怖い。人間が怖い。人の心が一番、怖かった。


 もう家族のことしか考えていなかった。お父さんは無事なんだろうか。お母さんに会いたい。泣いて泣いて。死にたいと願って。

 私はもうどうなってもいいと思っていたから。嘘を吐いたのだ。


「私は五年後の未来から戻ってきました」


 内容は、ご令嬢、セイラ様が考えていることだった。

 彼女の頭の中はいつも『げーむ』というもののことでいっぱいだった。


 この現実は『げーむ』の通りに進んでいて、五年後、十八歳になったときに、第一王子様が聖女と結ばれるために、セイラ様を捨てるんだそうだ。その時彼女は処刑される未来が待っているそう。

 けれど、セイラ様の代わりに私が処刑される未来がやってくれば、彼女は助かるんだそうだ。


 セイラ様はいつも、どうにか聖女を処刑出来ないものかと考えている恐ろしい人だった。

 

「五年後、私は処刑されます。どうか、私をここから逃がしてください」


 ここにいては、この人たちにどうせ私は殺される。ならば罪を問われて殺されても変わらない。

 もう一秒だってここにいたくない。早く、家族のところに帰りたい。







 ある日、圧倒的な好意が自分に向けられているのに気が付いた。

 まるで世界が明るい光で満たされるかのような、強烈な感情の渦だ。


 なんだろうと思って顔を上げると、男の子がいた。

 長いくせのある黒髪の、少し陰鬱そうな印象の男の子。だけど、顔立ちはぞっとするくらい整っていた。


 他の人たちの心が言っている。『呪いの王子』『悪魔』『消えて欲しい』嫌悪感が溢れている。

 ……だけど、その男の子から感じるのは、すごく綺麗な気持ちだ。なんだろう。何を考えているんだろう。近づいて触れる。


 『可愛い』『好きだ』『愛』『幸せ』『神を見た』


 ちょっと思ったより怖かった。

 私から目を離さず凝視してくるのもなんか怖い。

 だけど王子様の一人だという。この人なら、逃げ出すのに役に立たないだろうか。私は意識して彼に近付いた。





 そう思っていたのに、彼は王宮でも疎まれていて、何の力もないようだった。

 でも……裏表がなにもなかった。私に伝えてくる言葉の裏でも、同じことを考えている。

 王様や第一王子様のことはお嫌いのようだった。よく悪態を吐いている。


 じっくり彼らの親子関係を観察していた。

 父親は息子を道具のように思っていて、彼もそれを分かっている風だった。うちの家族と全然違った。見ていて段々と悲しくなった。愛情がどこにもない。なのに彼は言った。


 ――「聖女様のご家族のことを聞きました。今まで何も知らずに居たことを恥ずかしく思います。改めてお詫び申し上げます」


 この人のせいじゃないのに。精一杯気遣ってくれる。

 いつだって純真に言葉を伝えてくれる彼に好意を抱いた。

 逃げ出すのに利用しようと思っていたのに、彼の想いはどこまでもまっすぐで。私は初めて……自分が恥ずかしくなって泣いた。





 それからは友達のように過ごした。毎日彼の心を読む。こんな生活は長くは続かないと思っているみたいだった。そりゃそうだろう。なんの力もない王子様と、泣き続ける聖女が一緒に居られる時間なんて短いに決まってる。だけど、一生懸命私のことを考えて、動いてくれていた。





 涙が止まるたびに、私は考えた。

 未来のことを。私はきっと、家には帰れない。どうしてだか分からないけれど、私は聖女なのだという。

 ……受け入れなくちゃいけない。

 そうしないと、先に進まない。もう死にたいとは考えない。

 私のことを誠実に考えてくれている人のためにも、私も前を向きたい。

 私はどうしたらいいのだろう。





 彼が呪われた王子と呼ばれていたのは、闇魔法が使えるからだった!

 心を読める精神魔法……。


 ――もしかして、私にもその魔法が使えるようになっていたの?同じ魔法?あの夜光に包まれたときに覚醒していた?


 どうしよう。どうしよう。今までずっと心を読んでいただなんて。このままでは知られてしまう。


 毎日純粋に私を想ってくれていた彼を傷付ける。嫌われてしまう。

 ああ、だけど、私はそれだけのことをしてきた。

 王様に嘘を吐いて、勝手に人の心を覗き見て、罪ばかりを重ねてしまった。もう潮時だったのだ。


 どうなったとしても受け入れよう。とても悲しいけれど。


 あなたに裁かれるなら、良かった。


 ユリウス。


 伝えることは出来なかったけれど。

 もうずっと前から……私も、あなたが好き。

 あなたの想いに、私は救われていたの。






◇◇◇



 ――え。


 情報量が多すぎて、理解が追いつかない。

 な、なんだって?好き?誰が?誰を?


 パチパチと瞳を瞬かせてから、俺は聖女様を見つめた。

 俺の視線を受けて聖女様は悲しそうに視線を伏せた。『嫌われた……』聖女様が考えている。『これが最後ね』。


 ――最後って。え?


「ユリウス、どうだったんだ」


 父王が急かしてくる。

 待ってくれよぉぉぉぉぉ。


 考えろ、俺。時間がない。大事なことはなんだ。何が起きた。どうしたらいい。


 要点は、聖女様には人の心が読める。そして嘘を吐いていた。セイラは『げーむ』とやらの未来視を持っている。ってこと。


 彼女は何も悪くない。家族を害されていたんだ。嘘だって吐くだろ。

 むしろセイラの知識の方が重要視されるはず。あんな知識持ちなら、きっと俺にセイラの心を覗かせるはず。もう読んでるがな。確かに彼女は『げーむ』のことを考えていて、その中で起こる罪の全てを聖女様に被せる気でいる。こんなの有罪だろ。


 だからセイラに罪を被せる形にして、本当のことを皆に伝えればいい。

 聖女様は本当は心が読める魔法に目覚めていて、恐ろしいセイラの記憶を読み取り、怯えていたのだと。殺されてしまうと思って嘘を言っていたのだと。きっと同情され、今まで以上に守ってもらえる。そうして当初の予定通り、後ろ盾のある家に養女に入り、いつか幸せに……。


 そこまで考えて、聖女様が泣き出したのに気が付いた。


「う……ひくっ」

「……」


 俺が悲しませたのだと、一瞬で理解する。俺の考えが彼女に伝わっている。彼女の心は『悲しい』でいっぱいだ。俺はたぶん正解を考えていたのだけど。俺だって本当はそうしたくない。


 だって。

 そうしたら、彼女の能力を封じなくてはいけなくなる。

 この美しい腕に、俺と同じ隷属の腕輪がはめられることになるだろうから。そんなことはきっと幸せじゃないし、俺は許したくねぇ。あんなものがなくたって本人がコントロール出来るようになるんだよ。


 俺は彼女を両腕で強く抱きしめた。俺の想い、彼女へ届け!


『嫌いになんて、絶対にならないから』

『……うん』

『俺の……一世一代の大嘘に付き合ってくれる?』

『はい』


 即答だ。大丈夫俺たちの嘘を見破れるやつは、現時点では誰もいない。だからこそ俺がただ一人の呪われた王子として迫害されてきたのだから。


 ばれたら俺は処刑だろうけれど。それでも、何も力を持たない俺には出来ることなんてこんなことしかない。


 彼女から体を放すと俺は言った。


「聖女様のお言葉は本当のことでした。たしかに五年後、処刑された記憶をお持ちでした」

「なんと……」


 皆からため息が漏れる。


「聖女様はこれから、家族から離された、この住み慣れぬ王都での暮らしで心を壊していくのです。一刻も早くご家族と会わせてあげるべきです」


 王と宰相が顔を見合わせている。


「学園では、上流貴族たちとの生活になじむことが出来なかったようです。処刑の原因までは分かりませんでしたが行き違いなどが生じたのでしょう」


 セイラの記憶ではこれから美しくなっていく聖女様に第一王子が惚れるらしいがな。そんなことは許さん。


「提案していたように、聖女様が安らかにお暮し出来るような環境を整えるべきです。辛い記憶をお持ちの聖女様に、これ以上ご負担をかけてはいけないのです」

「ううむ、そうか……」


 渋い表情をしながらも、俺の言葉を考えてくれているようだった。

 ……疑われている様子はない。なにせ聖女様とセイラと俺の証言が一致しているのだから。セイラ、お前が居なかったら、きっとこんなにも簡単に信じてはもらえなかっただろう。








 そうして俺は、聖女様の身柄を勝ち取った。いぇい!!


「まずは祖父の屋敷にお連れします。屋敷の近くの教会にて、しばらく学んで頂くことになります。また王家からの警備も付いてきますが、それはしばらくは我慢してください。ご家族にはお会いできるように手配します。屋敷に呼び寄せてもいい」


 聖女様の手を両手で包み込みながら言う。

 俺の腕には今はもう隷属の腕輪が付いているけれど、彼女はきっと俺の心を読んでいるだろう。


「……ユリウスのところに行っていいの?」


 聖女様は何が起きたのか理解していないようだった。ぼんやりと俺を見つめて言う。


「もちろんです。そう出来るように、積極的に手回ししました」

「……」

「たぶん……面倒ごとから手を引いてくれたんですよ。聖女様を大事にしなくてはいけないのに、王都に置いておけない……ならば、とりあえずは第三王子の元に預けて置くのが無難だろうと。祖父はまだ元気ですし」


 聖女様はまだ信じられないようだった。


「こんな……怖い所から早く出て行きましょう」

「……いいの?」

「本当はもっと自由にしてあげたいけど……安全のためにもこれ以上は難しくて」


 聖女様はふるふると首を振る。


「分かってます……受け入れました」


 まだ、子供と言っていい歳なのに。聖女様はまっすぐに前を向いて言う。


「私は……もう、とても普通とは言えないでしょう?」

「……」


 聖魔法が使えるだけじゃなく、闇魔法も使える。こんな存在は、きっと神に愛された聖女様でないとあり得ない。

 彼女の手から、俺の気持ちが伝わるように、と願いながら言う。


「普通の女の子です」

「……」

「可愛くて、強くて、素敵な女の子。俺が好きになったのは、そんなリーリアです」

「ユリウス……」

「未来のことはまだ分からないけど……」


 俺はいつかの台詞を思い出しながら言う。心から、あなたに笑って欲しいと願っていた。


「笑い会える日々を歩みましょう。一緒に考えて。一人にはしませんから」


 聖女様がぽろぽろと涙を零して俺にしがみつく。


「ユリウス」

「はい」

「ありがとう」

「こちらこそです」

「私も好き」

「……はい」

「大好き。側に居てね」

「……うん」


 そうして俺たちは、手を繋いだまま、王城を去ったのだ。






 学園に入学する年になっても、俺たちはもちろん、通わなかった。

 処刑される未来の話は、未だ信じられたままだ。

 代わりにその年、俺たちは婚約を結んだ。聖女様は俺にしか心を許さず、存在を持て余していた王家は結局、俺たちの願いを聞き入れた。


 学園の代わりに、俺たちは留学を許可してもらった。隣国の大きな学校に通わせてもらった。

 国内には身分の高い者が通うにふさわしい学園は他にはなかったから、渋りながらも了承してもらえたのだ。

 寮生活をしているが、街には俺の名義の屋敷も一つ持っている。

 そこには聖女様のご家族が暮らしている。

 俺の祖父はもう亡くなっている。そうして俺はもう、国に帰る気などない。







 十八歳。運命の時がやってきていた。

 けれど俺はいつもと同じように登校して、教室から窓の外を見ていた。天気がいい日で、晴れた空が青かった。


「おや。余裕だね」


 ふらふらと教室にやってきたのは、この隣国の第一王子シャリオスだ。

 銀色の長い髪に理知的な美貌を持つ男。神々しいオーラが俺は苦手だ。心の中ではいつも『隠しキャラ』と呼んでいる。誰かさんの記憶の中でそう呼ばれていたからだ。


「気にならないのかい?」

「……なにが?」

「今日は終わりの日だろう?」

「……始まりの日だろう」


 俺の言葉にシャリオスは楽しそうに笑う。こいつは本当に性格が悪い。


 五年前のあの日……王都を出た俺は、国を捨てる方法だけを考え続けた。ヒントになったのは、セイラの記憶だ。あの記憶の情報は……真偽を確かめる必要がある。少なくともセイラは本当のことだと思っていた。ことによっては売れる。価値がある。

 だが国を捨てるのにネックになるのは俺の隷属の腕輪だ。だが、聖魔法が使える聖女様がいる。解呪魔法を習得することが可能だろうと考えた。国では難しいが、隣国でなら。


 祖父を通じて、十三の頃から隣国と通じ合った。十六になり留学すると、聖女様は解呪魔法を習得し俺の腕輪を外してくれた。俺は初めて、国の奴隷ではなくなった気持ちになれた。


 シャリオスはずっと友人のように俺たちに寄り添ってくれた。

 敢えていえば、当初、聖女様に女性としての興味を持っていたように思う。セイラの記憶の中でそうであったのと同じように。けれど、俺しか見ていない聖女様と、いつでも仲良く過ごしている俺たちの様子を見ていて、自然と応援してくれるようになった。今は彼の婚約者ととても仲が良い。


 セイラの記憶にあったのは、学園で、生徒の闇魔法が爆発し、その土地にある闇の使徒の封印が解けるというものだった。闇の使徒のことを……セイラは魔王と呼んでいたが。

 セイラか聖女様のどちらかが闇魔法を爆発させるのだ。

 なんとか復活途中の魔王を倒すことは出来るのだけど……意図して復活させたとして、処刑される。


 セイラは、爆発するのが『闇』魔法だとは恐らく知らない。俺が闇の魔法使いだから気が付いたのだ。

 そうして聖女様はすでに闇魔法を覚醒させ、制御出来ている。そして学園にもいない。

 今、あの学園で魔法を爆発させるのなら、セイラしかもういない。


「平民の女の子が、話題になっていたのは知っているかい?」

「どうせお前が送り込んだんだろ」

「まさか!ただ僕はちょっと、あの王子様の好むタイプを色んな人に教えてあげただけだよ」


 俺が未来視で見た、大人になった聖女様に似たタイプの女が、きっと兄の好みなのだと思う。


 透けるように肌が白くて、黒髪はまっすぐ艶やかで、長いまつ毛に縁どられた瞳は大きく、女性らしい体つきは、まるで美の女神。


 そう、女神!!

 大人になった聖女様は、本当に神様みたいに美しくなった。


「王太子以下、側近どもが骨抜きになったらしいね」

「お気の毒な生贄を作るなら、ちゃんと保護しろよ」

「分かってるよ。聖女様が悲しむからね。それに……」


 シャリオスはにやりと嗤う。


「僕らだって、君に踊らされているだけに思うけれど」


 俺はただ、情報の種を撒いただけだ。

 今だって、なんの力もない俺には、出来ることなんてなにもない。


「俺はなんもしてないだろ」

「何も、ねぇ」

「なんだよ」

「確かに何も発動させてはいないなって」


 俺はこの国に来てから、隷属の腕輪の代わりに、魔法を発動させたら気が付かれる魔具をつけさせられている。だが、それは俺の人生では仕方がないことだと受け入れている。


 隣国はずっと、聖女を独占する我が国に不満を持っていた。

 聖女様がいるだけで受ける恩恵、その価値を、正確に理解しているのだ。

 温暖な気候、豊かな農地、魔物から不思議と守られている国。

 今それは、留学先のこの国にもたらされている。


「セイラ様は最近は心を病んでいたようだというけれど」

「きっと……最初から病んでいたんだよ」


 まだ子供だったのに。平気で聖女様を殺すことしか考えていなかった。

 それはきっと哀れなことだ。親しい間柄の、誰かが助けることも出来たのかもしれない。だけどその役目は俺ではなかった。


 聖女様は闇魔法に目覚めたとき、生命の危機を感じるほど追い込まれていたようだった。きっとセイラも同じように追い込まれるとき、覚醒するのだろう。


「魔王に世界を滅ぼされるのは勘弁してよ」

「封印の手はずは整えてあるよ。良い頃合いにね」


 隣国は、弱った国に恩を売り、攻め入り、乗っ取るつもりでいる。

 その時には、俺たちはこの国に亡命し、いずれは俺の力をこの国のために使う日も来るのだろうと思っている。


「この国には聖女様もいるしね……ほら、来たよ」


 教室の扉から、聖女様が速足で入ってくる。


「ユリウス……!待った?」

「いいや」

「仲良く歓談していたしね」

「ふふ」


 聖女様の笑顔は、光をまき散らしているかのように、とても美しい。

 婚約者と相思相愛のくせに、シャリオスが頬を染めている。くそ!見んな!!


 俺だって、いつまでも慣れない。

 彼女はいつだって綺麗だ。俺みたいにいつも悪態を吐いてない。まっすぐな心が伝わってくるような、そんな人だ。

 ……なのに「ユリウスが一番綺麗よ」そんなことをいつも言ってくれる。ちょっと理解出来ない。


 毎日毎日、見惚れてしまう。

 綺麗で、可愛く、清らかで、……ああ、天使!いや、女神!神様、ありがとうぅぅ!!


「ユリウス?」


 はっ!


「な、なんだ?」

「どうしたの?」


 花が咲いたような笑顔で、俺を覗き込んでくる。


 あの日から、もうほとんど泣き顔を見ていない。一度だけ見たのは、ご両親と再会したときの、嬉し涙だった。


 泣き顔も俺の心を掴んだけれど、笑顔の方が何百倍も……素敵だ。

 彼女は本当に綺麗だ。好き。大好き。

 心が綺麗過ぎて、もうめったに、人の心を読んだりしてない。

 だから気が付いていない。今日が運命の日だなんて。俺の心も、シャリオスの心も読んでないから。


 『げーむ』で予言されていた日だなんて。


「帰ろう、リーリア」

「ええ」

「週末は屋敷の方に行こう」

「いいの?」

「そろそろご両親に会いに行きたいし」

「うん」


 彼女のご家族は、隣国で薬師の家業を再開させている。

 聖女様のご神託が下りたあのときから、彼女を守るために国を捨てることも、もう覚悟を決めていたようだ。


 寮への道を二人で歩く。

 どんな心だって伝わっても構わないと思っているから、俺たちはいつでも手を繋ぎ合う。


「今日はいいお天気ね」

「ああ」

「ユリウス」

「ん?」

「私幸せよ」

「……俺もだよ」


 晴れた空が綺麗だ。

 まるで聖女様の笑顔みたいに。

 光が降り注ぐ。いつか空想した天使が、空から降りて来てもおかしくないな、と思う。


 神様。どうしてあなたが聖女様を愛しているのか分からない。それがあの国へ恩恵を与えた理由も。

 分からないから俺は、遠くから見守る。


 あの土地のために、聖女様を遣わせたのなら、あの土地は守られるのだろう。

 だけど聖女様の命を脅かした国とみなされるのなら……。


 俺たちの知らぬところで。勝手に、滅亡の道を辿ればいいのだ。


「週末は何を食べたい?」

「あ、俺が作るよ」

「いいの?」

「もちろん」

「楽しみだわ」


 卒業したら結婚する約束をしている。

 こんな未来が来るなんて。

 だってきっと。祖父が亡くなって、この世界に俺を繋げるものが失くなった世界で、俺はもうきっと、生きていなかったんじゃないのかな。

 セイラの知ってる『げーむ』の世界。

 聖女様がいるのに、俺が出てこないなら、王子の俺が学園にも居なかったってことなんだ。


「ユリウス……泣いてる?」

「え」

「……」

「あれ?おかしいな……ははっ」


 本当だ、頬に涙が。なんだこれ。


「なんか幸せで……嬉し泣き?」


 泣きながら笑う俺を、聖女様が心配そうに見上げる。


「泣かないで」


 いつか言った俺の台詞を、彼女が言う。


「ユリウスは私が笑顔にするよ」

「……うん」


 笑顔の絶えない家庭を作れたらいいのにな。


「もう元気。もう笑顔」

「早いよ」


 そう願う俺の前で、今日も、聖女様は笑ってる。







END

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(掲載3時間後位にラストちょっと書き足しました)

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